第四話 『単に仲間達にいい所を見せたかっただけだったんだ……』
「それにしても酷い有様ね」
「勇者さま、大丈夫ですか?」
「盛大に転んじまってな」
仲間の心配顔をよそに俺は素っ気なく返事をするとそっぽを向いた。バレバレの嘘だが、追及をしてこない仲間の優しさが今は苦しかった。
ああ、確かに今の俺は酷い有様だった。服は埃まみれ。顔は痣だらけ。
本当は怪我が治るまで戻りたくなかったのだ。しかし、俺の実力だとそれには時間が掛かる。仕方がないので顔の腫れが引くぐらいまで回復させて皆と合流する事にしたのだ。
だけど、俺が先走ってしまったのは仕方がない事だった。
「父上、母上、お墓参りに来ました」
そう言って墓を綺麗に掃除し花を供えて感慨深そうに黙祷したイリアを俺は心此処にあらず、と言う感じで眺めていた。
イリアの故郷である『ブトカの村』に到着すると、狭い村だ。当然の如くイリアの知り合いに話しかけられたりしたわけだ。
その中にある悪い噂を俺は聞き逃さなかった。
悪い噂――つまり、イリアの家についてだ。彼女が村を去ってからガラの悪い連中が屯するようになり、彼女の家に誰も近づけないようになったという。
この話を聞いて俺は確信をした。イリアは父親の借金のカタに家を取られたと言った。だが、彼女は騙されただけなのだと。
俺たちの住む世界『エニウェア』では安全に人間が住める場所が限られている。『絶対結界』と呼ばれるものが各地に点在していて、その結界の効果範囲内はモンスターホールが出現しないし、上位クラスのモンスターでもない限りは侵入する事ができないのだ。
結界の場所に規則性はなく、例えば険しい雪山の頂上なんかに結界がある場合もあり、また効果範囲も場所によって違う。即ち結界の効果範囲によって町の規模が決まるのである。つまり、この世界では人間が安全に住める土地というものに物凄い価値があるのだ。
だから、俺は取り返してやろうと思ったんだ。……俺一人で。
我ながら馬鹿な事をしたもんだ、と思う。しかし、その時の俺は彼女への同情や義憤で動いていたわけではなかった。単に仲間達にいい所を見せたかっただけだったんだ……。
「イリアも、おやじさんに報告とか色々あるだろうから、ここは一旦解散して夕方に酒場で集合って事にしようか」
イリアが墓前で熱心に――恐らくこれまでの事を両親に報告しているのだろう――祈りを捧げている中、俺は素知らぬ顔でこんな事を言ったんだ。ウィズもオリビエも俺の言葉に何ら疑問を持たず肯定の返事をした。そして、俺は心の中でニヤリとしつつ一人でイリアの家へ向かった。
なあに、町の荒くれ共って言ったって荒事はこっちが専門だ。たとえ一人だったとしても負けるはずはない。
俺はこんな根拠のない自信を胸にイリアの(元)家に向かった。小さな村だったし、場所は何気なく彼女から聞き出していたので、俺の歩みに迷いはなかった。
そこは実に簡素な建物であった。小さな小屋とそれに併設された屋根と柱しかないテラスの様な部分。恐らく道場の部分なのだろう。そして、その道場に屯している三人の実に解りやすい格好をしたチンピラ達。
そいつらを見て『やっぱり止めとくか?』なんてちょっとビビる。それでは意味がないと、目を瞑り大きく深呼吸して覚悟を決める俺。
「やあ、ちょっと尋ねたいんだが、ここにイリアって子が住んでるハズなんだ。あんたら知らないか?」
「あんだ? テメエは?」
俺が尋ねるとこんな感じで一斉にガンを飛ばしてくるチンピラーズ。
「いやあね、俺はここの家の人間と昔から付き合いのある者でね。久しぶりにここに寄ったついでに挨拶しておこうと思ってね」
内心ビビリながらも平静を保ちつつ俺。
「あんたらオヤジさんの弟子なんだろ? オヤジさんは今日は不在なのかい?」
「はぁ? 何言ってんだ、コイツ? やっちまうか?」
うわ、ちょっと待てよ。キレるの早過ぎんだろ! 俺にも心の準備ってもんが……。
俺とのコミニュケーションを拒絶するかの如く、向かって来るチンピラーズ。俺ピンチ!
