第23話 懐かれた男と、晴天の雷刃<11>
「お前、まだやる気か……」
「陰狼よ……いや、陰狼に宿る妖よ! 僕に奴を上回る力を与えろ! 僕が……負けるわけにはいかないのだ!」
晴の瞳に先ほどまでの殺気とは違う、狂気の色が混じったように見えた。
「ちっ……!」
勇貴は深呼吸をして、再び自身の中の妖を呼び覚ます。視界に映る自分と同質の力を持つ敵を脅威と感じたせいなのか、先ほどより時間をかけずに
「死ネ……御早 勇貴ッ!」
霊剣を突き出して、異常な表情を浮かべた晴が突進してくる。
(さっきよりも……速い!)
一瞬で間合いを詰めながら突き出してきた陰狼の切っ先を右に動いてかわすが、続けざまに晴が薙ぎ払った霊剣の刃が勇貴の頬をかすめた。
「く……!」
「ォオオオッ!」
雄叫びを上げながら陰狼を振り上げた晴の懐に飛び込み、その腹部に蹴りを叩き込む。
「グッ……!」
腕の三倍の筋力を持つと言われる蹴りをまともに受けたにもかかわらず、先ほど顔面に拳を食らった時のように派手に吹き飛ぶようなことはなく、数メートルほど後ずさった晴は何とか踏みとどまってみせた。
(こいつ……やっぱりさっきよりも強くなっている気がする。俺みたいにまだ隠している力があったのか……? それに――)
「ぬおオォッ!」
狂気の表情を浮かべて霊剣を振りかざすその姿は、先ほどまでの彼の戦い方とは明らかに違っているように勇貴には思えた。
最初の接近戦で素人目にも隙のない立ち回り見せていた晴と比べると、確かに動きは速くなっているが直線的で見切りやすい……それこそ勇貴の戦い方に近いものだった。
「……の野郎ッ!」
霊剣・陰狼が空を切る音が耳元で鳴るのを聞きながら勇貴が放った蹴りを左足に受け、晴が前のめりに転倒する。
「おのレ……!」
倒れても受け身を取らず、激しく地面にぶつけたその顔は……赤い血と
「……そんな顔じゃ女の子にモテないぞ」
勇貴は軽口を叩いてみたが、相手からの反応はなかった。
「勇貴さん! 私も一緒に戦います!」
後方から聞こえたその声に振り向くと、スカートを両手で押さえた小柄な少女が段差を飛び降りたところが目に入った。着地するとそのままの勢いで勇貴の元へと駆け寄ってくる。
「時乃……これは俺とあいつの勝負なんだ。お前は下がっていろ」
「でも、今の晴くんは陰狼に心を乗っ取られています! このままでは、勇貴さんも晴くんも危険です!」
「乗っ取られている……? あの剣に妖の魂が宿っているとは聞いたが、それでもあいつなら制御できる、って話じゃなかったのか?」
「そのはずですけど……晴くんの心が乱れたことで精神制御ができなくなったのか、あるいは今の晴くんでは制御できないほど陰狼の力を引き出してしまったのかも……」
「……そうか。まあ、確かに今のあいつは普通じゃないとは思ったが」
視線で牽制するように晴を見ると、彼は時乃をジッと見つめながら様子を伺っているようだった。
「戦うと言っても、今のお前は武器を持っていないだろ」
「霊剣がなくても、構世術で戦うことはできます。晴くんの手から陰狼を奪えば、きっと正気に戻ってくれるはずです。勇貴さんと私が一緒に戦えば必ず勝てますよ!」
「それは――」
「御早……勇貴ッ! 時乃ちゃんカラ離れロッ!」
時乃の提案に勇貴が答えようとした時、雷のような晴の声が響く。その血走った目からは、勇貴に明確な殺意を向けていることがわかった。
「あいつは……!」
「晴くん……。勇貴さん、私が構世術で援護します。何とかして晴くんから陰狼を――」
「いや、それはダメだ。時乃」
「えっ……ダメ、ってどういうことですか!?」
予想していなかったその返答に時乃は戸惑い、勇貴の顔を見上げた。
「あいつが……晴の野郎が今あんな風になってまで戦っているのは、自分自身のプライドのためということもあるだろうが……時乃、お前のためでもあるんだよ」
「え……?」
「素性不明の怪しい男……つまり俺の魔の手から、かわいい妹のような親戚の女の子を守らなければならない……それがあいつの正義で、血を流し顔を歪めて、正気を失ってまで戦う理由なんだ」
「勇貴さん……」
「あいつがそこまでして戦っているのに、当のお前……天阪 時乃が俺の側について戦って、そして負けたら……晴の野郎の立つ瀬がないだろ」
「それは、そうかも……しれないですけど……」
「もう一度言うぞ、時乃。これは俺と晴の野郎、二人だけで決着をつけなれば意味がないんだよ」
《祓う者》の少女は晴と勇貴の顔を交互に見つめて
「……わかりました。でも、本当に危なくなった時は私に助けを求めてください。それも、ダメですか……?」
すがるような目でそう訴える時乃の想いを
「わかったよ。……だが、それまでは時乃は遠くにいるんだ。正気を失っているとは言え、晴がお前を襲うとは考えにくいが……万が一ということもある」
「はい。では、気をつけて……!」
「ああ」
時乃が走り去る音を背中で聞きながら、勇貴は晴に向き直った。正確には、陰狼に宿った妖と言った方がいいのかもしれないが。
「……ッ!」
彼の戦う理由――あの小柄な少女がこの場から離れるのを待っていたかのように、千剣 晴が左手を天へと掲げる。手の先の空間に空気を引き裂く音と稲光が走った。
(あれは……!)
勇貴は考えるより先に地面を蹴って、高く飛び上がる。同時に晴が左腕を振り下ろし、雷の波が爆発的に広がる光景が眼下に見えた。
(あんな状態でも魔法みたいな技は使えるのか……!)
構世術の広範囲攻撃をやり過ごした勇貴の着地した場所へ向かって、晴が再び陰狼を突き出して突進してくる。
(晴の野郎の手から剣を奪え、か。今のあいつ相手にそう簡単にいくとは思えないが……)
腰を落として身構えた勇貴の眼前に、霊剣の切っ先が迫る。
「……う゛っ!」
疾風のように駆け抜けていく晴とは対照的に、勇貴は左腕に激しい痛みを覚えてうずくまる。
「勇貴さんっ!?」
高台の上から時乃の悲鳴が聞こえた。
「大丈夫だ、時乃!」
「! は、はい……」
今にも駆け下りてきそうな時乃を制した後、左腕を確認する。上着が赤くにじんでいるところを見ると、かなりの出血をしているようだった。
(……血が赤い内はまだ人間、ってところか)
数十メートル先でこちらへと向き直った晴を見据えて、そんなことを考える。
(武器もない、ナントカ術も使えない、せめて俺にも必殺技くらいあれば……いや、何だよ俺の必殺技、って)
苦笑いをしそうになったところで、勇貴の脳内にあの妖と化した不気味な黒い腕のことが思い浮かんだ。
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