第18話 懐かれた男と、晴天の雷刃<6>

(時乃……! タイミングがいいのか悪いのか……!?)


 声が聞こえた方へ振り向くと、天阪 時乃が二つ結びにした髪の毛先を弾ませながら、こちらに駆け寄って来る姿が見えた。


「勇貴さん、こんにちは! 今日は法永山ほうえいさんのお団子を食べに行くんですよね! 一週間、楽しみにしていました!」


 勇貴の隣までやって来た時乃が、そう言って満面の笑みを浮かべる。


「時乃ちゃん……? なぜキミがこんなところに……!?」


「えっ? あっ……晴くん?」


 天阪 時乃と千剣 晴が互いの顔を見つめてつぶやく。


(! そんな気はしていたが……この二人、やっぱり知り合いか? 面倒なことになりそうな気がする……)


 ***


「……なるほど。彼に憑いた妖を時乃ちゃんが祓った、そういうわけか」


 勇貴は簡単に天阪 時乃との出会いと関係を説明した。もちろん、自分の部屋に彼女を泊めたことは言わなかったが。

 そして、その会話の中で千剣 晴の親戚の子というのが時乃、彼が探している男が勇貴のことだということもわかった。


「しかし、みはやん。なぜその後も時乃ちゃんと会っているのだ。……見たところ、ずいぶんと親しいようだが?」


「それは……俺の方から時乃に頼んだ」


「ほう……」


「勇貴さん……?」


 勇貴の顔を意外そうな表情で時乃が見上げたが、それには応じず晴へと説明を続ける。


「俺に憑いた妖、ってのはちょっと特殊らしくてな。厳密に言うと妖が憑いているわけではなく、俺自身に妖の血が流れていたらしい」


「妖の血……どういう意味かな」


 勇貴へと向ける晴の目つきが鋭くなった。


「あ、あの! 晴くん、《先祖返り》のことは知っていますか?」


 それを察したのか時乃が慌てて口を開く。


「《先祖返り》……かつて妖と交わった者の子孫に再びその影響が強く現れるというあの伝承のことか。彼が……そうだったと?」


「は、はい!」


「それで、一度自我を失い化け物になったことがある俺がその後も問題を起こさないか、しばらく様子を見てほしいと時乃に頼んだ。経過観察、ってやつになるのか。そうだったよな、時乃……?」


 再び自分が妖になる可能性について考えることが頭の片隅にもなかったわけではないが、半分くらいは今とっさに考えたその言い訳の同意を、勇貴の隣に立つ《祓う者》の少女に求める。


「あ……はい! そうなんです、晴くん」


「《先祖返り》か。まあ、確かに珍しい事例なのは間違いない、彼が不安になるのも無理はないな」


 時乃が勇貴の考えを察して口を合わせてくれたおかげか、晴は一応納得したようだった。


「いいだろう、とにかく貴様と時乃ちゃんとの関係は承知した」


(こいつ、何か急に俺への対応が変わったか?)


「……だが、やはりキミたちをこのままにしておくというわけにはいかないな」


「晴くん……?」


「高校生、それも女の子の時乃ちゃんが……この男と定期的に会い続けるというのは、問題があるだろう」


「それは……」


 時乃が勇貴の服の右袖をギュッと掴んだ。


(まあ、こいつの言う通りではあるか)


「でも、晴くん! 勇貴さんは私を必要としてくれているんです! 私だって、勇貴さんを必要として……!」


「時乃ちゃん。彼のことが心配なら、キミに代わって僕がこの男の様子を見ることにしよう。それなら問題ないだろう?」


「えっ……!? そんなの嫌――」


「おい、イケメン。勝手に俺の主治医の交代話を進めるなよ」


 時乃と晴のその会話に勇貴が割り込む。


「ふん、何か問題があるのかな? もうわかっているだろうが、僕も時乃ちゃんと同じ《祓う者》の一族だ。仮に貴様が再び暴れた時は相応の対処をしてやるぞ」


「そういう話じゃない。医者と患者にもそれなりに信頼関係が必要なんだよ。俺は……俺のために命がけで戦ってくれた天阪 時乃だからこそ、信頼してその後のことも頼んだ。お前みたいなポッと出の、黒ずくめの変態みたいな野郎に任せる気はない」


