第44話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<6>
「弦羽、何でお前に奢らないといけないんだ」
「私も子供です」
「どこがだよ」
「未成年ですから」
「そういう問題じゃないから。時乃はかわいげがあるから奢ってやりたくもなるけど、お前の場合は何となくたかられている気分になるんだよ!」
「酷い言われようですね……御早さんが甘えさせてくれるのは時乃限定なんですか。……冗談はともかく、本気で母と戦うつもりですか?」
「聞いていたのか。まあな、他に道はない」
「そうですか……時乃は?」
弦羽は勇貴から妹の方へ視線を移し、母との対決の意思を尋ねる。
「私も……戦います。勇貴さんと一緒に」
姉の問いかけに、時乃は迷うことなくそう答えた。
「時乃、無理するな。母親と本気で戦うなんて――」
「無理なんかじゃありません。勇貴さんは私が守る、そう言いましたよ」
真っ直ぐに勇貴の目を見つめてくる、時乃の決意は固いようだった。彼女の母親が先ほど言っていたように、意外と頑固なところがあるこの少女の考え方を改めさせるのは難しいだろう。
「……そうだったな。時乃が一緒なら心強いよ」
「はい! がんばります!」
「御早さん、ハッキリ言っておきます。母の《祓う者》としての力は……私や晴くんとは格が違いますよ。数々の妖を祓ってきた歴戦の戦士ですし、若い《祓う者》たちが技を競い合うための試合で負けなしだったと聞いていますから、対人戦も慣れているはずです。《天壊の女帝》なんていう二つ名で呼ばれ始めたのも、その頃に相当暴れたのが元らしいですからね。その強さについては……あのババアの稽古を長年受け続けた時乃の方がよく知っていると思いますが」
(えっ、今……ババア、って言ったか?)
「確かにお母さんは強いけど……勇貴さんと私の二人なら勝ち目はあります」
「そうだといいですけどね。あの人は、この応接室を出る時に……笑っていた」
「笑っていた……?」
勇貴は思わず彼女の言葉をそのまま繰り返すと、弦羽は頷いて続けた。
「母は最近の妖討伐の歯ごたえのなさを、物足りなく感じているようですからね。あの人の個人的な楽しみでもあった時乃との実戦形式の稽古もなくなり、その力の振るいどころがなくなっていたところに……上級の妖かそれ以上の力を持つ《先祖返り》の男、御早さんが現れた。今頃は戦いが待ち遠しくて、ウキウキしていると思います。あのババアの性格を考えても、手加減などするつもりはないと思った方がいいですよ」
(絶対にババア、って言ったぞ今!)
「ところで、勇貴さん。話は変わりますけど……」
名前を呼ばれて振り向くと、時乃が何やら照れくさそうにもじもじとしながら、勇貴の顔を覗き込んできた。
「ん? どうした、時乃」
「あの、ですね……今日の私の服や髪型はどうですか?」
「え? ああ、そうだな。何か気合の入った格好をしているとは思ったよ。これからどこかへ行く予定でもあるのか?」
「そういうわけではないんですけど……気合の入った以外に、その……何か感想とかは……?」
「すごく時間かかりそうな髪型だよな、それ。面倒じゃないのか?」
「勇貴さん……もうっ!」
どうやらそれは彼女が求めていた答えではなかったらしく、時乃は非難するような目を勇貴に向けてきた。
「……バーカ」
さらに彼女の姉から唐突に罵声が浴びせられる。
「弦羽、お前何を――」
「御早さん、そんなことでは女性にモテないですよ」
「なっ!? ぐっ……何だかわからんが、それは知っている! 大きなお世話だ!」
◇◇◇
「こんにちは、勇貴さん!」
天阪 路日との決戦を翌日に控えた土曜日の午後。
その娘、時乃はいつも通りに勇貴の部屋を訪ねてきた。
「お、おう。時乃……さすがに今日は来ないと思っていたぞ」
「え? あ……もしかして、ご迷惑でしたか?」
勇貴の言葉を聞いた時乃は申し訳なさそうにうつむく。
「いや、そんなことはないが……明日はいろいろ大変そうだからな」
「そ、そうですよね……私はこんな時だから勇貴さんと遊びたいと思ったんですけど……」
(……時乃と遊ぶ、か。そうだな、これが最後の機会かもしれない)
「わかった、時乃。せっかくだから、気晴らしに外へ出かけないか。どこか行きたいところなんかはあるか? 今からだとあまり遠くには行けないが」
「えっ? どうしたんですか急に?」
勇貴の提案に不思議そうな顔を見せる時乃だったが、明日を最後にもう会えなくなるから……などとこの場で言うことはできなかった。
「えーと、アレだ。先週、何か甘いものでも奢ってやると言っただろ。ついでだから、どこか行きたいところがあるなら行こうかと思ってだな」
「あ……約束、覚えていてくれたんですね……ふふっ、そうですねー。行きたいところ……」
はにかむように微笑んで、時乃は考え込む素振りを見せる。
「うん! 決めました、勇貴さん!」
◇◇◇
車の運転中に遠くから見えていた観覧車をそのすぐ下から見上げると、改めて遊園地に遊びに来たという実感が勇貴にも湧いてきた。遠い昔に家族で訪れた際の朧げな記憶と比べると、ずいぶん寂れて遊園地としての規模も小さいように感じる。
「えへへー、勇貴さんと遊園地に来ちゃった!」
それでも隣に立つ時乃の嬉しそうな様子を見ると、来てよかったと勇貴は納得した。
「でも、勇貴さんとお出かけするならもっとかわいい服を着てくればよかったな……」
その時乃が、自分の衣服を見ながらポツリと独り言をつぶやく声が耳に入る。
「別に、そのままでも充分かわいいと思うが」
それを聞いた勇貴は思わず、そんなことを口にしてしまう。
「えっ……」
(ちぃッ、しまった……つい口が滑って……! 今のはかなり気持ち悪いぞ、数値化すると……一万二千キモバイトといったところか!?)
「勇貴さん……えっと、ありがとうございます……!」
驚いたような顔で勇貴を見つめた後、その小柄な少女は照れたような笑みを浮かべる。そんな彼女に勇貴は頭を下げて謝ることにした。
「すまん、時乃。今のは失言だった。取り消しを希望する」
「ふぇっ? 失言?」
「ああ。そこで、時乃。反省の意味を込めて『テメー、気持ち悪いこと言ってんじゃねえぞ、コラ!』とでも言って罵ってくれ。そうでも言われないと俺の気が済まない」
「ええっ!? 嫌ですよ、そんなの! 取り消しも却下します! 今の勇貴さんの言葉は、私の心に深く刻み込みましたから!」
(えっ、気のせいか何か重い発言が聞こえたような……)
「そんなことより、勇貴さん! 時間がないので早速園内を周りましょう!」
「ん、そうだな。それじゃあ、最初はどれから行くんだ?」
「はい! あれに乗りましょう!」
時乃が指し示した方向にあるものは……この遊園地の遊具では目玉と言っていい巨大なローラーコースターだった。
「えっ……一発目からいきなりアレに行くのか? 普通はもっとぬるいので温めてからああいう激しいやつに行くんじゃないのか。知らんけど」
自分で言っておいて何が普通は、なのかと勇貴は思った。
一方で時乃はそんなことを気にする様子もなく、勇貴の手首を掴むと駆け出す。
「行きますよ、勇貴さんっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます