第二話 『無一文では旅立てない。世知辛いものだ』
「じゃあ、今日はこれぐらいで解散かな」
「はーい」
「了解しました」
翌日の晩、酒場で再集合をして今後の方針を話し合った。話し合うってのは間違いだ。何故なら俺が一方的に決めてしまったからだ。イリアは全肯定だったしウィズも文句は言わなかったので問題はないだろう。
決まった事を箇条書きにしてみた。
・今日より十日間の内に残り一人が集まらない場合、三人で旅立つ。
・その十日間、路銀稼ぎと戦闘訓練を兼ねて近場のモンスターハントをする。
やはり三人では心もとない。かと言って、俺には時間がない。冒険をした事がないので評定に必要な『経験値』がどれだけ必要なのか解らないので出発までに余り時間を書ける訳にはいかないのだ。
次に資金問題の解決だ。むしろ、これが一番の問題であった。無一文では旅立てない。世知辛いものだ。色々と日雇いの仕事を探してみたのだが「冒険者なら、その方面で稼げ」と、悉くに断られてしまったんだ。そこで目を着けたのがモンスター討伐の報奨金だ。モンスターを倒すと、そのモンスターの強さに比例した報奨金が国から出るのだ。
朝出発して昼になったら引き返す方針を取る事にした。近場の敵と言うものはどういう訳だか(俺にとっては十分脅威だが)弱い敵が殆どである。戦闘訓練にもなるし一石二鳥って奴である。
「じゃあ、エリザ。弁当頼むぜ」
「ふふふっ、期待しててね」
機嫌良さそうな声でエリザがウインクをした。俺が重い腰を上げてようやく勇者らしい事を始めた事に気を良くしたのだろう。同い年の癖に母親かっつーの。
「どわぁぁぁぁああ!」
俺は今、全力で二匹の犬顔獣人――コボルト――から逃げまくっていた。
「勇者さま! そんなに動きまわったら戦えませんよ!」
俺を追うコボルト。更にそれを追うイリアが俺に抗議をする。
コボルトってのは獣人タイプのモンスターの中で一番下位に位置する敵なのだが怖いものは怖いのだ。言葉に従って止まったらえらい事になっちまう!
「そんなに動かれると魔法の照準が合いません」
ウィズまでこんな事を言いだしたが攻撃の対象に選ばれているんだから、やはり従う訳にはいかない。『お前らは無責任だ』と、激しく言いたかった。しかし、声を出した事により呼吸が乱れて走れなくなるのは危険極まりなかった。
どうしてこうなった!?
「じゃあ、がんばってきてね」
城門まで見送りしてくれたエリザが俺たちに手を振っていた。
そんな彼女を背に街道を行く俺達三人。取りあえず今日は街道を歩くことにしたのだ。そして昼となり草むらに座り弁当を食べ終わった頃、奴らが現れたのだ!
「勇者さま、何かが来ます!」
最初にそれに気付いたのはイリアだった。犬っぽい彼女にはどうやら嗅覚と言うか危険感知のような能力が備わっているらしい。
ウー、とイリアが虚空を見つめて唸り声を上げた。その刹那、眼前の空間に切れ目の様なものが現れ、その中から四匹のコボルトが出現する。
そう、この切れ目こそモンスターホールと呼ばれる別次元へ繋がる穴なのだ。この穴はある特定の場所を省きランダムで開く。それを壊すのが俺達の役目だ。
穴を塞ぐ方法は簡単だった。そこから現れたモンスターを全て倒せばいい。この場合、四匹を全て倒せば穴が消えるって訳だ。
――三対四……いけるか?
敵を見て素早く戦闘か撤退かの判断をするのも俺の役目だ。この判断をミスれば最悪全滅もありうる重要な判断である。
「勇者さま、やりましょう!」イリアがそう催促した。
――そうだな。
コボルトと言えば最弱クラスのモンスターだ。俺達より数が多いとは言っても何とかなるだろう。いや、この程度がどうにもならないのなら、この先やっていく事は出来ない。
「イリア、ウィズ! 行動方針は打ち合わせた通りに、だ!」
「「はい!」」
「『光よ!』」
こう叫び俺はコボルトたちに向けて手の平を向ける。そして一瞬だがそこから激しい光が巻き起こった。
これが俺の使える魔法二つ目『フラッシュ』の魔法だ。強烈な光を浴びせて相手の視力を少しの間、奪うという実にナイスな魔法である。
俺のフラッシュを浴びて目を押さえて苦しむコボルト達。
「はぁぁぁああ!」
そこにすかさずイリアが走り込み内の一匹に力任せの正拳突きをかます。ボコッ、という鈍い音がしコボルトAが後ろに吹き飛ばされる。
「『爛れよ!』」
ウィズがコボルトBに『ファイア』の魔法だ。拳ぐらいの大きさの火の玉が着弾すると全身に燃え移り苦悶の声を上げてその場に倒れるコボルト。
どうやら最初のターン(時間の単位:ターン=約10秒)で二匹仕留められたようだ。まずまずの戦果である。
次のターンにそれは起こった。
視力を取り戻した残りのコボルト達がギロリと俺を睨み『ウォォォォン』と雄叫びを上げながら、そのどちらも俺に襲いかかって来たのだ。
なぜ、俺に!
『フラッシュ』……追加効果:相手の怒りの矛先を自分に集めるぞ!
