第41話 天壊の女帝と、抱きつかれた男<3>

 不敵な笑みを浮かべるその女性は勇貴の想像した通り、例の封筒に差出人として記されていた人物の名前――【天阪 路日】を名乗った。


 あの天阪姉妹の母と言われると納得してしまう美貌びぼうの持ち主は、天真爛漫てんしんらんまんな時乃、控えめな弦羽、二人の娘たちのどちらとも違う……強さを感じさせる女性だった。彼女の周囲に活力がほとばしっているような気さえする。

 この女性が時乃の母親。天阪家の当主。そして――


(俺が時乃と初めて会った日に、あの子が喧嘩をしたという相手。おそらく、あの日の……いや、違う。あの日までの時乃を、あそこまで追い詰めたことに深く関わっている人物、そう考えてもいいはずだ)


「御早 勇貴です。この度はお招きいただきありがとうございます。娘さんには……いつもお世話になっています」


 勇貴も会釈と挨拶を返しながら、彼女の娘のことを口に出して様子を伺う。


「フフフ……いえ、娘の方こそあなたにご迷惑をおかけしているのではないですか? 妖の力を持つ《先祖返り》、御早 勇貴さん……!」


「!」


「今のあなたから感じる妖気は微量ですが、それでもこの天阪家の敷地内に現れた妖の気配を見逃すようでは、この家の当主は務まりませんよ」


「なるほど、弦羽……さんが呼びに行くまでもなく、自分がこの家を訪れたことは把握していたわけですか」


「そういうことです。それに、御早さん。先ほどは初めましてと言いましたが、あなたの存在自体はずっと前から知っているのですよ。そう、あの日……時乃が一晩帰って来なかった日から」


「え……」


「御早さんは妖の妖気を捉えて、その強さや場所を探知する機器のことはご存じですか?」


「以前、時乃さんに聞いたことがあります」


「そう、その機器にあの日から度々……非常に強力な妖気が記録されるようになりました。最近はほとんど見ない上級の妖……いえ、それ以上のものです」


(俺が妖の力で暴れていたことは筒抜けだった、ってことか……)


「その強い妖の反応はこの天阪家の担当地域、もっと言えば時乃が討伐に出かけた場所に現れることが多かった。そして、時乃の妖討伐に同行したあなたが戦う姿を見て……その謎は解けました」


「……」


「おや、立ったまま長々と失礼しました。どうぞお掛けください。何か飲み物などは?」


 路日が部屋の奥へ足を進めながら、勇貴に尋ねる。


「いえ、お構いなく。もう少しすると、時乃さんがここに来ると思います。その前に……話しておきたいこともあるのではないですか?」


「そうですね、では失礼します」


 自分の向かい側の椅子に路日が着席するのを待ってから、勇貴も腰を下ろした。それを見てから、改めて路日が話し始める。


「御早さん。あなたと時乃の間に起こったことは、あらかた承知しているつもりです。もしかすると、あなたは今日そのことについて咎められると思いながらこの家の敷居をまたいだのかもしれませんが、私にはそのつもりはありません。むしろ、あの子と共に妖の討伐に協力してくれたことに感謝したいくらいです」


「そう……ですか」


 テーブル越しに向かい合う天阪 路日は他者を圧倒するような威圧感を放っていた。それが意図的なものか、無意識のものかは勇貴にはわからなかったが。


「……しかしですね、御早さん。それも今日までとしていただきます」


(!)


 天阪家の当主がついに本題を切り出す。


「単刀直入に言います。あの子と……時乃と別れてください」


 強い意志を秘めたその瞳で勇貴を真っ直ぐに見つめて、時乃の母親はハッキリと言い切った。


「自分も今日はそのつもりでここに来ました」


 あらかじめ想定していた路日の要求に対して、勇貴も用意していた言葉を返す。


「おや、そうでしたか……」


 一方で彼女にとってその返答は想定外のことだったのか、自信に満ち溢れていた路日の表情に初めて驚きの色が浮かぶ。


「ただ、娘さんの名誉のために言わせていただきたい。よろしいですか」


「どうぞ」


「別れる、と言う表現は不適切ですね。自分と時乃さんはあなたが思っているような関係ではありません。命を助けられた者とその恩人、それだけです。何より、あの子とは……年が離れ過ぎています。母親のあなたに自分みたいな男とのそんな関係を疑われることは……時乃さんがかわいそうだ」


「そうでしょうか? 人と人との間に芽生える感情に、年齢差など関係ないと思いますが。御早さんと時乃よりも年の離れたパートナーなど珍しくもないでしょう」


「それはそうかもしれませんが、あの子は……時乃さんはまだ高校生で――」


「御早さん。あなたは私がこんなことを言うのは、あの子が若過ぎるから……そう思っているようですが、それは違いますよ」


「えっ?」


「もし、時乃が普通の家の子だったなら……あの子が誰とお付き合いをしても、私は何も言いません。いえ、天阪家の人間のままでも、時乃にあれほどの才能がなかったら……やはり何も言わなかったはずです」


 路日は目を閉じて、一つ息を吐くと再び勇貴の顔を見つめて続ける。


「しかし、あの子はこの天阪家の次代の当主となる者です」


「それは……知っています」


「時乃の秘めた才能は凄まじいものがあります。しかし、今はまだまだ未熟。性格に甘さが残るという欠点もあります。私の後継者に相応しい当代最強の《祓う者》となるには厳しい修練が欠かせません。しかし、あの日を境に……時乃は週末の私との実戦形式の訓練をサボって、遊び歩くようになってしまった」


「!」


「自主的な訓練と妖の討伐の仕事は続けているようなので、今のところは深く追及していません。また家を飛び出して……どこかにお泊りでもされたら困りますからね」


(うっ……)


「あの子には普通の学生のように遊んでいるヒマはないのですよ。御早さんも時乃としばらく一緒にいたのなら、この天阪家が……《祓う者》の一族と言うものが、普通の家庭とは違うということくらい、多少は理解していただけるのではないでしょうか?」


「そうですね。自分としても、いつまでも時乃さんのそばに……《祓う者》の一族に関わり続けるのはどうかと思っていました。先ほども言ったように、今日を限りにあの子には会わないつもりです」


「フフフ……そうですか。御早さんが理解のある方で助かりました」


 天阪家当主は口元に手を添えて満足そうに笑った。


「つきましては、御早さん。あなたの口から時乃に別れを伝えてください」


「……!!」

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