勇者Lv1
佐藤コウ
第一話 『「冒険したら負けかな」とも言っていられなくなってきた』
「勇者アークさん」
受付嬢が俺の声を呼んでいた。エプロンドレスを来た小柄で可愛い子であったが俺は特にドキドキする事なくカウンターへと向かって行った。
「では、これからも頑張ってくださいね」
彼女が差し出した『手帳』を俺は覇気なく頭を掻きながら受け取った。彼女は微笑みの変わりに、ややニヤケながら俺にそう言うと退室していったのである。
『勇者更新所』とのプレートのあるこの部屋にはもう俺しかいなかった。部屋に備え付けてある木製のベンチに力なく座ると天を仰ぎ見る。『手帳』を本来は確認するべきなのであるが、それは気が進まなかった。だから、天を仰ぎ見る。実際は木張りの天井しか見えない訳であったがそんな事は今の俺にはどうでもよかった。ここは城の隅っこにある俺達勇者専用の部屋だった。
勇者と呼ばれる人間は実の所少なくはない。競争率は実に百倍を超える超人気職であるのは事実だったが半年に一度、各国で行われている『国定勇者検定』に合格すれば誰でも『職業勇者』となる事が出来るのだから、それなりの数は存在するのだ。
顔は動かさずに視線だけ『手帳』に向ける。これは『公認勇者手帳』と、呼ばれるもので勇者のみに渡される大変名誉ある手帳なのだ。ちなみに、余りにお役所的なその名称がダサイと俺達勇者達はそれを『冒険の書』と、呼ぶようにするのが通例であった。
最初の数ページに渡り勇者の心得や特典などが書かれていて、どういう魔法かは解らないが、その次に俺のプロフィールの欄があり覚えた魔法やスキル、倒したモンスター等――更に冒険の成果を数値化したもの――通称『経験値』――が自動で記入されていくのだ。
そして、最後のページには五段階で評価される勇者評価と備考欄があったりするのだ。どれ、参考までに俺のを見せてみようじゃないか。誰にともなく小さな声でそう言うと、俺は『冒険の書』の最後のページを開いた。
勇者評価:1
備 考:次回査定までに評価を3以上にしない場合、勇者の資格を剥奪します。
――やっぱりな。
当り前の話であった。だから、俺はこの部屋に入ってからというもの、力なくと言うか、やる気なくと言うか……。とにかく、憂鬱な気分なのであった。
この評価は不当なものではない。俺はそれを自覚していた。そもそも『冒険の書』は嘘を記入しない。だから不正などありえないのだ。
『職業勇者』となって一年。俺の手帳は最後のページ意外一切更新されていないのだ。だから、この評価は仕方のないことだった。要するに俺はこの一年、モンスターと戦う処か町の外にすら出ていないのだ。
国策とは言え、実際にゴールド(この世界の通貨)が動いているのだから、働かない勇者など必要などない。世知辛い世の中だぜ。なんて思いながらも、それが解らない程、俺は子供ではなかった。
――『冒険したら負けかな』なんて言っていられなくなったな……。
こんな事を思いながら俺は部屋を出ていったのであった。
話は一年とちょっと前に戻る。
当時の俺は『トアル村』と言う場所に両親と共に住んでいて、成人を迎える一五歳まで後数日と云った頃合いだった。
その年頃の少年というものは畑仕事を手伝ったり、親方について何らかの技能の取得に精を出しているものなのだが、俺は家に引きこもってマンガを読んだり、気が向くと外に出て悪友たちと悪ふざけをする、と言った所謂放蕩息子を地で行く存在であった。一言で言ってしまえば俺はニートである。
何故、そんな事が許されていたか、と言うと実は俺の今は亡き爺様が五十数年前に大魔王を倒した伝説の勇者様であって、その為に俺の一家は村の尊敬を一身に集める存在だったからである。
それに加え両親から仕事を覚える様に言われる度に『俺は爺様の様な立派な勇者になる』なんてほざいてたものだから、両親としては俺にそんな気が更々ない事は感づいていても納得せざるを得ない状況となっていたのだ。
しかし、今思うと、これが失敗だったのだ。引きこもるための他の理由を考えていればこんな事にはならなかったのだ。
その日の俺はガタンゴトンという妙な振動で目を覚ました。
――ここはどこだ?
頭が混乱する。俺は確かにベッドで寝ていたはずだ。それなのに俺の視界から見える物は布製のホロであり、背中から伝わって来る感触は板張りのそれだった。何故か馬車に揺られている事に気が付くまでしばらくの時間が必要となったのだ。
そう、俺はいつの間にやら馬車に乗せられていたのだ。目を擦りながら御者台に頭を出す。すると、親父さまが上機嫌でこんな事を言い出すのだ。
「よお、アーク。よく眠れたかい?」
ニヤニヤしながら俺の方に視線を向ける親父さまを見て、ようやく俺は事情を察するにいたったのだ。その言葉に対して俺は何も返せない。ただ、ただ、苦虫を噛み潰したような顔をするのみであった。
「いやぁな、お前は勇者になるんだったよな? お前も後少しで成人になるわけだ。そこで丁度いい機会だから町に連れて行こうと思ってな」
やはりそうだ! 親父さまの表情からそんな事ではないかと思い至ったんだ。『勇者になる』なんて俺の言葉は当然、両親としては信じていなくて、単にニートライフを満喫するための方便でしかない事は承知の上だったって訳だ。
もちろん、そんな事は俺としても解っていた事だが、まさかここまでやるとは思っていなかった。簡単に言ってしまえば俺の方便を利用して家から追い出される形となってしまったのだ!
