第33話 突かれた男と、神速の剣舞曲<8>

 ◇◇◇


「人としての意識を保ちながら、陰狼の力を使った晴くん以上の妖気を……これが《先祖返り》ですか……!」


 弦羽の目に先ほどまでの敵意とは別に、警戒の色が宿るのを勇貴は見逃さなかった。


「勇貴さん……お姉ちゃん……どうして、こんな……」


「ぬう、御早 勇貴……奴から感じられる妖の気配が以前よりも高まっている……!?」


 駐車場の横の朽ちかけた階段の上で、時乃と晴がつぶやく声が勇貴の耳に届く。


(時乃……悪いな。だが、こうなることはわかっていたんだ)


 視線を弦羽に戻すと、彼女が鞘から自分の霊剣を抜き放つのが見えた。

 鳥の翼を思わせる美しい装飾が施された細身の剣は、時乃や晴の霊剣と比べると小振りのようだった。


「時乃! 天阪姉の霊剣について聞いてもいいか?」


「え……は、はい。霊剣・跳翔ちょうしょう。等級は……三等級で――」


「三等級? 時乃の二等級の霊剣より格下なんだな。一等級の武器は基本的に使用できない、みたいな話は以前聞いたような気がするが……それでも、お前の姉なら二等級くらいの剣は持っていると思ったぜ」


「あっ……」


「くっ、愚民め! 触れてはならんことを……!」


(何だ……?)


 時乃の表情が曇り、隣に立つ晴の顔にも何やら怒りの感情が浮かんだように見えた。


「……いいんですよ、二人とも。変に気を遣ってくれなくても」


 数メートル先に立つ弦羽が、表情を変えずに続ける。


「おじさんも霊剣の格付けのことを多少は知っているようですね。確かに、この跳翔の格は時乃の燦令鏡より落ちます。一等級の霊剣ほどの希少性はありませんが、二等級の霊剣もそう多くは世に出回っていないのですよ。……それに、武器と使い手には相性と言うものがあります。現在、天阪家に残されている二等級の霊剣、霊槍を扱うのは私には少々荷が重いのです」


「へえ……」


「そして、人に憑いた妖だけを斬る能力に加え、発動中の構世術を斬ることができる能力という……まるで妖に憑かれた《祓う者》と戦う事態を想定して作られたかのような特性を備えた、霊剣・燦令鏡。この霊剣は……天阪家にとっては特別な意味合いを持つ剣でもあります」


「特別な意味……?」


「はい。燦令鏡は……天阪家の現当主から次代の当主候補の資格有り、と認められた者へと授けられる証。一等級の光剣こうけん太耀皇たいようこうと共に天阪家を象徴する家宝とも言える剣なのです」


(! 姉ではなく、妹の時乃にその証の剣が与えられた。つまり、その意味は……)


 勇貴は思わず遠くで様子を見守る、亜麻色の髪の《祓う者》へと視線を向けた。


(時乃の方が……この姉よりも秘めた才能が上ということか)


 晴が以前、時乃を次代の天才と呼んでいたことを勇貴は思い出す。

 一方で彼の視線に気付いた小柄な少女は申し訳なさそうに下を向き、その肩をすぼめた。


(名門の家柄、ってやつもいろいろあるみたいだな)


 やや複雑な思いを感じながら、勇貴は弦羽に向き直る。


「おじさん。もし、私が……時乃に嫉妬しっとの感情を抱いていると思ったり、母に認められなかった私への同情や哀れみをあなたが感じているのだとしたら、それは大きな間違いです」


