第6話 四っつでも良いじゃない

 ――ジャー……


「ねぇ、ちーちゃあん」


「なんだ? 何か用か?」


「別にぃ……」


「用が無いなら大人しく茶室の方で待っていてくれ。茶器を洗ってから干しておかねばならんからな」


「えぇぇ。退屈ぅ……ぶぅ、ぶぅ!」


「くっ……かわよっ!」


「え? 何か言った?」


「いや、何も?」


「ねぇちーちゃん、どうしてさっきから手で洗ってるの? ほらほら、そこに洗剤とスポンジあるよぉ」


「うむ。良い所に気付いたな。茶器と言うのは釉薬ゆうやくがかかっていてプラスチックの様に滑らかに見えはするが、実際の所多くの穴が空いているんだ。こういった穴に入った汚れをしっかり洗い落としておかないと、後でカビの発生原因になってしまうからな。それに茶器と言うのは非常にもろいモノなんだ。ウチのは部費で買えるような練習用の茶碗だからな。ある程度は大丈夫と言えば大丈夫なんだが。流石に今回の抹茶ラテはいただけないな。しっかりぬるま湯に付けて汚れを落としておかなければ……って言うか、なんだコレは?」


「手が四っつ……」


「……え?」


「ほらほらぁ……手が四っつあるみたいでしょ?」


「うぅぅむ。確かにお前が後ろから私に抱き付く様な形で、私の脇の所から手を出している。はたからの見ようによっては、手が四っつある様に見えないでもないな」


「でしょぉ!」


「で? これに何の意図がある?」


「え? ちーちゃんはどう思う?」


「あっ、いや、私としてはご褒美ほうびと言うか、何と言うか……」


「ご褒美ほうびぃ?」


「いや、良い。気にするな」


「ちーちゃん、なんだか顔が赤いよ?」


「いや、良い。本当に気にするな」


「それじゃあね、正解を発表しまーす!」


「せっ、正解っ! これに正解があるのか!?」


「あるよぉ。正解は、手が四っつになったので、仕事が倍速で終わりまぁす! だから、早く片付けて一緒に帰ろう? ねっ!」


「くっ……くぅぅっ……マジ神っ!」


「え? なんだって?」


「いや、何でも無い。それよりも、手が倍になった訳だからな。早く茶器を洗ってしまおうか」


「うん、そうしよっ! それじゃあ、私は何をすれば良い?」


「それでは、まずはこの茶碗をちょっと持っていてもらえるかな?」


「うん、分かった!」


「うんうん。これは意外と便利なもの……」


 ――ツルッ!


「うぉぉい! はぁはぁはぁ。ヤバかったぁ! いま、ヤバかったわぁ!」


「え? ちーちゃんどうしたの?」


「どうしたもこうしたも、いまお前っ、茶碗落としそうになっただろう!?」


「えぇぇ? そう? でも、全然前見えて無いからぁ」


「くっ、そうか。前が見えて無いから……って言うか、手で持ってて落としそうかどうかぐらい分かるだろ?」


「えぇぇ。全然わかんないぃ」


「くっ! コイツの手の神経はコミケ会場のWiFiぐらいのレベルでつながり辛い状態の様だな」


「誰の手がコミケのWiFiだって?」


「そこは聞こえてるのか?!」

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