第54話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<16>
「あの子が……天阪 時乃が抱えている、彼女だけでは解決できない問題。それを助けてやるために俺はこんな力を手に入れた、それが自分なりに出した結論です」
両手を光剣の柄に添えて勇貴の話を黙って聞いていた路日が、ゆっくりと口を開く。
「御早さん、言っていることは理解できますよ。しかし……それはあなたがそう思いたいだけではないのですか? 自分の身に起こった不可解な出来事の理由付けを時乃に求めただけです。そこに因果関係などありませんよ」
「そうですね。以前、弦羽……さんにも同じようなことを言われましたよ。あの子に恩を返す方法を他に思いつかなかった、俺の自己満足だと言われるならその通りかもしれません」
「そして、御早さん。あなたがそれほどまでに時乃へ勝利を捧げたいのなら、やはり私の背後を取ったあの時にこの首から勝利の証を奪ってしまうべきだったのですよ。時乃にその役を譲るなどと言う甘さが、目の前にあった勝ちを逃したのです。時乃も、御早さんも、せっかくの強さをその甘さのせいで――」
「待ってください、お義母さん」
あくまでも勝ちにこだわる、彼女らしい主張を続けるお義母さんに勇貴は待ったをかける。
「お義母さんではありませんが、何でしょうか」
「あなたは時乃さんのことを何度も甘い、と言っていますが……それは違いますよ。あの子は甘いんじゃない、優しいんだ……!」
「甘さと優しさは別物ですよ、御早さん」
「俺はそんな哲学みたいな話がしたいわけじゃない、あなたの娘の時乃さんのことを言っているんです。あの日……《先祖返り》なんてイレギュラーな存在に出会った《祓う者》が、他でもない天阪 時乃だったから……あの子の話に耳を貸さずに、一度は冷たく突き放した俺なんかを命がけで救ってくれた優しい女の子だったから……俺は今、ここに立って偉そうなことを言っていられるんだ」
「……」
「そんな優しいあの子のためにできることがあるなら、たとえ自己満足だと言われても力になってやりたい。……失礼ですが、あの時に出会っていたのが路日さんだったなら、俺が生きていた可能性は低いと思いますよ」
何やら考え込むような顔を見せる路日に向かって、勇貴は最後に冗談交じりに一言付け加えた。
「フッ、そうかもしれませんね」
「いや、今のは全力で否定するところですよ!? しっかりしてください、名門天阪家のご当主様!」
「うむ、路日さんは容赦がないからな!」
「晴くんは黙っていなさい」
「
意外と元気そうな晴に一瞬目を向けた後、再び路日に向き直り勇貴は続けた。
「それと、路日さん。どうして俺があの子のためにそこまでするのか、と言う問いに対する答え……もう一つありましたよ」
「伺いましょう」
「路日さんには理解できないと思いますが……男の子、って奴はかわいい女の子が困っているのを見ると、意地を張ってでもカッコつけたくなる生き物なんですよ……!」
「ほう……」
「ちなみに、今のは『お前、男の子じゃなくておっさんだろ!』とツッコミ入れるところですけどね」
「……」
「まあ、そういうわけなので……最後にもう少し悪あがきをさせてもらいますよ!」
呆れ顔の路日の前で、勇貴は自分の黒く変色した右腕を見せた。
「その腕は……妖化が先ほどより進んでいるのですか……!」
「こうなると手首だけの時より、さらに強い力を出せるようになります。その分、反動で体力の消耗が激しいですけどね」
「……御早さん。あなたが《先祖返り》のことをどこまでご存じなのかわかりませんが、そんな異常な力を使い続けると……いずれ再び妖になって、そのまま人に戻れなくなるかもしれませんよ」
《祓う者》の一族の名門、天阪家の当主は真剣な表情で《先祖返り》の男の目を見つめて警告する。その瞳は厳しさだけでなく、彼を心配する気配を感じさせるものだった。
勇貴はそのことに安心感を覚えると、《天壊の女帝》が口にした
「その時は路日さんが俺を妖として祓ってください。以前……時乃さんは自我を失った俺と戦った時に怖かった、と言っていました。もう一度、あの子にそんな思いをさせたくはない」
「御早さん、あなたは……」
「それじゃあ、いきますよ……俺の唯一の必殺技!」
会話を打ち切り、勇貴は身体中を駆け巡る黒い力を右腕に集中させる。
(この技を直接、人間相手にぶつけたことはないが……この人なら大丈夫だろ、たぶん。これが路日さんに通用しないなら、どの道俺に勝ち目はない……。残りの力全部、ここで使うだけだ……!)
「ほう、必殺技……。先ほど床に向けて放って、私の神空を止めた技でしょうか? それならば、私も最強の構世術で相手をしましょう……! そう、時乃と同じように!」
黒い戦闘服に身を包んだ女帝が、左腕を高く掲げて迎え撃つ姿勢を見せる。
(時乃と同じように……?)
一瞬、訓練場の隅へ視線を向ける。倒れたままの少女は、まだ動かない。
(くっ……!!)
勇貴は視線を路日に戻すと、渾身の力を込めて黒い右腕を振り抜いた。
「……ふんッ!!」
「私にこの構世術を使わせたことを誇りに思いなさい……天壊図っ!!」
それに合わせるかのように路日の左手から放出された激しい光の洪水が、訓練場の中央で勇貴の撃ち出した拳圧と妖気の渦にぶつかる。
「ちぃッ!」
「フフッ、中々やりますね! ……しかしっ!」
(くそ、ダメだ! 二日山や秋野山で撃った時の威力に比べたら弱過ぎる! ゴツい剣で腹をえぐられたダメージのせいか……!?)
路日が生み出した光の構世術の勢いを
「
突如風が巻き起こり、路日の左肩に裂傷を残した。
「く……っ! 構世術!?」
勇貴と路日が声のした方へ視線を向けると、床に倒れた天阪 弦羽が上半身だけを何とか起こして右手を掲げていた。
「弦羽……! おのれっ!」
「時乃っ! 目を覚ましなさい! あなたがやらないで、誰がこの傲慢露出狂ババアに引導を渡すというのですか!」
晴よりも重傷と思われる弦羽だったが、声を絞り出すように妹へ呼びかける。
「う……ん……」
その声に反応して、倒れていた時乃がうめく声が微かに聞こえた。
「くっ……弦羽、余計なことを!」
「……ぬおおおおッ!!」
構世術・天壊図の勢いがわずかに弱まった隙を見て、勇貴は力をふり絞る。
「くうっ!? ほとんど戦闘不能同然の者たちが……揃ってこの私に刃向かうつもりですか!」
「お母さん……!」
時乃が顔を上げる姿が、勇貴の視界の端に映った。
彼女と同じように壁際に吹き飛ばされていた漆黒の刀身の剣を拾うと、時乃は壁に手を付きながら立ち上がる。身体を斜めに向け、霊剣の切っ先を後方に下げる構えを見せた。
「何の真似ですか、時乃。その燦令鏡では私の身体に傷をつけることはできませんよ!」
「北遠心陰流は刀身で斬るだけの剣術ではない、それはお母さんだって知っているはずです……!」
「……!! 時乃っ!」
路日が娘の名を叫びながら太耀皇の剣先を向けた瞬間――
「招雷!」
その二の腕に雷の矢が直撃した。
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