「……親父さまや……」
「いやぁ、流石俺とカーさんの息子だな。立派な勇者になって人様の役に立ってくれよ」
「いや、だから……」
「爺さんも草葉の陰でさぞや感涙にむせび泣いている事だろうよ! ワッハッハッハ」
……だめだ。寝起きで頭が回ってない事もあり上手い言い訳が思いつかない。
荷台に戻り思案にふける。そして、何度か親父さまに引き返すように説得をしたが、その度に先の調子で完全に無視されてしまった。
確かに俺は伝説の勇者の孫で親父も結婚するまでは勇者業をしていたらしい。故に村人からは俺も期待されていて多少のヤンチャは目をつむってくれた。そう、俺は特別待遇で生活を送って来たのだ。
しかし、特別待遇というものには見返り――と、言うか義務の様な物が生じるようであった。要するに、お前も勇者になれって事だ。だが、俺にはそんな気は更々なく、爺様が世界を救ったのであれば孫の俺の代ぐらいまでは敬われるべき。こんな事を漠然と考えていて何の努力もせずに日々をただ怠惰に過ごしていたのだ。
世間体と云うものの存在ぐらいは知っていた。両親が俺の奔放さに芳しくない感情を抱いていたのも知っていた。だからって、心の準備も出来てない俺を本人の意思を無視して追い出すなんてひどいってもんだぜ!
「じゃあ、がんばってくれよ。我が息子よ!」
こんな俺にとっては捨て台詞に等しい言葉を残して親父さまと馬車が俺を置いて戻っていく。『ハジメノ王国』の首都にある『ハジメノ城』の城門にての出来事であった。
そんな薄情な馬車に力なく手を振ると俺はこれまた力なく城門を見据えて肩を落とすのであった。城門には二人程兵士がいて、その内の一人が俺の方にゆっくりと向かって来るのである。
何故かと言うと、俺を逃がさない為に親父さまが帰り際に兵士に俺が何者であるか、そして、何故ここにいるかを説明していたからだ。
兵士に案内されて王の間まで案内される。そこには数名の兵士と玉座に王様と思しき、恰幅のいいおっさんが座っていた。
「おお、そなたが大勇者アレフの孫か! 本来であれば試験を受けなくてはいけないのだが、そなたには特別に公認勇者の資格を与えよう」
「……はあ」
そのおっさんが勝手な事をのたまう。どうやら俺は特別な存在らしい。確かに試験の時期は過ぎていたし、次回の検定まではまだ二カ月ぐらいある。無情にもそれまで待てなんて言われたら無一文の俺としては堪ったものではない。
「それでは、そなたの活躍を期待しているぞ」
このおっさんの言葉は何と言うかそっけない気がした。王様と言えども、お役所仕事と言うものはこうなのだろうか? それだけ言うと横に控えていた兵士に何やら指示して、そいつが俺にリュックサックを『支給品だ』と、手渡して謁見は終わりであった。
――え!? これだけか?
あっけない謁見もそうであるが支給品がリュックサック一つとはどういう事なのだろうか? 口だけでなる気など更々なかったとは言っても身内が身内なだけに勇者と言うものに憧れの様なものがあったのは事実だ。その勇者を旅出させようとするのにリュックサック一つだけとは、ピクニックじゃねえんだよ! こんな事を思いつつも、城から出るまで口に出せない自分にも困りものである。
半ば呆然としながら街中を歩く。無一文で頼れる人が誰もいない町。思わず涙が出そうになるのを感じた。やがて噴水のある公園に辿り着く。ここに住みつけばホームレス生活とは言え水に困る事はなさそうだった。ベンチに力なく座り何気なくリュックサックに視線を向ける。今の俺にはこれが生命線だったのだ。
カバンの重さと膨らみから見て大した物は入っていないだろう。こんな事を考えつつも、仕方がないので中を確かめてみる事にした。
ガサゴソと中に手を入れてみた。
何も入っていなかった。
ふざけんな! と、思い逆さにしてみた。
中からパタ、ガシャ、チャリン、と、言う擬音と共に、それぞれ手帳、剣、『100G』と書かれた小袋が落ちてきた。
はて? 不思議な事もあるものだ、と思いながら小袋の口を開けてみた。ゴールドが入っている。数を数えてみるときっちり百枚。取り出すたびに数字が減っていた処を見ると、どうやら中身と数値は連動しているようである。ちなみに日本円に直すと1ゴールドは約100円である。つまりは一万円で命を掛けろっていう訳だ。職業勇者は公務員の様なものだとはいえ、ありえない。
次に剣を抜いてみた。俺は武器商人ではないので目利きなどできないが、悲しい事にそれでも安物だと解ってしまうぐらいの品であった。恐らくは皮膚の固いモンスターなんかをこれで殴ったら折れてしまうだろう。ふざけんな。
最後に『公認勇者手帳』と書かれた手帳を捲ってみた。最初のページには勇者の心得の様な物が書いてあった。『困っている人を助けましょう』などそれっぽい事が書いてある訳だが心得の最後に※印で『他人の家のタンス等を許可なく漁る事は犯罪です』などと書かれているのは何故だろう?
ページを捲ってみた。すると、俺の目は輝いたのだ。そこには勇者の特典について書かれていた。だから、俺の目は爛々と輝いたのだ。『勇者一行は街中での帯剣が許されている』、『勇者一行は無審査で国境を越える事ができる』こんな事はどうでもよかった。俺の目を輝かせたのはこの項目。つまりは『勇者一行は公共の施設、及び国指定の酒場(この世界の酒場は宿屋を兼ねる)を無料で利用できる』の項だ!
「ひゃっほう!」
思わず声に出して喜んでしまった。公園にいた人たちが変な人を見る目で俺を見ていたが、そんな事は問題にならなかった。
確かにそうだ。俺はゴメンだが勇者と言うものは無償で困っている人を助けるなんて事がよくあるらしい。無収入じゃあ生活できないって話だ。だから、こんな特典がある。即ち俺は衣食住の内、食住は保障されている訳なんだ!