 自覚はないが、もしかするとそんな感情が顔に出ていたのかもしれない。あくまで冷静に淡々と話す弦羽の言葉を聞きながら、勇貴はそう思った。


「時乃の才能は誰もが認めるところですし、そもそも私は《祓う者》という生き方に誇りも魅力も感じていません。いずれは、家を出て普通の社会で生きていくつもりです」


 弦羽は落ち着いた口調で最後まで言い切るが――


「ウソだな。弦羽ちゃんは小さい頃、お母さんのような立派な《祓う者》になりたいと言っていたではないか!」


 晴の大声が廃墟の駐車場に響く。


「晴くん……! ……あなたはっ!」


 能面のようだった弦羽の顔に、怒りの感情が宿った。


「時乃ちゃんが天才なのは間違いないが、弦羽ちゃんだって名門天阪家の名に恥じない《祓う者》としての力を持っているではないか。なぜそんなことを言うのだ!」


「晴くん。おしゃべりな男は嫌われますよ」


「ふっ、心配ご無用! 大事なことも口に出せないような人間よりは、おしゃべりくらいな方がいいというのが僕の持論だ! それで嫌われるなら致し方あるまい」


「そうですか」


 晴との会話を続けても無駄だと悟ったのか、弦羽は長い髪をかきあげて勇貴へと視線を戻した。


「天阪姉。お前にもいろいろと事情があることはわかったが、それとこれとは別の話だ。悪いが全力でいかせてもらうぞ」


「当然ですよ。手加減などされるいわれはありません……!」


 弦羽がそう言うと、剣先を突き出すように上段に構えた霊剣・跳翔が淡い光を帯びるのが見えた。


「おじさん、あなたに私はとらえられない……」


 地面を蹴って弦羽が滑るように駆け出すと、黒紅色の長い髪が舞うように流れる。その突進速度は霊剣・陰狼で身体能力を強化した千剣 晴以上のように見えた。


(速いッ!)


 跳翔の細い刃がきらめくのが見えた次の瞬間、勇貴の右肩と左腕に鋭い痛みが走る。


「つッ!」


 それが斬撃の痛みだと認識する前に、弦羽の前蹴りが勇貴の腹部に突き刺さる。

 しかし、妖の血によって強化された《先祖返り》の肉体にはその蹴りの威力は耐えられるレベルのものだった。勇貴は両腕を伸ばして弦羽の脚を掴みにかかる。


「!」


 だが、手を伸ばした先にはすでに弦羽の姿はなく、代わりにその腕を霊剣で斬りつけられてしまう。


「ぐうッ!」


 勇貴がうめくのとほぼ同時に背後から左足の膝裏を強く蹴飛ばされて、態勢を崩されそうになる。


「ちぃッ!」


 自分の背後へ向けて裏拳を放つがそこに手応えはなく、虚しく空を切るだけだった。


「言ったでしょう、おじさん。あなたの攻撃は私には当たりません」


 声のした方へと振り向くと、最初に立っていた位置とほぼ同じ場所に霊剣・跳翔を構えた弦羽の姿があった。


「くっ、何かやっているな……? 構世術とかいう魔法みたいなアレか……いや、その霊剣が発光しているところを見るとそいつの能力か……!」


 勇貴が問いただしてみても、弦羽は表情を崩さずに無言で見据えてくるだけだった。


「……よく聞け、御早 勇貴! 霊剣・跳翔は手にした者の霊力に反応して、使い手の瞬発力を高める特性を備えている。刀身の強度や切れ味は下位の等級並みという欠点はあるが、スピードと手数を武器に戦う弦羽ちゃんの戦闘スタイルには合っている剣なのだ」


 そう答えたのは、意外なことに晴だった。


「晴くん……あなたはどちらの味方なのですか?」


 やや不機嫌そうな声で非難する言葉を口にしながら、弦羽が親戚の黒ずくめの男を睨む。


「ふっ、僕の味方はいつも僕自身だ。ゆえに言いたいことを言わせていただく! 妖の力を操る《先祖返り》とは言え、奴は素人。このくらいの情報は与えてもいいのではないか? 立場上、時乃ちゃんに詳細な説明をさせるわけにもいくまい」


「……まあ、いいでしょう。跳翔の特性がわかったところで、おじさんの攻撃が私に届くことはありませんから」


 再び無表情で跳翔を構えた弦羽が、勇貴へと向き直る。


「剣としての強さは下位の等級並か……なるほど、それで一撃の威力はそれほどでもないわけだ」


 勇貴は跳翔に斬られた腕の傷を改めて確認するが、その刀傷はそれほど深いものではなかった。


「確かに私もこの跳翔も、あなたを一太刀ひとたちで仕留めるほどの力はありません。それは霊剣を使っての斬撃だけでなく、攻撃系の構世術を使ったとしても同様でしょう。……私にはあの子ほどの威力や精度の構世術は扱えないですからね。しかし、一撃で倒せないなら相手の攻撃を受けずにこちらの攻撃を当てる、それを何度も繰り返せばいいだけです。そう、相手が倒れるまで何度でも……!」


「俺の攻撃を回避しながら、一方的に自分の攻撃を当て続ける、だと? ……やってみろ!」


「ええ、そうします」

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