第30話 突かれた男と、神速の剣舞曲<5>

「ダンジョン……? そうですね、私としては狭い屋内で四人で固まって行動するより、二手に分かれて両方の廃墟を同時に探索した方が効率がいいと思うのですが……あなたたちの考えはどうですか?」


「なるほど、いいのではないか」


「うん! それでいいと思う、お姉ちゃん!」


「俺はよくわからんからプロの判断に任せる」


「おじさんには聞いていませんけどね」


「ああ、そう。悪かったな」


「もう……勇貴さんもお姉ちゃんも、どうしてすぐ喧嘩するのかな……」


「弦羽ちゃん、編成はどうするのだ?」


「そうですね、それでは――」


「はい! 私は勇貴さんと一緒に行きます!」


 時乃が左手を上げて、選手宣誓でもするかのように宣言する。


「時乃、あなたは……」


「私は今まで、何度も勇貴さんと一緒に戦ってきました。だから、勇貴さんと行動を共にするのは私が適任だと思います。それに、《祓う者》ではない一般人の協力者の勇貴さんを守るのはここまで連れて来た私の役目です。……ですよね、勇貴さん?」


 時乃が同意を求めるように、勇貴の顔を見上げる。


「お、おう……そうだな。俺としても、時乃と一緒だとありがたい」


(ほとんど初対面な上にやたらみついてくる姉と組むのはキツイし……晴の野郎と組む選択もないからな。もっとも、姉の目的は俺と二人で話せる機会を狙っていたのかもしれないが)


「よし。それでは、僕も時乃ちゃんのチームに加入しよう」


「え?」


「待ってください。どうしてそうなるの、晴くん」


「弦羽ちゃんの実力なら、一人でも充分ではないかな」


「一つの廃墟の探索に三人もいらないでしょう!」


「ふっ、僕は御早 勇貴が時乃ちゃんにおかしな真似をしないように、見張らなければならないのだ」


「おかしいのはお前の言動と服装だろうが」


「はあ……やはり明ちゃんに来てもらうべきでした」


 勇貴のツッコミに同調したわけではないだろうが、呆れ顔で弦羽がつぶやく。


「ぐっ! ふん、いいだろう。あいつではなく僕を呼んでよかったと……弦羽ちゃんにわからせてあげようではないか!」


 右手を天に向け、左手で顔を覆いながら大仰な動作で晴がそう告げる姿を見て、勇貴は左隣に立つ時乃へ小声で呼びかける。


「……なあ、時乃」


「はい?」


「お姉さんが言っている、めいちゃん? って誰のことだ?」


「あっ、晴くんの双子のお姉さんですよ」


「へえ、双子ね」


(晴の野郎の双子の姉……女版の晴か。ということは、きっと変――)


「ちなみに、明さんは晴くんと違って真面目な人ですからね。失礼な想像をしたらダメですよ、勇貴さん」


 相変わらず勇貴の袖を握ったままの時乃がいたずらっぽく笑いながら、そう付け加えた。


「えっ? あ、はい。……お前、晴に対してはわりと容赦ないよな。その晴の姉もやっぱり《祓う者》なのか? あの二人の会話からすると」


「そうですね、若手の《祓う者》の中でも優秀な人物の一人です。それで、晴くんは対抗意識を燃やしているみたいですね」


「そういうことか」


「お二人とも、いいですか?」


 弦羽に呼ばれて、勇貴と時乃は彼女へと視線を向ける。


「私と晴くんはここから見て左側の建物の妖を討伐します。あなたたちは反対側の方をお願いします」


「はい、わかりました!」


「それでは行きましょうか。……時乃、気をつけてね」


「うん、お姉ちゃんも!」


「それから……一応、おじさんも気をつけて」


 目線を外して弦羽がボソリとつぶやく。


「一応とかつけるくらいなら、無理して言わなくてもいいぞ。お姉ちゃん」


「そうですか、失礼しました。それから、お姉ちゃんなんて呼ばないでくれませんか、気持ち悪い」


「また始まった……」


 繰り返される勇貴と姉の言い争いに、仲裁ちゅうさい役の時乃もさすがにうんざりした顔を見せた。


「時乃ちゃん、僕にも何か言うことはないかな」


 そんな時乃に、空気を読めないのか、読むつもりもないのか……晴が自分の身を案じる言葉を求める。


「え……晴くんはお姉ちゃんの邪魔しちゃダメですよ。構世術の誤爆とか……」


「そうですね。晴くんは攻撃系の構世術の使用は禁止とします」


「何だと……そうか、縛りプレイというやつだな。うむ、縛られるのは嫌いではないぞ。いいだろう、僕の剣技の冴えを見せてやる!」


「はいはい、行きますよ」


 廃墟の入り口へと向かう弦羽と晴の後ろ姿をしばらく見送ると、時乃が勇貴の顔を見上げる。


「勇貴さん、私たちも出発です! お姉ちゃんチームより先にこのクエストの達成を目指しましょう!」


 ◇◇◇


 勇貴が四本足の獣のような妖を拳で叩き潰すと、それに驚いたように物陰に隠れていた別の妖が足の間をすり抜けていった。


「ちっ! 時乃、一匹逃げたぞ!」


「……んっ!」


 《祓う者》の少女は眼前の妖を霊剣・燦令鏡で一刀両断すると、勇貴の足元を抜けて逃げ出す妖の移動する先へ向かって素早く剣を振りかざす。


煌刃こうじん!」


 霊剣から撃ち出された光の刃が高速で宙を飛び、部屋の出入り口へと向かっていた妖を真っ二つに切り裂いた。二つに分かれた妖の影が霧のように散っていく。さらに、構世術の刃は部屋の壁に大きな亀裂を残して消えた。


(剣の腕はもちろんだが、あの魔法みたいなやつの威力もすごいな。誰かと違って的を外したのを見たことがないし)


「勇貴さん、これでこのフロアの制圧は完了ですね。もう少しでダンジョン攻略完了です!」


「時乃。以前俺に現実とゲームの区別をつけろ、と言っていたが……お前も結構ゲームに毒されていると思うぞ」


「え? あはは……そうですね、気をつけます」


 照れ笑いを浮かべる天阪 時乃の顔は十代の普通の女の子そのものにしか見えない。

 しかし、壁に走った亀裂の深さを改めて見た勇貴は《祓う者》の一族の中でも有数の名門、天阪家の天才の片鱗を垣間かいま見た思いがした。

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