第27話 突かれた男と、神速の剣舞曲<2>
◇◇◇
次の土曜日の朝――
「おはようございます、勇貴さん! 遊びに来ました!」
勇貴の予感に反して、その少女は元気に彼の部屋を訪れた。
「お、おう。よく来たな、時乃」
「はい! 今日は大判焼きのお店に行く約束ですよね!」
亜麻色の長い髪を三つ編みにしたおさげを揺らしながら、全身で感情を表すかのようにはしゃぐ時乃。その姿を見て勇貴は思わず彼女をかわいい、と思ってしまう。しかし、そんなことを口にしてしまうわけにもいかず、その感情を飲み込む。
「ああ、そうだったな。まあ、上がってくれ」
「はい、お邪魔しまーす」
時乃はこの部屋へ上がることにすっかり慣れた様子で、勇貴の後ろをトコトコとついて来た。
「飲み物を持ってくるから、適当に座っていろ」
「あ、お構いなく」
冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、コップに入れてリビングへと向かう。
時乃はお気に入りらしいクッションを両手で抱えて待っていた。心なしか、いつも以上に機嫌がいい気がする。
「ほい」
「ありがとうございます、勇貴さん。いただきます!」
時乃にコップを渡すと早速それに口をつける。半分ほど野菜ジュースを飲むと、彼女は続けて口を開いた。
「勇貴さん、今日のお出かけは何時頃にしますか?」
「そうだな……時乃は今日はどれくらい時間があるんだ?」
「はい、勇貴さんのお邪魔でなければ、夕方くらいまで一緒にいたいです」
「そうか。じゃあ、午後二時か三時くらいに大判焼きを買いに行くか。そのまま家の近くまで送ってやるよ。それとも、他にどこか行きたいところはあるか?」
「そうですね、できれば外で勇貴さんと一緒に大判焼きを食べたいです」
「わかった。それなら店の近くの公園にでも行くか」
「はい! 今日のお昼はどうしましょうか? その、迷惑でなければまた私が作ってもいいですか……?」
「ん、そうだな。そうしてくれるなら嬉しい。時乃の作る料理は美味いからな」
勇貴はすっかりこの小さな料理人が作ってくれる手料理が楽しみになっていた。
「え……は、はい! お任せください!」
彼の言葉を受けて時乃もまた、力強くそう宣言する。
「それなら、十一時くらいになったらスーパーに食材の買い出しに行くか?」
「わかりました! それまではゲームのお時間ですね! あ……その前に、お姉ちゃんからの伝言がありました」
(!)
彼女は勇貴が気になっていた、あの姉の話題を唐突に切り出した。
「時乃の姉からの伝言? やっぱり、もう妹とは会うな、か……?」
「? 違いますよ。あの後……お姉ちゃんに勇貴さんのことをいろいろと聞かれて、私も厳しいことを言われる覚悟をしていましたけど……ちゃんと正直に全部話したら、わかってくれたみたいです!」
勇貴からしてみれば想定外のことを時乃は告げた。『正直に全部話した』の部分がどこまでのことを言っているのか、少し気になったが。
「それで、急な話なんですけど……勇貴さんは明日の予定は空いていますか?」
「え? あ、ああ。どうした?」
「えっと、数日前に秋野山の廃墟に発生した妖の群れを討伐することになったんですけど……少し数が多いらしくて、お姉ちゃんと私の二人で向かうことになったんです」
「ほう」
「お姉ちゃんと私が組めば、いくら妖の数が多くても必ず討伐できる! 私はそう思っていました。でも、お姉ちゃんが言うには今回は妖の数がすごく多いので……可能ならもっと戦力を用意したいとのことなんです。……それで、《先祖返り》の勇貴さんに応援を頼めないか? って言われて……」
「あの姉が俺を助っ人に?」
「はい。勇貴さんと、お姉ちゃんと、私の三人チームです!」
嬉しそうにそんなことを言う時乃の姿を見て、勇貴は今日の彼女が妙に機嫌が良さそうに見えた理由が、ようやくわかった気がした。
