第29話 突かれた男と、神速の剣舞曲<4>

「そうですか。お疲れ様です、晴くん」


「げっ……千剣 晴!?」


「ん……? むうッ! お前は御早 勇貴! なぜ貴様がここに!?」


「それはこっちのセリフだ!」


「《祓う者》の僕が妖の討伐をするために、この廃墟に来たのは当然だ! 貴様のような愚民がこの場に居ることこそ不自然ではないか!」


 こちらへと向かって歩いてくる晴と勇貴を見比べながら、弦羽が不思議そうに首をかしげる。


「晴くんとおじさんは……知り合いなんですか?」


「まあな。詳しく説明すると長くなるが……簡単に言うと、喧嘩を売ってきたから返り討ちにしてやった、ってところだ」


「……ふん!」


 それを聞いた晴が、不快そうにそっぽを向く。一方でそれまでほとんど表情を変えなかった弦羽が、勇貴を驚いたような顔で見つめる。


「それは……おじさんが晴くんと戦って勝ったということですか? ……信じられません。この人は構世術の精度はともかく、接近戦における戦闘能力はかなりのレベルのはず……」


「別に信じなくてもいいけどな」


「ふっ、あの時は不覚を取ったが……あれから僕も修行を積んだ。今なら前のようにはいかんぞ! 試してみるか? 御早 勇貴!」


「断る」


「な、何だと!? なぜだッ!?」


「面倒だから。疲れるから。俺にメリットがないから。お前が嫌いだから。俺の性格がクソだから。……まだ聞きたいか?」


「おのれ……何という奴だ、ライバルの再挑戦を無視するとは!」


「誰がライバルだ」


「ぐぬっ、貴様それでも男か?」


「当たり前だろ。この俺が女に見えるとでもいうのか? 何なら男の証拠でも見せてやろうか?」


「何……ッ!? 証拠を見せるだと!?」


「え……」


「い、勇貴さんっ!?」


 どういうわけか、晴、弦羽、時乃……勇貴を見つめる三人の視線が怪訝そうなものへと変わった。


「ど、どうした、お前ら?」


「御早 勇貴! 貴様……男の証拠を見せるなどと言ってナニを見せるつもりだ!? うら若き女性が二人もいる前でなんとハレンチな! 恥を知れ!」


「はあ? 恥を知る必要があるのはどちらかと言うとお前だろ」


「……変態」


「? 何だって、天阪姉?」


「変態おじさん」


「何だとッ!?」


「まあ、どうしても見せたいというなら、見せればいいじゃないですか。わ、私は……時乃と違って大人ですからね、そんなことくらいでは動じませんよ」


 弦羽は顔を背けて、黒紅くろべに色の長い髪を指先で触りながらそんなことを言う。


「何を言っているんだ、お前は……」


「ダメですよ、勇貴さん! そ、そんなものを人前で見せたらいけないんですよっ!?」


 なぜか時乃が顔を真っ赤にしながら、詰め寄って来る。


「? 何でだよ」


「時乃、近づかない方がいいですよ。変態が移ります」


「うむ。妖の前に、このハレンチ極まりない男を祓うべきかもしれん」


「お前らさっきからハレンチだの変態だの、何の話をしているんだ? 男の証拠、って――」


(……!)


 勇貴はようやく、三人の《祓う者》たちの自分への勘違いに思い当たった。


「おま、お前らは……男の証拠と聞いて一体ナニを想像したんだ!? 俺は身分証明書でも見せてやろうかと思っただけだぞ!」


「何、身分証明書だと……」


 晴のつぶやく声を無視して、勇貴は自身にかけられた不名誉な疑いの目を払拭ふっしょくするため早口で続ける。


「お前らは今この場で俺が公然わいせつ罪にあたる行為をするんじゃないか、とでも思っていたのかッ!? この状況でそんなモノを見せつけるとかお前らの中の俺の人物像はどうなっているんだよ! 《先祖返り》じゃなくて《刑務所帰り》になるだろうが!」


「別に上手いこと言ってないですよ、おじさん」


「うるさいっ! とにかく、変態は想像力たくましいお前たち《祓う者》の方だ!」


「ぬう……紛らわしい言い回しをする貴様が悪い!」


「そ、そうですよ」


「えーと、私は……勇貴さんがそんなことをする人じゃない、って信じていましたから!」


(こ、こいつらは……!)


