第93話 薬師
王様一行は予定通り、3日の滞在を終え、療養も兼ねて来たはずなのに、来る時より疲れたような顔をして帰って行った。
それから1週間ほどしたある日、学校に俺を訪ねた人物がいた。王都の薬師ニックだ。
ニックは結核の薬の普及の協力者、錬金術師三人衆の一人、ローズの幼馴染エリックの父親でもある。
息子のエリックとは一時期、拠点でこの世界の薬や病気について教え合った仲ではあるが、ニックは名前だけで俺は面識が無かった。
「お初にお目にかかる。王都で薬師をしているニックと言います。結核の薬の件でグラン商会に助けてもらった者で、息子のエリックがお世話になりました」
俺の事はエリックに聞いたんだろう、でもそれの礼を言う為だけに辺境まで来たんじゃないだろうし、何が目的なんだろう?
「ユウマと言います。エリックさんとはよき時間が持てました」
結核の薬については触れない方が良いだろう、下手すると薬の出所が俺だとばれてしまう。
エリックと薬談議をしているから、気づいてはいるかも知れないが、自分から白状する必要も無いからここは黙っておく。
「今回はエリックがこちらでの経験で薬師のスキルが発現したお礼と、お願いしたい事があり伺わせて頂きました」
やっぱり別の目的があったか、それにしてもお願い? 何だろう? それも俺に……
「お願いとは何でしょう?」
ニックからお願いの内容を聞かされたユウマは、どうするのがベストなのか迷った。
ニックのお願いは暫くここで授業の見学をさせて欲しいと言う事と、エリック同様ユウマと薬について色々話したいという物だった。
授業の見学は問題ない。秘密にしてる物などないから、でも俺と薬談議がしたいというのはどういうことだろうか?
エリックにはこの世界の薬や病気について教えてもらった。その代わりに俺はエリックに毒も薬に成る事や、現在知られている薬草が全てではないから、もっと多くの植物やもっと言えば鉱物も調べた方が良いと教えた。
結論は新薬を作るには研究が必要だと言う事を、遠回しに話したんだよね。
エリックは若く経験が無かったから気にしなかっただろうが、ニック程の経験を持っていれば、薬談議をしただけで結核の薬の出所が俺だと確信するだろうし、学校での俺の振る舞いを見れば、辺境で起きていることの全てが俺発信だと気づくだろう。
困ったな、ニックという人物は結核の薬の対応から信用できる人物であることは分かるのだが……
そうか! 完全にこちら側に引き込んで、薬師の教師に成って貰おう。
「そういう事でしたら問題ありませんよ」
この日から俺はニックを次の教師にするために画策し始めた。
ニックを教師に出来たら、俺は自由にできる時間が増えて、やりたい事が出来るようになる。 あれ? やりたい事ではあるけど、のんびりするという考えはないの? 自分の思考が少しおかしくなっている事に気づいた。
ニックには拠点の寮を使って貰う事にして、そこから学校に通ってもらうことにした。
ニックはその日、温泉で癒され、拠点の料理に驚き、寮にある魔道具にさらに驚かされ、王一行と同じように次の授業の時は疲れたような顔をしていた。
次の日の学校の授業では算数の授業に驚愕し、薬師の授業のやり方にも驚き、
それだけではなく、放課後の生徒の自習活動にも感動していた。
自分の弟子に教えている内容と最終的には同じなのだが、此処の教え方は効率が物凄く良いのだ。優先順位がハッキリしている。スキルの発現が第一なのに、基礎を疎かにもしていないし、スキルが発現すれば応用まで教えている。
ニックは自分の今までの事を恥じた。息子であるエリックが子供の頃から英才教育をして来たにも関わらず、スキルが発現しなかった理由が解ったからだ。
この世界には秤は存在するが、あまり使われていない、読み書き計算が出来ない人が多いから、必要性を感じないのだ。
野菜のような物ならひと盛りいくらだったり、袋一杯いくらとか、重さを気にしていない。重さが分かっても、キロいくらでは計算できない。
それがこの学校では薬草の分量をしっかり計って薬を作らせている。
だから殆ど失敗しないというか、ちゃんと必要な薬効の有る物が作れる。
多くの薬師は目分量、だから弟子には感覚で覚えろという。それでは覚えるまでに時間が掛かってしまう。
錬金術とは違い、薬師は作り方が解っていて正確に作れば薬は出来る。それなのにスキルが中々発現しない。その理由がハッキリしたのだ、正確性であると。
正確性に必要な物に計算能力も必要だと理解した。
「どうです? この学校は?」
「実に素晴らしい、弟子達を此処で学ばせたいぐらいです」
しめしめと俺は思った。これはチャンスです一気に畳み掛けましょう。
「ニックさんそれなら是非お弟子さんを入学させてください。ニックさんが半年ほど俺の助手をしてくれるのなら、お弟子さん達の学費はいりませんよ」
どうだ? 魅力的な話だろう。此処に来た目的の俺との薬談議も出来るし、弟子の学費もただ、自分も成長できて、弟子も育つ。
ニックが此処に来ようと思った切っ掛けは、息子のエリックがスキルの発現をしたからではない。本当は帰って来たエリックが話す内容に興味を引かれたからだ。
その一つが毒も薬に成る。これは結核の薬を作った経験がある、ニックには身に染みるほど理解してる言葉だ。そしてその話をしてくれたのがユウマだと聞いたから、是非一度会って話を聞きたいと思ったのが理由だ。
ニックは考えた、今なら王都の店はエリックでもやっていける。
弟子たちの事を考えればこの学校で学ぶ方が有意義だし、早くスキルが発現する。
半年間自分も此処で苦手な計算も勉強できる。これほど良い条件はない。
「是非、弟子共々お願いしたい」
やった! 後は半年後、教師をお願いするだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます