第51話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<13>
「ふんッ!!」
弦羽に『技と呼べない、暴力的に力を振りかざすだけ』と評されたその攻撃を再現するため、訓練場の床に妖と化した黒い右手を振り下ろす。
それは秋野山の廃墟で駐車場に向けて捨て身で放ったものに比べると、はるかに規模の劣るものだったが――
「ぐぬっ!」
勇貴を中心とした狭い範囲に巻き起こる、拳圧の余波と黒い力の嵐。
そこに向かって超高速の移動術で自ら突進してきた路日の身体が、強固な壁に激突したように弾き飛ばされた。
(よしっ!)
天阪家の女帝が初めて床に倒れる姿を確認して、勇貴は内心で頷く。さらに間髪入れずに全力で駆け出した。
「……くっ、御早さん!」
「ちょっと後ろから失礼しますよ、お母さん……じゃなかった、路日さん」
起き上がる前の路日の背後に回り込み、彼女の
「まあ……娘の見ている前で後ろからなんて、大胆な人ですね!」
「妙なことを言わないでください! ……時乃っ!」
「え……は、はいっ!」
「今の技に巻き込まれたりはしていないな!? いいか、俺が路日さんを押さえている間に首飾りを奪うんだ! お前がやるんだよ!」
「!! わかりました、勇貴さんっ!」
勇貴の意を察した時乃が、二本の霊剣を手に走り出すのが見えた。
(そうだ、時乃。それでいい……!)
「御早さん。神空を発動させた私からダウンを奪い、背後を取ったことは褒めてあげましょう」
《先祖返り》の超人的な腕力で身体の自由を奪われた女帝は、慌てる様子もなく勇貴を称賛するような言葉を口にする。
「それはどうも」
「しかし、どうしてこんな回りくどいやり方をするのか理解できませんね。……その気になれば、あなた自身の手でこの首から勝利の証を奪い取ることができたのではないですか?」
「……かもしれません」
「かもしれない? なぜ試しもしないでこんな、時乃に手柄を譲るような真似を――」
「路日さん、この戦いは……俺があなたに勝つだけでは意味がないんだ。時乃自身があなたに打ち勝たなければ、きっと本当の意味での勝利とは言えないはずなんです!」
「フッ……フハハハッ! いけませんね、御早さん! あなたまで時乃と同じような甘い考えでは……私に勝つことができたかもしれない、最大の好機をみすみす見逃すとは!」
「好機を見逃す……? いくらあなたが鍛え抜かれた最強の《祓う者》でも、単純な腕力だけなら生身の人間より今の俺の方が上のはずだ。この拘束を振りほどいたりはできないはずですよ」
「そうでしょうか? 構世術には己の身体能力を高めるものがあることは、御早さんもご存じのはず。私や弦羽が使う神空は敏捷性を強化する術です。先ほど時乃が私の攻撃を防いだのは、物理的な衝撃への耐久力を向上させるもの。……そしてっ!」
「……ッ!?」
天阪 路日の身体が赤い光を帯びると、それまで勇貴が完全に押さえ込んでいた両腕がじわじわと動き始める。
「これが全身の筋力を超強化する、
「くそッ!」
勇貴が叫ぶと同時に、時乃が高く跳躍して斬りかかってくる姿が視界に見えた。
「お母さん、これで……こんな戦いは終わりですっ!」
「フッ……甘いですよ、時乃っ!」
拘束された右腕を強引に動かして、路日が光剣の切っ先を自分の娘へと向けた。
それを見た時乃の顔がこわばる。
「えっ?」
(ぐ……させるか!)
「太耀皇の輝きに飲まれなさいっ!」
光剣の刀身が光り輝き、光熱波を撃ち出す瞬間――勇貴は時乃への直撃を避けようと、黒い右手に力を込めて路日の腕をねじ上げる。
「むっ!?」
「きゃっ!」
発射角度を変えられた太耀皇の攻撃は、わずかに時乃の身体をかすめて訓練場の天井へと放射された。
その衝撃で床に叩きつけられた時乃の手元から燦令鏡と俊純、二つの霊剣が離れていく。
「時乃! 大丈夫か、おい!」
「フフフ……御早さん。他人の心配をしている場合ですか?」
「! しまった――」
自分のミスのせいで手傷を負った少女の姿を見て、勇貴はつい力を緩めてしまった。
その隙に、赤い光に包まれた女帝は《先祖返り》の拘束を振りほどく。そして――
「ぐ……うっ……」
一等級の光剣の刀身が自分の腹部に突き刺さる瞬間が、スローモーションのように勇貴の瞳に映った。
勝ち誇るような路日の顔と、腹に刺さった太耀皇の金色の鍔が輝き出す、現実とは思えない光景。
それをどこか他人事のように見つめながら、勇貴の意識はゆっくりと薄れていった。
▼▼▼
「勇貴さん……っ!!」
彼の腹部を貫く太耀皇が光り輝き、刀身から撃ち出された光の筋と共にその身体が空中に放り出される悪夢のような光景。
天阪 時乃はそれを呆然と見つめていた。
「路日さん、あなたは何ということを……。いくら奴でも、これでは……!」
後方から晴の震えるような声が聞こえた。
「フッ、心配はいりません。今の一撃は出力を抑えたものです。《先祖返り》の彼の肉体なら死にはしませんよ」
母は笑みを浮かべながらそんなことを言うが、仰向けに倒れた勇貴が動く気配はない。そして、床に拡がっていく赤いものから目を背けることしか時乃にはできなかった。
「さて、時乃。あなたのために戦った御早さん、晴くん、そして、これは少々意外でしたが……弦羽。皆、もう動けなくなってしまったようですね」
「……」
「いいですか、時乃。あなたが変に私に逆らったりせずにこれまで通り従っていれば、彼らがこのように傷つくことはなかった。そうではないですか? ……時乃、あなたの身勝手な振る舞いが彼らをこのような目に
「!! そんな……」
母の突き付ける残酷な言葉の刃が、時乃の喉元に迫る。
「それは違うぞ、時乃ちゃん! 僕や弦羽ちゃん、そして奴も! みんなキミの力になりたいと思って自ら動いたのだ! 時乃ちゃんが……くっ、責任を感じることなど……あるものかッ!! うっ、ぐっ……」
大声を出したせいで傷が開いたのか、時乃を気遣う晴の言葉は徐々に苦悶の声に変わっていった。
「動機など関係ないのですよ。時乃が動いた結果として、あなたたちが冷たい床の上で傷つき倒れていることは紛れもない事実! 時乃っ! あなたが週末の稽古をサボって遊び歩くような……くだらない時間の潰し方をしなければ、こんなことには――」
(……っ!)
「取り消してっ!」
頭で考えるよりも先に、そんな言葉が口から出ていた。
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