ふ・ざ・け・る・な! ……そして冒頭に戻る。
状況説明が長くなったが、要するに今、俺は逃げ回っているのだ。もはや後を追うのを止めたイリアとウィズを中心に円を描くように逃げ回る。
傍から見れば面白おかしい図かもしれないが俺はイリアの様に体術は使えない。ウィズの様に攻撃魔法を使えない。剣は使った事がない。即ち身を守る方法がないのだ。鎧も着てないので攻撃を喰らったら激しく痛い思いをするハメになる。そんなのはゴメンだ。だから逃げ回るしかないのである。つーより、そろそろターゲットを変えろよな……。
――考えろ、俺。
ゼェゼェという呼吸音が俺に逃げ回る事の限界を感じさせていた。
選択肢は二つ。一つ目は立ち止って敵の攻撃を避けつつ二人に攻撃の機会を与える。二つ目はこのまま走り回りウィズに何とか魔法を当てさせる。実はもう一つ――力尽きるまで走る――ってのがあるのだが、それは悲しい結果しか導かないので考慮に値しない。
「ウィズ! 何とか魔法を当ててくれ!」
一つ目の選択肢はリスクが高すぎるので二つ目を選ぶ。
「無理です。そんなに動かれるとアークさんに当たる恐れがあります」
速攻で却下された。しかし、選択肢一は心情的に選びたくはない。
――ん? 待てよ。俺に当たる、か……。
「ウィズ、俺に向かって『爆発』の魔法を打て!」
「それじゃあ、アークさんが死んじゃいますよ?」
ウィズが困惑顔で俺を見ていた。まあ、普通はそうだわな。しかし、限界が近い俺としては急いでもらわないと困る。
「いいから、打て!」
「んー、どうなっても知りませんよ……。
『爆ぜよ!』」
呪文の詠唱が始まった瞬間に残りの力を使って一気に加速しダイブする。俺の想像通り俺の少し前までいた空間にドカンという大きな音が起こると俺はその場に仰向けになって大きく息をした。
「二人ともよくやってくれた」
俺は息が整うと立ち上がる事もしないで二人にねぎらいの言葉を掛けた。
「しかし、大胆な作戦だったのです」
「いや、予定通りだよ」
もちろん俺が追われる事になったのは予想外であったが、その後の話である。俺の言葉に納得がいかなかったようなので説明してやることにした。
「激しく動いている敵を狙えないって事は俺を狙って打てば必然的に俺には当たらないって事だろ。だから俺を狙えと言ったんだ」
「でも、アークさんには当たらなくても敵に当たるとは限りません」
「だから範囲魔法なんだよ。俺の後ろを追って来る奴を根こそぎ巻き込めるだろ?」
「勇者さま、あったまいいー!」
尊敬の眼差しで俺を見つめるイリア。一応納得してくれたウィズは「リスクが高い作戦なのです」なんてまだ言っていたが俺もその通りだと思った。
――うーむ、せめて『防御』ぐらいはできるようにならんとな……。
今後の課題を思いつつも戦闘後はうれしはずかしのドロップ確認タイムである。
普通、丸焼きだ、爆発だ、で敵を倒したなら死体がえらくグロイ状態になるものなのではあるがモンスターとなると話は別だ。異世界からの使者たるモンスターは存在の力――通称『HP』――と呼ばれるものでこの世界に存在する事を許される。切ろうが焼こうが血が飛び散る等の残酷描写が起こらない。更に、それを完全に失うと消滅してしまうなんて、実にお子様にも安心してご覧になれる安全設計の世界観なのだ。
そして、消滅した後に稀に宝石やらアイテムやらが残される事がある。これが報奨金以外の収入となるのだ。
「うーん、残念。ドロップなしか。誰も怪我しなかったし、それだけでよしとするか」
俺の言葉にそれぞれの言葉で同意を示す二人。
時の流れとは思いのほか早いようで、そんな俺達の初勝利から十日が過ぎた。時には何も起こらなかったり、時には連続で戦闘に巻き込まれたり。幸いな事に誰一人として大きな怪我をせず三人の息も合い始めた気もする。そんな感じで時間が流れたのだ。
しかし……。
「ふざけんな!」
『冒険の書』を見つめながら思わす俺は大きな声を出してしまった。その俺の声にそれぞれ驚きのリアクションを見せる仲間達。
四人席のテーブルに仲間と共に座ってどっち方面に旅立つか、なんて話をしていた矢先の出来事である。
「アーク、どうしたの?」
エリザが心配そうな顔をしながら俺の前にジュースを置いてくれた。俺が真面目にやっている事のご褒美らしく最近の彼女はサービスがいいのだ。
「これ見てくれよ……」
そう言って俺は『冒険の書』をテーブルの中央に投げ出した。
エリザが「ふむふむ」なんて言いながらページを捲っていくそれを覗きこむように見るイリアとウィズ。
今日、今までの賞賞金をまとめて貰って来た。合計は150G。旅の消耗品を買うには十分な金額だった。だから、それはいい。
問題は『経験値』欄だ。パーティーの場合、仲間の数値も一括管理となっている。実は今日まで確認しなかったのだが、そこに書いてある数値が酷い有様だったのだ。
最下級のモンスターとはいえ、これまでに三十と四匹ほど倒してきたのだ。それなのに数値は全員揃って80。レベル2には500程必要な事を考えると、この仕打ちはあんまりじゃないかと俺は思う訳だ。このペースだとレベルアップに六十日ぐらい掛かってしまうではないか! だから、俺に残された時間を考えるととても危険な数値なのである。
「あれ? モンスター退治じゃあ、そんなに『経験値』稼げないの知らなかったの?」
「へ?」エリザの問いに思わず間抜けな声を上げてしまう、俺。
「『経験値』って要は『どれだけ人助けに貢献したか』を数値化したものでしょ。だから、クエストをこなした方が効率よく稼げるのよ?」
何だそりゃ、初耳だぜ……。
「試験のテキストに載ってたでしょ?」
唖然とする俺の間抜け顔を見てかエリザがそう加える。俺は特別枠だからテストの類は一切受けてないんだよ……。
「……今すぐ…」
「え? 何て言ったの?」
消え入りそうな声の俺。そして、それを聞き取ろうと俺に顔を近づけるエリザ。
そんな上手い話があるなら乗るしかないじゃないか!
