第六話 『なんだよ、意外と簡単じゃないか』



 翌朝、俺はまどろんでいた。半覚醒の状態でボーっとしてしまう。この感覚には実に慣れていたほんの一か月前までの俺の朝というものはいつもこうであったからだ。


 そう、やる事がないのでボーっとする。正しくはやる気がないからなのではあるが、理由などはどちらでもいい。兎に角、目覚める事を拒絶するようなそんな感覚。


 仕事もせず冒険にも出ず。目が覚めてしまえば、また退屈な一日が始まってしまう。かと言って何かをやる事すら億劫に感じてしまう。だから、俺の精神は目覚めを拒否してしまう。そんな懐かしい感覚。


 今日のそれはまた飛びっきりであった。何せ俺は仲間たちに釈明をしなくてはらない。そう、しなくてはならないのだ。それが嫌なら昨夜の内に逃げてしまっているはずだし、今現在、まどろんでいるはずもない。


 つまり、こういう事だ。俺は勇気とやらを出して、彼女たちに告白する事に決めたのだ。だが、いまいち踏ん切りがつかない。今現在の俺とういう奴はそういう状態なのだ。


 やがて俺は両頬を張り、気合いをいれると覚悟を決めた。



 俺が一階の食堂へと降りて行くとイリアとウィズが一番隅の席に座っていた。俺が「オリビエは?」と、尋ねると「話が終った頃、来るそうなのです」と、ウィズが答える。


 あの野郎、下手な気を使いやがって……。


 俺はこんな事を思いながら二人を交互に見比べた。


 イリアは何かに緊張しているようで、普段は見せない妙に神妙な表情をしていたし、ウィズはどこか嬉しそうに微笑んでいた。


 畜生! 本当に、俺に勇気なんてあるのか? 


 俺の鼓動は早まるばっかりだったし、額からは大粒の汗が流れていた。覚悟を決めて降りてきたはずなのに、やはりと言うか当然と言うか……。二人を前にしてどうしても俺は躊躇してしまうのだ。


「アークさん……」


「いや、待ってくれ」


 それは駄目だ。俺の躊躇を受けてウィズが切り出そうとするのをすかさず止める。そう、それでは駄目なのだ。これは俺がしなくてはならない事であり、仲間の力を借りてはいけないのだ。そんな事をしてしまえば、俺は逆戻りしてしまうに違いない。


「ええい、クソッ!」


 俺は語りだした。全てをだ。


 俺が仲間を集める切っ掛け。俺には後がない事。俺が功名心に走り失敗した事。それら全てを語った。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。実際は数分の出来事だったに違いない。饒舌に語ったつもりだが、恐らく実際は歯切れが悪く、時にはどもり、時には声を裏返したりしたのだろう。


 そんな俺の告白を二人は変な茶々も入れることなく真摯に受け止めてくれた。それが俺を一層みじめな気分にさせてくれるわけだが、俺は何とか語り終える事ができたのだ。


「プッ。そんな事は知ってたのです」


 俺の告白を馬鹿にするではなく、軽蔑するでもなく、ウィズは嬉しそうな顔で軽く浮かんだ涙を指で拭いながら答えた。


「しかし、滑稽なのです。ルークさんはもしかすると自分の事を素敵な勇者様だと思っているのかもしれないのですが、実際は弱くて、情けなくて、ずる賢いだけの。そして、時には優しく、時には勇敢で、時にはちょっとだけかっこいい――ウィズ達の勇者様。そんな事は知っているのです」


「ちょっ」


「だって、ウィズ達は仲間なんですから」


 その言葉に俺は無様にもへたり込んでしまう。少しの間だけ放心。そして、思いっきりの苦笑い。


 なんだよ、意外と簡単じゃないか。


 そうだよな。俺は自分を、あるいは勇者と言うものを美化しすぎていたのだ。悪い癖だ。俺と言う奴は――いや、ニートと言う奴は駄目人間なくせに理想は、希望は高い。そして、無駄に自尊心や責任感が強い。


 だから、自分で勝手に可能性を否定して、勝手に自分だけで背負い込んでしまうのだ。本当は簡単な事なんだ。


ただ、正直に話せばいい。ただ、信じて頼ればいい。何故なら、俺たちは仲間なのだから。


そう思うと気が楽になる。だから、普段の俺ならとても言い出せないような事を言えてしまうのだ。


「こんな俺の仲間でいてくれるかい?」


「もちろんです!」


 こう言ってイリアとウィズは満面の笑みを浮かべた。




 俺たちは今、イリアの家の前にいる。オリビエは話が終わったすぐ後に合流した。(どこかで俺達の話を立ち聞きしていたのだろう)


「勇者様、ボク感激です。ボクの為に時間を割いてもらっちゃって」


 いつものニコニコ顔のイリアが言う。どうやらコイツは俺の話をちゃんと理解できなかったようだ。お前の為じゃなくて俺の為にやった事なのだが……。まあいい、この程度の勘違いは問題なかろう。


 俺にはこの村を去る前にやり遂げないといけない事があった。イリアの家を取り戻す。今度は恥も外聞もなく四人でだ!


