第21話 懐かれた男と、晴天の雷刃<9>

「ぐっ!」


 反射的に身をかがめながら左に動いた勇貴から、右に一メートルほど離れた場所を雷の矢が通過した。その後方で破裂音と共に竹が倒れる。


「何だ、今のは……!」


「自らの霊力を特定の形で構成し、この世の理を外れた数々の事象を意図的に引き起こす、《祓う者》の戦闘技法の一つ。……それが構世術だ!」


「コウセイジュツ?」


「勇貴さんのお家で私が遊んでいるゲームに出てくる、魔法みたいなものです!」


「魔法か……そんなこともできるのか、《祓う者》って連中は……!」


 交戦中の黒ずくめの男……いや、彼だけでなくあの亜麻色の髪の少女も含めた《祓う者》の一族は、やはり自分のような人間とは違う世界に生きている者たちではないのか――

 そんな考えが、時乃の言葉を聞いた勇貴の脳裏のうりをよぎる。


「家でゲームだと……。ぬうっ、キミたちはそんなことまで……! 許せんな!」


「勇貴さん!」


「ッ!」


 怒りの表情を浮かべた晴の手のひらから再び雷の矢が放たれる。

 身体をそらして矢をかわした勇貴の顔から数十センチ先を矢が飛び去った。


「ふははは……ッ! そうだ、いいぞ! 逃げろ! 踊れ! 愚民よ!」


 高笑いをしながら、晴が次々と構世術・招雷の連射を始める。勇貴の後方で竹林が破壊される爆音が鳴り響いた。


(くっ、自然を大切にしろよ! 環境活動家に怒られるぞ!)


 心中で毒づきながら、必死に雷の矢の雨から逃げ続ける。だが、その最中に勇貴はあることに気付いて、その足を止めた。


「むっ……どうした、愚民よ。諦めたか?」


 口元を歪ませ、挑発するように晴が尋ねる。


「当ててみろよ」


 おそらく、そんな晴と同じような表情で勇貴はそう言い返した。


「? 何だと?」


「撃ってみな、構世術とやらの雷の矢を」


「なめるなよ、愚民め……! 招雷!」


 晴の左手から招雷が撃ち出される瞬間を、勇貴はその場からは動かずに見据える。そして、放たれた雷の矢は勇貴の頭上を飛んでいった。


「……む!」


「どうした。サッカーでそんなシュートを撃ったら宇宙開発とか言われるぞ」


「何の話だ! ……招雷!」


 晴が狂ったように構世術の乱れ撃ちを再開した。

 だが勇貴は先ほどのようにむやみに動き回らず、自分のすぐ近くに飛来した雷の矢だけを最小限の動きでかわす。そして、実際に彼へと迫る矢はほとんどなかった。


「はぁ、はぁ……お、おのれ……!」


「千剣 晴、お前……ノーコンだろ」


「! ぐぬっ……!」


「晴くん、もう少し構世術の精度を高める訓練をした方がいいと思います……」


「なっ……時乃ちゃんまで!?」


 勇貴ばかりか、時乃にまでダメ出しをされた晴の顔が屈辱で赤く染まる。


「それで、どうする。ずいぶん疲れているみたいだが、ストライクを取れるまで続けるか?」


「はぁ……はぁ……! ふっ、調子に乗るなよ……愚民風情が!」


 晴が左手を天へと掲げ叫ぶと、その頭上に先ほどまでより激しいバリバリという空気を引き裂く音と、まばゆい光が走った。


(! さっきの技とは違うものか!?)


「ひれ伏せ! 散雷図さんらいずッ!」


 左腕を叩きつけるように振り下ろすと、晴の周囲一帯が見えなくなるほどの強烈な雷光がほとばしる。


「うぐっ!」


 辺りを飲み込んだ雷の波が消え去った後、勇貴はその場に膝をついた。身体中にビリビリとした痛みとしびれを感じる。


(ちぃッ、これは……!?)