「今すぐ、俺にクエストをくれ!」
思わずエリザの両肩を掴み力を入れて揺さぶりながら大きな声を出してしまった。「ちょっと、痛い」なんて彼女が抗議をしたが構うものか。
「だから、今すぐクエストをくれ!」
「勇者さま!」「アークさん、落ち着いてください」
自覚はないが、この時の俺の目は血走り、鼻は大きく膨らんでいた事だろう。そんな俺をイリアとウィズが宥める。少ししてようやく落ち着いた俺はエリザに「済まない」と謝罪して彼女の肩を放す。
「うん、アークがやる気になったのはとても良い事だと思うよ」
少し顔を赤らめながらエリザ。そんな前置きはどうでもいい。早くクエストをくれ。さっきから根拠なく、くれくれ言っている訳だが。冒険者がクエストを受けるのはこう言う場所と相場が決まっている。ううん、知らないけどきっとそう。
「……でもね。ないのよ」
彼女の言葉に思わず目の前が真っ暗になったような気がした。俺は力なく椅子に座ると、やはり力なく背もたれにもたれ掛り焦点の定まらない目で天井を眺めるのだ。そんな俺の様子を見て心配そうな顔で俺を見る仲間達。
「遠くて……よく……聞こえなかった。もう一度……言ってくれ……」
「うん、だからね。紹介してあげたいのは山々なんだけど……、決まりがあってね。紹介できるクエストがないのよ…」
エリザが申し訳なさそうに言葉を続ける。しかし、意気消沈した俺の耳には殆ど届いていなかった。彼女の言葉を要約すると冒険者に紹介できるクエストにはモンスターの目撃証言等からレベルが設定されていて冒険者のレベルがそれに達していない場合、紹介してはいけない決まりになっているようだ。
「昨日までは紹介できそうなのあったんだけど、もう別の人が受けちゃったのよね」
なんたるタイミングか!
彼女にそんなつもりはないのだろうが今の俺には『ぐずぐずしてるから仕事盗られるのよ』みたいな、追い打ちのような一言に益々落ち込んでしまう。
「うん、ここで紹介できるクエストはないけど、別の場所ならあるかもしれないよ」
俺を心配してかエリザは励ますように言葉を締めた。
「勇者さま! 別の町でクエスト探しましょうよ!」
「イリアさんの言う通りです。元々、旅立つ予定でしたし丁度いい機会なのです」
「……ああ、そうだな……」
俺はどうやら良い仲間を得たようだ。励ましてくれる仲間がいる。それがとてもとても嬉しかったんだ。思わず涙が出る程に……。この頬を伝わる水分は失望によるものではなく、感動によるものだと思いたいもんだ。
「毎度あり!」
翌日、雑貨屋で保存食、ロープと火種を購入。そしてカバンに詰める。勇者に支給されるカバンは見た目の数十倍の容量があり重さは見た目程度しかないという実に優れたマジックアイテムだ。よって荷物持ちは俺の役目となる。
余談だが『そんな凄い物なら売って路銀にできるのではないか?』などと思われた方もいるかもしれないが、支給された特殊な物品は全て『冒険の書』と連動していて売ったのがばれると即資格剥奪となるので、それは出来ないのだ。って、俺は誰に説明しているのだろうか……。
「少ないが、これでお菓子でも買ってくれ」
こう言って俺は二人に余った金を均等に分配した。旅費を抜いた分は山分けにしようと前々に話し合っていたからだ。一人20Gの分配金。二人は受け取りを拒否して「何かの備えにしてくれ」と、言ってくれたが強引に握らせる。お菓子を腹いっぱいになるまで買ったら無くなるような小銭ではあるが受け取ってくれないと俺が惨めになるってもんだ。
早くひと山当てて仲間に気を使わせないようにしないと、なんて激しく思った、ある晴れた日の出来事であった。トホホホ……。
エリザとはもう別れは済ませていた。イリアは半泣きで別れを惜しんでいたが今生の別れって訳ではないんだ。また、会う事もあるさ。ってか、『もう会う事がない』=『パーティー全滅』なので、また会わないと俺が困る。
門まで少し遠回りをしてから町を出て街道を行く。一年とはいえ住み慣れた場所をしばらく離れるのだと思うと感慨深い気分になってしまった為だ。
黙々と街道を行く三人。
時折、振り返って段々と遠ざかっていくハジメノ町が完全に見えなくなる頃に街道は分かれ道となる。『冒険の書』に付属している世界地図を見て行き先を考える。片方は俺の住んでいたトアルの村に続いている。もう片方はその内に鉱山の村と国境に分岐する道だ。
俺は迷わず後者を選ぶ。人が住める場所が決まっているこの世界では町の配置が不自然な事が多い。何故決まっているか、の説明は今回は省こう。とにかく今日、明日は野宿になりそうだ。
――リーダー失格だな……。
心の中でこんな事を呟いた。
エリザと別れて寂しいのだろう。いつも元気なイリアが道中ろくにしゃべらずに寂しそうな表情をしていた。こういう時に仲間の気分を盛り上げるのもリーダーの役目だ。だが、同じくセンチになっている俺もどうやったら場が盛り上がるか、なんて考える気にもならなかった。
やがて空が赤く染まり始める。遠くに森が見えてきた。街道があるとはいえ、日が落ちる前に森を抜けられるとは限らない。夜の森と言うのはモンスター以外にも野獣に襲われる危険も高い。近くに川もあるし夜営をするなら視界の良いここら辺がいいだろう。
「今日はここら辺で野営をするか」
「そうしましょう」
「じゃあ、俺、薪拾って来るわ。お前達はここで休んでてくれ」
俺はウィズの「はい」と言う返事を背中で受けて、その場を離れた。
ここに決めた理由はもう一つあった。薪が拾えそうな場所まで距離があったのだ。そう、少しの間だけでも俺は一人になりたかったんだ。
――やっぱ、ニートに勇者は務まんねえな……。
こんな自虐をしながら、ゆっくりと薪を拾ってゆく。十日に渡るモンスター退治で少しは自信が付いたと思っていた俺だが思わぬ処で自信を失ってしまった。しかし、不思議と現状から逃げる気にはならなかった。そもそもの目的は資格の延長だったのだが仲間を得て、俺の中で別の感情が芽生えていくのを感じていたからだ。
――しっかりしないとダメだ。
拾った薪を一度地面に置いて両頬を張って気合いを入れる。勢いが余って少しヒリヒリする気がしたが、まあ、こんなもんだろう。
そして、仲間の元に戻る。気合いを入れた為か何だかイリアに気の利いた一言を言えるような気がした。
「あー、悪い、悪い。中々乾いた枝がなくてな。……って」
誰もいなかった。最初、場所を間違えたか? なんて思ったが俺の置いていったカバンがあるのでここに間違いがないはずだ。
――見捨てられたか?