小躍りしながら酒場に向かっていく。店に入ると俺は胸を張ってウェイトレスと思しき少女――名をエリザと言う――に手帳を見せた。すると彼女は尊敬の眼差しで俺を見てにこやかに俺を部屋まで案内してくれた。
簡素ではあるが清潔な部屋。そこのベッドにダイブしてクックックっといやらしい笑いを洩らしてしまう。
俺は勇者だ。彼女の反応から見て勇者とはそれだけで人の尊敬を集める存在のようだ。ここには口うるさい両親もいなければ冷たい目で見る村人もいない。大きな図書館もあるようなので退屈しなくても済む。憂鬱な気分から一転、この時の俺は実に健やかな気分であった。
――冒険したら負けかな。
こんな事を当時の俺は考えていたのだ。
こうして俺は新たなニートライフを満喫していった。
そして、時は今に戻る。
「お帰りなさい、勇者アーク様」
酒場に戻るとエリザが皮肉たっぷりに俺を様付けで出迎えてくれた。一年前の尊敬の眼差しはどこ吹く風で今はまるで汚物を見るような眼で軽く一瞥しただけでカウンターへと戻っていく。
まあ、当り前の話だわな。そんな自嘲を浮かべ俺はカウンター横に並べてあるコップを手に取り水を汲んで隅っこの席に座る。ドリンク類は有料だった。だから俺は水を飲む。ゴールドを入れる小袋は当の昔に0を表示していたからだ。
エリザはこの酒場のマスターの娘だった。幼いころから、ここで多くの勇者たちの武勇伝を聞かされて育ったのだ。故に勇者ってものに昔から憧れをもっているのだろう。だから、彼女の俺に対する態度は至極、当たり前の話なのだ。
水をちびちびと舐めつつ、これからの方針を考えてみる。
次回の査定は約三ヶ月後。この間に勇者評価3を得るための『経験値』を稼がなくてはならない。道は二つあった。残り三ヶ月のニートライフを満喫するか、真面目に冒険をするか、だ。
これまでヌルヌルの生活を送って来た俺としては前者を提案したかったが、勇者の資格を失った俺にその後の生活が送れるのだろうか? 最悪、村に戻り両親を頼るという手もあったが恐らく、その場合両親は俺の目の前で俺の葬式を挙げて泣いてくれることだろう。
よって、考える余地もなく後者を選択せざるを得ないのだ。すると、まずは仲間を集めなくてはならない。中には一人旅をする猛者もいるようだが戦闘経験のない俺にとってはそれは自殺行為に過ぎない。
「なあ、エリザ。『仲間申請』を行いたいんだが?」
俺は心を決めてコップの中身を一気飲みするとカウンターへ行き、こうエリザに尋ねたのだった。
「え? ……えーと、じゃあ、ちょっと待っててね」
俺の発言が心底意外だったのだろう。エリザは軽く驚いた表情をして、ゆっくりと俺の頭から下へ視線を移すと何やら書類をガサゴソとしだした。
そう、こういう酒場と言うものは冒険者を募集する場でもあるのだ。勇者達はここで『仲間申請』を行い、仲間をあつめる。
「じゃあ、この紙に希望の職業と性別を書いてね」
彼女から渡された紙を手に取り思案にふける。申請用紙には三名分の記入欄があった。一般のパーティーは人数制限などないのだが、勇者ご一行ともなると話は変わる。パーティーメンバーは勇者の特典の殆どを受け取れるので色々と決まりがあるのだ。その一つが人数制限である。伝説の勇者たる爺様のパーティーが四人であった事にあやかり、勇者のパーティーは四名までという決まりがあった。
エリザがちょっと嬉しそうな顔で膝を着いてこっちの方を見ていた。まるでダメな息子がようやく働く気になった時の母親の様な目をしやがって……。畜生め!
用紙に視線を戻し構成を考えてみた。まず、俺は戦力にならない。と、言うより俺を守ってもらえる編成がいい。すると、壁役の戦士二名に回復役の僧侶一名がよさそうだ。しかし、世の中には物理攻撃が効きずらいモンスターもいると聞く。戦士を一人削って魔法使いを入れるって手も捨てがたい。うーむ、どっちも選びがたいな。
「まだ、決まらないの?」
別の客の接客を済ませた彼女が後ろから覗きこんで、そう言った。
「……うーむ」
そんな事を言われても俺としては命に係わる問題だ。安易に決める訳にもいかないのだ。それを彼女は理解してくれないようだ。彼女とのこんなやり取りを数回繰り返した後、まだ決められない俺は「今日一日考える!」とだけ告げて部屋に戻った。
俺はベッドに寝転び紙を睨みつけながら思案を続けた。
結局、俺が出した結論はこれだった。
「えっとね……。これ何の用紙か解ってる?」
翌日、提出した用紙を見てエリザが引きつったような顔で俺に言った。
そこには『おっぱいの大きい美少女戦士』×2、『おっぱいの大きい美少女僧侶』と書かれている。通常時の安全を優先した結果だった。
「希望を書く欄なんだから別にいいだろ」
彼女のリアクションは予想済みであったが、これから旅をする仲間なんだ。むさい男となんかと一緒に旅できるかってーの。
「いやね、そうじゃなくて、性別を限定するのは別に問題ないのよ。でもね、『お……胸が大きい』とか『美少女』とかまで限定するのは問題大ありなのよ」
おっぱい、と言いかけて少し顔を赤くしながら訂正する、彼女。ふふふ、可愛い奴め。俺がそんな彼女の表情を見てニヤニヤしていると益々、顔を赤らめて一度そっぽを向いた後、俺の方を睨んでから続ける。
「……まあ、いいわ。女性の戦士と僧侶をご所望なわけね」
「そうそう」
「登録帳で確認するから、ちょっと待っててね」
そう言ってから、やたらと分厚い本をめくっていく。この本は『冒険者登録書』と、呼ばれるもので勇者からスカウトを待つ者たちが登録していくという実に便利なものなのだ。
「いないわね」
数分後、エリザはそう宣告した。
「おっぱいの大きい娘はいなかったのか!」
彼女のその悲しい宣告に対して俺は大げさに天を仰ぐ。
「違うわよ! そんな条件で検索なんてしていないわ」
そんな事は百も承知であったのだが彼女の反応が見たくて言っただけである。
「いい? アークが希望している女性の戦士と僧侶で今、フリーな人がいないって意味よ」
「じゃあさ、どの職でもいいから女の子って条件で検索してくれよ」
