第20話 懐かれた男と、晴天の雷刃<8>

「……ふははっ! 面白い! 面白いぞ!」


 その勇貴の耳に、晴のわざとらしい笑い声が響く。


「貴様のような愚民など、当初は体術で軽く捻ってそれで終わりにするつもりだったが……今の貴様は上級の妖と言っても差し支えない妖気を持った化け物だ」


(俺が化け物、か。《祓う者》の奴の目にそう映っているということは、その通りなんだろう。そしておそらく、時乃の目にも同じように……)


「ならば僕も遠慮はいらないな……この陰狼かげろうの力を見るがいい!」


 そう言って晴があの黒い布袋から取り出した物は……やはり、鞘に入った本物の剣のようだった。

 柄の部分に何やら文字が書かれた古い布が巻かれたその剣を、晴が鞘から抜き放つと……怪しく光る両刃の長剣が姿を現した。


「……時乃! お前たちの使う武器にはランク付けみたいなのがあるとか以前、言っていたな。あの剣はどんなものなのか知っているか?」


「えっ? あ、はい! 霊剣・陰狼……等級は四等級です!」


 聞かれてすぐに答えられるのは、さすが《祓う者》の名門の家系の娘と言うべきなのだろうか。勇貴の問いかけに時乃が即座に応じる。


「四等級か……確か時乃のサン何とかは二等級だったな。アレよりは格下ということか」


「確かに燦令鏡よりは等級は下になりますが……陰狼には少々厄介な特性が備わっています」


「厄介な特性?」


「それは僕が説明してやろう!」


 振り向くと不敵な笑みを浮かべた晴と目が合った。


「お、おう」


「うむ! いいか、この陰狼の柄の部分には古の妖の魂の欠片かけらが宿っていると伝えられている」


「妖の魂だと……?」


「そうだ。そして、この陰狼を手にした者はその身体に妖の魂が宿ることにより、人間の限界を超えた身体能力を得ることができる。……理性と引き換えにな」


「おい……大丈夫なのか、それ。ゲームなんかでは呪われていそうな、魔剣や妖刀の類じゃないのか」


「案ずるな。今のは普通の人間がこの陰狼を持った場合の話だ。僕のような精神制御の技法を身につけた《祓う者》なら……妖の精神干渉に抵抗しつつ、戦闘能力の強化に利用できるのさ!」


「……そうかよ。だが、それはまるで……!」


「ふっ、そうだ! この陰狼の特性は貴様が……《先祖返り》が妖の力を宿す技と同質のものと言ってもいいだろう。陰狼を持った僕と貴様は戦う運命だったのかもしれないな!」


「さあな。運命論そのものを否定する気はないが……時乃はともかく、お前と縁があったとは思いたくない」


「ふん、まあいい。では、この陰狼の力をとくと見よ!」


 目の前の黒ずくめの男が右手に持つ、霊剣・陰狼の刀身が不気味に輝いたように見えた。

 あの日、二日山で感じた妖の気配のようなものを晴から感じ、それが次第に大きくなっていくのがわかる。それと同時に彼の眼光に強い殺気が宿っていく。


(もしかしたら、今の俺の目もあんな感じなのかもな……)


 人ではない何かへと変貌を遂げる千剣 晴。

 その姿に勇貴は鏡に映った自分を見せられているような気がして、思わず息を呑んだ。


「ゆくぞ……!」


 一言そう言って、晴が地面を蹴る。一足で勇貴との間合いを詰めるその脚力は、どう見ても人間のものではなかった。


「ぬんっ!」


 そのままの勢いで陰狼を下段から振り上げる。


(ちぃッ!)


 勇貴はその切っ先を左へと動いてかわしたが、その斬撃は回避されることを前提としたものだったのか、態勢を崩すことなく続けて晴の左拳が飛んでくる。

 その拳を勇貴が左腕で受けるとミシリ、と鈍い音がした。肉体に妖の力が宿った今の勇貴でなければ、とても受けることができない拳のはずだ。


「ぐっ、野郎ッ!」


 勇貴は右手で拳を作って晴に殴りかかるが、大振りのその拳が彼に届く前に左足を蹴り飛ばされて、バランスを崩す。

 そして体勢を崩した勇貴の腹に晴の膝がめり込んだ。


「う……」


 その衝撃で口から息が漏れ、一瞬呼吸が止まる。


(この……!)


