第28話 突かれた男と、神速の剣舞曲<3>
◇◇◇
そして、その日の朝が来た。
「おはようございます! 勇貴さん、準備はできましたか?」
白いスポーツウェアの上着と黒いスパッツ姿の時乃が、約束通り部屋を訪れた。
「今日は早起きして、お弁当を作ってきたんですよ。妖の討伐が終わったら、みんなで食べましょう!」
「弁当……? これから化け物の大群を相手に戦う、っていうのに何でお前はピクニック感覚なんだよ。俺はいろんな意味で緊張しているんだぞ」
トレーニングウェアの上着を着ながら、勇貴は呆れ顔で応じた。
「勇貴さん、油断はダメですけど緊張し過ぎるのもよくないですよ。私とお姉ちゃんがついています、絶対に勇貴さんの身の安全は保障します!」
年相応にその存在を主張する、自らの胸に手を当て自信満々と言った顔で時乃が宣言するが――
(うん、俺が緊張しているのは主にそのお姉ちゃんの件だよ)
「現場の近くはすごく景色のいい場所なんですよ。楽しめる時は楽しまないと、です!」
「まあ、妖退治が終わった後に余裕があればだな」
「あ、でもお姉ちゃんには仕事が終わるまで内緒でお願いします。……お弁当作って持ってきたなんて言ったら、あなたは何をしに来たの! って怒られちゃうかもしれないですから」
時乃は苦笑しながらそう付け加えた。
「時乃が朝から弁当用の料理を作っているところを、お姉さんに見られていなければいいけどな」
「あっ……確かに」
「ほら、そろそろ行くぞ。これから乗る予定のローカル線は、一時間に一本くらいしか運行していないはずだ。乗り遅れでもしたら、それこそお姉さんに叱られるぞ」
「は、はい! 急ぎましょう、勇貴さん!」
◇◇◇
電車に揺られること一時間近く、駅を降りてさらに三十分ほど歩いて、ようやく目的地らしき廃墟の影が遠くに見えた。
「しかし、どうして妖の群れはこう僻地に発生するんだ? もう少し交通の便のいい場所に居てもいいだろ」
勇貴は妖への無意味な愚痴をつぶやく。
「そんな人口密度の高い場所に群れが現れたら困りますよ……準備をして週末に出かける、なんていう悠長なことをやっているヒマもないですし」
それに対して、少し前を歩く時乃が律儀にもっともな反論を返す。
「街中に妖が現れることはないのか?」
「えーと、妖にも個体ごとに縄張りみたいなものがあるらしくて……群れを作るような低級の妖は主に人里離れた場所に、単体で活動をする中級以上の妖は人口の多い場所に住み着いて人に憑いたり、場合によっては……実体化して人に擬態することもあるそうです。通説では野生動物を襲って力を蓄えた低級の妖が、やがて成長して人を狙うような高位の存在へと進化する……そう言われています」
「へえ……それにしても、今の話だと街を歩いている人間の中に妖が化けた奴が潜んでいるかもしれない、ってことか?」
「そうですね、大昔は人間社会に紛れ込んだ妖も多くいたみたいですけど……《祓う者》の戦闘技術や道具が進化した現代では、低級の妖の群れを探し出して
「なんだ、そうなのか」
「はい、だから街で勇貴さんを初めてお見かけした時……ほんのわずかとは言え、妖気を持った人を見て本当に驚きました。お母さん……母やお姉ちゃんは、この地域の《祓う者》が担当するエリア外から逃げて来た中級以上の妖と戦ったこともあるみたいですけど、私にはそんな機会はなかったので――」
そんな話をしている間に、古い駐車場の跡のような場所へとたどり着く。遠くに廃墟を見上げる人の姿が見えた。
「お姉ちゃん!」
その人物の元へと駆け出す時乃の背中のリュックに付けられた、かわいくないマスコットキーホルダーが激しく揺れるのを見ながら、勇貴は深く息を吐いてその後を追った。
「時乃……」
上下共に動きやすそうなスポーツウェアを着た天阪 弦羽が、妹の声に気付いて振り向く。
「遅れてごめんなさい、お姉ちゃん」
「いえ、まだ集合時間前です。私たちは一足先にここに来て現場を見て回っていました」
「あ、そうなんだ。……私たち?」
「……どうも、今日はよろしくお願いします。お姉さん」
天阪姉妹の会話に勇貴が割り込み、姉の方へとあいさつをする。
「こんにちは。……おじさんにお姉さん呼ばわりされるいわれはありませんけど」
「じゃあ、天阪姉。本日はお手柔らかに頼む」
「てっきり、来ないんじゃないかと思っていましたが……逃げないでこの場へ現れたことは褒めてあげてもいいですよ」
「ほう、面白い。ぜひ褒めてくれ。よくできまちたね~、えらいでちゅね~、とでも言って褒めてくれるのか?」
「なっ……バカですか、あなたは」
「あ、あの……勇貴さん、お姉ちゃん……!?」
勇貴と弦羽の間に挟まれた時乃が、突如始まった二人の険悪なやりとりを聞いて、どうしていいのかわからない……と言った表情でオロオロとうろたえる。
「……コホン。おじさん、あなたが時乃の手伝いで何度か妖と戦ったという話は聞きました。まあ、猫の手よりは役に立つでしょう。期待はしていませんけど」
(いちいち煽ってきやがるな、こいつは……。まあ、気持ちはわからんでもないが)
「勇貴さんも、お姉ちゃんも、仲良くしようよ……」
困ったような表情で時乃が訴えるが、それはおそらく無理な話だと勇貴は思った。
(時乃……お前の姉は俺と仲良くする気はないはずだ)
「私、今日は久しぶりにお姉ちゃんと一緒の現場で嬉しいんだ。私が実戦に出た直後はお姉ちゃんが応援に来てくれたけど、最近はそんな機会がなかったから……」
「それは当然です。時乃、あなたは立場上は正式な《祓う者》ではありませんが、剣術、霊剣の扱い、習得した構世術の数、精度……どれも並みの《祓う者》のはるか上をいくものを持っている。今さら私の助力など必要ないはずです。……本気で戦ったとしたら、あなたの方が私より強い可能性もあるのだから」
「そんなこと……ないよ」
悲しそうな顔をして時乃がうつむくの見て、勇貴は弦羽に尋ねた。
「で? どうするんだ、これから?」
「少し待ってください、今――」
「弦羽ちゃん! 周辺の妖どもは僕が全て始末した! 後は本丸……この廃墟に潜む妖を叩けば終わりだな!」
弦羽が口を開いた直後、木々の間から黒いロングコートを纏った長身の男が現れた。
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