先に伸べた通り、俺にとっては性別が重要なのである。俺の言葉に彼女がジト目で睨んでいたがそんな事は知ったことではない。
「ねえ、アーク。キミの事を心配してあげる義理なんて、これっぽっちも無い訳なんだけど……。今、自分が何をしているか解って言ってるんだよね?」
こんな事を言いつつもエリザは面倒見がいい。彼女と知り合って約一年が経ち俺はその事をよく知っていた。所謂、ツンデレってやつなのかもしれないな。まあ、俺にデレた事などはただの一度もない訳なんだが……。
「キミは旅に出るために仲間を集めたいんだよね? って、ことはね、おっかないモンスターや危険なダンジョンなんかに遭遇するわけ。もしかすると死んじゃうかもしれないんだよ? そんないい加減な決め方しちゃっていいの?」
あー、うぜえ。しかし、俺には勇者固有スキル『一途な心』(効果:悪の誘惑に打ち勝つために勇者に備わった自分の正義を貫き通す心。他人の説教なんてへっちゃらだぞ!)があるので彼女の説教を全力で受け流せるのだ。
こういう時の彼女は俺の母親にでもなったつもりなのだろうか? 質問のような口調の癖に俺が一言でも反論しようものなら「アークは何も解ってない!」の一言で俺の言を封じるのである。よって、俺としては聞き流すしかないのだ。
「いいわ。私が選んであげる」
しばらく説教が続いた後、それに満足したのかエリザが嬉々とした表情でそんな事をほざきやがる。
終いにはこうなってしまうのだ。これに対して俺は「俺の希望は無視なのかよ!」とか「それじゃあ、申請用紙とかいう設定が無意味だろ」なんて事は言わない。言っても無駄だと知っているからだ。
「……んー、こんなもんかな」
どうやら選び終わったらしく、彼女は数枚の紙の端を合わせるようにテーブルでトントンとすると俺にそれを手渡し、俺はしぶしぶと受け取るのだ。
「えっと……。解ってるとは思うけど、ブッチしようなんて思わないことね。後で確認するし、した事がバレたら――解ってるよね?」
そして、こんな風ににこやかではあるが感情のない笑顔で俺を脅すのだ。
これ以上ここにいても催促の説教をされるだけだったので、やはり、しぶしぶとではあるが俺は頭を掻きながら酒場を後にしたのだ。
「お前さんの仲間? ハンッ、冗談じゃないね」
七人目に、こう断られた後、俺は公園のベンチでがっくりとうなだれるのだった。
この町は王都とはいえ、人口が一万人にも満たない規模の都市である。別段、この町の人口が少ないって訳ではなく、全体としてみれば人口は多い方で単純にこの世界の都市の規模ってのが、この程度ってだけの話だ。
俺が何を言いたいか、と言うと……。一年も住めば名前は知らなくとも町の住人とは最低でも一度は見かけた事があるって関係な訳で……。こと、冒険者同士ともなると――それも俺が勇者であるとなると……俺がどんな奴かって風評ぐらいは広まっている、と言うか……。そんな奴に命を預けられないと言うか……。とにかく、その悉くに断られた訳なのである。
エリザも半分には断られる事を予想していたのだろう。募集は三人なのに対して紹介は七人もあったのだ。しかし、流石にその全員に断られるのは予想外の事であろう。
流石、俺。ワッハッハッハ……ハァ……。
全員に断られました。なんて報告する事は推薦してくれた彼女に対し実に心苦しくあり、また屈辱的な事である。だから、俺はベンチでうなだれているのだ。
報告すれば恐らくエリザは優しく慰めてくれるだろう。頭を優しく撫でながら励ましてくれるかもしれない。しかし、それは屈辱感を増すだけなのだ。こんな情けない俺だがプライドだけは人一倍だって事なのだ。
――いっその事、エリザを口説き落として酒場で働かせてもらうか?
なんか、もう勇者業を続ける事がどうでもよくなってきて、こんなどうしようもない事を考え出した時それは起こった。
俺の目の前にドサッと音を立てて少女が倒れたのだ。
それを精気のない眼で見つめる俺。何となく少女と断定してしまったが恐らくは間違いないだろう。
赤い武道着に無地の白ズボン。おかっぱと言うにはやや長めの黒髪。前のめりに倒れている上にややダボついた服装の為、凹凸はよく確認できなかったが骨格は女性のそれであった。だから、間違いはないはずだ。
――可哀想に……。
俺は彼女を見てまず漠然とこんな事を思った。やや頬がやつれていて焦点の定まっていない精気のない目で俺の方を見ていたのだ。口が力なく動いていて俺に何かを訴えているようであったがそれは音にはならなかった。恐らくは「腹減った」、とか「食い物をくれ」みたいな事を言いたいのであろう。
――可哀想に……。
俺は再び、こう思った。俺も鬼ではない。可能であればこの少女に何かを買い与えてやりたがったが先に述べたように俺は無一文である。行き倒れるなら俺以外の誰かの前で倒れればよかったのに……。この少女は運がない。三ヶ月後、同じ状況に置かれるかもしれない俺としては憐れむしか他に術がない。
俺は辺りを見回した。普段なら人通りがある公園なのであるが今日に限って誰もいない。だから俺の前だったのか、なんて無情な事に思いをはせる。
――そんな目で見るなよ。
少女が向ける虚ろな視線に思う。俺だって助けたいのは山々なんだよ。
そう、これまで俺はこの哀れな少女に一切声を掛けていなかった。彼女は薄情者だと思っているのかもしれない。確かに思われても仕方のない気もする。しかし、一度声を掛けてしまったら確実に巻き込まれる。問題解決能力のない俺が巻き込まれても解決などできるわけがないのだ。
俺以外の誰かに救われてくれ。見回りの衛兵でも見つけたら、ちゃんとお前の事は報告しておいてやるよ。心からそう思った。思うだけなら無料だしな。
流石にこのまま留まるのも何かと思い、立ち上がる。そして、一度だけ彼女に視線を向けると胸のあたりで十字を描き、その場を後にしようとする、俺。
「うわぁぁぁ!?」
俺としては(そんなもん持っていないが)マントを翻して颯爽と去ったつもりであったが、壮大にぶっこけた。何もない平地で『ハワワワ』なんて言いながらこける特技は持っていない。この少女に足首を掴まれたから倒れたのだ。
おいおい、餓死しそうな状況なのに何て力なんだ!