 好き勝手なことを言う《祓う者》たちを前に、勇貴は妖の討伐を始める前から早くもうんざりした気分になってくる。


「ふん! まったく、こんな愚民と任務を共にすることがわかっていれば、応援要請を断っていたものを……!」


「ごめんなさい、晴くん。あなたがこのおじさんと因縁があるとは知りませんでした。……本当はめいちゃんに応援を頼みたかったのだけど、これだけのために彼女を県外から呼び出すのもさすがに気が引けたので」


「な、何だと! 僕はあいつの代わりだったいうのか!? ぬぐっ……何という屈辱……帰る!」


「晴くん。帰る、って言ってもしばらく電車は来ないですよ」


「心配ご無用。駅のホームにいた鳥さんたちと遊んでいれば、時間は潰せる」


「もう……子供じゃないんですから、こんなことくらいでへそを曲げないでください」


「ふっ、僕の心はいつまでも少年のままなのだ」


(成長していない、ってことか)


「大体……この廃墟の妖がいくら数が多いとは言っても、キミたち天阪姉妹二人とそこの《先祖返り》の男がいれば充分対処できるのではないのか。その男は性格はともかく、計算できる戦力なのは間違いないからな。僕がいなくても問題はないはずだ」


「……晴くんが誰かのことを認めるなんて珍しいですね」


 弦羽が少し意外そうな顔で、感心したようにつぶやく。


「あの、晴くん。そんなこと言わないで一緒に戦ってくれませんか? 実は……お仕事が終わったらみんなで食べようと思って、お弁当を作ってきたんです」


「ほう、時乃ちゃんの手料理……!」


 晴を引き留めるために、時乃が姉には秘密にしておきたかった弁当のことを口にしてしまう。


「時乃、あなたはそんな物を持ってきていたの」


「うん……。ごめんなさい、お姉ちゃん」


「天阪姉、俺が時乃に頼んだ。昼食くらい用意してくれるなら化け物退治に同行してもいい、ってな」


 姉に責められそうになる時乃を見て、勇貴はとっさに彼女をかばうための適当なウソをついた。


「ふーん……そうですか」


 それを聞いた弦羽は、納得したのかどうか微妙な表情を浮かべる。


「……勇貴さん、ありがとう」


 時乃が小声でそう言って、勇貴の上着の左袖を掴んで握り締める気配がした。


「仕方ない。時乃ちゃんにそこまで言われては、僕も残ってやるとしよう」


「晴くん。あなたは私が引き留めようとしても聞く耳を持たなかったのに、時乃の言うことは聞くわけですか」


「うむ、人徳の差ということだな。知力だけでなく、人徳が高い方が武将の登用や引き抜きに成功しやすいのだ!」


「言っていることの意味はよくわかりませんけど……どうせ私に人望はありませんよ。こんな性格ですから友達もいないですし……別に気にしてはいませんけどね」


「天阪姉。そんなことより、化け物退治について説明をしてくれ」


「……そうでしたね。四人もいれば迅速に妖の討伐を終えることができるはずです」


「うん! 私と勇貴さん、お姉ちゃん、晴くん。まるであのゲームのパーティみたい。……あ、ゲームの方のパーティに晴くんはいませんでした」


「と、時乃ちゃん……?」


「お姉ちゃん、四人でこの二つのダンジョン……じゃなかった、建物の妖の掃討をするんだよね? どっちから行こうか?」


 元はホテルか何かだったのだろうか、二つ並んだ同じような形状の廃墟を交互に見上げて、時乃が姉に尋ねる。

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