第49話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<11>
「は、はい……」
「あなたは一見、御早さんと上手く連携を取っているように見せていますが……その実、彼にあなたが合わせているだけ。いえ、より正確に言うなら好き勝手に動く御早さんをフォローするように立ち回っている、と言った方が正しいでしょうか? そんな天阪家の《祓う者》らしからぬ戦いをしているようでは、せっかく貸し与えた俊純が泣きますよ」
「っ!」
「えっ……。時乃、そうなのか……?」
「……違いますよ。前に言ったじゃないですか、私と勇貴さんの二人ならどんな妖にも負けない。きっと、私たちの相性がいいからだって!」
ぎこちなく笑いながら答える時乃の顔を見ながら、やはりこの少女はウソをつくのが苦手なのだろう――
勇貴はどこか他人事のようにそう思った。
「御早さん。あなたは今まで気持ちよく妖の討伐を行ってきたのかもしれませんが、それはあの子のバックアップがあってこそですよ。あなたはそれに気付いていなかったようですが、それは仕方ありません。悪いのは御早さんから連携行動の練度を向上させる機会を奪った、時乃の甘さなのですから」
「そんな言い方をしないでください! 本当に悪いのは時乃が合わせてくれていることに気が付かなった、俺の方だ!」
「勇貴さんは……《祓う者》ではない、一般の人なんですよ。私が助けて、守ってあげないとダメなんです……」
路日の物言いに抗議した勇貴の耳に、時乃のつぶやくような声が聞こえた。
「……時乃。やっぱり、お前は……そうだったんだな」
亜麻色の髪の小柄な少女はうつむいたまま答えない。
「そうか……俺は自分の力を高めるだとか言いながら、時乃の足を引っ張っていたわけか。そんなことも知らずに――」
「そんな! 違います! 勇貴さんが心配してくれたから、一緒にいてくれたから……私はあの日からここまで戦えた! 勇貴さんがいなかったら、きっと今この場に立っていることさえ……!」
顔を上げた時乃が悲しげな表情で訴えるが、勇貴の中に湧き上がった無力さは消えなかった。
「フッ、御早さんも時乃も個々の能力は非常に高い。しかしながら、妖の力を使う《先祖返り》と妖を狩る《祓う者》。この両者の連携など上手くいくはずがないのですよ」
「……確かに」
「そんな、勇貴さん……」
太耀皇を携えた女帝は大仰な手振りを交えて持論を展開する。
「単一で完結した存在、真の強者に連携など必要ないのです。少なくとも……私はそうして生きてきました」
(なるほど……俺が強者かはともかく、時乃に俺が必要ないのはその通りだろう)
「時乃!」
「は、はい!」
「お母さんの言う通りかもしれないな。ここからは……単独で仕掛けるぞ。まずは俺が先に行く。時乃も自分のタイミングで行くんだ。……それから、今まですまなかったな」
「勇貴さん、待ってください! 一人で立ち向かうなんて無茶です! それこそお母さんの思うツボ――」
時乃の制止を振り切り、勇貴は訓練場の硬い床を蹴って前方へと跳ぶ。
それを見つめていた天阪家の女帝は棒立ちのまま、笑みを浮かべる。そして――
「フッ、待っていましたよ……影劫っ!」
路日が叫ぶと同時に、彼女の足元から染み出すように現れた黒い影が勇貴に絡みついていく。
「ぐっ!? 何だこれは!」
「それは行動を封じる構世術の中では最上位の術ですよ。弱い妖なら捕縛と同時に祓うこともできますが、御早さんなら体力と妖気を奪われる程度で済むでしょう。……ただし、当分は影の檻から出られないと思ってください」
「出られない? ッ! 影が――」
御早 勇貴の身体は、影が変化した多面体の檻に完全に取り込まれた。
▼▼▼
「勇貴さんっ!」
天阪 時乃は反射的に勇貴が捕らえられた影の檻へ向かって駆け出そうとするが――
「あなたの忠告を聞かずに無策で真正面から向かってきた御早さんには……そこでしばらく反省でもしてもらいましょうか」
時乃の目には水着にしか見えない、露出度の高い漆黒の戦闘服を着用した母親が一等級の光剣と共にその前に立ち塞がる。
「影劫……! 迂闊に突撃した御早さんも悪いですが、あのババアは……」
「ぬう、いくら御早 勇貴が妖の血を引く《先祖返り》とは言え、生身の人間相手に影劫を使うとは……さすがは路日さん、なんと容赦のない!」
母、天阪 路日が構世術・影劫を勇貴に使用したことを非難する姉たちの声が、時乃の耳にも届く。
(うぅ、ごめんなさい……私も初めて勇貴さんと会った日に、影劫を使ってしまいました……)
それを聞いた時乃は一人、心の中で反省するのだった。
「さて、時乃。あなたが彼を……御早さんを過剰なまでに守ろうとするのは、『自分の居場所がない』と言う話と関係があるのでしょう」
「っ! どうして、お母さんがそんなことを……」
「あなたが今ここで剣を振るう理由は、自分の甘えを許してくれる御早さんを……居心地のいい場所を奪われないためですか? しかし、時乃。自分の居場所とは自分で切り開くものです。誰かに救いを求めるような、そんな考えでは私の後継者には――」
母がそこまで言いかけた時、《先祖返り》を封じた構世術の牢獄に亀裂が入る瞬間が時乃の目に入った。
「あ……」
あの日、時乃が交戦した《彼》と今あの檻に閉じ込められている御早 勇貴は別人と言っていい存在のはずだった。それでも、あの最上位の拘束系構世術を以てしても、《先祖返り》の力を押さえることが難しいのは変わりないらしい。
「私の影劫が……! まさか、こんなに短時間で!?」
「ふははっ! いいぞ、御早 勇貴! そんな檻など破ってしまえ!」
この状況に珍しくうろたえながら影の檻を見つめる路日に、晴の煽るような声が飛ぶ。
「時乃と一対一の決闘をした後で改めて御早さんと戦うつもりでしたが……やむを得ませんね。影劫が完全に破られる前に、トドメを刺すとしましょうか……!」
路日が太耀皇の切っ先を影劫の檻に向けると、光剣の力の発動を示すように鍔の太陽の装飾が輝き出す。
「っ! 勇貴さ――」
それを見た時乃が
訓練場の閉鎖空間に突風が巻き起こる。
「うぬっ!?」
次の瞬間、影の檻の前に立っていたはずの母親の姿が短いうめき声を残して消えていた。いや、元いた場所から数メートルほど遠くへ吹き飛ばされていた。
「一体……何が? ……っ! まさか!」
そうつぶやく母の背後に、霊剣・跳翔を左手に携えた姉の姿が見えた。
「弦羽……!」
「お姉ちゃんっ!?」
「時乃、これをっ!」
姉が投げ渡した物……それはよく見慣れた白い鞘と金色の柄の霊剣・燦令鏡だった。
「え……あっ! そうだ、燦令鏡の特性なら構世術を……影劫の檻を斬れる!」
「そうです。時乃、あなたが母さんから受け継いだその燦令鏡で……御早さんを助けてあげなさい。……残念ですが、私にはその剣を振るう資格はありませんから」
「で、でも、お姉ちゃん……」
「時乃、この人の相手は私が務めます。少しは……あなたの姉らしいことをさせてください」
「え……う、うん! わかった……ありがとう、弦羽お姉ちゃん。勇貴さん、待っていてください! すぐにそこから出してあげます!」
燦令鏡の鞘を床に置き、両手に二本の霊剣を持ち直すと時乃は駆け出した。
大切な人が捕らえられた、その檻へと向かって。
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