第32話 突かれた男と、神速の剣舞曲<7>
「は?」
「だって……私にしかできないなんて言われたら……そういうことなんでしょう?」
「はあ……? いや、何を言っているんだお前っ!?」
「勇貴さんっ……!?」
振り向くと、
「違うぞ、時乃! そんな目で見るな!」
「いいえ、時乃。男の人なんてみんなそんなことばかりを考えているに決まっています……! 私がよく読んでいる小説では大体そういう展開になりますから!」
「いや、お前普段どんなものを読んでいるんだよ!? 後でこっそり教えて――違う! そうじゃなくて、誰がそんな要求するか!」
「御早 勇貴! 貴様、一体弦羽ちゃんにどんな
「黙れ、晴! 何でお前ちょっとテンション上がっているんだよ!? ……いいか、天阪姉。俺はお前みたいに初対面から敵意全開の相手に興味を持つような、特殊な性癖の持ち主じゃないんだよ。こいつのことが嫌い、って感情はたとえ言葉に出さなくても意外とその相手には伝わっているものなんだぜ。まあ……お前の場合は露骨に口や態度に出ていたけどな。とにかく、そんな奴に好意を持ったり変な要求をするわけないだろ!」
横槍を入れてきた晴を
「そ、そうですか。では……時乃は?」
勇貴の言葉を聞いて少し
「は? 時乃?」
「ふぇっ? 私……?」
突然、自分の名前を呼ばれた時乃が勇貴から姉の方へと顔を向けた。
「時乃のことも変な目で見ていないと、そう断言できますか?」
「と、時乃だと!? ば、バカ言うな! この子は見ての通り子供だぞ!」
「子供じゃないですっ!」
やはりというか、時乃は即座に自分はそうではないと主張し、勇貴に詰め寄る。
「話がややこしくなるからお前は静かにしていてくれ!」
「む~」
「……もう一度聞きますよ。姉の私から見ても、時乃の容姿は優れている方だと思います。そんな妹と一緒にいて、本当におじさんは下心などを持ったことはありませんか?」
「ふっ、そうだな。確かに時乃ちゃんはかわいいな!」
「晴くんも黙って」
「うむ」
弦羽の問いかけに勇貴は即答できずにいた。それは自分の心にやましいことがあるからだろうか。
「……それは、まあ……時乃はかわいいとは思うが……」
勇貴は何とかそれだけを答える。
「えっ……!」
必死に言葉を選んで答えた勇貴の隣で、時乃は悲しそうな顔、怒った顔……そして今は嬉しそうな顔、と忙しく表情を変えていた。
「おじさん……時乃のことをかわいいと思っていると認めましたね。きっと、隙あらばいやらしい目で妹を見ていたのでしょう……汚らわしい!」
「何でかわいいと言っただけでそうなるんだ!? 人を非難する前に自分の発想の飛躍ぶりに疑問を持てよ!」
「お姉ちゃん! 勇貴さんはそんな人じゃないです! そもそも……勇貴さんは私のことなんて子供としか見てくれないし……」
「いいえ、時乃。それはあなたを安心させるための偽りの言葉かもしれません。このおじさんが、あなたくらいの年齢の子が好きな困った趣味を持った人間ではないという保証はありませんから」
「え……勇貴さん、そうなんですか……?」
姉の言葉を受けて、その小柄な少女は困惑しているのか嬉しいのかわからない微妙な表情を浮かべて勇貴に問いかけると、何やら期待するような瞳でその答えを待つ。
「それを俺に聞くのはおかしくないかっ!?」
「ふっ、まったく嘆かわしいな! 我がライバルがそのような特殊な趣味を持っているとは!」
「晴! お前が言うな!」
「ぬうっ!? なぜだ!」
(この野郎、霊剣に操られて暴れていた時に口走ったことを覚えていないのか……? あるいは、霊剣に宿った妖に精神を乗っ取られたせいで、本人も気付いていない深層意識が浮かび上がったとでもいうのか)
ふと気付くと、氷のような目をした弦羽と視線が合った。
「……おじさん。先ほどの私に対する感情を否定した時と比べて、妹の話になるとずいぶん心が乱れているように見受けられましたが……?」
(うっ……)
「やはりあなたをこれ以上、時乃と会わせるわけにはいきません。いつまでも妹から離れようとしないのも、良からぬことを考えているからでしょう」
「あのな……天阪姉、いい加減にしろよ。この子は……時乃は俺の命の恩人なんだ。その恩人が今、必要としていることを俺はやっているだけだ」
「勇貴さん……」
「命の恩人ですか。確かに、《先祖返り》のあなたは時乃に出会わなければ……今頃は妖として祓われて、この世にいなかった可能性もある。……なるほど。それがおじさんが時乃に執着する、本当の理由なのかもしれませんね」
「何だと……?」
「生ある者を襲い、時に人へ取り憑く妖という怪物。そして、それと戦う《祓う者》という存在。そんなおとぎ話のような世界に突如として迷い込んでしまった、普通のおじさん……御早さん。そんなあなたの命を助けてくれた、一人の少女。そして、その少女が見せた弱さ。あなたはそれを自分が何とかしなくてはならないと思った。命を助けられた自分こそがこの少女を救わなければならない……そう思い込んだ。そんなところですか?」
「……!!」
「そして、精神的に追い詰められ、弱っていた少女もまた……親身になって自分に接してくれる男性に救いを求めた」
「……」
それを聞いた時乃が、姉の言葉から逃げるようにうつむいてしまう。
「命を助けられた者と、精神的に救われた者。異常な状態に置かれていた二人が
天阪 弦羽は冷たく言い切った。
「これ以上、そんな偽物の関係に妹を巻き込むことは……私が許しません」
「違う……違うよ、お姉ちゃん! 私にとっての勇貴さんは……!」
「時乃。あなたは《祓う者》としてはすでに一流の実力を持っていますが、人間的にはまだ未熟です。今は理解できなくても、いずれは私の言っていたことが――」
「精神的に追い詰められ、弱っていた少女か……ずいぶんと他人事みたいに言うんだな」
「えっ……?」
意外そうな表情で弦羽が声を漏らす。
「その少女が……知らないおっさんに救いを求めるようになるまで追い込まれたのは、その子の助けを求める声に近くの人間が誰も気付いてやれなかったせいじゃないのか。あるいは、気付かないフリをしていたのか?」
「! それは……」
「……勇貴さん」
一つ息を吐いて、勇貴は切り出す。
「さて、そろそろ始めようか? 天阪姉、あんたもさっき言っていただろ。俺が口で言ったくらいで引き下がるとは思えない、ってな。……その通りだよ、おしゃべりは終わりだ。俺を時乃から遠ざけたいなら、力ずくでやってみな。それが《祓う者》の流儀なんだろ? 妹についた虫……いや、憑いた厄介な妖を退治してみろよ!」
勇貴は先ほどの弦羽の言葉を聞いてから、自分の中の感情がぐらつくのを感じていた。それは彼女の発言が、あの《祓う者》の少女との関係性について核心を突くものだった――彼自身も心のどこかでそう認めてしまったということだろう。
そして、それとは裏腹に闘争心だけは急速に燃え上がっていくのを感じてもいた。
この《祓う者》に負けるわけにはいかない、そう思っているのは自分の中の妖も同じということか……そんなことを考えながら、勇貴は人でも妖でもない存在へと変わっていく。
「……時乃、晴くん、二人は下がっていてください。このおじさん……いえ、《先祖返り》の男は、私が祓います」
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