いや、流石にそれは早すぎる。旅の初日に見限られるようなミスをした覚えはないし、そもそもこんな俺の仲間になってくれた奴らだ。そこまで薄情なはずがない。なら、敵に襲われた? いや、それもないはずだ。ここには争った形跡が一切ない。不意を打たれてスリープの魔法なんかで行き成り無力化されない限りは……。そうか、その可能性があるか。突然の事に若干混乱気味の俺は間抜けな思考を働かせる。
――そうだ!
俺は急いで『冒険の書』を開き『ミニマップ』を表示させる。パーティーメンバーの所在地が半径500歩以内であれば表示されるからだ。あった! 川の方に二つの青い点。二人はそこにいるみたいだ。
ミニマップを見ながらそこに走る。青い点に動きはない。理由は解らないが二人はそこで何かをしているようだ。とにかく急がねば。
やがて川の中に見える二つの肌色の人影。
肌色だと? 服を着ていないとでも言うのか?
キャッと言う二人の声が聞こえる。
額に冷たい物が流れた。
も、もしや……、敵に捕まって服を剥がれて……。あんな事とかこんな事とか描写してしまうにはR15にレーティングを上げないといけないような事になっているのでは……。急がなくては二人が危ない。俺一人でどうにか出来るか何て事は今は考えられなかった。
――今、助けてやるぞ!
俺は剣を抜き、雄叫びを上げながら足を速める。そして、川に入ると慎重に周囲に視線を動かしながら戦闘態勢を取る。二人は驚愕の表情で俺を見ていた。きっと、恐ろしい目に会っていたのだろう。だが、俺が来た以上はもう大丈夫だ。
「俺が相手だ!」
しかし、何も起こらなかった。緊張が走る。そして、再び周囲に視線を動かす。俺にはイリアの様な嗅覚はない。敵はどこから現れるんだ?
「『出歯亀に制裁を!』」
突如、近くで爆発が起こりその爆風で河原まで吹き飛ばされる俺。
クッ……、背中に痛みが走った。敵がどこから攻撃してきたか感知できなかった。しかも、爆発の魔法まで使えるとは……。かつてない強敵に背筋がゾクっとするのを感じた。普段の俺ならここでそのまま倒れている処だったろう。だが、男には倒れてはいけない時がある。それが今だ。俺は立ち上がると再び構え直す。
「……何の相手を……してくれるのでしょうか?」
ウィズは肩をプルプルと振るわせて俺に質問をしてきた。
「いいから、早くこっちに来るんだ!」
確かに二人は全裸だ。その状態で俺の方に来るには躊躇いがあるだろう。しかし、今はそんな事を言っている場合じゃないんだ!
「勇者さまも一緒に水浴びする?」
「ちょ、ちょっと、イリアさん!」
もしや、魅了の魔法でも掛けられているのか? イリアが俺に手招きをしていた。これは益々危険だ。早く何とかしないと……。
――ん? 水浴びだと?
額から嫌な汗がダラダラと勢いよく流れる。血の気が引いて行くのを感じる。そして、俺は無言でぎこちなく『回れ右』をした。
何て事はない。いや、大問題なのだが……。単純に事実だけを記述すると、俺は二人の水浴びを覗いたってだけの話だ。俺にそのつもりが無かったとは言え事実は事実である。
「信じてくれなくてもいいから聞いてくれ」
二人が着替えるのを待ち、弁明タイムに突入した。イリアはニコニコしていて、どうやら気にしていないようだ。しかし、問題はウィズだ。当たり前の話なのだが俺に裸を見られて怒っていた。
「これから俺のする話は神でも仏でも何でもいい――あらゆるものに誓って本当の話なんだ。……いや、その前に謝る。本当に済まなかった」
俺は二人に深々と頭を下げると言葉を続けた。
「俺は敵に襲われていると思っていたんだよ。水浴びを覗いた訳じゃないんだ。だから二人を助けようと思って…」
「まあ、確かにそんな感じの『お芝居』でしたね」
やはり、ウィズは信じてくれない。いや、イリアまで「そんなお芝居しなくてもボクは一緒に水浴びしてもいいんですよ」なんて嬉しいやら困るやらの返答だ。
二人は確かにかわいいがパーティーメンバーと色恋含めて軋轢を生むような事をする気は俺には断じてないんだ! 畜生、こんな事ならちゃんと見ておくんだった。
実際の処、俺には『荷物を置いてどこかに行ってしまうなんて不用心だ』とか『どこかに行くなら一言いってからにしてくれ』とか言いたい事があったのだが、それを言ってしまう彼女の怒りに油を注ぐだけのような気がして言わなかった。
「俺にその意思はなかったとは言え、出歯亀した形になったのは事実だ。さあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
こう言葉を締めて俺は地面に胡坐を掻いて座る。さあ、殴るなり蹴るなり好きにしてくれ。そして、それで俺を許してくれ。
ふくれっ面のウィズ。そして、二人の近くでオロオロと心配そうにしているイリア。そのまま何も起こらず時間が過ぎていく。
「……解りました。アークさんの言葉を信じましょう。でも、どんな理由にせよ、出歯亀の事実は消えません。これからはこういう事がないようにお願いしますよ」
やがて、ウィズはふうっとため息を一つ吐くと俺の謝罪を受け入れてくれた。それに俺は「もちろんさ」と、答え、イリアは「ワーイ」なんてピョンピョン跳ねていた。
「でも、本当にびっくりしたんだ」
「何がです?」
「いやな、戻ったら誰もいなかった訳だ。だから、モンスターにでも襲われたのかと思ってさ。……ホントだぜ?」
食事を終えてウィズの怒りが完全に収まったころ合いを見てこんな話をした。今日の出来事が後々の亀裂になると困る。だから、俺なりにフォローを入れてみる事にしたのだ。
焚火に薪をくべながら、できるだけ穏やかな声でその後の俺の心境を語っていく。
