第22話 懐かれた男と、晴天の雷刃<10>

「さて、お遊びはここまでだ……招雷!」


 晴の術で発現した雷が長剣に走り、バチバチという空気の破裂音と共にその刀身が輝く。


「なるほど、剣に直接あの雷のエネルギーを纏わせれば、ノーコンのお前でも関係ないな」


「ぬぐっ……減らず口を……! 今、黙らせてやるぞ!」


 《祓う者》の男の瞳が怪しく光り、ロングコートを翻して獣のような勢いで飛びかかってきた。


「必殺剣! 晴天の……辟易へきえきッ!」


(青天の霹靂へきれき、と言いたかったのか、そういう技名なのか……どっちだ!?)


「勇貴さん!」


 竹林に時乃の悲鳴が響き、晴が雷を宿した霊剣を振り下ろすその瞬間……勇貴は前方に飛び出し彼の手首を掴んだ。


「何!? 貴様ッ!?」


「油断したな……! 最初の立ち合いでのお前の体術は、確かに素人の俺から見ても無駄のない動きだったが……この必殺剣とやらはやたらと隙だらけだったからな。後の先、って奴を狙っていたんだよ!」


「バカな……そもそも、貴様はなぜ動けるのだ!?」


「なぜだと? ちょっと誘導してやっただけでペラペラと喋り続けてくれたおかげで、身体の痺れが回復するまでの時間稼ぎは充分だったさ……! お前は授業内容から脱線して話し続ける学校の教師かよ!」


「おのれ……! 愚民の分際で!」


「さっきから愚民だのクミンだのうるせえんだよ! グミでも食ってろ、果汁たっぷりなやつ!」


「くっ、ふざけたことを……!」


 晴が雷を纏った霊剣を持つ両腕に力を込めるが、勇貴に掴まれたその腕は動かない。


「うぬっ……貴様、これほどの力が……!?」


「おいイケメン、お前はスポーツ中継とかは見るか?」


「!? ふんっ、そんなヒマなどないな!」


「そうかい。じゃあ、ギアを上げる……なんて言われてもわからないか」


「ギアだと? それがスポーツに関係あるのか?」


「スポーツ選手がここぞという場面で全力を出すことをそう言うらしいぜ。例えば……野球でランナーを背負ったピッチャーが本気を出してビシッと抑えたりとかな。常に全力投球じゃ体力が持たないから力の使いどころを計算している、ってわけだ」


「……! まさか、貴様もそうだと言いたいのか!?」


「俺はお前や時乃みたいに化け物退治のプロとしての訓練を積んだわけでもないし、日頃から身体を動かすような趣味があるわけでもない、普通のおっさんだからな。自分の中の妖の力を使うだけでも疲れるんだよ。だから、なるべく身体に負担がかからないように力をセーブしていた……!」


「何だと……陰狼で強化した僕の身体能力と同等の力を発揮しながら、まだ全力ではなかったと言うのか!?」


 その問いかけへの返答代わりに勇貴が自らの両手に力を込めると、ギリギリと何かがきしむような音がした。


「う゛ぐっ!?」


 晴の苦悶の声と共に、陰狼の刀身に走っていた構世術の雷はその輝きを失い、消えていく。


「……剣を捨てろ。このまま、腕をへし折られたくなかったらな」


「! ふざけるな!」


 叫びながら晴が左足で放った蹴りが勇貴の腹部へと突き刺さるが、その身体はビクともしなかった。


「な……に!?」


「今まで抑えていた力を全力で使う、ってことは俺の身体がより妖に近づいたということだ。それは腕力だけじゃない、肉体の頑丈さもさっきまでとは違うんだよ。もう、その程度の蹴りは効かないと思え……!」


「くっ……化け物め!」


「お前だって、似たようなものだろ……!」


 晴の両腕からミシミシと気味の悪い音が響く。


「う……おお……ッ!」


「おい、いい加減に諦めろ……! 俺だって、できれば人の骨が折れる瞬間の感触なんて知りたくないんだよ!」


「うぐ……貴様のような……ある日突然、天から降ってきたような力を振りかざす者に……この僕が劣るというのか!?」


(天から降ってきたか……そんなにいいものじゃないけどな)


「認められるものか……それを認めたら、僕が千剣家の《祓う者》として修業を積み重ねてきた日々が……無意味なものになってしまう……!」


(……確かにな、だが――)


「千剣 晴。お前は……最近の漫画やアニメを見ていないようだな」


「……!? 何を――」


「今時はな!」


 晴が答えるより早く、勇貴の渾身の力を込めた右拳がその顔面に叩きつけられる。


「ぶぐっ!」


そういう展開チート能力で無双が流行りらしいぞ……!」


 妖の力を全開にした勇貴の一撃を受けた晴の身体が、地面を跳ねるように滑っていった。

 想像以上に激しく吹き飛んでいった彼の姿を見て、勇貴は息を呑む。

 竹林に激突した晴がうめき声を漏らすのが聞こえて、勇貴は彼の生存を確認すると……大きく息を吐いた。


(やった……のか?)


 緊張の糸が切れたせいか、勇貴の身体から妖の力が抜けるように消えていった。


(うっ……やっぱりキツイな、こいつは……)


 同時に、それなりの距離を走った後のような疲労が全身を襲い、勇貴は思わず膝に手をつく。


「勇貴さん!」


 高台の上にいた時乃が少し高揚した顔で段差の前まで近づいてきた。


「晴くんに勝ってしまうなんて、すごいです……」


(時乃……)


 千剣 晴との戦いが始まる前に、勇貴の妖の力を見た時乃の複雑な表情を思い出す。


「……お前の立場を考えれば、俺がこの力を使うことを快く思わない、ってことは理解できるつもりだ。だが、俺にはこれしかあいつと戦える手段はないんだ。……悪く思わないでくれ」


「えっ? 私が快く思わない……ですか? あっ……」


 勇貴の言っていることの意味が理解できたのか、時乃が視線を落として遠慮がちに答えた。


「もし、私がそんな顔をしていたのだとしたら……それは私が《祓う者》という立場の人間だから、というわけではありません。勇貴さんが……心配だからです」


「俺が?」


「はい……もし、力を使い過ぎた勇貴さんが伝承のように、再び《先祖返り》を起こして妖になってしまったら……。私は、私の居場所は……勇貴さんだけなんです……!」


(時乃……お前、またそんなことを……)


 悲しそうな表情でそう訴える時乃に、お前の居場所なんてこれからいくらでも作れる……そんななぐさめの言葉を口走りそうになるが、すんでのところでその根拠のない薄っぺらいセリフを飲み込む。


「認めるか……!」


 晴の絞り出すような声が静かになった竹林に響く。

 振り向くと、その手に霊剣・陰狼を握り、恨みのこもった目で勇貴を睨む彼の姿があった。鼻や口から流れる出血の激しさが彼の受けたダメージの大きさを物語っているが、その瞳にはまだ闘争心が残っているようだった。

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