第19話 懐かれた男と、晴天の雷刃<7>

「俺が戦いに勝って、お前の力ではいざって時に《先祖返り》が暴れるのを抑えられない……それを証明してやれば、時乃が俺のそばにいていい理由付けにはならないか? ……どうなんだよ、おい」


「ふっ、確かにそれも道理だ。貴様が僕に勝つ、などということが起きればの話だがな」


「だそうだ、時乃」


「勇貴さん……」


 時乃は納得してはいないようだったが、それ以上のことは言わなかった。


「しかし、貴様のようないい年した男が時乃ちゃんみたいな女の子と人前でそのように親しくするのは……やはり、気味が悪いな。とは言え、それも今日この日までだ」


 不敵な笑みを浮かべる千剣 晴の顔を見ていると、何やら勇貴の中に黒い闘争心が湧いてくるのを感じた。


(まあ、この野郎にわざとらしく負けるのもしゃくだからな。あの余裕こいたつらを俺の顔よりブサイクに変形させてやるか……!)


 それが彼の性格なのか、妖の本能なのかはわからなかったが。


「確かに俺は気持ち悪いが、お前の芝居がかった口調やその服装もかなり痛いぞ。それで、気持ち悪いおっさんVS痛い男子大学生、とかいう集客力のなさそうな対決はどこでやるんだ? 河原で決闘でもするか?」


「ふっ、バカを言うな。では、僕についてくるがいい!」


 ◇◇◇


「この辺りは我が千剣家の私有地だ。派手な技の訓練をする時に使っている。ここでなら、少々争いがあっても問題にはなるまい」


 住宅街から離れた竹林の中、その開けた場所に立った勇貴は周囲を見回した。


(確かにここなら途中で邪魔が入ることはないか)


「もっとも、そこまで激しい戦闘になるとは思えないがな」


「さあな」


「勇貴さん、あの……」


 顔を向けると、一緒についてきた時乃が心配そうな表情を浮かべていた。


「妖の力が使える、って本当なんですか……?」


「ハッタリだと思ったか?」


 意地悪そうな顔をして時乃に聞き返す。


「そ、そんなことはないですけど……さっきも言った通り、あの妖の黒い腕はそう簡単に制御できるようなものではないと、私には思えました」


「ああ。俺もアレを自分の意思で再現できないか試してみたんだ。……結局、一度もできなかったけどな」


「勇貴さん、そんなことをやっていたんですね」


「まあな。前にも言ったけど、この力のことを少しでも知りたいと思ったからな。あとはまあ……ヒマつぶし、ってのもあるな」


「……はあ」


 勇貴の言葉に感心したと言うよりは、呆れたような生返事を時乃が返した。


「と、とにかくだ。あの気持ち悪い妖の腕は、よっぽど俺の生命に危険が迫ったような状況でもないと発現しない、それが素人なりに考えた結論だ。少なくとも、今の俺が自在に使えるような力ではない」


「勇貴さんの危機に、ですか……。確かにそうかもしれません」


 二日山で勇貴の妖の力が発現した時の状況を思い出すようにうなずきながら、時乃が同意する。


「結局、あの黒い腕は使えなかったが……自分の中の妖の血を意識してそれを操ろうと試行錯誤する中で、俺はちょっとしたコツをつかんだ。……それを今から見せてやるよ」


「えっ……コツ、ですか?」


「ああ。時乃、お前は少し離れた場所で応援でもしてくれ」


「応援……! はい! 了解です!」


 元気よく返事をした時乃がその場から離れ、少し遠くの高台へと上った。その背をしばらく見つめてから、勇貴は数メートル離れた場所に立ち、こちらを見据える千剣 晴へと向き直る。


「《先祖返り》から戻った者が妖の力を使う……か。貴様のような愚民にそれができると言うのか? ……面白い。それがたわごとではないというなら、この僕に見せてみろ……!」


「……」


 晴の言葉には答えず、勇貴は目を閉じた。


(さて、やってみるか。まず深呼吸をして――)


「えーと、応援と言ったら……! よし!」


 勇貴の耳に、少し遠くの方から何やら時乃が意気込む声が聞こえた。


(……次に、身体の中の血の流れを意識して――)


「フレー! フレー! 勇貴さんっ!」


(……意識して……!)