イリアは「そんなに心配してもらって感激です」なんて言ってくれたが、ウィズは言葉を発さずに俺の言葉に耳を傾けていた。どこか嬉しそうな表情で話を聞く彼女。どうやら俺の心配は杞憂となりそうだ。
勇者というものは実に大変な役割だ。もし、時間が巻き戻せるのなら投げ出したいなんて思ってしまう。
だが、同時に悪くない。この時の俺はこんな事を思い始めていたんだ。
翌朝、「後、少し……」なんて寝ぼけているイリアを強引に蹴り起こし、川で水を汲むと旅の再開となる。「さて、分かれ道になったらどっちに行こう?」なんて会話をしながら森へと入る。森と言っても街道が通っているので迷う心配はないし、そもそも迷うほどの大きさでもないようだ。
それが起こったのは森に入ってしばらくたった頃だった。
幾度かに及ぶキーンという金属音。女性のものと思しき声。そして、イリアのウーッという、うなり声。
「行ってみよう」
俺はそうとだけ二人に告げる。そして、走り出す俺たち。
「はぁぁぁあ!」
声の主は肩を完全に隠すぐらいの長さの朱色の髪をした少女。気合とともに両手で持った剣を振るう。少女は革で作られた胸当てをしていた。恐らくは戦士か俺の同業者だろう。
対するは6歩(約3m)もあろうかという石材でできた巨人――ゴーレム――だ。
少女の剣は見事に敵を捕らえる。しかし、ゴーレムの堅い石肌に弾かれてしまう。少女の顔には疲労の色が浮かんでいてハァハァと肩で息をしていた。どれくらいかは解らないが結構な時間、死闘を演じているようだ。
「助けはいるか?」
「手を出さないで!」
どう見ても劣勢だった。しかし、俺の言葉をあっさりと拒否をする、少女。
「おい、どうみて負けそうだぞ?」
「あれは『ネームド・モンスター』です」
ウィズの言葉に、なるほどと頷く。
確かによく見るとゴーレムの額には普通のと違いますよ、と言わんばかりに淡く光を発する文字が浮かんでいたのだ。一定のエリア内には多少の差はあれども基本的には同じぐらいの強さの敵が出現する。しかし、ごく稀にそのエリアでは考えられないような強さの敵が出現する事があった。それが通称『ネームド・モンスター』だ。
『ネームド・モンスター』はレアなアイテムをドロップする事があるし、倒す事が出来れば冒険者として箔がつく。だから、一人で倒したいって気持ちも解らんでもないが。
「だからって、死んじまったら元も子もないだろ!」
ゴーレムの巨大な拳が少女に向かって振りおろされる。それを間一髪の処で横に跳んで避ける少女。そのまま地面をゴロゴロと転がって距離を取ろうとした。
本人の希望とは言っても、死ぬまでボーっと眺めてました。なんて事になったら寝覚めが悪すぎるってもんだ。ここは乱入させてもらうぜ!
「ウィズ! あいつの頭に爆発の魔法だ!」
「はい! ――『爆ぜよ!』」
敵と少女との距離は十分にある。巻き込む事はない。俺の指示にウィズは素早く魔法を唱える。ドカンとゴーレムの頭部に爆発が起こり奴の頭の四分の一ぐらいを削る。
ニート時代、頻繁に図書館に通っておいてよかった。図書館にあったモンスター図鑑は俺のお気に入りであった。奴には状態異常や元素系(ファイア等)がまったく効かない代わりに打撃系の攻撃がよく効くのである。
すなわち俺はまったくの戦力外となってしまうのだが、そんな事はいつもの事で我がパーティー的には得意な敵に分類されるのだ。
不意を打たれたゴーレムがこちらを向く。この間に体制を立て直してくれよ。
「イリア!」
「はい、勇者さま!」
俺の言葉でイリアが敵に跳びかかっていく。大ぶりのパンチを腹部に放つ。
よし、いい感じだ! こんな事を思った矢先……。
「いったーい!」
イリアが手を押さえて痛がったのだ。いや、考えてみれば当たり前の気がする。素手で石殴ったんだもんな……。これじゃあ倒した頃には彼女の拳が潰れてしまうかもしれない。
――考えねば。
今、ゴーレムはイリアを標的にしている。その後ろの方でようやく起き上がった少女。ゴーレムの石の拳が二度、三度とイリアを襲う。攻撃の速度はさほど速くないようで彼女はそれをなんとか避けきれている。攻撃する度にゴーレムから破片の様な物がパラリパラリと落ちているのに気がくつ。それが発する地点は頭部。
頭部を注意深く観察してみた。爆発によって砕けた部分から僅かではあったが亀裂が走っていた。ここを狙えば!
「ウィズ、俺の合図で頭部にもう一度、爆発だ!」
「無理です。爆発魔法はしばらく使う事ができません」
「なら、イリア! 奴の頭を殴れないか?」
「勇者さま、手が届きません!」
ちっ、あの少女を巻き込むリスクを少しでも減らす為に頭を狙わせたのが失敗だったか。こんな事なら胴を狙わせればよかったぜ。
と、なると……。
「ウィズ、当てなくていい。奴の足元にアイスの魔法を可能な限り連射! イリアはその場で回避専念だ」
「はい! 『凍えよ!』」「勇者さま、解りました!」
ウィズの魔法を受けてゴーレムの足元が徐々に凍り始める。どうやらコイツには碌な知能がないらしく、偶にバランスを崩しながらもイリアを攻撃し続ける。
残る手段は奴を転ばせて頭部を攻撃できるようにするしかない。その為の第一歩として足元を滑りやすくする。そして、足元に衝撃を与えて転ばすってのが俺のプランだ。止めはイリアが指す事になる以上、この役は俺がやるしかないか……。
「わたしは何をしたらいい?」
「お前は黙ってろ!」
「え? うん……」
例の少女が俺に指示を求めてきたがそれを一蹴する。俺の頭の中には仲間との連携しか組まれていない。それに今、タイミングを測っているんだ。邪魔をしないで欲しいものだ。
「今だ! ――イリア、奴がこけたら頭を全力で蹴れ!」
ゴーレムがバランスを崩し軽くよろめくのを見て、俺はダッシュを掛けた。そして、奴の手前で足目掛けてスライディングをかました。頼むから転んでくれよ!