 苦し紛れに左腕で手刀を振るうが、そこに敵の姿はなかった。


「むん!」


 手刀の空振りでできた隙に、すかさず晴が繰り出した足刀蹴りを胸部に受け、勇貴は吹き飛ばされる。


「がっ!」


 竹林の近くまで蹴り飛ばされた勇貴は、苦々しげにロングコートの男を見やる。彼に蹴られた胸の辺りがズキズキと痛んだ。


(ちっ、あんな服装のくせによく動くぜ……!)


「勇貴さん!」


 彼の名を呼ぶ悲鳴のような叫び声が辺りに響く。


「時乃、静かに見ていろと言っただろ」


「でも!」


「一発や二発もらったくらいで大げさなんだよ!」


「は、はい……」


「愚民め! 自分の未熟さを棚に上げて時乃ちゃんに当たるとは、情けない奴!」


(っ……!)


 図星を突かれた勇貴は歯を食いしばって起き上がると、その怒りの矛先を本来の敵の方へ向け突進する。そんな感情を込めた右拳が嘲笑あざわらうような顔へと当たる瞬間、晴の姿が視界から消えた。


「うおっ!?」


 姿勢を低くして晴が繰り出した蹴りで足元を刈られた勇貴は、前方へと派手に倒れ込む。


(ぐっ……何やってんだ、俺は……) 


「ふはは! どうした、小銭でも落ちていたか?」


「このガキ……!」


 素手の相手に合わせて手加減でもしているつもりなのか、晴は手にした霊剣をほとんど振るうことはなく、体術を使った戦闘を展開している。そして、それでも勇貴は圧倒されていた。


「ふっ、まあそういきどおるな、《先祖返り》の男よ。貴様の力がそれなりのものだということは認めてやる」


 黒ずくめの男は自信に満ちた表情で意外なことを言った。


「へっ、何を偉そうに……!」


「ふはははッ! 僕は偉いからな! いいか、よく聞け愚民! ……貴様の力や速さは、陰狼の特性で強化された僕の身体能力と比べてもそう変わらないレベルだと言ってもいいだろう。誇りに思っていいぞ!」


「……!」


「ふん、その顔は……それなら、なぜ先ほどの立ち合いで僕に一方的にやられたのか、とでも思っているな?」


「! まあな……」


「説明してやろう!」


(……やたら説明したがる奴だな。普段、話を聞いてくれる奴がいないのか? まあ、いいけど)


「今の貴様の身体能力は確かに超人レベルのものだが、戦闘技術がともなっていないのだ。それこそ、少年空手道場に通うお子様よりも基礎ができていまい。学生時代に喧嘩慣れしたような人種にも見えないしな」


 勇貴は高校時代の体育の授業で柔道を習ったぞ! などと反論しようかと思ったが、そんなことを言ったところで鼻で笑われる気がしたので、そのまま晴の説明とやらを聞くことにする。


「低級の妖や未熟な《祓う者》ならば、身体能力の高さに物を言わせただけの、今の貴様の戦い方でも圧倒できるだろう。しかし! この僕には通じないな!」


「……なるほどな」


(気に入らないが、奴の言う通りか)


「それに貴様は所詮、丸腰。獣のように手足を振り回して戦うだけだ。さらに言えば……こういった芸当もできまい!」


 そう言って得意げに晴が左手を突き出すと、その手のひらに電気のような光が走りバチバチと音がした。


「……!?」


 その光景を見た勇貴は立ち上がって身構える。


招雷しょうらい!」


 晴の声が響くと同時に、突き出された左の手のひらから、雷の矢のようなものが光の尾を引いて撃ち出された。

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