第152話 飛んで火に入る夏の虫
グランに同行して、領主のビクターに会いに行ったロイスたちは、当然のごとくそのまま王都に連れていかれることが決定した。
「グランよお主はどうするのじゃ?」
「私は醸造所に寄ってから、ラロックに帰ります。ミュラー公爵様を迎える準備もしませんといけませんから」
「おう、そうであったな。わしのところにも王様より通達が来ておる。丁重にもてなせとな」
グランが言ったのは方便だ。悪く言えば嘘。だってお父さんの住むところや、そういうものは俺が準備するとグランには伝えてある。
勿論、全部嘘でもない。俺が注文してる物も確かにあるからね。本当に微々たるものだけど……。
「スーザンさん、私達はこれからどうすれば良いのでしょう?」
「そうですね、王都に行くことは決定していますから、王都でどんな事が起きても問題ないように、準備しましょう」
どんな事が起きてもという言葉にロイスは恐怖を感じたが、王都での説明について、もう一度考えを巡らせた。 どんな事というのを、どんな質問が来てもいうようにと解釈して説明の練習を続けた。
時には辺境伯の従者の人にお願いして、説明を聞いてもらい質問をしてもらうという、シミュレーションまでして。
これも大きな成長です。どうすれば相手に物事を伝えられるか、その上で相手を納得させるにはどうするかを想定して、知識のない人を相手に練習する。
それを見ていたスーザンも出かける前に、俺から伝えられていた最悪のシナリオに備えるため、特許の法律の問題点や病院の実績などの書類を読み直した。
スーザンには最悪のシナリオについて話してあった。ロイスには内緒だけど、スーザンには伝えておいた方が良いと俺が判断したからだ。
もしそうなった時に二人ともがパニくったらどうしようもないからね。スーザンは貴族だし、大使にくって掛かれるぐらい度胸あるから、俺が必要になるかも知れないと思った資料を渡してある。
特許の法律の問題点というか、最終的に前世の国際特許の仕組みになるように王宮に説明して貰うことなんだけどね。
王宮でも今度の会議で現状の仕組みは変えて、統一した特許制度にしようとは考えているだろうから、その一つの案として提案して貰うためだ。
これが王宮内で止まるか、国際会議の場にまで行くことになるかは未定だけど。
それとスーザンには、もう一つお願いをしている。今回の会議では必ず、神聖国が何か言ってくることは目に見えているので、その対策も話してある。
スーザンは薬学の知識は十分にあるし、手術も出来るほど医学についても学んでいる、それに加えて今回、治癒魔法とポーションについての知識も教えている。
出発前
「スーザンさん、今度の会議では必ず神聖国が何か言って来ますから、必要になるかは未定ですが、知っておいて損はないから、治癒魔法とポーションについて教えますね」
治癒魔法とポーションは基本同じ効果だけど、現状改良ポーションがある以上、ポーションの方が効果が良いことになっている。だけど、俺が使っている治癒魔法はイメージがこの世界の治癒魔法より細かいので魔力は多く使っても効果は高い。
魔法はイメージというのはスーザン達も理解しているから、その説明をすれば、直ぐに効果の違いを理解する。
この知識は相手に教えるためにスーザンに教えたのではない。その逆です。これは卑怯かもしれませんが、相手の魔法の欠点を教える為です。
イメージ力があれば、この世界の治癒魔法は進化するけど、そのイメージ力がない事を教えなければ、絶対に改良ポーションには勝てない。
知識がない、イメージ力がない、これを知っていればそこに行かないように持って行けばいい。だから絶対に会議の場では魔法はイメージだという事を言ってはいけない。
今回スーザンに教えたのは知識もそうだが、立ち回り方も教えている。
今回の勝判定は、神聖国に治癒魔法の進化の可能性を悟らせない事。
いつかは治癒魔法も進化はさせるつもりだが、今はダメだ。教会の体質が変わるまでは、徹底的に仕事を減らし収入も減らす。
やり方としては褒められたものではないが、神聖国という国が相手だ。妥協していては早急な変革は出来ない。
それでも学校では魔法はイメージというのを教えているから、いつかは伝わるだろうから、それまでに変革は出来なくても力は最低限削いでおきたい。
王都到着
「スーザン、そなたは一度実家のタウンハウスに顔を出すのだったな?」
「はい、暫く実家にも帰っていませんし、今回ちょうど両親が王都に来ておりますので、顔を見せに行ってまいります」
その会話を聞いていたロイスの顔はどんどん硬直していった。前もって聞いていた話だが、それでもそれが現実に近づいて来たことで一人になる、辺境伯であるビクターと二人きりになるという、緊張感が増してきたからだ。
ビクターは貴族としては温和で気さくな方だが、ロイスのような平民にとっては雲の上の人。ロイスも商売をしていたから、貴族の屋敷などに出入りしたことはあっても、会うのは使用人とかだから、今回のように貴族の当主と面と向かって話したことはない。
今回もビクターとの会話は同じ貴族であるスーザンが殆どやってくれていたから、今までは何とかなっていたが、これからは少しの間とは言え自分が直接会話しないといけない。ロイスにとっては物凄い試練、この先大丈夫だろうか?
「ロイスよ、そう緊張するな。数日のうちには王宮に呼ばれるのだ、今からそんなに緊張していたら身がもたんぞ」
「ひゃい、ですがこればかりは……」
その頃王宮では、ビクターからの知らせで、今回も大騒ぎになっていた。
「何でこうも忙しい時に限ってあの辺境伯様は問題を持ってくるのだ」
「しかし一つの事を除けば、こちらとしても助かる話ではないか。カルロス様は好都合だと仰っていたぞ。特許の法律についての提案書も見させて貰ったが、良く出来ていた。あれなら国際会議に参加させて本人に説明させればいい」
ビクターは王都に立つ前に、粗方の事は手紙で王都に知らせてある。いきなり説明するよりも事前に王都でも検討して貰っていれば、話が早いからだ。
「しかしな、あの度量衡というものはそう簡単ではないぞ。まだ詳しくは聞いていないから何とも言えないが、あれを世界共通にするのは容易ではない」
「そうだな、特に共和国あたりが文句言いそうだ。今までのようなやり方だと、商売に疎い連中は騙され放題だったが、度量衡が世界共通になれば騙しにくくなる」
共和国とはエスペランス王国の南に位置している、共和制を取っているマール共和国の事。基本的にマール共和国の政治を動かしているは商売人が殆どで、極少数が大地主で国の農作物の生産の大部分を生産してる。
商売人国とも言われるぐらい、金儲けに執着している。その国とって今回の度量衡の均一化は都合が悪いもの。神聖国同様今回の会議では要注意の国。
度量衡の事だけではない。特許という商売に直結する法律のことだから、絶対に口を出してくる。
王都の役人もその点を考えていたから、俺が提案した国際特許の法律は渡りに船だったのだ。
これでは最悪のシナリオどころか、もう会議参加は既定路線ではないかな?
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