第53話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<15>

 ▼▼▼


 暗闇の中で御早 勇貴は意識を取り戻す。

 腹部に走る痛みが、今の状況を思い出させてくれた。


(ちくしょう、あんなゴツい剣で突き刺した挙句にそのままビームまでぶっ放すとは無茶してくれるぜ……殺す気か!)


 目を閉じたまま一人毒づく。

 しかし、あれだけのことをされたわりにはそれほど痛みを感じないのは、妖の血と肉が急速に傷を修復したせいなのだろう。それでも消耗した体力は大きく、身体に力が入らない。


(まあ……高校生の娘に付きまとった男に与えられる罰としては、安いものか)


 耳を澄ますと、あの《祓う者》の少女が一人で戦っているらしいことだけは何とかわかった。


(時乃、お前は本当に強いな。何しろ天阪家を継ぐ次代の天才様だ。俺みたいな、代わりがいくらでもいるような人間とはモノが違う。……悪いが、おっさんはこの辺が限界みたいだ。このまま、少し休ませてもらうぞ……)


 全身を襲う疲労感が、勇貴の意識を再びまどろみの中へと引きずり込もうとした時――


『勇貴さん、勇貴さん!』


 亜麻色の長い髪を弾ませて駆け寄ってきた小柄な少女が、嬉しそうに微笑みかけてくれる光景が脳裏に浮かぶ。


(く……ッ!? くそ、俺は一体どれだけあの子に……高校生の女の子に執着しているんだよ。いや、それは時乃が俺の命の恩人だから……!)


『また、勇貴さんと一緒に遊びに来たいです』


 昨日、観覧車のゴンドラの中でハッキリと答えてやれなかった、彼女の言葉を思い出す。


(違う……命の恩人なんて言うのは建前だ。認めたくはなかったが、本当はもっと前からわかっていた。俺は……時乃のことが好きなんだ)


 時乃のことを想うだけで不思議と疲れ切った身体に力が湧き上がってくる。どうやら、彼女に好意を持っているのは彼の中の妖も同じらしい。

 思い起こせば、あの妖の黒い腕は勇貴自身の危機というよりも、時乃を守るために取った行動の中で発現したことの方が多かったかもしれない。


(人間の俺も妖の俺も、揃って同じ趣味かよ。お母さんに知れたら、法で裁かれる前にロリコンの妖として成敗されかねないぜ……!)


 くだらないことを考えながら、指先を動かしてみる。

 まだやれそうだ、と勇貴は思った。


(まあ、いいか。ロリコンだろうが、妖だろうが、時乃のためにできることがまだあるなら……やってやるまでだ!)


 ◇◇◇


「時乃……。御早さんと遊び回っていただけと思っていたのに、いつの間にこれほどの力を……」


 訓練場の壁に背を預けるようにして動かなくなった娘の姿を見て、天阪 路日は一つ息を吐く。


「路日さん、無礼を承知で言わせていただく!」


 その女帝の後ろ姿に向かって、千剣 晴が声を張り上げた。


「どうしました、晴くん。戦いは終わりました。今から手当てをしてあげますよ」


「あなたは……卑怯ひきょうだッ!」


「! どういう意味でしょうか」


「路日さんは先ほど、時乃ちゃんに剣術の稽古をつけると言ったはずです。しかし、あなたは剣の勝負では分が悪いと見ると構世術を使った。いや、自らの霊力を操る戦闘技法である構世術だけならまだいい! あなたは原則的に使用が禁止されている一等級の光剣・太耀皇の力まで使って時乃ちゃんを……!」


「晴くん、一体どうしたのです。あなたまでそんな甘いことを言い出すとは? 私たちは剣術の試合をしていたわけではないはずです。価値観の違う者同士が、互いの考えを押し通すために戦っていたのではありませんか?」


「しかしッ! これでは、あまりにも時乃ちゃんが……」


「……戦いというものはどんな建前を並べたところで、相手の主義、主張やその存在を踏みにじる権利を得るための行為でしょう。晴くん、あなたは私たち《祓う者》の前から逃げ出す……この世に留まりたいという意思のようなものを見せる妖に対しても、そのように同情するのですか?」


「!!」


「きれいごとなど、夢想家にでも言わせておけばいいのですよ。そして、勝ってこその名門……それは千剣家も同じではないのですか」


「それは……!」


「よう、晴。いつもズレたことを言っているお前にしては、珍しくまともなことを言っていたじゃないか?」


 二人の会話に割り込みながら、勇貴は立ち上がった。


「御早 勇貴! 貴様、まだ立ち上がれるのか!?」


「御早さん……!」


 晴と路日が驚きの表情で勇貴を見つめる。


「まあな。ずいぶんと酷い目に遭わせてもらったが、おかげさまで寝てる間に傷は塞がったようだ。痛みはあるから、まだの方は治っていないみたいだが」


「傷が塞がった……? まさか、あれほどの攻撃を受けて……! フッ、どうやら大昔に御早さんのご先祖と交わった妖は、相当な大物だったようですね。しかし、傷が癒えたと言ってもそれだけの出血です。体力はそう残っていないでしょう。意識が戻っても起き上がらずに、たぬき寝入りでもしていた方がよかったのでは?」


 勇貴の足元に拡がる血だまりを太耀皇の剣先で示して、女帝は冷静に相手の状態を言い当てた。


 その言葉を聞きながら、勇貴は時乃の姿を探す。

 やがて、訓練場の隅で傷つき倒れた小柄な少女を視界に捉えた。

 自分が意識を失っている間に何が起こったのかわからないが、彼女も姉同様に母親から容赦のない仕打ちを受けたであろうことは遠目にもわかり、腹部に残る傷以上に胸が痛む思いがした。


「……俺はやっぱり、あなたのやり方が気に入らない。せっかく、あの子が本当の居場所を手に入れることができるかもしれない機会をもらったんだ。最後まで付き合ってもらいますよ」


「また時乃の居場所ですか……。御早さん、どうしてあなたはあの子のためにそこまでするのでしょうか? 確かに時乃はあなたの命の恩人かもしれませんが、こんなことを続けて命をすり減らしたら意味がないでしょう」


 路日の問いに対する答えとして、もっとも明確な理由は勇貴の中にハッキリとあった。

 しかし、それとは別のもう一つの答えを勇貴は口にする。


「俺は自分みたいなどこにでもいるつまらない人間に、どうして《先祖返り》なんて現象が降って湧いたように起こったのか不思議だった。妖の力をある程度使えるようになった直後は、普通の人間にはない特別な力を手に入れたことでガキみたいに調子に乗ったし、昔好きだった漫画の主人公になれたような気もした」


 勇貴は軽く息を吐いて、対峙する相手の様子を伺う。

 天阪家の当主は、手にした大剣を下ろして彼の話に耳を傾けていた。


「……だけど、それだけだった。超人のような身体能力を発揮できるようになっても、日常生活でそれを使うような機会はない。むしろ、変に目立ってしまうと面倒だ。そして、この力を得る過程の中で俺自身の生活に起こった一番の変化は……天阪 時乃との出会いだった」


 あの日、彼を救ってくれた《祓う者》の少女へ視線を移した後、その母親に向けて言葉を続ける。

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