「勇貴さん……」


「ふっ、愚民め……なかなか言ってくれるじゃないか。だが、《祓う者》の一族の中でも有数の名門……天阪家の誇る次代の天才、時乃ちゃんの実力を知っているのなら、彼女に信頼を寄せることは仕方のないことなのかもしれないな。しかし、案ずるな! この僕も千剣家の人間だ。《祓う者》としての実力は我が家名にかけて保証するぞ」


(名門、次代の天才、か。時乃……やっぱり、すごい奴なんだな、お前は)


 チラリと目線をやると、いつの間にか勇貴の右腕にしがみつくようにして、事の成り行きを心配そうに見守っていた小柄な少女と目が合う。

 この少女、天阪 時乃と週末に過ごす新しい日常。それを、勇貴も少し楽しみになりつつあった。


(だが、この野郎の言う通り……いつまでもこんなことをやっているわけにもいかないか)


「わかった。じゃあ、こうしよう」


「ん? 何だ」


「勇貴さん……?」


「千剣 晴。お前がちょっと顔がいいだけの変態じゃないかどうか、証明してみろ」


「何だと」


「実を言うと俺も最近……妖の力、ってやつを少しは使えるようになったんだ。そして、この力を試すような機会が欲しかった。だから、この俺と戦ってお前の力を見せてみろと言ったんだ」


「妖の力を使える……だと? 正気か、貴様……?」


「え……勇貴さん、何を言って……!?」


「お前が勝ったなら、望み通りこれから俺に何かあった時は晴、お前に……いや、違うな。お前にとっては俺のことなんてどうでもいいはずだ。俺が負けた時は……もう二度と時乃には会わないと約束してやる。これが本当のお前の望みだ、違うか?」


「ふっ、面白い……!」


「い、勇貴さんっ!? だ、ダメですよ、そんなのっ!」


 勇貴の右腕にしがみついた時乃が、信じられないと言った顔で抗議してきた。


「勇貴さん! 妖の力、ってこの前の二日山で使ったあの黒い腕のことですか!? 確かにあの力はすごかったです……怖いくらいでした。でも、ハッキリ言ってあの力はとても不安定で、実戦で使えるものではないと私は感じました!」


「そうだな、俺もそう思う。使えたとしても、異常に疲れるしな」


「それに、晴くんはこんな人ですけど、《祓う者》としての実力は本物ですよ! 《先祖返り》から戻ってきたとは言え、一般人の勇貴さんが勝てるような相手じゃありません!」


「こんな人……まあ、言いたいことはわかるが」


「ん? 褒められたのかな?」


 晴がボケなのか本気なのかわからない言葉を口にするが、時乃はそれを無視して勇貴への訴えを続ける。


「勇貴さん……私はあなたに二度と会えなくなるんて、そんなの嫌です……」


 うつむいてその腕に力を込めながら、時乃が絞り出すように言った。


(時乃……そんなことを言われると、俺やこいつがお前に意地悪でもしているみたいだろ。道理としては、奴の言うことの方が正しい……はずだ)


「まだ俺が負けると決まったわけじゃない」


「でも……」


 顔を上げた時乃が、勇貴を上目遣いで見つめる。


「そんなこの世の終わりみたいな顔するな」


 そう言って、時乃の頭に左手で軽く触れる。


「あ……。もう、子供扱いしないでください……」


 時乃は抗議の声を上げるが、その顔はまんざらでもなさそうに見えた。


(この晴って野郎を相手に自分の力を試すことができれば負けてもいい、くらいに考えていたが……仕方ないな。勝つつもりでやってみるか)


 目線だけを晴の方へと向け問いただす。

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