ドカンッという大きな音を立てて前のめりに倒れるゴーレム。下敷きにされてなるものかと勢いを生かしてゴロゴロと前に転がる俺。
「うおぉぉぉおお!」
そして、気合いと共に奴の亀裂のある部分に蹴りを入れるイリア。
――勝った。
体にパラパラと破片の様な物がかかるのを感じて俺は勝利を確信した。ゴーレムって奴は文字のある場所を破壊すると他の部分にダメージが一切なくとも壊れちまうんだ。そして、文字があった場所は頭部。奴は沈黙したはずだ。
俺はゆっくりと起き上がり仲間に向けて親指をグッと立てる。それを見て喜びの声をあげる二人。後は消滅するのを待つ――何だと!?
頭部の無いゴーレムが起き上がったのだ。それを見て俺は「散れ!」と言うのがやっとだった。四人で奴を囲む形となる。
「……どうしてだ?」
「アークさん、ゴレームの胸に文字が!」
なんてこった。ウィズの言葉に愕然としてしまう。頭部のがフェイクだったのか元々二つあったのかは解らない。とにかく、まだこいつが生きている事だけは事実だ。
「キャッ!」
奴の攻撃がイリアを掠めた。どうやら攻撃の速度が上がったようだ。
「まだ無理です!」
俺の視線を感じてかウィズが尋ねる前にこう叫んだ。
畜生、手詰まりか……。
「必殺技を使う為の時間を稼いで頂戴!」
撤退を視野に入れ始めた頃、少女がこう叫んだのだ。
「どれくらい? つーか、それでどうにかできるのか?」
「わたしを信じて3ターン耐えて!」
「解った!」
俺としては、その必殺技とやらでこいつを倒せるかどうか半信半疑であったが、それぐらいならどうにかなるだろう。それで無理なら素直に逃げよう!
俺の答えを聞くと少女は両目を瞑り黙想を始める。
「ウィズは下がってくれ。イリアは現状維持の回避専念だ」
幸いな事にゴーレムのターゲットは現在イリアにある。ここは奴の注意をこっちに向け続ける為に俺も前に出ざるを得ないだろう……。
少女がゆっくりと剣を下段に構える。
「おおぉぉぉお!」
俺はやけくそ気味に雄叫びを上げると剣を抜き切りかかる。どうやら奴に回避する意思はないようで見事命中させる。嫌な音を立てて宙を舞う刀身。
「おぉぉぉおお!」
これは雄叫びではなく剣が折れた事による俺の絶叫である。そう言えば初めて戦闘で剣を使った気がする。貰ってから手入れをした事が無い安物の剣。それを素人が使ったものだからある意味当然の結果かもしれなかった。
少女がこれまたゆっくりと円を描く感じで上段に構える。その刀身からは淡い光が漏れていた。
「うおおおおぉおぉ!」
これは運悪く奴のターゲットがこっちを向いて、それを運よく紙一重で避けられた俺の魂の叫びである。
「待たせたわね! 勇者の一撃『雷撃斬』を受けよ!」
こう叫び少女が剣を縦真一文字に振るう。まるで雷が落ちたような轟音と共に振り下ろされた必殺の一撃。それが見事にゴーレムの体を両断した。
必殺技による余波で棚引く彼女の朱色の髪、そしてマント。彼女は一度目を閉じるとゆっくりと息を吐きながら剣を鞘に戻した。
そんな彼女の姿を見て俺は美しいと言うか、かっこいいと言うか……。思わず見とれてしまって、凄く勇者っぽいな。なんて場違いな事を考えていた。
「やったー!」
イリアのはしゃぐ声で我に返る。『そうか勝ったのか』なんて思いながら、かっこいい少女とは対照的にその場にへたり込む俺。そして、その束の間にブルッと言うかゾクッと言うか……、とにかく悪寒のようなものに体を支配されるのだ。
「アークさん、やりましたね」
無様な格好をしている俺の肩を軽く叩くウィズの声でその正体に思い当たる。思えば初めて命のやり取りをしたような気がする。勝算のない、下手をしたら俺だけではなく仲間二人の命でさえ失う危険のあった戦い。そんな戦いに勝てたのだ。この脱力感はそれからの解放と損害を出さずに勝利することのできた事による安堵感から来たものなのだろう。『後武者震い』とでも名付けてみようか?
「別に助けなんて求めてたわけじゃないけど、一応、礼は言っておくわ」
ようやく虚脱感から解放され俺が立ちあがった頃、少女がこんな事を言った。不機嫌そうな顔。そして、自らの腕を前に組んでいる姿はとても礼を言っているようには見えない。
「強がるなって、俺たちがいなかったらどう見ても勝てなかったろ?」
恩を着せるつもりで助勢に入ったわけではなかったが、彼女のそんな態度に少しムッとしてこんな大人気ない言葉を発してしまうのだ。
「それなのにその態度ってどうよ?」
「何よ! 助けは要らないって言ったじゃない!」
「……お前な、そういうの逆ギレっていうんだぜ?」
「わたしはお前じゃないわ。オリビエって名前がちゃんとあるの! それにキレてなんかないわ。わたしは単に事実を述べただけよ!」
オリビエと名乗った少女が興奮して俺に詰め寄ってくる。しまった。俺は早くも後悔をしだすのだ。感情的になった女性との口ゲンカに男は勝てる事なんてできやしない。何故なら相手が絶対に負けを認めないからだ。
「大体、あんたなんか指示出してただけじゃない! それなのに恩着せがましく…」
ああ、やっぱ駄目だ。俺が躊躇して言葉を止めた瞬間から矢継ぎ早に捲し立てる彼女。
こういう時は相手が勝ち誇って言葉を止めるまで、ただじっと耐えるしかないんだ。
「勇者さま!」
そんな俺を救ったのはイリアであった。そう呼ばれると俺とオリビエが一斉に彼女の方を向く。確かに彼女も勇者なのだろう。しかし、イリアが呼んだのは当然俺の方だ。それに気がつくと彼女は顔を赤くして俯いてしまう。
「勇者さま、箱がありますよ」
イリアが先ほどまでゴーレムがいた辺りを指差す。流石、ネームド・モンスターだ。今までにそんな事が起こらなかったんで、すっかりと忘れていたがドロップがあったようだ。
「ウォホンッ」
それを見た俺はわざとらしい咳払いをする。さらにそれを受けてオリビエは少し考えた後に「山分けでいいわ」なんて言ってくれる。どうやら悪い奴ではないようだ。
「えっと、開けるのはわたしでいいわよね?」
オリビエの言葉に頷くと四人で箱を囲むように立つ。
「ドキドキします」
「ああ、そうだな」
ウィズの言葉に素直に同意を示す俺。箱を開ける瞬間ってのは冒険者にとって一番わくわくする瞬間なのだ。
「じゃあ、開けるわね」