「がんばれ! がんばれ! 勇貴さんっ!」


(意識……)


「負けるな! 負け――」


「時乃っ!」


 たまらず勇貴は目を開け、時乃の声のする方へと顔を向けて叫んだ。


「えっ? あっ、勇貴さん! どうでしたか? 私の応援は?」


「ちょっと黙ってくれ。うるさい」


「ひどいっ!?」


「仕方ないだろ。慣れていないせいもあるだろうが、結構集中力いるんだよ、これ」


「勇貴さんが応援して、って言ったんですよ!」


「そりゃ言ったけどな……。本当に応援が始まるとは思わなかったんだよ。その場で静かに観戦してくれ」


「む~……」


 もっと応援を続けたかったのか、時乃が不満そうに頬をふくらませる姿が見えた。

 彼女が真面目で何事にも一生懸命な性格だということは、短い付き合いの勇貴も理解していたが……さすがに今は自重してもらうことにする。


「さてと……」


 気を取り直して、勇貴は再び目を閉じる。

 身体を駆け巡る、人の血とそこに流れるはずの化け物の血。それらを意識すると、かつて天阪 時乃と出会う前の勇貴を悩ませていた、頭の芯に居座るあの黒い塊が再び顔を出した。

 勇貴はふと、子供の頃に好きだったバトル漫画の主人公や、特撮ヒーローの変身シーンを思い出す。さすがに変身ポーズをとったりはしなかったが。


(まさか、俺がこんなことを大真面目にやる日が来るとはな……)


 思わず苦笑いをしそうになった時、頭の中の黒い塊が膨れ上がる――


(……!)


 大きく息を吐いて、勇貴は目を開けた。


「……勇貴さんっ!?」


「何……これは……!」


 身体を流れる血液が熱く、早くなったような錯覚を感じる。

 そして、《祓う者》二人の自分への反応を見て、が成功したことを勇貴は確信した。


「待たせたな、イケメン。じゃあ……やろうか?」


「どういうことだ……先ほどはわずかに奴の中から感じるだけだった妖の気配が……急激に増した……! 貴様、何をした!?」


 初めて晴がうろたえるような表情を見せたことに、勇貴は少し満足してほくそ笑む。


「かつて《先祖返り》から戻った人間の中に、妖の力を制御できるようになった者がいた。そんな話を時乃に聞いてから、俺なりにいろいろと試したんだ。自分の中にある、化け物の部分。それも含めて俺だと言うのなら……かつて妖の力を自分のものとした人間がいたというなら……俺にだって、少しくらいはできるんじゃないのか。人の意識を保ったまま、化け物の力を使うことが……そう思ったんだ」


 勇貴は自分の右手を見つめて続ける。


「あの黒い腕のように肉体を妖と化すことはできなかったけどな、今の俺は見た目はたいして変わらないが……車を持ち上げたりできるんだぜ」


「そんな芸当が……《祓う者》でもない貴様のような愚民にできたというのか……!」


「重要なのは自分の中にあるわけのわからないものの正体を知ったこと。そして、その化け物の力を操る者の存在を知ったことだ。……時乃、俺がこの力を手に入れたのはお前のおかげだよ」


「勇貴さん……」


 遠くにいる時乃にそのことを伝えると、彼女は複雑そうな表情で勇貴を見ていた。


(まあ、《祓う者》にとってはやっぱり、俺が妖の力を使うのは喜ばしいことではないか……)


 妖の力を見せたことで内心、得意げになっていた勇貴は《祓う者》の少女の顔を見て我に返った。

 もしかすると、それなりに苦労してこの巨大な力を制御する術を手に入れたことを、彼女に認められ……褒められたかったのかもしれない。


(俺はあんな子供に何を期待していたんだ……何を求めていたんだ? ……本当、気持ち悪いおっさんだな)

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