第155話 やっちゃった!
「ふざけてるのはどっち! どれだけ頭が固いの? 石でも詰まっているの?」
これはスーザンの言葉である。この言葉が出るまでの経緯は遡る事、数時間前……。
「ビクター様、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはようスーザン、実家ではゆっくり出来たかね? 久しぶりだったからご両親も喜ばれただろう」
「はい、両親ともゆっくり話も出来ましたし、今後の事も決められましたから、良かったです」
ビクターは今後の事という部分に、疑問を感じたがそれ以上聞くことは止めた。聞くとややこしくなりそうな気がしたからだ。
「それでは参るかの、今日はよろしく頼むぞ二人とも」
王都に到着して二日後、今回も異例の速さで面会が許可された。今日は王様と宰相のカルロス、特許関係の法律に携わった役人、それと度量衡について詳しい役人が参加しての会議に参加する。
事前に提案書は提出してるから、主に質問を受ける形になるとは思うが、説明もしなくてはいけないだろう。
会議室に入って待っていると、事前に聞かされていたメンバーが王様を先頭に入ってきた。
「ビクター、今回もなにやら面白い提案を持ってきたようだな。楽しみにしておるぞ」
「は! 今回も例の御仁からの提案ですので、一風変わっておりますが、非常に興味深い提案です」
俺って例の御仁なんて呼ばれてるの? これって本来の言葉通りじゃないよね。冷やかしを含んだ方だよね。まぁ色々やらかしてるから、そう呼びたい気持ちも分からんでもないが……。
「それでは、先ずは特許の法律についてから始めるか。スーザン頼んだよ」
「はい、それでは始めさせて頂きます。お手元にある資料をご覧ください……」
スーザンは淀みなく、特許の法律を国際特許にする為の法律の変更や運用方法について説明した。
この説明の中にはこの世界初の裁判制度も盛り込まれている。今も無い訳じゃないけど、殆どが王家や領主が裁判官の役目をしている。それを分離しようという提案だ。
勿論、前世のような裁判制度ではない。封建社会に適した裁判制度、王家や領主には判決を覆す権力は残している。今でも余程の事がないと領主が直接裁くことは無いから、大きく変わる事じゃないが、それを制度化して民事まで扱う様にしようというもの。
これによって、この国の特許の裁判を透明化しようという事。密室で裁くのではなく、公開の場で裁いて遺恨を残さない。
国際特許としては、登録は商業ギルドで行うが、それを国が認可して初めて特許として登録される。その後、商業ギルドを通じて世界中の商業ギルドに通達、国際特許として登録される。
特許違反が判明したら、特許を登録した国の法律で裁かれる。法律を統一すれば良いのだろうが、それぞれの国で考えが違うだろうから細かい法律はそれぞれの国に任せる。ただ登録した国の法律で裁かれるという所だけは統一する。
「以上です。何かご質問はありますか?」
「内容はよく理解できた。その法律だと、現状の法律に必要ない部分が出てくるな。それで間違っていないか?」
必要なくなるのは特許閲覧時の身分証提示だよね。国外の人の閲覧を制限する意味と流出防止の為だから、世界のどこでも閲覧できるようになれば必要ないだろうと思ったんだろう。それと国からの損害賠償請求も必要無くなる。今度は個別になるからね。
「身分証の方は、なくす必要ありません。今後も身分証の提示はやるべきです。もし必要無くなれば、どう悪用されるか分かりません。身分を偽れなければ悪用される確率はかなり下がります。国からの損害賠償の方は必要無くなりますね」
「どうじゃ、この提案書の内容は実に良く出来ておると思うのじゃが、お前たちの意見を聞かせてくれ」
王は役人たちに向かってこう発言した。この時点で王とカルロスの間では話はついていた。後は実務に携わる役人たちがどう思うかだ。
「王様、我々も事前にこの提案書を精査しましたが、特に問題と思うようなところは御座いませんでした。ですので先ほどの質問の返答も考慮して、問題ないと判断します」
「そうか、では次の議題に移ろう。次は度量衡についてだ。ロイスと申したの説明を始めよ」
「は! はい、僭越ながら始めさせて頂きます……」
ロイスは初めこそ緊張していたが、説明を始めると、練習の成果かこちらも淀みなく説明を終えた。
「何かご質問は御座いますか?」
「質問というか、そんなもの必要か? 今まで何も問題なくやってこれているんだ。それを一からやり直す必要があるのか?」
こういう反応があるだろうとは思っていたが、いきなりかよ。
「説明しましたように、度量衡というのは統一して初めて効果が出るものです。ですから一からやるしかないんです」
「不便じゃない物を変える必要はないだろう」
こいつは未だに考え方が進歩していない。学校の卒業生から何も学んでないのか?
「不便じゃない。でも便利でもないですよね」
「なに? それはバカにしてるのか?」
わぁ~ この人、気が短くてプライドの高い人だ。こんな奴良く役人に成れたな?今の役人の多くは平民のはずなんだけど、もしかして貴族?
貴族なのに度量衡に詳しいの? 何だかおかしいね。
「お尋ねしますが、現在王都の外壁をレンガで作っておりますが、どのくらいの高さがありますか?」
「どのくらいって、あれぐらいだよ」
「あの外壁の高さは9mです。お分かりになりますか? 度量衡があればこのように簡単に正確な高さが表現できるのです」
「そんな事が分かって何の意味がある」
これすら分からん奴に高さでは必要性は理解出来んか。軍事的には物凄く大事なんだがな。
「それでは、これを見ていただきましょう」
「この樽にはブランデーが入っています。それではこの二本の空瓶にこのブランデーを小分けします。こちらの瓶にはこのコップで、もう片方はこちらのコップで、どうです? 中の量は同じですか?」
「そんなもの、コップが小さい方が少ないに決まっている」
「そうですね、では今市中で行われている取引の時にコップの大きさは決まっていますか? 瓶一杯に入れるなら問題ありませんが、コップ何杯分という売り方だと差が出ますよ」
「そんなものコップを統一すれば良い事だ」
「そうです、統一すればこういう不正は出来ないんですよ」
その後も色んな例をあげて説明していった。生地の長さを計る時に基準がない、両手を広げた長さなんて人によって違い過ぎる。
「ふざけるのいい加減にしろ、そんなことはどうでもいいんだよ。誰も不満を言っていないんだから」
「ふざけてるのはどっち! どれだけ頭が固いの? 石でも詰まっているの?」
スーザンが切れた! ここまでロイスが頑張っていたから、黙って聞いていたが、流石にこの役人の態度に我慢の限界に達したようだ。
スーザンが切れたことで、流石にカルロスも介入してその場を治めた。
その後、ビクターから聞いた話だと、この役人は貴族で今までは仕事に就けない程、能力が無かったのだが、貴族の役人が大量に学校に残ったことで、人手が足りず、猫の手でもという事で採用したそうだ。
今回の会議にも本当は平民の役人で、度量衡に詳しい人が参加する予定だったものを、貴族の権力で奪って参加したらしい。
その所業に呆れてしまって、スーザンもそれ以上どうなったかは聞かなかった。
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