こう言ってオリビエが片膝をつき慎重に箱を開けた。その中に入っていたのは美しい装飾の施された一組の手甲。手甲と言っても腕を覆う部分はなく、どちらかと言うとナックルと言った方がいいかもしれない。
「ボク、着けてみていいですか?」
俺が無言でオリビエに視線を向けると、彼女はこれまた無言で頷く。それを見てイリアが「わーい」なんて喜びながら手甲をはめてその場でシャドーボクシングを始める。それをやはり無言で見詰める勇者二人。
恐らく考えている事は同じだろう。すなわち『どう処理しよう?』って事だ。山分けにする以上、売って金を分けるか、さもなければ片方ずつを分けるって事になる。言葉にしてしまって後者は改めて馬鹿な考えだと思った。こういうものは大抵セットで効果を発揮するものなのだ。
「えっと……」
「うん……」
「あ、そっちからどうぞ……」
先に述べた通りネームド・モンスターのドロップ品は特殊なアイテムだ。二度と手に入らないかもしれない物である以上は売ってしまうのがもったいない気がする。やはりオリビエも同じことを考えているのだろう。だから、歯切れの悪い言葉を発してしまう。
「勇者さま! これ凄いですよ!」
イリアがはしゃぎながら近くにあった木に向かって正拳突きを放つ。ヒュンと言う風を切る音がした。距離があったので彼女の拳は木には届いていない。しかし、その木の幹には何か堅いもので殴ったような跡が残ったのだ。
思えば今までイリアは素手で敵を殴っていたわけで、これがあれば彼女の拳を痛める心配が減るような気もする。かと、言って彼女に武器を買い与える余裕など我がパーティーにはない。うーむ、どうにかこれを貰えないもんか……。
「それはソニックナックルなのです。イリアさん、よかったですね」
その様子を見ていたウィズが一瞬だけ鋭い表情をした後、ニコリとしながら解説を始めた。これはどうやら武道家用のアイテムらしい。彼女が『武道家用』って処を強調したのを俺は見逃さなかった。これはウィズなりの援護射撃に違いない。
少しの間、シャドーボクシングを楽しんでいたイリアがそれに満足したのかナックルを外して箱に戻した。しかし、やはり未練があるのだろう。彼女は指をくわえながら名残惜しそうにそれを見つめている。
オリビエは少し複雑そうな表情でその光景を眺めていた。俺はそんなオリビエを無言で見る。それに合わせるかのようにウィズも彼女に視線を向けた。
「むー……」
その二つの視線に気がついたのかオリビエの表情が困ったような感じに変わる。
「アークさん、これはイリアさんが使うのが一番だと思うのです」
「いや、山分けって決まったんだから売って山分けにしよう」
ウィズがこんな事を言ったが彼女の目線から別の意図を読み取った俺がすかさず彼女の言葉を否定した。イリアが涙目で俺の方を見ていたが、安心しろ、たぶんこれで落とせる。
「えっと、オリビエだっけ? 意地汚い処を見せて済まなかったな。最寄りの町に寄って換金しよう」
こう言って俺は箱を拾い上げると、その蓋を閉めてオリビエに渡す。彼女は箱に手を伸ばしてはいたが実にバツが悪そうな表情だ。
ふふふっ、勝ったな。
「わ、わかったわよ。これはあんた達が使っていいわ。……でも、勘違いしないでよね。
所有権の半分はわたしにあるんだから、売ったり無くしたりしたら承知しないわよ!」
オリビエは箱に伸ばした腕を組むとそっぽを向いてこう言った。それを聞いたイリアが瞳を輝かせながら喜びの声をあげた。
「いいのかい?」
「どうせ、わたしには意味のないものだし、売るのも勿体ないじゃない」
その言葉を聞いた俺は内心ニヤリとしながらも彼女の手を取り「ありがとう」と礼を述べる。しかし、礼を述べる前に「イタッ」と言う声とともに手を引っ込められてしまった。
そりゃそうだな。俺たちが来るまで、あんなモンスターと一人でやりあってたんだ。怪我の一つもするわな。
「どこが痛むんだ? 見せてみろよ」
俺がこう言うと彼女は素直に「ここらへん」と、右肩のあたりを指差す。
「ちょっと、何こっち来てんのよ!」
「おいおい、動くなって」
俺は彼女に密着するように近づくとそこに回復魔法を掛けてやった。
「へー、あんたって回復魔法が使えるんだ」
「まあ、修行不足なんでこんな風に触らないと効果でないんだけどな」
こんなやり取りの中、俺はオリビエからいい匂いがするのを感じていた。改めて見ると彼女は気の強そうな感じではあるが、かなりの美人である。それにグラマーだ。仲間二人は薄っぺらいと言うか、とにかく数年後に期待しようって感じなので尚更にそう感じてしまう。そんな彼女から女の子特有のいい匂いがしてきたんだ。俺に胸の鼓動が高鳴るのと同時に邪な心が芽生えてしまったとしても仕方がないってもんだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと! どこ触ってんのよ!」
「ん? 鎖骨のあたりだが?」
「いや、そうじゃなくて……」
実際にはおっぱいを触っているのだが、俺は極力真面目な表情を作り、いかにも『これは治療行為ですよ』みたいに平静と言ってのける。
初めて触れるそれの感触は余りに気持ちよくて、役得とばかりに少し味わったって罰は当たらないはずだ。
「いいかい、オリビエ。臓器へのダメージってのは解りずらいもんなんだ。この際だから全身に魔法掛けといてあげるよ」
「え? そうなの?」
まったくの大嘘であったが、言葉巧みに地面に彼女を寝かすと、おさわり――もとい、触診を開始した。
「……んっ…あ…んっ……」
俺のいやらしい手の動きに合わせるかのようにオリビエが切なそうな声を上げる。それが俺のスケベ心を加速するのだ。
柔らかくてとてもいい感触だった。そう言えばこんな風に女の子の体に触れるのは初めてだ。こんな事を考えながら彼女の体の感触を楽しんでいく。だから、ついつい俺のボルデージがマキシマムになってしまうのは仕方がないって事で……。つまり、もっと彼女の感触を味わいたいと強く思ってしまったわけで……。
当初、軽く触れるように手のひらを当てているだけだったのが徐々に指でなぞる様に彼女の乳房を玩び徐々に下半身へと向かっていく。
「……もう……いいん……じゃない?」
彼女が潤んだ瞳でこう言ったが、初めて触れる女の子の柔らかい感触にすっかりトリップしてしまった俺にはそんなもんは届かない。それどころか今の俺には別の意味にさえ聞こえてしまう。
ああ、もう行くところまで行っちまおうか!?
