第211話 水の泡

 俺達が予定通り諜報員たちを拉致して、飛行船で国境を目指して移動していた頃、王宮では大使との話し合いでも有効な策が見つからなかったが、取りあえず無駄でも皇帝に知らせることを決定して動いていた。


 それとは別にどうしても戦争になった場合の対応も話し合われていたが……。


「陛下、軍を国境に派遣しますか? もしくは住民の避難をさせますか?」


「そうだな。向こうが演習だと言ってるのだから、こちらも演習だと言って軍を国境に移動させよう。それと住民の避難は取りあえずなしだ、だがいつでも避難できる用意だけはさせておけ」


「畏まりました。そのように手配いたします」


 カルロスが王の命令通りに手配を始めた時、俺達はもう国境に着く寸前だった。


「サラもう直ぐ国境だけど、この後どうするかが問題なんだよね。どうやって諜報員たちを帝国軍に見つからないで軍の中に置いてくるか?」


「その事なんですが、軍の中に置いてくる必要あります?」


「それはどういう意味ですか?」


「別に軍の中でなくても近くの町か村の入り口に放置してくれば、翌朝には発見されますからそれで良いと思うんですよ。それに軍の中ではもみ消さされる可能性がありますが、村や町の人が今回の事をしれば、もみ消しようがありませんよ」


 確かに軍の中だとあり得る事だな。皇太子や軍がやろうとしてることが皇帝の許可がないと庶民が知れば、もし戦争になっても庶民が反対して、帝国内は混乱するだろう。


 帝国は元から一枚岩ではないからな。普通の貴族と軍閥貴族の派閥があるくらいだから……。


 軍に撒く予定だったチラシも軍だけではなく、村や町にも撒けば効果はもっと出るだろう。これはサラの案に乗った方が成功率があがるし、飛行船が見つからないで済む。


「それじゃ、国境から近い村か町に諜報員を放置しましょう。ついでにその村や町にもチラシを撒いて、その帰りに軍の駐屯地にもチラシを撒いて、国境付近で待機しましょう」


「それで、軍がどう動くかを確認して、次どうするかを決めたら良いですね」


 次の行動としては最悪、上空からの大きな石の投石なんだが、出来ればやりたくない。注意してもけが人は出るだろうからな。そうする穏便に済ませるどころか、より油を注ぐ形になってしまうかもしれない。


「そういえばサラ、ここから帝都まではどのくらいあるんでしょう?」


「帝都までですか? 確か学校で習った時は当時の馬車で、2日程度だったと思います。魔境から離れた位置に帝国のダンジョンがあると聞いていますから」


 これって神様がわざとそうしたんだろうな。魔境の資源が手に入りにくい場所にダンジョンを作り、その結果、ダンジョンの近くに王都や帝都があるから、ここからそんなに遠くない所に帝都がある。逆にエスペランス王国は帝国との国境からかなり離れている。


「サラ! それは好都合かも! 馬車で2日なら飛行船なら数時間で着く距離だ。それならいっそのこと帝都にもチラシを撒きに行こう。そうすれば否が応でも皇帝に情報が伝わる」


「ユウマさん、それ大丈夫ですか? 帝都にチラシをどうやって撒いたか向こうは調べますよ」


「そうか~~ 今国境は封鎖に近い状態だから、帝都にどうやって?となるよな」


「まぁ、近くの村などに撒いても同じですけどね。ただ帝都にまでというのが問題を大きくすることは確かですが」


 あ! それなら問題が大きくなった方が逆に良いかもしれない。それだけ帝国の警備が足りないと思わせられるし、相手のやり方次第では帝都が火の海にさえなりうると思わせることが出来る。


 人が空からやって来るなんて、この世界の人には発想できないだろうから、気づかれることは粗ないだろうしな。


 最悪気づかれても逆に恐怖するだけで、こちらが損をすることはない。俺が対応に困る事にはなるけど……。間違いなくフランクには追及されるのはもう確定してるから、まぁ良いさ……。


「それじゃ、行動開始と行きますか」


 それから計画通り、国境の砦から道伝いに村と町の上空を飛び。村の入り口に諜報員を放置して、そこから帝都に向かい帝都にチラシを撒いて、帰路に村と町、軍にチラシを撒いて国境近くの山陰に隠れて待機した。