「あうぅぅ……」
足首に手形が付きそうな位、まるで万力で固定するようにしっかりと掴みながら絞り出すような声を上げる彼女。そして、ゆっくりとゆっくりと匍匐前進で近づいてくるってか、俺を自分の方に引き寄せていく。彼女の虚ろな目。半開きのカサカサの唇。実にホラーな状況だった。
「止めろ! 放してくれ!? 俺には何も買い与えてやる事なんてできやしないんだ!」
そんな状況だから俺がこんな情けないセリフを吐く事になったとしてもしょうがないというものだ。
「せめて……。み、水を……」
「わ、わかった。落ち着いてくれ! 俺がどうにかしてやるから、まずは手を放してくれ!」
係わってしまった。自分の危機回避能力の低さに絶望した俺であった。
「で? どうして行き倒れてたんだ?」
俺の声など届いてないのだろう。酒場のカウンター席で片膝付きでそう尋ねる俺の横には一心不乱に定食(今夜の俺の夕飯)にがっつく少女がいた。
係わってしまった以上はここに連れてくる以外に手段がなかった。
あの後、取りあえず噴水に引きずっていき水をたらふく飲ませた後、仕方なく彼女に肩を貸し酒場に連れていった。そして、泣く泣くではあるがエリザに事情を話し、かなり早めの夕食を出してもらったのだ。
俺はダメな人間ではあるが一応、勇者でもある。今夜は空腹で眠れぬ夜を過ごす事となるかもしれないが彼女を餓死から救うためには仕方がない事なのだ。
「今時、行き倒れなんて珍しいわね。あー、そんなにがっつくと喉に詰るわよ」
こういうのはお約束のようで、何かを喉に詰まらせてゲホゲホやりだした少女の背を優しくさすってやるエリザ。少女の咳が治まるとコップにミルクを注いで渡してやる彼女。
「ん、ずるいぞ! 俺には水しか出してくれないじゃないか」
「何セコイ事、言ってんのよ……」
少女の空になった皿に「サービスよ」なんて言いながら美味そうなパイを置いてやるのだ。コノヤロウ。夕飯を哀れな少女に譲ってやるなんて偉業をした勇者に対する態度とはずいぶんと差があるじゃないか……。
「もう一度、聞くぞ? どうして行き倒れてたんだ?」
彼女がパイを食べ終わるのを確認してから俺。
彼女は幸福そうな顔をしながら自らの指を舐めた後、素早くイスから後方に跳び下りると正座をして床に両手を着いた。つまりは土下座をした。
「「え?」」予想外のリアクションに思わず素っ頓狂な声を上げる俺とエリザ。
「あなた達はボクの命の恩人です。美味しいゴハンありがとうございました」
少女は額を床に擦りつけながら俺たちに食事の礼をした。
「名乗るのが送れました。ボクの名前はイリアと言います。このご恩に報いるため何でもします。何でも申しつけてください!」
「いや……、そこまで感謝しなくても……」
「いえ、命を救ってもらった以上はそれに値するのはボクの命だけです。この場で死ね、と言うのなら腹を切ります!」
そんな事を言って立ち上がると胴着の前垂を捲って腹を出し親指を柔らかそうなお腹に当てるとゆっくりと横に引くのだ。指が通った後に赤い線が付き軽く血が滲んでるように見えた。おい、しゃれになんねーぞ!
