第31話 突かれた男と、神速の剣舞曲<6>

 ◇◇◇


 自分たちの担当した廃墟の中から妖の気配が完全に消えた後、勇貴と時乃は屋外へ出て弦羽たちを待つことにした。

 ほどなくして、二人の男女の姿がくすんだ色の建物の入り口に現れる。


「出てきたぞ、時乃」


「あっ、お姉ちゃーん! 私たちの方も終わったよー!」


 時乃が手を振りながら姉へと駆け寄っていく。


「そう、私たちより早かったのですね。さすがと言うべきでしょうか」


「時乃ちゃん、奴に変なことはされなかったか?」


「勇貴さんは変なことなんてしませんよ! 晴くんこそ、お姉ちゃんに迷惑かけませんでしたか?」


「むっ……もちろんだ」


「ウソですよ。屋内で広範囲攻撃型の構世術を使おうとしたので、私が止めました。で」


 そう言いながら、弦羽が顔の前で右拳を握って見せた。

 彼女たちのやりとりを他人事のように後ろから見ていた勇貴も、それを見て弦羽の隣に立つ黒ずくめの男の顔に視線を移す。確かに、彼の左頬が少しれているように見える。


「まったく、助っ人の僕に鉄拳制裁とは酷い扱いではないかな」


「陰狼の力で耐久力も上がっていたのでしょう? それほど痛くはなかったと思いますけど」


(姉と組むのが俺じゃなくてよかった……)


「ともかく、この周辺から妖の気配は消えたようです。二手に分かれたおかげで、当初予定していた時間よりも素早く片付けることができました。晴くん、それからおじ……御早さんもお疲れ様でした。ご協力感謝します」


 弦羽が表情を変えないまま、社交辞令のように淡々と感謝の言葉を述べるのを勇貴は適当に聞き流していた。


(お疲れ様か……違うな。これで終わり、ってことはないはずだ。そうだろ、お姉ちゃん)


「……残念ながら、帰りの電車は少し前に一本出てしまったようですね」


 弦羽が腕時計に目線を落とした後、そう告げる。


「ふむ。時乃ちゃんの弁当をいただくにしても、さすがに少し早いか」


「お昼近くまでこの辺をお散歩して、景色のいい場所を探すのはどうですか?」


 晴と時乃の会話を気にする様子もなく、弦羽が勇貴の顔を見て口を開いた。


「おじさん。ヒマ潰しに私と少し遊んでくれませんか?」


「ん、遊ぶ?」


「お姉ちゃん……? 勇貴さんと遊ぶ、って何をするの? 私も一緒に――」


「晴くんとはすでに一戦交えたのですよね? 今度は……私と勝負してみませんか、《先祖返り》の御早さん?」


(! ……きたか)


 不思議そうな表情で聞き返す時乃の言葉を遮り、まるで初めからこのタイミングを待っていたかのように、弦羽が淀みなく言い切った。おそらく今日、この場に勇貴を呼び出した本当の目的を。


「えっ……勝負、って……お姉ちゃん?」


 表情を曇らせ不安そうに問いかける妹の言葉に応えることなく、弦羽は勇貴を見据えて相手の反応を待っていた。


「勝負、か。お互いのことをよく知って、親しくなるために楽しく遊びましょう、って雰囲気ではなさそうだな。……となると、やっぱり《祓う者》と《先祖返り》で力比べでもするのか?」


 その展開は今日ここに来る前からすでに予想していたことだったが、明確な敵意を隠さず自分を見つめる目の前の《祓う者》に改めて聞き返す。


「そうですね」


 冷たい笑みを浮かべて、弦羽が一言そう答えた。


「お、お姉ちゃん!? 勇貴さんも……何を言っているの? どうして二人が戦わないといけないの!?」


「そうだな。一応、理由を聞いてもいいか? 天阪姉」


「本当はあなたも聞くまでもなくわかっているのではないですか? ……まあ、いいです。理由は至って単純なことですよ。私は妹の時乃におじさんのような人が付きまとっていることを快く思っていません。高校生の妹とあなたみたいな年の離れた男性が一緒にいるのを見て、身内が不安に思うのはごく自然な感情ではないですか?」


「ああ。俺だって、もし自分の妹が高校時代に知らないおっさんと交流を持っていると聞いたら、それはどうかと思ったはずだ」


「そうですか。おじさんがその程度の常識は持っているみたいで安心しました。……しかし、口頭で時乃と会うのをやめてほしいと伝えても、あなたが簡単に引き下がるとは思えません。先ほど、晴くんと戦った時の経緯も聞きました」


「……すまんな。弦羽ちゃんに詰め寄られて、つい口を割ってしまった」


 ばつの悪そうな顔で晴が顔を背けるのが視界の端に見えた。


「で? 力で俺をねじ伏せて二度と時乃に近づけないようにする、か? 《祓う者》の一族、って奴はずいぶん攻撃的な奴が多いな。日頃から化け物と戦っているような連中なら当然なのかもしれないが」


「……勇貴さん」


 自分の名を呼ばれて視線を向けると、悲しそうな顔で勇貴を見つめる《祓う者》の少女と目が合う。


「あ……時乃、お前は違うぞ! 俺は時乃に命を救われた人間だからな!」


「勇貴さん、どうして……お姉ちゃんと戦うなんてことになるんですか?」


 姉と勇貴が戦う流れになっているこの現状に耐えられない、そんな思い詰めた表情で時乃が尋ねる。


「世の中、人間と同じ数だけそれぞれの考え方があるんだ。自分が正しいと思っていることを押し通そうとするなら、衝突は必ず起きるものなんだよ」


「でも……こんなのおかしいです」


 勇貴の言葉を聞いて、うれいを帯びた目で彼を見つめていた時乃はうつむいてしまう。


「だけどな、時乃。俺もあの姉も、お前のことを心配をしているという点では同じなんだよ。それはこの前の晴の野郎だって同じだ。お前は以前、自分にはどこにも居場所がない……そう言っていたが、そんなことはないんじゃないのか。ちゃんと、身近に天阪 時乃を気にかけてくれる人はいた、そうは思えないか?」


「! 勇貴さん……」


 顔を上げ、ハッとした表情を時乃が見せる。


「でも、お姉ちゃんは以前はともかく……最近は私とほとんど口も聞いてくれなくて――」


「おじさん、私の話はまだ終わっていませんよ」


 妹の話を遮るかのように弦羽が口を挟み、勇貴も彼女に視線を戻す。


「それで……まさかこの勝負から逃げたりしませんよね? おじさん」


「当たり前だ。逃げるつもりなら初めからこんなところへノコノコ出向かずに、今まで通り生産性のない休日を過ごしていればよかったはずだからな」


「そうですか。……では、始めましょうか? 私が勝ったら今後、妹には二度と近づかないと――」


「ちょっと待った。あんたが勝ったら望み通り時乃と俺を引き離せるとして、俺が勝った時に何もないというのは少し不公平だとは思わないか?」


「……何が言いたいんですか」


「もし俺が勝ったなら、あんたに頼みたいことがある。その条件を飲むなら勝負を受けてやってもいい」


「私に頼みたいこと、ですか? ……金銭でも要求するつもりですか」


「違う。あんたにしかできないことだ」


「私にしかできない? まさか、あなたは……」


「ん?」


「私に……えっちな要求をするつもりですか」


 顔を真っ赤にして視線を遠くの山へと向けながら、天阪 弦羽がそんなことを言った。

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