 相手の黒は確定してるんだから話は早い。しかし、問題は何故未だに売られていないかってところだ。


「おい、お前ら今すぐここから立ち去れ。そうすればそれで勘弁してやる」


 今の俺は無敵だった。三人を後ろに従えて、相変わらず外に屯している下っ端二人に俺は思いっきり高圧的な態度でこう告げる。もちろん相手が「ノー」と言う事は分かり切っている。つまり、俺は相手を全員倒してやる気満々だったのだ。


「ん? てめえは昨日の……」


「そうだよ。昨日てめえらにのされたドサンピンだよ! 前置きはいい。今すぐお前らのボスを呼びやがれ!」


 今の俺は無敵だった。だから相手の言葉を遮りそう宣言する。


 俺の叫び声が中まで届いたのだろう。キーっと言う擬音を伴ないボスが外に出てくる。こいつも何かを言いかけていたが、おれはそれをさせない。


「昨日はよくもやってくれたな。今日は四人だ。仕返し――もとい。決着を付けにきたぜ!」


 俺は思いっきり邪悪な笑みを浮かべると、あろうことか俺は三人の後ろに回る。情けない事この上ないが、これ以上、上に塗る恥など存在しない。だから、今の俺は無敵だった。オリビエが「自分で言ってて情けなくならないの?」なんてあきれ顔であったが無敵なので気にも留めない。


 この言葉を合図に戦闘は始まった。一人はイリアに、もう一人はオリビエに襲いかかる。しかし、あっさりとこれを撃退。ボスにはウィズが足元にファイアを当てると彼らは降参した。


 当たり前の話だった。相手がやくざ者とはいえ荒事はこちらが本職だ。そもそも個人の戦闘力からしてこちらの方が上なうえに数が同じだったのだから。(俺は頭数に入らない)


 さて、尋問タイム(俺の役目)だ。


「俺にはどうしても気になる事があるんだ」


 と、うずくまるボスの髪の毛をガシっと掴み思いっきり見下した様で俺は続ける。自分より弱い相手にはとことん強い。それがこの俺だ。


「いつからかは知らないし、それ自体に興味はない。だが、何故それなりの期間、この土地を確保していたくせに、まだ売っていないのは何故だ?」


 俺の言葉にボスはキッと俺を睨みつけ「権利がないからだよ」と呟く。


「ん? どういう事だ?」


「だから、土地の権利書がないんだよ! だから前の権利が消滅するまでの期間、ここを占拠しなくちゃならねーんだ」


「なるほどな。イリアを騙せたはいいが、肝心のブツは手に入らなかったと。間抜けな話だぜ」


「うるせえ! 権利書のありかを聞き出す前にその小娘が勝手にいなくなっちまったんだからしょうがねえ。家探ししたが見つからねえ。『だいじなもの』だから無くなる筈もねえ。だから、三年間ここを死守するしかねえ。こういう話だ」


「事情は分かった。だが、今後ここに手を出してみろ? これぐらいじゃあ済まさねえからな!」


 なんて、まるで悪役みたいな事を言うとリリースしてやった。去り際に色々と口汚い事を吐いていった奴らだが、まあ、これで一件落着だな。


 ……とはいかない。


「勇者様……あの……」


「どうした?」


「もしかしてこれでしょうか?」


 などといいイリアは武道着の帯を抜くと、そこから何やら紙片らしきものを取り出した。


「父上から『だいじなもの』だから肌身離さず持ち歩け、と言われていたものです」


 俺は大笑いした。もちろん、それは土地の権利書だった。


「そうかそうか」


 と、俺は過ごし乱暴気味にイリアの頭を撫でてやる。最初から大丈夫だったんだな。俺もあいつらも、世の中間抜けばっかりだな!




「イリアちゃん、ほんとによかったの?」


 オリビエが心配そうにそう尋ねる。言葉には出さないが俺もそう思う。


 あれから、なんとイリアは権利書を村長に渡してしまったのだ。住みたい人がいたらあげてくれと。


「うん、ボクは勇者様にこの身を捧げた身だから。帰る場所はここではないんです」


 こう言って一度だけ故郷を振り返ると満面の笑みを浮かべた。


「愛されているのです」


 などとウィズはこれまたニコニコしている。


 俺はと言うと……思いっきり赤面した。


「さ、先を急ぐぞ!」


 こう言って早足になるのが精一杯だったんだ。


 後ろで、三人の娘たちがクスクスと笑っていたが悪い気はしなかった。

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