第47話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<9>
◇◇◇
天阪家の敷地の奥に、この家の当主が決戦の場として指定した訓練場はあった。
その白い建物の扉を時乃が開け、彼女に続いて勇貴たちはその中へと足を踏み入れる。
体育館のような造りの屋内の隅にはなぜか舞台のようなものがあり、最後に室内に入った弦羽が扉を閉めると……それを合図のようにスポットライトが点灯した。
ライトに照らされた舞台中央には、黒いマントで身体を覆った天阪 路日の姿があった。
「ようこそいらっしゃいました、我が戦いの舞台へ。さあ……どうぞ、もっと近くへ」
天阪家当主は不敵な笑みを浮かべて歓迎の挨拶を述べる。
「えっ、何これ……どういう意図があるんだ」
その芝居がかった演出に
「母の趣味ですよ、気にしないでください。……学生時代は演劇部で舞台女優が夢だったらしいですから」
勇貴のつぶやきが聞こえたのか、弦羽が表情を変えずに説明を入れる。
「ふーん……」
(学生時代は演劇部……か。時乃の学生生活はずいぶん縛っているくせに、自分はそれなりに満喫していたみたいだな。まあ、別にいいんだが)
気を取り直して勇貴が舞台の方へ足を進めると、それを見た時乃たちも彼に続いて歩き出した。
「ふっ、まるでゲームのラスボスに立ち向かう気分だな」
後ろから聞こえた晴の冗談めかした発言に、勇貴もつい納得してしまう。
「フフフ……ごきげんよう、御早さん。まず、あなたが
天阪家当主は舞台の上からギラギラと輝く目で勇貴を見下ろしながら、挑発のつもりなのか、本気で言っているのかわからないセリフを並べる。
「時乃さんの母親のあなたと戦うなんてことは……冷静に考えたらとんでもないことだとは思います。それでも、それが《祓う者》の家系の流儀というのなら……自分も本気でやらせてもらいますよ、路日さん」
「フッ、もちろんですよ。そうでなくては困ります。この訓練場も見た目よりは頑丈な素材で造られていますからね、遠慮は要りませんよ。……それから、時乃」
その視線を勇貴から自分の後継者の方へ向けて、路日は続ける。
「あなたがこの場に現れたと言うことは……この母と戦う覚悟があると思ってよいのですね?」
「はい……!」
勇貴の左隣に立つ小柄な少女は、そう言って迷いのない瞳で母親を見つめ返した。
「それは結構。……では、これを受け取りなさい!」
路日が黒いマントの中から何かを取り出し、舞台下の娘へと投げ渡した。それは漆黒の鞘に収められた日本刀……いや、霊剣だった。
「えっ、これは……
「時乃、それは?」
「霊剣・俊純、二等級の霊剣の中でも屈指の刀身強度と切れ味を誇る名刀ですよ。……母が普段使っている霊剣です」
「へえ、お母さんの……」
「時乃。あなたの燦令鏡は対妖戦においては非常に強力な武器ですが……その特性上、対人用の得物としては不向きです。そこで、その俊純を貸し与えましょう。あなたなら充分使いこなせるはずです」
「……わかりました」
そう言って周囲を見回す時乃の考えを察したのか、弦羽が妹に声をかける。
「燦令鏡、私が預かってあげますよ」
「あ……お姉ちゃん、ありがとう」
燦令鏡の入った袋を妹から受け取る弦羽に向かって、その母親の声が響く。
「弦羽、あなたもこの戦いに参加するつもりですか?」
「いいえ。冷やかしに来ただけです」
「そうですか。……それにしては、跳翔を持ってきているようですが?」
「これは母さんたちの戦いに巻き込まれないように……護身用ですよ」
「フッ、まあそういうことにしておきましょうか」
弦羽は母親と目を合わせないまま舞台から離れると、訓練場の壁に背を預けた。
「それで、晴くん。あなたは……いえ、やはり別に聞かなくてもいい――」
「はい! 路日さん! 時乃ちゃんの兄としてこの千剣 晴、参上致しました!」
「ああ、はいそうですか。しかし、ケガをする前に帰った方がいいと思いますよ。……戦いが始まってからでは遅いですからね」
「心配ご無用。それよりも、愛刀の俊純を時乃ちゃんに渡して、路日さんの得物はどうされるおつもりですか?」
晴の問いかけに、遠くで弦羽がつぶやく声が聞こえた。
「……確かに。私の知っている限り、この天阪家に残る霊剣、霊槍で俊純や燦令鏡に匹敵する武器となると……霊剣・
(ん? 今肉じゃが、って言ったか?)
「フフフ……何を言いますか。この天阪家にはあるではないですか、それらの武器を上回るものが……!」
自信に満ちた表情でそう言いながら、女帝が黒マントの中から両刃の大剣を取り出す。太陽を思わせる見事な装飾が施された金色の鍔を持つその大剣は、尊大な振る舞いを見せるこの天阪家当主には相応しいものだと勇貴の目には映った。
「光剣・太耀皇……!!」
それを見た時乃が、
「太耀皇だと……あれがそうなのか!?」
「太耀皇……! 使用や持ち出しが制限されている一等級の霊剣を、身内同士の私闘に使うつもりですかっ!? どうかしています!」
《祓う者》たちの反応を見て、門外漢の勇貴にもその大剣の持つ意味が何となく理解できた気がした。
(そう言えば……一等級の霊剣は使用に制限があるだとか、天阪家を象徴する家宝のタイヨウコウがどうとか、前に言っていたか。……なるほど、それがあの高級そうな大剣のことか)
「弦羽、今あなたはどうかしている、と言いましたか? いいえ、天阪家の当主が一度決めた方針を翻すかどうかの尊厳を賭けた戦いに、この太耀皇を使わないことこそ不自然ですよ。そして、この訓練場がある場所は天阪家の敷地内……一等級の武器を持ち出そうが使おうが問題はありません!」
「そんな屁理屈を……!」
「どちらにしろ、弦羽。あなたには関係ないはずでしょう? そこで見ているだけのつもりなら、大人しくしていなさい」
「っ!」
「さあ、始めましょうかっ!」
その声と共に身を包んでいた黒マントを空中へ放り投げると、光沢のある黒いレオタード姿の天阪 路日の身体が露わになった。
(えぇ……何あのエロい服……どこで売っているんだ!?)
「お、お母さんっ!?」
「むう……」
「母さん!? あなたは何て格好をしているんですかっ!?」
スポットライトの当たる舞台の中央で、右手に光剣・太耀皇を携えた天阪家当主の身体は……とても二人の娘がいるとは思えないほどに引き締まった、モデルのような肉体だった。
「この衣装は私が若い頃に着ていた戦闘服ですよ。久しぶりに面白い戦いになりそうだったので、気合を入れるために引っ張り出してきたのです。天阪家の当主として剣を振るう時に身に付けている物としては、相応しいと思いましてね」
(まあ、似合ってはいるな。……エロいし)
勇貴は舞台上の路日の言葉に内心で納得をしたのだが――
「お母さん! 勇貴さんの前でそんな格好で戦うなんて……! やめてください! 恥ずかしいですっ!」
「時乃の言う通りです! 若い頃に着ていた? 今の自分の年を考えてください! いいえ、年齢が若ければいいと言うような服だとも思えませんけど! 《天壊の女帝》じゃなくて《変態の女帝》ですよっ!」
彼女の二人の娘からの評価は厳しいものだった。
勇貴は思わず、そんな母親のフォロー役に回る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます