第三話 『強力な仲間が加わった。しかし、何故か俺は嬉しいとは思わなかった』

第三話(1)『強力な仲間が加わった。しかし、何故か俺は嬉しいとは思わなかった』



 クエストに向かう道中での出来事である。


「しっかし、酷い話だよな……」


「それに関しては少し済まなかったと思ってるわ」


 俺の愚痴に対してオリビエがツンとした顔でそう答えた。


「要請がなかったって言っても、一緒に戦ったんだぜ? それなのに経験値なしとか、どんだけクソゲーなんだよ!」


 俺の怒りはもっともな物であると自負している。冒険者同士の会話と言えば冒険がらみがやはり多くなる。その中で『○○を倒したら経験値がどれくらい入った』なんて話題は最もメジャーなものであろう。


 無論、要請なしの参戦で経験値が増えない事は知っていた。ここいらの敵がくれる経験など、経験上たかが知れているので別に気にもしていなかったのだが、やはりこんな話題をしてしまったのはお約束と、言うやつなんだろう。


 即ち、オリビエにゴーレムを倒して得た数値を参考までに聞いてみたのだ。すると彼女はこう答えたのだ。「500入ったわよ」と……。10位だったら気にも留めなかった訳だが500と言えばレベル2になる数字だ。だから、愚痴るぐらいはしても罰は当たらないはずだ……。


「そりゃ、事情を知ってれば結果は違ったと思うわよ」


「いや、別にオリビエに対して文句言ってるわけじゃないんだ」


「そうかもしれないけど、結局は愚痴の矛先はわたしでしょ?」


「まあな……」


 そう思われても仕方なかったし、俺にその気が無かったとしてもそうなのかもしれない。オリビエと言う女の子はいい奴なんだが気が強い。彼女は不機嫌そうな顔で俺を睨みつけると俺は歯切れの悪い返事をした。


「勇者さま、ボクは強い敵と戦えただけでうれしいです!」


 事情を知らないイリアはあの時の戦いを思い出したのか興奮気味で話に混じってくる。ああ、お前のその純真さがうらやましいよ。


「それに、レアアイテムを貰えたのですから、それで良しとしましょう」


 やはり、俺の落胆の理由を知らないウィズもこんな感想だ。


「そうだな、いい物も貰えたし、経験値にはならなかったけど良い経験になったのも間違いないしな」


「はい、素敵なアイテムありがとうございました」


 嬉しそうな顔で答えるイリアの頭を俺は撫でてやった。すると、彼女はさらに機嫌のよさそうな顔になる。やはり、こいつは犬だな。こんな事を思っていると。


「ちょっと待ってよ! あれはあげたんじゃなくて、貸してるだけよ? 言った通り……」


 当然の如く、オリビエがこんな返しをしてくるのだ。しかし、その言葉を聞いたイリアがしょんぼりとした顔を見せるとばつが悪そうな表情となり言い淀んでしまう。


「……まあ、勝手に売ったりしなければ『返せ』なんてセコイ事言うつもりはないわよ」


「ああ、それは約束するよ」


 顔を赤くして、そっぽを向いたオリビエに俺はウインクをしてそう答える。


「……ウゥゥゥゥ」


 そんなやり取りの中、イリアがあげた唸り声に俺とウィズは素早く辺りを見回した。


 オリビエは一人、不思議そうな表情と言うかはっきり言ってしまえばイリアの豹変に引いていたのだが事情を知らないので仕方のない話だった。


 そして、俺が剣の柄に手を掛け、それが折れてしまった事を思い出した頃、派手な音と共にモンスターホールからモンスターが出現する。


 三体の人型生物。しかし、コボルトではなかった。ごつごつした堅そうな皮膚を持つ小鬼――つまりは。


「ゴブリンか! 『作戦A』で行くぞ」


 敵の種類を即断した俺は仲間達に素早く指示を出す。


「ちょっ、『作戦A』って何よ!?」


「『いのちをだいじに』!」


 やれやれだ。これまた素早く了解の返事をした仲間に対してオリビエがこんな疑問を口にした。それに答えてやる俺。


 ちなみに『作戦B』は応戦しつつ場合によっては撤退。『作戦C』は全力で撤退である。我がパーティーに『ガンガンいこうぜ』の様なアグレッシブな命令はないのだ。


「よく解らないから、わたしは勝手にやらせてもらうわ!」


 オリビエがこう宣言し、それが合図となりイリアとウィズも攻撃を始めた。



 そして、数ターン後。


「やりました、勇者さま!」


 はしゃぎ声を上げながらオリビエにハイタッチをしたイリアに何となく微妙な感情が沸き起こる俺。


「……あれ?」


 戦いは実にあっけないものであった。確かに仲間が一人増えたと言う事実はあった。しかし、ゴブリンはコボルトより強い。なのに、こうもあっけなく勝てるとは……。


 オリビエが強いのだろうか? 


それとも四人になった事がこれ程までの違いを作るものなのだろうか? 俺は何もしていないと言うのに!


何故だろう? この胸のもやもやは……。


俺の中で芽生え始めた、この違和感の正体は何だ?


