第48話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<10>
「お前ら、二人揃ってそこまで言うことはないだろ。その……もっとお見苦しいものだったら俺も勘弁してくれと思うが、路日さんは全然アリじゃないか?」
「まあ……御早さんは中々お上手ですね!」
それを聞いた路日は左手を頬に当て、満足げに微笑んだ。
しかし――
「ええっ、勇貴さんっ!? どうしてお母さんを褒めるんですか!? 勇貴さんはあんな服がお好きなんですか!? ……言ってくれたら、私が着てあげるのに!」
母親に謎の対抗心を燃やしたのか、時乃が妙なことを言い出す。
「落ち着け、時乃。何を言っているんだ、お前は」
「御早さん! あなたは私のことは興味ないとか言っておいて、あんなのは守備範囲なんですか!? 一体あなたはどういう趣味をしているんですか! このロリコンおじさん! ババコンおじさん!」
さらに壁際に立つ弦羽までもが、勇貴に突っかかってくる。
「うるさいぞ、弦羽! 母親にあんなのとか言うな! というかお前は関係ないんだから、自分の部屋にでも戻っていろよ!」
「嫌です! この敷地内で私がどこにいようと、おじさんに文句を言われる筋合いはありません! バーカ! バーカっ!!」
勇貴の抗議も虚しく、訓練場の隅から弦羽の罵声は続いた。
「くっ、何をムキになっているんだ、あいつは……! おい、晴。お前も路日さんのあの衣装は全然アリだと思わないか? 思うだろ!?」
自分の価値観に少々不安を感じて、勇貴は先ほどから黙っている晴に同意を求める。
「ノーコメントだ」
「おいっ!? 汚いぞ、お前!」
黒ずくめの男は、勇貴や路日と視線を合わせないように斜め下を向いた。
「……そうだ、私としたことがうっかり忘れていましたよ。特別ルールの説明を!」
緊張感のないバカ話を続けていたところに、路日のよく通る声が響いた。
「特別ルール……?」
不思議そうに聞き返す時乃に、その母が自分の首元を左手で指し示しながら続ける。
「そうです。あなたたちが光剣・太耀皇を手にした私に正攻法で勝つのは非常に難しい。そこで……この首飾りを私から奪うことができたなら、たとえ私にまだ余力が残っていたとしても、その時点で負けを認めることとしましょう。いかがですか?」
首元で光る金色の首飾りを指先で触る彼女の表情には、取れるものなら取ってみろ、と言わんばかりの自信に満ち溢れていた。
「……了解しました。自分としても時乃さんの母親と死力を尽くすほどの戦いをしたくはない。それで決着がつくのなら、ありがたいです」
「うむ、その条件なら僕たちにも勝ち目があるかもしれないな」
「フッ、よろしい。では……今度こそ本当に始めましょうか!」
天阪家の女帝がそう言って大剣を振るったのを見て、勇貴は体内の妖の力を呼び起こした。それと同時に勇貴の左右に展開する時乃と晴も霊剣を抜き放って戦闘態勢に入る。
「なるほど、やはり大したものですね。昔……私が手合わせをした《先祖返り》よりもずっと強い妖気です……! 楽しませてくださいね、御早さん!」
(昔、戦った……!?)
「さて……まずはほんの挨拶代わりに、この光剣の力を見せて差し上げましょう!」
路日が大剣を天に向かって掲げると、その特徴的な鍔の装飾が文字通り太陽のように眩しく輝き出す。
(何かやるつもりか……!)
「勇貴さん! 私の後ろに隠れてくださいっ!」
光剣の輝きを見た時乃が、切羽詰まった声で叫んだ。
「時乃?」
「早く!」
「!? わかったよ!」
勇貴が時乃の背後へ滑るように駆け込むのとほぼ同時に、彼女の声が響く。
「
構世術の発動を示すかのように、時乃の周囲の景色が歪むような錯覚を勇貴は感じた。
「
さらに、晴も構世術で自身の目の前に光の壁を作り出す。
「フッ、若き《祓う者》たちよ、準備はできましたか? こ・れ・が……太耀皇の輝きですっ!」
路日が太耀皇を斜めに振り下ろすと同時に、舞台上から膨大な光と熱波が訓練場に放たれる。
「ぐッ!」
勇貴は思わず両手で顔を覆い防御の姿勢を取って身構えるが、不思議と衝撃も痛みも訪れない。
(……?)
状況を確認するように顔を上げると、時乃の周りに見えない壁でもあるかのように、大剣から放出される激しい光の波を遮っていた。
一方で、晴の生み出した構世術の壁は徐々にその輝きを失っていくのが見える。
「ぬ……うッ!」
やがて光剣の攻撃から晴を守っていた壁は完全に消滅し、光の中に黒ずくめの男の影が飲み込まれていった。
***
「ほう……手加減したとは言え、時乃は完全に防ぎきったようですね。相変わらず、防御系の構世術の精度は大したものですよ。……しかし、晴くん。あなたはもう動かない方がいいでしょう」
黒いレオタードに身を包んだ路日がゆっくりと舞台中央の階段を降りる靴音が、静かになった訓練場に乾いた音を響かせる。
「晴ッ! お前、大丈夫か!?」
先ほど彼が立っていた場所からずいぶん離れたところに、膝をつく晴の姿が見えた。光と熱の波に包まれた黒いロングコートはところどころ焼け焦げて、白い煙が登っている。
「ふっ、慌てるな……愚民め。この程度で僕は……!」
そんな彼の足元に赤いものが
「晴くん……お母さんの言う通り、もう無理はしない方がいいと思います」
「時乃ちゃん……すまない。これが、天阪家の光剣・太耀皇の力か……。ふっ、こんなことなら、僕も実家から神剣・
「御早さん! そして時乃! よそ見をしているヒマがあるのですか!」
女帝の声が広い空間に轟き、勇貴は振り返って時乃と顔を見合わせる。
「勇貴さん、接近戦で勝負しましょう! 距離を取られると、母に太耀皇の光熱波や強力な構世術を使う隙を与えてしまいます!」
「なるほど、わかったぜ! どの道、俺は近寄って殴るくらいしか能がないからな! 行くぞ、時乃!」
「はいっ!」
週末に彼女の手伝いで妖の討伐を行う時と同様、勇貴が先行してその後を時乃が追う形で路日に迫る。
「……ッ!」
「んっ!」
「ほう……!」
妖の血を活性化させた勇貴の力任せの体術と、霊剣・俊純による時乃の精密な斬撃。二人の連携攻撃を天阪家の当主は大剣を巧みに操って
(ちっ、二人がかりでこれかよ!)
「招雷!」
突然、晴の声と共に雷の矢が勇貴の頬をかすめていった。
「うおッ!?」
驚いて勇貴の動きが止まったその隙を、熟練の《祓う者》が見逃すはずがなかった。
「フッ!」
ダンサーのように鍛えられた路日の下半身から繰り出された、しなやかな上段蹴りが勇貴の背中を強打する。
(ぐうッ! この蹴りの重さは……! 本当に生身の人間なのか!?)
「勇貴さんっ!」
時乃がフォローするように突き出した俊純の切っ先を、余裕の笑みを浮かべた路日が後方へ飛び退いてかわす。
勇貴は振り向くと、片膝をついたままの晴を恨みがましい目で睨む。
「おい、晴! 危ないだろ!」
「何だと! せっかく僕が援護射撃をしてやったのに!」
「援護だと!? お前はただでさえノーコンなんだから、交戦中に飛び道具を撃つのはやめろ!」
「ふん! 僕もあれから修行を積んだ、次は当ててやるさ……路日さんか、貴様にな!」
「俺に当てるなよ!」
「時乃ちゃんに当たらなければ問題ない」
「晴くん、次に構世術を私に向けて撃った場合はこちらも相応の礼をしましょう。覚えておきなさい」
勇貴と言い争う晴に向かって、冷静な口調で路日が告げる。
「……承知した」
その気迫にさすがの晴も下を向いて応じるしかなかった。
「それから、時乃!」
母親に名指しされた小柄な少女が、ビクリと身体を震わせる。
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