第45話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<7>

 ◇◇◇


「楽しかったですねー、勇貴さん!」


「そうか、時乃が楽しかったなら何よりだ。俺はさっき安全バーを握り締めながら踏ん張っている時に、身の危険を感じて妖の力が発現しそうになったよ」


「えっ? そう言えば、隣で何だか勇貴さんの妖気が高まる気配は感じましたけど……」


(うーむ、地方都市にある遊園地のジェットコースターなんて大したことはないと思っていたが、久しぶりに乗ると中々だったな。まあ、たまにはこういうのもいいか)


「勇貴さん、勇貴さん!」


 興奮さめやらぬ、といった感じの時乃が勇貴の上着の袖口を引っ張ってきた。


「お、おう。どうした、時乃?」


「次はあれに乗りませんか!」


 時乃に連れられるままに一番規模の大きいローラーコースターに乗った次は、さらにそれとは違う種類の絶叫ぜっきょう系マシン二つに連続で乗ることになる。

 遊園地に到着早々、回転や急旋回で振り回されたおっさんはさすがに少し参っていた。


(いかん、もう少し平和でぬるい乗り物を選ぶと勝手に思っていたが……何というか、攻撃力の高い遊具がお好きのようだ。女子高生の胆力たんりょく、恐るべし……! しかし、このままではこっちの身が持たないな……ここは断る勇気、ってやつを!)


「勇貴さん、今度はあれなんてどうですか?」


 勇貴の心情とは対照的に時乃は上機嫌と言った様子だったが、その彼女が次に乗りたいと指差した先からは、高所から垂直落下する遊具に乗った人々の悲鳴が上がる。


「……アレか。苦手なんだよ、アレ。いろいろキュッ、ってなるから……」


「そうなんですか? でもこの前、秋野山の廃墟でお姉ちゃんと戦った時にはもっとすごい高度まで自力で跳んでいましたよ」


「ん……ああ、あの時は俺の頭では他に弦羽に勝てる方法を思いつかなかったからな。追い詰められていたとは言え、我ながらよくやったと思うよ。もう二度とやりたくないな」


「うーん、そうですか……それならコーヒーカップはどうですか?」


「コーヒーカップ? ああ、あのファンシーな見た目で油断させて三半規管さんはんきかんの弱い人間を拷問ごうもんする遊具のことか」


「嫌な言い方しないでください!」


「ガキの頃、自分でバカみたいに高速回転させて自爆して以来、どうも苦手意識があってだな……」


「……じゃあ、ゴーカートは? 男の子なら好きですよね」


「男の子じゃないし、帰りに車を運転するからいいよ。時乃一人で乗ってきていいぞ」


「もう、今日は勇貴さんから遊びに行こう、って誘ってくれたのに……!」


 言い訳ばかり並べる男の顔を、時乃は不満そうに見上げる。


「えーと……そうだ、時乃。お腹は空いてないか? 約束した甘いものでも食べて休憩しないか」


「勇貴さん、誤魔化ごまかそうとしていませんか? ……いいですけど」


 時乃の言葉には答えず、勇貴は遊園地の中央にある複合施設に向けて足を進めた。


 ◇◇◇


「勇貴さんとお店で食べるなんて、何だか久しぶりな気がします」


 フードコートで勇貴と向かい合って座った小柄な少女が頬を緩ませる。


(天阪家のお嬢様はご機嫌を直してくれたみたいだな)


「それでは好きなものをご注文ください、時乃お嬢様」


 芝居じみた言い回しで勇貴がメニューを手渡すと、時乃が怪訝そうな顔を向ける。


「何ですか、それ……?」


「気にするな」


「……ふふっ、変なの」


 微笑みながら視線をメニューへ移す時乃の姿をぼんやりと眺める。


(今日の髪型はツインテールか)


 勇貴は以前から何となく気になっていたことを、亜麻色の長い髪を左右に結った目の前の少女に聞いてみることにする。


「時乃はわりといろいろ髪型を変えている気がするけど……その、結構凝っているのか?」


「えっ……あ、そうですね。あ、あの……勇貴さんは好きな女の子の髪型なんてありますか?」


 メニューで口元を隠すようにした時乃が、勇貴の顔を見つめながら意外なことを尋ねてきた。


「ん? どうした、唐突に」


「参考までに、ぜひ教えてほしいです」


「何の参考だよ。まあ……そうだな、その人に似合っているならどんな髪型でもいいんじゃないのか。時乃なら最初に会った時の、髪の上半分を後ろにまとめているアレの印象が強いかな」


「えっと、ハーフアップのことですか? なるほど……わかりました、覚えておきます!」


 勇貴の答えを聞いた時乃は、何やら力強く頷いた。


「そんな微妙な個人情報を覚えてどうするつもりだ。……それより、メニューは決まったのですか? 時乃お嬢様」


「あ……そうでした。これがいいです、勇貴さん!」


「ん、どれだ」


 天阪家のお嬢様がご所望の品としてお示しになった先には、巨大なパフェの写真があった。そこには派手な色使いのフォントで【カップル限定】などと注意書きがある。


(えぇ……何これ……)


「ねっ、勇貴さん! 一緒にこれを食べませんか!」


「……しかしながら、お嬢様。こちらのメニューは私どもには注文する資格がないようですが」


「あ、そんなの店員さんに頼んでみないとわからないですよ」


「それはそうかもしれませんが……他のメニューにしておいた方がよいのでは?」


「これが食べたいです」


 時乃お嬢様の意思は固いようだった。


「はあ……わかりました。しかし……自分は店員さんに睨まれたくないので、注文はお嬢様の方からお願いできますか」


「はーい! ……ところで、いつまでその口調を続ける気ですか、執事さん?」


「もう止めるよ」


「あっ、もう止めちゃうんですか? ……ふふっ、勇貴さんが本当に私の執事さんならよかったのにな」


「俺の執事なんて役に立たないぞ」


 ***


 時乃が店員に頼んだカップル限定ジャンボパフェは――

 あっさりと注文が通ってしまった。


「やりましたね、勇貴さん!」


 嬉しそうにはしゃぐ時乃を見て、勇貴は不思議に思って聞いてみる。


「ああ、よかったじゃないか。でも、そんなにアレが食べたかったのか? 他のパフェと大して変わらない気がするが」


「だって……これは店員さんの視点から私たちがそんな風に見えた、ってことですよね……?」


「違うな、時乃。きっとこれは店側にとって美味いメニューなんだよ。利益率が高いんだ。『カップル限定』なんて書いておけば、それを注文してえつるような連中が、ちょっとくらい高い値段を付けても喜んで注文してくれる。まあ、実際にカネを払うのは野郎の方だろうけど。だから、男女が二人並んでいれば店側としては基本的に断らないで出す方針なんだろう。いや、今のご時世なら二人で注文するだけで通るかもしれないな」


「もう~、勇貴さん! 私以外の女性の前でそんなことを言ったら、呆れられて帰っちゃうと思いますよ!?」


「俺もそう思う。まあ、心配するな。俺と外食を共にするような奇特な女性なんて、それこそ時乃くらいだ」


「えっ……ふふっ、仕方ないですね。一緒にご飯を食べてくれる女性がいないかわいそうな勇貴さんのために、変わり者の私が帰らないで付き合ってあげます!」


(時乃……同世代の異性からそんなことを言われたら、勘違いして好きになっちゃうセリフだろ、それ。いや……同世代じゃないから、こんな冗談が言えるわけか)


「そうか、ありがとうよ」


 満面の笑みを自分に向ける少女から目を背けて、勇貴は適当な言葉を返した。

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