「ちょ、ちょっと! アーク、止めなさいよ!」
エリザが慌てながら俺にそう催促する。仕方がないので俺はテーブルを拳でドンと叩き説得を始めたのだ。
「イリアと言ったな?」
「はい!」
「お前の覚悟は見せてもらった。しかし、俺達を馬鹿にしているのか?」
「そそそ、そんな事はありません!」
俺の問いに再び土下座をして否定するイリアを見降ろしながら話を続ける。
「いや、馬鹿にしているな。俺の救った命を簡単に捨てるなんて馬鹿にしているに決まってる。それでも『違う』とお前が言うのであればそんな事は二度としてはいけないぞ。わかったかい?」
「はい!」
「よし、じゃあ俺にお腹を見せてみろ……イテッ」
「何どさくさまぎれに言ってんのよ!」
「ちげーよ、馬鹿!」
どうやら俺がイリアにエロい事をしようとしていると思ったのだろう。エリザにお盆で頭を叩かれたのだ。仮に俺にその気があったとしても流石に場所は選ぶってもんだ。
立ち上がり前垂れを捲ったイリアの腹に軽く手を当てる。俺の手が光り赤い線が徐々に消えていくのだ。
「暖かい力を感じます……」
イリアが潤んだ瞳でそう感想を漏らす。
「あんたって本当に勇者だったんだね……」
それを見たエリザはそんなふざけた感想を漏らした。
お前、俺を何だと思ってたんだよ……。いくら爺様のコネで資格を貰ったって言っても、むしろ爺様のコネだから貰えたんだよ! ムキになって反論するのもかっこ悪いと思い、俺はニヤリと返してやるのだ。
剣も魔法も使えるスーパースター。それが勇者だ。
剣は使った事がないので適性は解らないが、恐らくそれなりにはあるはずだ。
俺は生まれつき二つ程、魔法が使える。と、言うか魔法とは先天的な才能で生まれつき使えない奴はどう努力しても使う事は出来ない。経験と努力で上がるのは魔法の威力や範囲、命中精度と言ったものだけなのだ。
その内の一つが回復魔法である。俺はまったく努力をした事がないので軽い怪我を、それも患部に触れるぐらい近づけないと治せない。だから、腹を出せと言ったのにこの女は……。ちなみに、もう一つはその内に戦闘で使う事があるだろうから今回は説明を省こう。
「さて、イリアとやら。いい加減、何で行き倒れていたか話してもらおうか?」
三度目の質問である。流石にそろそろ話を進めたいものだ。
「はい!」
イリアは軍礼――胸の前でジャンケンのパーとグーを合わせてお辞儀をする――をした後に話し始めた。
「ボクは国境近くの村に住んでいて、そこにあった父上の道場で修行をしていました。そして、先月父が亡くなり、父には借金があったようで道場が借金取りに差し押さえられてしまったのです。ボクはこれまでの人生で武術の技を磨くことしかしていなかったので生活能力がありません。無一文になったボクは困りました。ですから、冒険者になって生活の糧を得ようと思い王都に来たのですが町に着いたところで力尽きまして……」
妙にニコニコ顔でそう告げていく、イリア。中々ヘビーな人生を歩んで来たらしい。話を聞きながらエリザも目を潤ませて鼻を啜っていた。ってか、突然沸いた父の借金って詐欺られただけじゃねえのか……。
「そっか、お前も大変だったんだな……」
何となく聞くに堪えない不幸話に発展して行きそうだったので頭を撫でてやりながら俺は話に割り込んだ。
「ところで行く当てとかはあるのか?」
「いえ、ありません!」
これまたニコニコ顔で即答された。
仲間のいない俺と行く当てのないイリア。まあ……、しょうがないかな。
「ふむ。で、冒険者登録は済ませてあるのかい?」
「いえ、ありません! と言うかそれは何でしょうか?」
やはりな、と思った。何となくコイツ頭弱そうだし……。
「じゃあさ、エリザ。説明してやれよ」
「……グスッ。そうね……」
説明がめんどくさかったのでエリザに話を振った。彼女は一回強く鼻を啜るとイリアにあれこれと説明をして登録用紙に記入をさせ始める。
冒険者登録が終わるとイリアが手の平ぐらいの大きさのカード――通称キャラクターカード――を両手で持ち俺に差し出してくる。そして、それに目を通すと俺は『冒険の書』にカードを挟むのだ。これでパーティー参加の契約が終わる。
「じゃあ、俺は勇者アークだ。よろしくな」
「はい、勇者さま!」
俺の簡単な自己紹介に満面の笑顔でそう返す、イリア。余りに正直な彼女の反応に照れてしまい、思わず指で鼻を掻く。
――勇者様……か、中々いいじゃないか。
初めて肯定的な意味でそう呼ばれた気がした。そして自分の立場を今更ながら思い出す。
こうして一人目の仲間が集まったのだ。
「勇者さま、おまたせしましたー!」
現在、唯一のパーティーメンバーである武道家イリアが公衆浴場の入口で大きな身振りで俺に手を振っていた。
あれから一週間が経った。勇者の一行に加わった彼女は勇者の特典である酒場無料を受けて俺の隣の部屋で生活をしている。
出会った当時、餓死寸前の痩せこけた状態であった彼女も今ではちゃんとした食事(とエリザの依怙贔屓)のおかげで今ではすっかりと健康を取り戻したようだ。ちなみに、公衆浴場も特権で無料利用できる。
カサカサだった肌もすっかりと年相応の艶やかさを取り戻し、輪郭も少女らしいふっくらとしたものとなった。服も洗濯をしてすっかり小奇麗な姿となると、あの時はまったくそうは思わなかったが可愛い顔をしている事に気づくのだ。まあ、胸がぺったんこなのが実に残念ではあるのだが。
そんな俺の感想をよそに彼女というものは元気はつらつで俺の座るベンチの横にこれまた元気よく座り、ニコニコ顔で串焼きをかじるのである。
ん? 串焼き?