ここは得意のハッタリでどうにかせねば……。
「俺は『勇者』アークってもんだ。今日はさ、ここのイリアを仲間にスカウトに来たんだがな……。オヤジさんが居ないとなると困ったね……。二人が戻って来るまでここで待たせて貰っていいかい?」
『勇者』って部分を強調して俺はニヒルに笑う。
案の定、その言葉に反応して奴らの動きが止まった。こう言った輩はいつもそうだ。勇者ってのは普通強い。少なくとも戦いの素人ではない。この手の輩は『弱い相手にはとことん強く、強い相手にはとことん弱い』って相場で決まっている。
相手の返事を待たず俺は出来るだけふてぶてしい体で道場内の先ほどまで奴らが座っていた椅子に腰かける。
しかし、困ったぞ。この後どうやって家を取り戻す算段をするか……。
「勇者アークさんでしたっけ? ここは二か月前から空き家なんですよ」
俺が困っていると、小屋のドアがギイっと音を立てて開き中から、やたらとニコやかでそれでいて全く笑っていない――恐らくはこいつらのボス的存在なのだろう――やたらと身綺麗な格好をした男が出てきた。
「ほう、そりゃ知らなかった。彼らは引っ越しでもしたのかい?」
「そんな所ですね。ここの家主様は我々に多額の借金がありましてね。返せるアテがどうしても出来ないって話なので、我々としても大変心苦しいのですがこの敷地を借金のカタに頂いた次第です」
「なるほど、二人に会うのを楽しみにしてただけに実に残念だ」
ここまではイリアに聞いた通りの展開だな。しかし、何かに引っかかる。どうして、こいつらはここを売りもせずに屯ってるんだろう?
「ところで、二人はどこに引っ越したか解るかい?」
「ええ、北の方に行くと仰られてましたね。と、言う事でアークさん、お二人はもうここにはおられない事を解っていただけましたか?」
「ああ」
「それはよかった。それでは我々も仕事がありますのでお引き取り願えますか?」
どうやら、こいつは俺がイリアの親父さんが亡くなられている事を知っている事実を知らないらしい。
説明したとおり人間の住める土地は価値が高い。二か月も前に手に入れた土地がまだ売れていないなんて考えられない事だ。土地の高騰を狙っている可能性も無いわけではないが、まさかここに住み着くつもりでもあるまい。この事実が突破口になるかもしれない。
「ところでさ、ここってもう売れたの?」
「いえ、現在、高く買って下さるお客さまを探している最中でして」
「そっか、じゃあ俺に売ってくれるかい?」
「ふふふ、御冗談を。アークさんが買えるようになる頃には流石に売れていますよ」
まあ、そういう反応だろうな。俺の格好からみて金持ちには見えないわな。
買い手の付いていない土地。そして、いまだに取り壊されてないイリアの家。どうやら売れない理由があると見た。
「それに、おかしいな……。オヤジさんに借金があるなんて話聞いたことないんだよな……。つーか、あんだけ慎ましく生きていたオヤジさんに借金なんてあるはずがない」
「ほう、我々をお疑いで?」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど……。借金の証文とか見せて貰う訳にいかないか? それを見せてくれれば心おきなく帰れるってもんだ」
俺の言葉に『てめえ、なめんじゃねえぞ』と、チンピラーズが口々に罵ってきたが、それを片手で制すニヤけ男。
「お見せしたいのは山々なのですがね。我々の分は本社に保管されていてここにはありませんし、家主様の分は土地の譲渡の際にお渡ししてしまったので、お見せする事ができないんですよ」
「そっか、オヤジさんが証文を持ってるんだ?」
「その通りです」
よし、馬脚を現した。これで俺の勝利は確定だ。
「邪魔したね。でも、おかしな話だ。オヤジさんの墓はこの町にあるんだぜ? 死人に渡したなんてでっち上げもいい所だ」
こう言いきって俺はニヤリとした。それとほぼ同時にニヤけ男が怒りの表情を見せチンピラーズに俺を襲う様に怒鳴りつける。
後はこいつらをとっちめてここから追い出すだけだ。
俺はスラリと剣を抜き『フッ、安心しろ峰打ちだ』なんてカッコつけて勝利する。そして、イリアの家を取り戻し仲間達の尊敬を集める。
……そのはずだった。
実際は俺の剣は折れていたし、仮に折れていなくても結果は変わらなかっただろう。オリビエなら、イリアなら、ウィズなら……。そんな状況でもこの程度の奴らには負けなかっただろう。しかし、俺は弱い。功名心に狂っていた俺はその事を忘れていた。
多少、小賢しく舌が回るだけで、戦いは素人同然だったんだ、俺は……。
ものの数分で袋だたきにされた俺は不様にもその場から逃げだした。
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