 今の雷で筋肉に負荷がかかったせいか、身体に力が入らない。


「はぁ……はぁ……! ふはは! どうだ! この広範囲雷攻撃の前には命中精度など関係ないな!」


(くそ、ボウリングのピンが倒れないなら複数の球を同時にぶちまければいい、みたいな発想しやがって……!)


「そして、散雷図の雷光波をまともに食らった貴様は身体が上手く動かせないはずだ」


(くっ……)


「このまま動けない貴様に、陰狼でトドメを刺せばそれで終わりだが……僕もそこまで鬼ではない。みはやん……いや、御早 勇貴だったな。降参するがいい。今なら見逃してやるぞ」


(……!)


「勇貴さん!」


 切羽詰まったような時乃の声が、異形の力をその身に宿した二人の男の間に響く。


「どうした? 身体が痺れて舌も動かせないか?」


「……わる」


「ん?」


「断る、と言った」


「……ほう。僕の情けがわからんようだな」


「まだお前の顔面に一発も入れていないのに、引くわけがないだろ。お前に情けなどかけられるいわれもない」


「そうか、ならば仕方あるまい。僕の必殺剣、その名も……えーと、『スーパー晴くんスラッシュ』で引導を渡してくれよう!」


「……悪い。技名の辺りがよく聞こえなかった、もう一回頼む」


「……『グレート晴様ブレイクDX』だ!」


「おい、なんかさっきと違わないか。もしかして、自分でもこれはダメだと思ったから言い直したのか? ……死ぬほどダサいことには変わりないが」


「ダサくない! 愚民には僕のような上流の人間のセンスを理解することができないだけだ!」


「あっ、そう。じゃあ名門、天阪家の時乃お嬢様に聞いてみるか? ……というわけで、ご意見をお聞かせくださいませんか? 時乃お嬢様ー?」


 勇貴は何とか首を動かして、高台の上の時乃お嬢様に呼びかける。


「時乃お嬢様……? もう、勇貴さん! 変な呼び方しないでくださいっ!」


「で、どう思う? こいつの必殺剣とやらの技名について、ハッキリと言ってやれ」


「えっ……そ、それは……。あまり、カッコよくはないかもしれません……」


 勇貴に促されて、時乃お嬢様は困ったように視線を泳がせた後、申し訳なさそうに答えてくれた。


「聞いたか、イケメン。柴犬に『たぬき』と命名された類稀たぐいまれなるネーミングセンスの持ち主、時乃お嬢様からのありがたいお言葉だ。……クソダサいわ、ボケ! とのことだぞ」


「そんなこと言ってないですよ!?」


「おお……何ということだ。時乃ちゃんまで僕のセンスについてこれないとはな」


 左手で顔を覆った晴が天を仰ぎ、芝居がかった大げさな演技をしてみせる。


(少しは自分のセンスを疑えよ。……その謎の自信はちょっと羨ましい気もするが)


「まあよかろう。技名の素晴らしさが理解できないとしても……その威力は実際に受けてみればわかるはずだからな……!」


 そう言うと晴は霊剣・陰狼を両手で持ち直し、上段に構えた。


「しかし……安心しろ、愚民よ! 峰打ちにしてやる」


 自信満々にそんな宣言をする男の顔を見上げながら、勇貴は待ったをかける。


「峰打ちだと? お前のその剣は両刃に見えるが、どうやってやるつもりだ。側面で叩くのか?」


「ん? 峰打ちとは、刀剣を使った勝負で死なない程度に加減してやる、みたいな意味ではないのか?」


「いや、違うだろ。日本刀の刃じゃない側で叩くことを言うんじゃないのか、知らんけど。というか、お前らの方が詳しいんじゃないのか、その手の話は!?」


「そうか。よし、この戦いが終わったら『峰打ちとは』で検索してみるとしよう」


(こいつ、うすうす感じていたが……アホなのか?)

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