「な!? 何でお前、串焼きなんて喰ってんだ?」
「勇者様も食べますか?」
いや、俺が言いたいのはそんな事ではない。ニコっと微笑んで串焼きを俺に差し出そうとする彼女を俺は片手で制する。
「いや、お前、無一文じゃなかったのか?」
「へへへっ、恥ずかしながらその通りでしたが、エリザさんがおこずかいをくれました」
照れたように頬を赤く染めて俺の質問に答える彼女。
あの、クソ女……。俺とはずいぶんと扱いが違うじゃねえか……。
上機嫌で串焼きをほうばり終わり指に着いたタレを幸せそうに舐めているイリアを眺める。別に羨ましかった訳ではない。彼女を見ながら後でエリザに文句でも言ってやろうなんて思っていたのだ。彼女は俺の視線に気が付くと行儀の悪いところを見られて気恥ずかしかったのか照れ隠しにニコリとする。
「ところで勇者さま。冒険にはいつ出発するのですか?」
「んー、最低でも、もう一人は仲間が見つかってからかな……」
彼女にしてみれば当然の疑問だろう。しかし、俺にとっては最もされたくない質問だった訳で俺は前に向きなおすとそんな曖昧な答え方をした。
単騎で旅をする猛者もいるのだ。二人でも出発出来ない事はないだろう。俺は勇者として旅立つ。これは決定事項だ。しかし、それには二つほど問題があった。
一つは、俺に自信がない事。旅に出て困っている人を助けたりモンスターと戦う訳だ。イリアがどれくらいの強さかは知らないが登録上『武道家Lv1』だ。
そう、冒険者のレベルというのは登録時に『1』とされる。そこから冒険者の評価の指針たる『経験値』を稼いでレベルが上がっていくのだ。よって、無登録の歴戦の猛者も俺みたいなド素人も登録時は『Lv1』として扱われるようになっていた。
だから、もしかするとイリアが歴戦の『Lv1』かもしれないとは言え、俺同様にド素人だった場合の事を考えると二人で旅をするのは俺には自殺行為に思えるのだ。まあ、仲間が集まらないのは自業自得な訳ではあるが……。
二つ目の理由は、もっと切実である。旅に出る以上、食料や最低でもマントの様な簡易的なものであれ野宿対策の寝具などが必要となる。今は春を過ぎてこれから夏に向かっているまっ最中なので寝具は省けるかもしれない。だが、勇者様ご一行が飢えで野垂れ死になされました。なんて、絶対に許容できない話なのだ。しかし、何度も述べたように俺には金はない。だから、これが冒険に出れない理由として最も切実な理由なのであった。
「じゃあ、エリザさんに紹介してもらったらどうです?」
イリアとの会話を放棄してこれからの方針に思いを馳せていると俺の顔を覗き込みながらそんな事をのたまうのだ。こいつはエリザに好くしてもらっているせいか彼女の事を女神かなんかと勘違いしている節がある。
いや、それがもう終わってるから困ってるんだってーの。
こう思うも口には出さない。ってか出せない。同時にこいつは俺に助けられた、と思っていて俺の事を『勇者さま、勇者さま』と妙に慕ってくれている。実際は見捨てるのに失敗しただけなのだが、こう思われている以上は彼女の頭の中の俺像を壊してしまうのは勇者的にしてはいけないような事のような気がしているのだ。
「まあ、酒場に戻ったら聞いてみようか」
「はい、勇者さま!」
眩しすぎるイリアの笑顔。そんな顔を見てしまった俺にはこんな曖昧な返事をするのが精一杯なのだった。
この娘はまるで犬だ。これが俺のイリアに対する評であった。
今後の方針もできる事もない俺は彼女とのやり取りの後、しかたないので暇つぶしに図書館へ足を運ぶ。この町に来てからというもの暇つぶしによく利用する場所である。その1歩(距離の単位。1歩=約50cm)後ろにはイリアが歩いている。こんな風に彼女は俺の後を常に着いてくるのだ。それもいつも上機嫌で。彼女から犬耳とプリプリと振っている尻尾が見えそうなのは俺の勘違いではなかろう。
「勇者さま、ご本が読めるなんてすごいですね」
「ん? お前は文字を読めないのか?」
「はい!」
俺の横に座り尊敬のまなざしを向けるイリア。『読み、書き、ソロバン』を教える学校のような場所は村にだってあるんだ。むしろ、文字を読めないお前の方にびっくりするぞ。ってか、読み書きができないのにどうやって冒険者登録をしたんだろうか?
それに今、俺が読んでいるのは本ではなくて求人情報誌だ。タイムリミット的に長期募集には応募できないので短期――できれば日払いの仕事など無いものかと先ほどから雑誌とにらめっこしているのだ。
そう、俺は今まじめに仕事を探しているのだ。通算で数年間もニート生活を送ってきた俺がようやく重い腰を上げて職探しなんかを始めたのは思えばこいつのおかげかもしれない。脱ニートを試みるようになったって部分だけはこいつに感謝した方がよさそうだ。
「勇者さま、勇者さま。これはどんなご本なんですか?」
こんな感じで先ほどから一定間隔で俺に構ってもらおうとする、イリア。その度に「これは本じゃないんだよ」と返している、俺。慕われる、という事は悪い気分はしないものだが流石に何度も続くとうざいに変わってくるってもんだ。
「……コホンッ。図書館ではお静かに……」
ほら、見ろ。向かい席の人に注意されたじゃないか。
年頃の男女である処の俺たちのやり取りと言うものは見ようによっては恋人同士の戯れにも見えない事はない。もっとも、俺はイリアに対してそんな感情はまったく抱いていなかったが、要するにこういう場所において最もうざがられる行為の一つなのだ。
こう、注意してきた声の主は紺色のトンガリ帽子にこれまた紺色のだぶたぶのマントを羽織った、いかにも魔法使いでございって感じの眼鏡っ娘。深緑の髪を肩のあたりで三つ編みにしている、といった風貌だった。中々可愛い娘で、ここでよく見かける顔であった。
「勇者さまに対して無礼だよ!」
「読書の邪魔して、ごめんな。……ほら、イリアも謝るんだ」
何かが気に食わなかったのか、そう食ってかかったイリアの頭を強引に抑えつけて素直に謝罪する俺。
「うー……。ごめんなさい」
「解ってくれればそれで構いません。公共の場のマナーは守ってほしいのです。貴方も飼い主ならちゃんと躾けをしてください」
俺とイリアの関係は他人の目からもそう見えるらしい。
「ところで、キミは魔法使いなのかな?」
折角、話すきっかけがあったのだからと、ダメ元で勧誘をしてみる事にした。
「ウィズは魔法使いなのです」
「そっかー、冒険者登録はしてないよね? まだ、パーティーに加わってないよね?」
「何故、その事を知っているのですか?」
「あー、やっぱそうか。いやね、俺は勇者やってるアークってもんなんだけど、今仲間募集中でさ、登録帳見せて貰ったことあるんだよ。魔法使いの項目にキミの欄がなかった気がしたんだよ。キミみたいに可愛い娘なら登録してあれば見落とすはずないしね」
「え……? 可愛いだなんて……、そんなこと言われたの初めてなのです」
そう言ってイメージ的には歯がキラリと光るような感じで爽やかに微笑みかける。『可愛い』の部分をやや強調した発言の為、案の定、彼女は俺の言葉に照れていた。そう言えば俺の容姿を説明し忘れていたので今、すると良血の勇者である処の俺は金髪碧眼の甘いマスクを持つイケメンさんである。
中々の好感触のようだ。イリアが何か言いたげな顔で俺の方を見ていたが軽く頭を撫でてやってごまかす。
「ウィズ、キミは自分に自信を持った方がいい」こう言って指で眼鏡の端を摘まんで取ってやる。「うん、やっぱり、すごく可愛いよ」
俺はできるだけ誠実そうな表情を作り彼女の目を見る。すると、徐々に彼女の目が潤んできて頬を赤く染めるのだ。彼女をジッと見つめる。一分、二分。やがて恥ずかしそうに彼女が目を反らした。
――勝った。
そんなウィズの反応を見て俺は心の中でニヤリとした。これでは仲間の勧誘と言うより、ただのナンパかお水のスカウトである。
「どうして、ウィズの名前を知っているのですか?」
「実は前から気になってたんだよ」
大嘘である。もちろん、この娘の一人称がウィズだからなのだがそんな事は言わない。しかし、更に好印象を与えたようだ。俺の言葉を聞くと更に顔を赤くして俯いてしまう。恥ずかしいと言うより嬉しいからと言った感じに。
「どうしたの、ウィズ?」
「ウィズは同世代の殿方とこんなにお話しするのが初めてなので混乱しているのです……」
「そっか、取りあえず俺の方、向いてくれるかな?」
「……あっ」
ウィズは素直に俺の言葉に従いこちらを向く。俺は眼鏡を戻してやった。そしてまた見つめ合う……。
「勇者さま、ダメー!」
折角いい雰囲気になった処でイリアが二人を遮るようにテーブルの上にダイブしてバタバタと手足を動かした。何嫉妬してんだよ!