彼女にとってのかりそめの居場所――御早 勇貴について、姉である天阪 弦羽に咎められる覚悟をしていたが、必死の説得の末に姉が彼のことを認めてくれたこと。
さらに、《祓う者》の仕事に勇貴が同行することまで認めてくれたことが、時乃には嬉しかったのだろう。
少なくとも、時乃は弦羽の提案を聞いてそう受け取ったであろうということは……あの顔を見ても間違いなさそうだった。
だが、勇貴の見解は違った。
《祓う者》の一族でも名門とされる、天阪家。その娘二人が揃っても戦力が不足していると、弦羽は言ったという。
二日山での戦いを始め、妖討伐における時乃の圧倒的な強さを間近で見てきた勇貴には、彼女に加えてさらにその姉までいてもなお戦力が足りない、などと言われてもにわかには信じられなかった。
仮にそれほどの一大事なら、勇貴のような不安定で怪しい力を持つ者に戦力として期待するより、もっと相応しい者がいくらでもいるはずではないだろうか。
(あの姉ちゃんの本当の狙いは……この俺か)
時乃から《先祖返り》の男の話を聞かされた弦羽は、妹を説き伏せることを諦めたか、あるいはためらって……その相手の方に直接、引導を渡すことを決めた。
妖の討伐の助っ人などと言うのは、ただの口実に過ぎない――それが、勇貴の出した結論だった。
「勇貴さん? どうしました?」
しかし、そのことを目の前で穏やかな笑顔を浮かべる少女に話す気には、とてもなれなかった。
この結論は
「あ……すみません。私、勝手に勇貴さんが来てくれる前提で話をしてしまって……。そもそも、《祓う者》ではない勇貴さんにこんな危険なことを頼んではいけないのに……。あの、お姉ちゃんには私から言っておきますから! 気にしないでくださいね?」
押し黙る勇貴の顔を見て、時乃は彼が妖の討伐に参加することへ乗り気ではない……そう受け取ったらしく、申し訳なさそうにそんなことを言い出した。
「いや、時乃。そういうわけじゃない。……行くよ。俺は……行かなければならないはずだ」
「? あの、私は勇貴さんが来てくれたらとっても嬉しいですけど……お仕事で疲れているのなら、無理はしないでくださいね」
「言われなくても無理はしないさ。仕事ではケツが痛くなるほど座っていることが多いから、週末くらい少し運動した方がいいんだよ。それで、時乃。明日は何時にどこへ行けばいいんだ?」
「あ……えーと、現場の廃墟は知っている人でないとちょっと分かりにくい場所にあるので、私が明日の朝にこちらにお迎えに来てもいいですか?」
「そうか、頼む」
「はい! それでは朝の八時頃にお迎えに来ますね」
「わかった、準備しておくよ」
***
「勇貴さん、勇貴さん! この新しく手に入れた魔法の鍵で、あのお金持ちの豪邸の宝物庫からお宝を根こそぎいただかないと、ですね!」
「おう……そうだな」
「あ、イサキさんが死んでしまいました」
(よく死ぬな、イサキさん)
「でも、たぬきの蘇生魔法ですぐ生き返るから、もう何回死んでも問題ありませんね」
「……なあ、時乃」
「はい?」
「何だか俺がこのゲームを時乃にやらせてしまったせいで……お前の中の倫理観、ってやつを歪めてしまったような気がして、おっさんは心苦しいんだが……」
「え?」
「民家のタンスを勝手に開けることに驚いたり、パーティメンバーが死んだことに動揺を見せていたあの頃の時乃は……もういないんだな。しかし、それが大人になるということなのかもしれないな、うん」
「あの、勇貴さん……さっきから何を言っているんですか? 現実とゲームの中のお話をごちゃ混ぜにしちゃダメなんですよ!」
時乃が右人差し指を立て、まるで小さい子に道理を説くかのようにそんなことを言った。
「えっ? あ……はい、すみません」
(いい年して、女子高生に現実とゲームの区別をつけろ、と諭される俺って一体……)
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