「勇者さま!」
こんな事を思っていた時、イリアが俺にダイブしてこなかったら今頃、俺の指はオリビエのスカートの中を這っていた事だろう。そして、彼女の言葉にハッと我に返る。
やはり、と言うか当然のごとく、イリアとウィズには俺が治療行為などしていない事は解ってしまったのだろう。イリアは手をギュッとして怒った様な顔で俺を見ていたし、ウィズは軽蔑の眼差しを向けていた。
俺は流石にばつが悪くなり咳払いを一つすると「もう終わりだ」なんて出来るだけ平静を装いオリビエに告げた。
「そう……ありがと」
と、本人には俺の破廉恥な行為がばれていない事が幸いと言うものだった。仲間の冷たい視線を和らげるためにも話題を変えねば……。
「ところでさ、オリビエは一人旅なのか?」
「そうよ」
「ふーん」
「あ、勘違いしないでよ。別に『仲間のなり手がいなかった』とか、そういうのじゃないから」
「いや、別にそんな事、言ってないだろ?」
何だ? こいつには被害者妄想でもあるのか? その手の話題は俺的にもタブーなんだから言うはずがないつーの。
「そう? なんかアンタの目が『寂しいやつだな』みたいな感じに見えたけど……。まあ、いいわ。ただね、わたし一人でどこまでやれるか試したかったのよ」
「でもよ、試したかったからってあんな無茶はするもんじゃないだろ……」
「うっさいわね。まあ、確かにわたし一人だったら倒せなかったかもね……。一応、感謝しとくわ」
そう言って彼女はフンッと横を向いてしまった。なんだ、可愛いじゃねえか。
「じゃあ、わたし先を急ぐから。また、どこかで会ったらよろしくね」
「ちょっと待ってくれ!」
「な、何よ?」
「今、先を急ぐって言ったよな?」
「……ええ」
「そう言えばオリビエは何処に、いや、何をしようとしているんだ?」
彼女の言葉に引っかかるものを感じて即効で引きとめる。どうやら、これが正解だったらしい。
「うーん、そんな事アンタに言う必要なんかないと思うけど……。まあ、いいわ。王都でクエストを受けてね。それで依頼先に向かってる所だったのよ」
「お前ってレベルいくつだっけ?」
「3だけど?」
こいつだったのか! こう俺は直感した。冒険者の急ぎの用と言えばクエストと相場が決まっている。俺たちからクエストを奪った奴に出会えるなんてなんて幸運なんだ。いや、彼女が悪いなんて事は全然ない訳だけど……。とにかく、そうと解れば俺の選択肢は一つしかなかった。
「オリビエ、レイドを要求する!」
「え?」
「勇者さま! レイドって何ですか?」
俺の突然の要求に驚いた顔のオリビエ。イリアがそんな疑問を上げたので説明しておこう。勇者のパーティーは四人までと決まりがある。しかし、何百と敵がいるのが解っているクエストに四人で挑むなんて無謀を通り越して無茶ってもんだ。そこで、そんな時のために複数のパーティーで共同戦線を組みクエストに臨む事が許されていた。それがレイドである。まあ、今回の件は俺たち三人に彼女は一人なのだからパーティーの規定数に納まるわけだが勇者のパーティーに勇者は一人が原則なので少々、複雑な事となってしまう。
「うーん、どうしようかな……」
思案顔でこんな事をのたまうオリビエに対して俺は必死だった。経験値大量ゲットのチャンスを逃してなるものか!
「いいかい、オリビエ。今更こんな事を言うのはいやらしい事だが……。先ほどの戦いだって俺たちが駆けつけたから勝てたわけだ。命の恩人とか、そんな事を言うつもりはないんだ。でも、俺たちが結構使えるってのは解るよな?」
「なんか、物凄く恩着せがましいわね……。それに低レベルのクエストごときに何でそんなに必死なのよ?」
「それは……」
俺は仲間二人を見やって思わず言い淀んでしまう。俺の冒険の目的は実の所、彼女たちには告げていない。言う機会がなかったからじゃない。『資格をはく奪されそうなんで冒険します』なんて物凄くかっこ悪いじゃないか!
「ちょっと、こっち来て」
しかし、彼女の疑問はもっともである。そこで素直に理由を話して同情を引こうと俺はオリビエの手を取り、仲間から少し離れると正直にその事を告げる。彼女は呆れた様な顔をしたが理解を示してくれたようだ。
「アークさん、何を話していたのですか?」
「ああ、勇者だけでちょっと交渉をな……」
俺はウィズの疑問を適当にはぐらかすと話を再開した。
「で、レイドの件は受けてくれるかい?」
少しの間、オリビエはジト目で俺の方を見ていたが、やがて溜息を着くとこう言ってくれた。
「しょうがないわね。まあ、確かに足手まといにはなりそうもないし、今回だけは一緒にクエストをやりましょ」
その言葉に感極まって彼女の手を取りブンブンと握手をする俺。すぐに「痛いわよ」と、オリビエに振り払われてしまったが、そんな事はどうでもいい。
これで何とかなるかもしれない。この時の俺はそんな期待で一杯だったのだ。
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