第26話 突かれた男と、神速の剣舞曲<1>
その日の夕方、御早 勇貴は駅へ向かって遠上市の中心街を歩いていた。
「勇貴さん。今日も妖の討伐を手伝っていただき、ありがとうございました」
隣を歩く亜麻色の髪の小柄な少女――天阪 時乃が笑顔で礼を言う。
「ああ、俺の方もだいぶ力の扱い方に慣れてきたし、時乃の役に立てたならよかったよ」
「そうですね、私と勇貴さんの二人ならどんな妖にも負ける気がしません。きっと、私たち二人の相性がいいからだと思いますよ、うん! 勇貴さんもそう思いませんか?」
「さあ」
「もう! ノリが悪いですよ、勇貴さん!」
あれから、勇貴は時乃の妖討伐の仕事に何度か同行させてもらっていた。
『自らの内に
霊剣に支配された千剣 晴を抑え込んだことでそれなりに勇貴の力を信頼してもらえたのか、一応の承諾を得たのだった。
今の勇貴は休日に時乃と部屋で遊んだり、一緒に外へ出かけることはもちろん、彼女と協力して化け物と戦うことさえも楽しんでいた。
彼女は勇貴のことを自分の居場所などと言ってくれるが……彼にとっての時乃もまた、そんな存在になりつつあるのかもしれない。
(この子にとっての本当の居場所が見つかるまでは、俺が代わりを……かりそめの居場所を務めてやってもいいはずだ。俺にできる恩返しなんて、それくらいしかなさそうだしな)
「勇貴さん、勇貴さん!」
無邪気な笑顔を勇貴に向ける、この命の恩人の少女が自分の元を去る日が来ること……それを願うのが、彼女のためなのだろう。
しかし、その時が来るまでは――
「どうした、時乃」
自分がこの少女の居場所になってやればいい、勇貴はそう思った。
◇◇◇
「勇貴さん、お腹空いていませんか? 私、駅地下の大判焼きが食べたいです!」
「えぇ……アレ結構重いぞ。もう少しで夕飯の時間じゃないか、我慢しろ」
「大丈夫ですよ。夕ご飯はまた別に食べられます!」
「まあ、お前はそうかもしれないけどな……俺は遠慮しておくよ。少し早いが、家に帰る前に街で夕飯を食べるつもりだからな」
「あ、いいなあ……私も勇貴さんと夕飯をご一緒したいです……」
「お前は家に帰れば、夕飯が用意されているんだろ? 自分で買ったり、作ったりしなくても食べられる環境に感謝するんだな」
「あはは……そうですね」
「大判焼きはまた来週……俺の知っている店に連れて行ってやるよ」
「えっ! 本当ですか?」
「ああ、ちょっと遠いから車で行くことになるけどな。だから、今日はおとなしく帰れ」
「はい! 勇貴さん、約束ですよ?」
「ああ」
「ふふっ、来週が楽しみです!」
そんな話をしている間に、時乃が乗り換えに使っている路線の改札口の前に着いた。
「じゃあな、時乃。気をつけて帰れよ」
「はい、勇貴さんも――」
「時乃……?」
突然、天阪 時乃の名を呼ぶ声がした。
「えっ……」
自分の名前を呼ばれた時乃が振り向いた先を、勇貴も目で追う。そこには、赤みがかった長い黒髪とスタイルの良さが目を引く、一人の女性の姿があった。
その女性はノースリーブのブラウスにデニムパンツというごく普通の服装だったが、その肩には何か長いものが入っているであろう袋が掛けられている。
(まさか……霊剣? こいつも……《祓う者》なのか)
時乃に比べると大人っぽく見えるが、成人女性と呼ぶにはまだあどけなさも残るその女性は……時乃と勇貴を交互に見比べているようだった。
その女性の正体について勇貴があれこれ想像を膨らませていると――
「お姉ちゃん……」
目の前で気まずそうな表情を浮かべる時乃が、その答えを口走った。
(お姉ちゃん、だと……)
時乃が遊んでいるゲームのパーティメンバーの一人、『ツルワ』。その名前の由来は自分の姉の名前だと、彼女は以前教えてくれた。その元ネタ、本人がこの女性……ということなのか。
そう言われると、その整った顔立ちは確かに時乃に似ているかもしれない……と勇貴は思った。
しかし、初めて会った時から感情を表に出していた時乃と比べると、彼女の能面のようにすました顔と冷たい瞳は妹とはまるで印象が違う。
「時乃。あなたは今日、妖の討伐に出かけると聞いていたけど」
少し緊張した様子の時乃へ視線を向けて、『ツルワ』らしきその女性が口を開く。
「う、うん。そうだよ」
「そこの男の人とずいぶん仲良さそうに話していたみたいだけど……どういうこと?」
彼女が一瞬、勇貴へと向けたその視線にはハッキリとした警戒の色が見えた。
「あ、あのね、お姉ちゃん! この人は御早 勇貴さん、って言って……私と一緒に妖と戦ってくれたの!」
「! 妖と戦った……!? その人も《祓う者》ということ? ……いえ、それどころかその人には微かだけど妖の気配が……!」
ツルワが警戒から敵意へと変わった目で勇貴を睨みつける。
「お姉ちゃん、落ち着いて! 勇貴さんは妖に憑かれているわけでも、人に化けた妖でもない! 《先祖返り》から戻った人間なんだよ!」
勇貴と姉の間に立った時乃が懸命に訴える。
「《先祖返り》ってあの……? ふーん、そう……」
値踏みでもするかのように勇貴を見つめた後、再び時乃に向き直ってツルワは続けた。
「ねえ、時乃」
「は、はい」
「家に帰ってから、詳しく説明してもらいたいのだけど?」
「うん……」
「では、帰りましょう」
「……はい」
時乃がうつむいて、素直に姉の言葉に応じる。勇貴は一触即発の雰囲気を感じていたが、何とかこの場は収まったようだった。
「あの、おじさん。少しいいですか」
「! あ、ああ」
そのままこの場を去ると思われた女性が、勇貴にあからさまな敵意と
「私はこの子……時乃の姉、
(やっぱり、あの『ツルワ』か)
「……御早 勇貴です」
「それは時乃から聞きました。おじさんの名前なんて、覚えるつもりはないですが」
(そうかよ)
「あの、こういうことは……やめた方がいいと思いますよ」
「!」
こういうこと……とはもちろん、高校生の妹と勇貴のような成人男性が休日に出歩くことを指しているのだろう。それは彼女……天阪 弦羽の顔を見れば想像はついた。そもそも、勇貴自身にも後ろめたいところがあった、ということもあるが。
(わかっているよ、そんなことは。……だが、時乃の姉という立場からしてみれば当然の反応か)
勇貴は弦羽の言葉に反論も弁解もせず、無言を貫き通す。
「……では、私たちはこれで」
しばらく相手の出方を待っていた弦羽だったが、反応を示さない相手に背を向けると立ち去って行った。
「あの、勇貴さん。また――」
「時乃、帰りますよ」
時乃はまた来週、とでも続けようとしたのだろうか。その言葉は彼女の姉の言葉にかき消されて、最後まで聞こえなかった。
「……」
無言で
そんな彼女に自分の方から背を向けて、勇貴は駅の出入り口へと向かった。
もしかしたら……もう、天阪 時乃には会えないかもしれない、そんなことを考えながら。
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