「夜が明ける前に全て終わりましたね。後は相手がどう動くかだけ監視していましょう」


「多分、直ぐには動けなくなると思いますから、交代で仮眠を取って待ちましょう。サラから先に寝てください、疲れたでしょ」


「はい、徹夜なんて殆どしたことが無かったですから、眠くて仕方がありません。お言葉に甘えて先に休ませていただきますね」


 その頃、王都から早馬で帝国の皇帝宛ての親書が届けられていたが、まだ国境まで2日は掛かる距離にいた。


 エスペランス王国の軍はまだ出発していない。軍が動くにはそれなりの準備が必要だから、出発まではもう少し掛かる。


 普通に移動したら、軍が国境に着くには改良馬車を利用しても5日は掛かるし、歩兵はもっと掛かる。勿論、国境には国境警備をしている隊も存在するが、今までが平和だったから、50人程しか駐屯していない。


 夜が明けて、少ししたら国境に集結していた帝国軍が騒がしくなってきた。


 兵士A 「なんだこれ! ここに書かれていることは本当の事か?」


 兵士B 「お前も読んだか? これが本当なら俺達は皇帝陛下に背いていることになるぞ」


 軍の駐屯地ではあちこちでこれと似たような会話がされ、動揺が広がって行った。


 幹部A 「将軍! 大変です! 起きてください」


 将軍 「なんだ騒々しい。こんな朝早くから。エスペランス王国が攻めてきたとでもいうのか?」


 幹部A 「それなら好都合ですから、こんなに驚きません。こ! これを見てください」


 将軍 「な! なんだこのチラシは! これが兵士に知られれば士気が下がるではないか」


 幹部A 「もう皆知っています。相当な数のチラシが撒かれていましたから」


 将軍はこの状況をどうすれば良いのか分からなかった。取りあえず、出来たのはチラシの回収を命じる事だけで、その後をどうするかは幹部で協議することにした。


 幹部B 「将軍このチラシにはこちらの思惑が全て暴露されています。これでは後々皇帝に申し開きが出来ません」


 将軍 「どこから漏れたのだ。ここまで詳細にこちらの計画が知られているのはおかし過ぎる」


 会議では数時間にわたって、今後どうするかではなく、この状況になった原因ばかりの話がされ、全く次の行動が決められないでいた。


 そこに砦に一番近い村から早馬が到着し、諜報員の事や村にもチラシが撒かれていたことが報告された。それからも何も決められない会議は続いていたが、新たに町からもチラシについての報告がされ、将軍はついに決断をするしかなくなった。


 将軍 「諸君この状況は非常に拙い。このまま進軍しても我々は皇帝陛下を無視したという大罪を犯したことになる。だが今ならただの演習だったで誤魔化すことは可能だから、わしはこのまま撤退をした方が良いと思うのだが、諸君らの考えはどうだ?」


 幹部A 「しかし、それで大丈夫ですか? 皇太子様の作戦も敵国に知られていますから、このまま何もなかったとは行かないと思うのですが」


 幹部B 「確かに、敵国がこれで手打ちとはしないと思います」


 将軍 「しかし、諜報員は返されているから知らぬ存ぜぬを決め込むことは出来るぞ」


 帝都にまでチラシが撒かれているなんて思っていないからこのような判断をするのだろうが、事実は違う。


 ここでの判断は本当なら暴挙に出た方がまだ良かったのだ。こちらとしては最悪のケースだが、帝国の軍部としてはその方が収拾が出来なくなって、なし崩しも可能であったがその機会を自分たちで潰してしまった。


 幹部A 「将軍がそう判断されるなら我らは従います」


 今回このような結果になったのはひとえに皇帝の許可がない事が一番の原因。情報が洩れようが皇帝の命令であれば、躊躇などするはずもない。当然進軍していただろうが、今回は独断である事が大きな足かせになってしまった。


 ましてやこのようなチラシによる妨害工作など予想も出来ないし、経験もないのだから……。


「ユウマさん、起きてください。帝国軍が撤退を始めましたよ」


「おう~~ これはこちらの作戦通りになったようですね。それじゃ撤退を最後まで見届けたら、こちらも撤収しましょう」


 王都から帝国に親書を運んでいた早馬が国境に到達した時には、帝国軍の姿はなく使者は拍子抜けして呆然としてしまった。


 決死の覚悟で帝都に行くつもりだったのがこれではね……。





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