第五話 『アークさんを断罪します!』


――畜生……。



ベッドに寝転び腕で顔を隠すようにしながら、俺は毒付いた。自分の余りの情けなさに腹が立って、情けなくって……。俺は……この恥知らずな俺の眼から数年ぶりの水分が流され頬を伝わった。


チンビラ共に負けた事じゃない。酒場で合流した仲間達の反応。いや、俺の態度。それが俺を腹立たせた。


心配顔の仲間達に俺は何も語らなかった。当たり前の話だった。虚栄心を満たす為に一人で先走って返り討ちにあいました、なんて言えるはずがない。


俺が話すのをじっと待っていたそんな仲間達に、そそくさと部屋に籠ってしまった俺の態度。それが情けなかった。



――やっぱり、俺には勇者なんて、リーダーなんて無理なのか?



 逃げ出したかった。しかし、こんな事を思いつつも、そうする事が嫌だった。今、逃げ出してしまうと、俺は二度と浮きあがれないだろう。それだけではない。こんな事を思う度に、浮かんでしまうのだ。イリアの、そして、ウィズの顔が。こんな情けない俺を勇者と呼んでくれる彼女たちの声が……。


 だから、俺は……。


 コン、コンと言うノックの音で俺の思考は中断された。


「アークさん、ちょっといいですか?」


「ああ」


 扉の外でウィズの声がした。俺は慌てて顔をゴシゴシとやると、そう答えて扉を開ける。仕草で入室を促すと彼女は無言でそれに従いベッドに腰かけた。


「どうしたんだ?」


 彼女は何も答えない。少しモジモジしてどこか気恥ずかしそうな感じ落ち着きなく視線を動かしているだけだった。


 これは気まずい……。彼女が何をしに来たかは理解できる。だが、俺は俺でおちゃらけられる程のテンションではないのだ。


「決めました!」


 やがてウィズは意を決したのか軽く自らの両頬を叩くと立ち上がり俺にビシッと指さす。


「ウィズは迷っていたのです。初めはアークさんを優しく慰めてあげようか? なんて思ってもいたのですが、それは止めにします。ウィズは、ウィズは……」


 俺は思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。何故なら三行半を叩きつけられると思ったからだ。


「アークさんを断罪します!」こう断言しニコリと笑う。


「……断罪?」


「ええ、断罪するのです。アークさんは以前、こう仰いました。『自分たちは仲間なのだから隠し事はなしだ』と……。なのに、何ですか。今のアークさんは隠し事だらけなのです。だから、ウィズは貴方を断罪するのです」


「……いや、そこまで言った記憶はないのだが……」


 たじろぐ俺に、まるっきり怒った様子の無いウィズが追撃をする。


「シャラップなのです! 醜い言い訳は聞く耳持たないのです。ウィズにはアークさんが何に対して落ち込んでいるのか解りません。ですが、ウィズは知りたいのです。かと言って気持ちを整理する時間も必要でしょう。明日の朝まで待ちます。今、一人の気弱な女の子が勇気を出して言ったのです。だから、アークさん――貴方の勇気を見せて欲しいのです」


 彼女はこう早く口で捲し立て、言葉を終えると顔を真っ赤にしてトテトテと部屋を出て行ってしまう。


「いい仲間を持ったわね」


「……ああ、って、おい!」


 ウィズの告白に呆けていると、いつの間にかいたオリビエが壁に寄りかかって俺に話しかけてきた。彼女の表情はどこか優し気で、それでいてどこか寂しげであった。


「私もね……、実を言うとアンタを励ましに来た口なんだけど、……止めたわ」


 オリビエはこう言ってバツが悪そうな顔をすると頬をポリポリと掻く。


「何だよ、お前も俺を断罪するとか言っちゃうわけ?」


「……え? そうじゃないわよ。んー、一つだけ忠告をして終わりかな。アンタが何をしたかは解らないけど、何でしたかは解ってるつもりよ」


 彼女の言葉で俺は不貞腐れる。何故なら、彼女に見透かされたのが悔しかったのだ。そんな俺の顔を見てオリビエはプッと笑うと続けた。


「だってさ、アンタって見栄っ張りじゃん。あの事だって二人には言えてないんでしょ?」


 俺は答えない。ただ、更に渋い顔をするだけだ。


「本当はアンタのパーティーがどうなろうと知った事じゃないんだけど……。あの子達って、とってもいい子じゃない」


「ああ、そんな事はお前より、よく知ってるさ」


「だからなんでしょ?」


 畜生、図星とはいえ嫉妬の主に言われるとすげー腹が立ってくるぜ。


「ソロの私が言っても説得力ないかもしれないけど、アンタ達はパーティーなんだから」


「パーティーだから何でも一緒じゃなきゃダメなのか?」


「そうじゃないわよ。アンタは何かに失敗したわけ。でも、アンタには仲間がいるでしょ。その失敗も仲間とならチャラにできるかもしれないって話よ」


「お前は何も解っちゃいない」


「そりゃ、解らないわよ。私に解るのはアンタが見栄っ張りで何かに焦って失敗したってだけだわ」


 彼女はこう言って俺にほほ笑んだ。そこに負の意味合いなどない事は解りきっていた。しかし、俺はその余裕たっぷりな彼女の態度に嫉妬した。自分の情けなさとの対比に嫉妬したのだ。


「笑いたきゃ、笑え! 俺は弱い。当たり前の話だ。何の苦労もせずに育ち、勇者の職を得てからも何の努力もしないでニートしてたんだからな。その職を失いそうだからってようやく冒険を始めた恥知らずだ。だからって、俺がお前に嫉妬して何が悪い? 俺は仲間にいい所を見せたかったんだよ。俺がお前たちのリーダーなんだって胸を張って言いたいだけなんだ。それの何が悪い!?」


 感情の爆発。その爆発に任せて俺は今日の出来事を彼女に話した。それを見たオリビエは尚も微笑んで意外な言葉を俺に放つ。


「安心した」


「安心?」


「そう。私のね、アンタの評価って実は低いのよ。ううん、正直に言うと最低。勇者として失格なレベルよね。だってさ、アンタってちょっと口が上手いだけで戦闘じゃあ碌に役に立たないじゃない」


 オイ! はっきり物を言い過ぎだろ……。


「でもね、今ので評価を改めるわ。アンタはちゃんと勇者してるわ。私はね、アンタが逃げるんじゃないかって思ってたのよ」


 ここでオリビエは一度、言葉を切る。そして、少しの間「ん~」と思案顔の後にこう言って俺にほほ笑み俺の部屋を出て行った。


「アンタはギリギリの処で踏みとどまっているじゃない。それってさ、結構、勇気がいる事じゃない? それにね、見栄っ張りのアンタには分かってないみたいだけど……。私たちは同じ勇者だけど、お互いに別々の人間なのよ。勇者アーク君」


 彼女はまだ、何か言いたそうな顔だった。それが俺を一層みじめにさせたのだ。



――畜生! 



 俺は毛布を頭から被ると泣いた。ウィズの言葉、オリビエの言葉。それらの意味を考えつつ無様にも泣いた。

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