「ところでオリビエさん、ウィズ達はどこに向かってるのでしょう?」


「え? 言ってなかったっけ?」


 ウィズの当然と言えばあまりに当然な問い。そう言えばそうだ。クエストにありつく事に必死で肝心の内容について何も聞いてなかったな。できるだけ簡単な奴を希望したいところだ。


「ここから……そうね、三日ぐらいかしら? この国の北端に『コマル』って町があるの知ってる?」


「えーと、ここか。……山間の町って感じだな。んー、これだと国境の沿いに行った方がいいのか?」


「そうね」


 彼女の問いに『冒険の書』付属のワールドマップで場所を確認しながら返事をする。何故だろう? イリアが地名を聞いた途端にそわそわし出したのは?


「どうした、イリア? シッコか?」


「そう言うデリカシーのない聞き方しちゃだめでしょ」


 イテッ。オリビエに剣の柄で殴られ、ウィズには冷たい視線で見られた。確かに言われた通りだが、イリア相手だとそれぐらいしか思いつかなかったんだよ!


 そんなやり取りの中、イリアはやっぱりそわそわしていて、何か言い難そうに少し顔を赤くしながら上目使いで俺の方を見てくる。やっぱり、シッコじゃないのか?


「違います、勇者さま。……あの……その……」


 シッコじゃないとすれば……ああ、俺がいると話しづらい内容か、すると女の子の日とかな? 確かにそれならモジモジしてしまうのはしょうがないってもんだ。なんて、俺は勝手に決め付けて一人ウンウンと頷くとウィズに耳打ちをした。


「どうやら俺がいると話し難い内容のようだ。ウィズ、俺はちと離れているんで話を聞いてやってくれよ。」


「アークさん、解りました」


「いえ、勇者さま、違うんです。実は……」


 俺がその場を離れようとすると、ようやくイリアは話しだしたのだ。


「そんな事はもっと早く言ってくれよ」


「そうです。水臭いのです」


「オリビエ、すまんが寄り道になってもいいよな?」


「まあ、事情が事情なだけにしょうがないわね」


以上はイリアの話を聞いての各人の反応である。


「ですが、冒険中に自分勝手な事を言い出すのが申し訳なくって……」


 それに対して彼女は心底申し訳なさそうにシュンとしながらこう答えた。


 イリアの話ってのは何て事はない。いや、こんな言い方をしてしまうと彼女に悪いか。要約すると『コマル』の町に向かう途中に彼女の故郷があり、こっちに向かうついでに両親の墓参りがしたい、って内容だ。俺の想像はすべて壮大な勘違いだった訳だな。


 それにしてもウィズではないが水臭い。確かに現在、仕事に向かう途中でしかも別パーティーと行動を共にしているとは言え俺が断るとでも思ったのだろうか? 


「いいかい、イリア? いや、ウィズもそうだ。今回の件で俺にはよくわかった事がある。確かに俺たちはまだ知り合ってから日が浅い。しかし、一緒に冒険する仲間だってのは間違いない事なんだ。だから、これからはこの手の遠慮は一切なしだ。解ったか?」


 俺の言葉に二人はそれぞれの言葉で肯定の返事をする。


「ふーん、あんた勇者っぽい所あるじゃない」


「茶化すなよ」


 そう言って悪戯っぽい表情をしたオリビエに思わず俺は照れてしまった。いや、この時は照れたと思っていた。


「じゃあ、道中で花でも摘んでいこうぜ」


「はい、勇者さま!」


 そう言ってニコリと笑ったイリアの顔はとても眩しかった。




「勇者さま、ここすり剥いちゃったんでお願いします」


「……ああ」


 まるで真夏の太陽の様なニコニコ顔のイリア。梅雨の雨雲の様などんよりとした俺。


「もうそろそろイリアちゃんの故郷が見えてくるんじゃない?」


「……そうだな」


 あれから二日が経った。


 その間は妙にエンカウント率が高く幾度もの戦闘が行われたのだ。しかし、いや、やはりそれら全てに大した苦労もなく勝利する俺たち。


 今だって戦闘が終わったばっかりだ。


 俺たちのパーティーは実に優秀だった。攻守のバランスのよいオリビエ。素早く力強いイリア。強力な魔法を駆使するウィズ。そして、何もしない俺。


 強力な仲間が加わったのに、何故か俺は嬉しいとは思わなかった。


 本来望んだはずの状況のはずなのに、だと言うのに何なのだ! 俺のこの微妙というか、沈んだというか、はっきり言ってしまうと、とにかく面白くないのだ。


「さっきのアシストは助かったわ、ウィズちゃん」


「ふふふっ、そう言ってもらえると嬉しいのです」


 ここ数日で三人の女の子は打ち解けたようだった。別に俺がハブられるなんて事はなかったのだが彼女たちが仲良くなる度に何となく疎外感を覚えていく俺。


 いや、ただの自意識過剰ってのは解っているし、自分から勝手に外れていっているのも理解している。だが、イリアの「勇者さま」って奴も段々とオリビエに向けて言っているように聞こえてくるんだ……。


「見えてきたようね」


「やったー!」


 オリビエの言葉にイリアの表情がパアッと明るくなる。


 そのイリアの表情を見てようやく理解した。


俺はオリビエに嫉妬しているんだ……。

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