「プッ、ところで何の話しでしたっけ?」
ジタバタするイリアを腹に手を回し強引に引っ張り起こしているとウィズが笑いだしてこんな事を言われてしまった。お前が邪魔するからリセットされてしまったではないか!
「ああ、簡単に言うと俺の仲間にならないかって話だよ」
腹立たしさを紛らわす為にイリアの頭を両の拳でぐりぐりやりながら、俺。イリアは「勇者様、許してくださいー」なんて言っていたが構う事はない。
「仲間……ですか。ウィズはそういうのも初めてですが、お役に立てますか?」
「実はさ、俺達も初めてなんだよ。だから、そういうの気にしなくていいよ。それに初心者のパーティーに入りたくないって言うのなら気兼ねなく断ってくれていい」
「んー、では、お師匠様のお許しも得ないといけないのでお返事は少し待っていただけるとうれしいのです」
「あー、そうだね。身内の許可は必要だ。俺たちは普段、冒険者の酒場にいるんで決まったら来てもらっていいかな?」
がっついて返すと俺の身分――つまり、仲間のなり手がいない――を察せられる恐れがあるので極力、平静にウィズの問いに答える。
「はい、わかりました」
半々って処かな。俺は内心こんな事を思いながらも、さわやかに彼女にウインクをすると何故か不機嫌なイリアを連れてその場を後にした。
「えっと……、また女の子なんだ?」
ウィズの手を取り小躍りして歓迎の意を示した俺をエリザがあきれ顔でこんな事を言う。しかし、彼女もプロだ。時折、俺の方を軽蔑の眼差しを向けながらもウィズに登録用紙を渡し、記入の仕方を説明している。
ハハハ、焼くなよ。
結果は予想以上に早く、夕方には来店しウィズが仲間になると申し出てくれたのだ。
「お師匠様にお話ししたら『お前は書物ばかりで頭でっかちになりがちだから、いい機会だ。勇者様のお役に立ってこい』と言われました」
これで二人目。そろそろ旅の支度を始めた方がいいな。エリザの冷たい視線を全力で気がつかない振りをしながら、こんな事を考えてみた。
「アークさんとイリアさん? …でしたっけ? これからよろしくお願いします」
登録が終わったウィズがキャラクターカードを渡してペコリとお辞儀する。
「ああ、こちらこそよろしくな。――すげえ!」
挨拶を済ませカードに目を通しながら思わず俺は驚きの声を上げた。
カードには名前、職業等の基本情報の他にスキル欄があり、そこに使える魔法なんかが書いてあるわけだ。駆け出しの魔法使いというものは普通、単体攻撃の魔法しか使えないものなのだが彼女は違った。
「『爆発』系が使えるのか。こりゃすげえ!」
「すごい事なのですか?」
「ああ、期待してるぜ!」
イリアの戦力はまだ未知数だが、ウィズは即戦力間違いなしだ。こんな娘に出会えるなんてどうやら俺は運がいいらしい。
「勇者様……、ボクの時と反応が違う……」
「だって、お前のスキル欄真っ白じゃん」
別にウィズを特別扱いしたわけではないんだ。解らないものは評価できないってだけの話な訳だ。
「武道家はスキルないけど力とかスピードが凄いんですぅ!」
しかし、それがイリアの気に障ったらしく、口を尖らせて拗ねてしまう。
女って奴はめんどくせえな……。
「イリア、いいか? 強力な魔法が使える仲間がいるって事はそれだけ戦闘が楽に、そして安全に行えるって事なんだぞ? それに俺はお前にだって凄く期待しているんだ」
「……本当に?」
「ああ、パーティーの前衛を任せられるのはお前しかいないって考えているよ」
「本当ですか! エヘヘヘ」
俺の言葉にイリアが目を輝かせて全身で喜びを表すのだ。まあ、言葉の意味は違うのだが『お前しかいない』のは事実な訳だからして問題はなかろう。
――後一人集まるかな……。
こんな事を思いつつも旅立ちに現実感が出てきて俺は少しウンザリするのを感じ始めていた。リーダーたる俺にはパーティーの人選以外にも調停や方針の決定などやる事が多いみたいだ。この時の俺は夕食を摘まみながらそんな事を考えていたのだ。
ニートの俺に務まるものなのだろうか?
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