第25話 懐かれた男と、晴天の雷刃<13>

 ◇◇◇


「う……」


「あ、晴くん。目が覚めました?」


「よう、やっと起きたか」


 目を覚ました千剣 晴は、かたわらに立つ勇貴と時乃の顔を交互に確認すると、大体の状況を理解したのか無念そうに目を閉じた。


「……どうやら、恥ずかしい姿を見せてしまったみたいだな。……面目ない」


 背後の青々とした竹に背を預けて、晴は上空を見上げる。


「御早 勇貴。朧げな記憶だが……陰狼の力に操られて、一般人の貴様の命を僕は本気で奪おうとしていたようだ。……すまない」


「まあ、剣に宿った化け物の魂に意識を乗っ取られていたなら、仕方ないんじゃないのか。……俺だって、《先祖返り》とやらを起こして時乃を……」


「勇貴さん、あれは……!」


 気にすることではない、そう言いたそうに隣に立つ時乃が勇貴の顔を見上げて口を開いた。


「僕は《祓う者》の一族。《先祖返り》で妖となった貴様が人を襲うのとはわけが違う。本当に……情けない話だな」


「千剣 晴。この状況でこんなことを言うのはちょっと気が引けるが、俺の様子を見る役を時乃からお前に交代する件は……これで決着がついたと思っていいな?」


「……当然だろう。自分の霊剣の力に振り回されるような者に、《先祖返り》の監視をする資格はない」


「あ……じゃあ、私はこれからも勇貴さんと一緒にいてもいいんですよね……?」


「……」


「ああ、そうだな……」


 時乃の問いかけに晴は答えず、下を向いた。代わりに勇貴が彼女の言葉に応じる。


「よかった……勇貴さん!」


 自分に向けられる時乃の嬉しそうなその笑顔を、勇貴は内心複雑な思いで見つめ返していた。


(せめて、この子が自分の居場所を見つけるまでは……俺が一緒にいてやってもいいのか……?)


 その笑顔から逃げるように、同じくこの光景から目を背け続ける晴に声をかける。


「晴、お前一人で歩けるか?」


「ああ、心配は無用だ」


「そうか。じゃあ、悪いが俺はもう帰らせてもらうぜ。こっちはお前と戦ったおかげで身体中ガタガタだ」


「ふっ、御早 勇貴。悔しいが……見事だったと言ってやる。この僕に勝ったこと、誇りに思うがいい!」


「お前……一応負けたのに、何でそんなに上から目線なんだよ。まあ、いいや。俺は家に帰って昼寝でもするわ、じゃあな」


「うむ。しかし、次は――」


「えっ!? ま、待ってください、勇貴さん!」


 その場を後にしようと歩き出した勇貴の服の袖を、時乃が引っ張る。


「どうした、時乃」


「あの……今日は法永山のお団子を食べに行く予定では……?」


 上目遣いでそう訴える時乃の言葉に、勇貴は彼女との約束を思い出す。


「そうだったな……悪い、時乃。今日はもう、さすがに法永山まで車を運転する気力は残っていない」


「え……? あっ、そ、それなら、電車で行きましょう!」


「ダメだ。家に帰って横になりたい。おっさんに無理させないでくれ、頼む」


「そう、ですか……一週間、勇貴さんとお出かけするのを楽しみにしていたのに……」


 そう言ってうつむく少女の姿を見ると、勇貴の心に強い罪悪感が湧き上がってくる。


「よし、わかった。僕の出番のようだな。一緒に行こう、時乃ちゃん!」


 突然、晴が立ち上がってそう宣言するが――


「遠慮します」


 時乃の返答は早かった。


「……時乃。お前、晴のこと嫌いなのか?」


「えっ……そういうわけではないんですけど、ちょっとノリについていけないところがあるというか……」


「ふっ、相変わらず時乃ちゃんは恥ずかしがり屋さんだな!」


「なるほど、こういうところか」


「こういうところですね」


「んんっ?」


「あの、勇貴さん! 電車なら移動中に座席で休めますよ。もし寝てしまっても私が起こしてあげます。だから、行きましょう、ね?」


「しかしな……最寄り駅から法永山まで確か三キロは歩くはずだぞ、坂もあるし」


「大丈夫ですよ、それくらい!」


「うむ。情けないぞ、愚民め!」


「お前ら若者と一緒にするな!」


「勇貴さんだって充分若いですよ! それに、お団子食べれば元気になりますよ、あのゲームみたいに!」


「HPをほんの少々回復するアイテムだろ、それ」


「よし、では行くか!」


「えぇ……晴、お前も来るつもりか」


「いかんのか?」


「まあ、いいけど……陰狼だったか? 俺が竹林に投げ捨てたお前の霊剣、回収した方がいいんじゃないのか」


「むっ……そうだった! 貴様、自分がどこへ投げたか覚えているか?」


「知らん」


「くっ……貴様という奴は……! すぐ戻る!」


 そう言って、晴は竹林の中へと入って行った。


「勇貴さん……やっぱり、晴くんが戻って来るまで待った方がいいんでしょうか……?」


「……知らん!」


 うんざりした気分で時乃の問いに応じて、勇貴はその場に座り込む。

 顔を上げると、竹林の先に広がる空は青く澄み渡っていた。

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