第17話 懐かれた男と、晴天の雷刃<5>

 ◇◇◇


 その日曜日の午後、コンビニで用事を済ませた勇貴は、自分の部屋があるマンションへの道を歩いていた。

 途中でジョギングをしている、自分と同世代くらいの男性とすれ違う。


(よくやるぜ、まったく。……とは言え、俺も少しは体力つけた方がいいかもな)


 二週間前の二日山の一件では、天阪 時乃との体力の差をまざまざと見せつけられた。

 勇貴とは年齢が離れている上に、妖などという化け物と戦う訓練をしている彼女と比べても仕方ないとは思うが、それらを差し引いても自らの体力の無さは日頃から感じる時があった。


(あの妖の力を使うにしても、体力がないよりはあった方がいいだろう)


 ふと前方を見ると、黒いロングコートをまとった長身の男が歩いてくるのが目に入った。


(おいおい、もうそんな長いコートが必要な季節でもないだろ。……コートの下にちゃんと服着てるのか、こいつは。だが、そんなことより――)


 そんなことより勇貴が気になったのは、ロングコートの男が肩にかけている長く黒い布袋だった。

 普通の人間にあの布袋の中に何が入っているか? と尋ねたらほとんどの人は竹刀や薙刀なぎなたなどと答えるだろう。おそらく、ほんの少し前の勇貴自身も。

 しかし、今の彼はそうとは断定できない体験をここ数週間ほどの間にしてしまった。


(黒のロングコート、黒髪、そして、黒い袋に入った得物……か)


 全身黒ずくめの男の姿を見て、まるでバトル漫画のライバルキャラか、もしくは変態か……などと勇貴は思った。


(あいつの正体がどうであれ……ハロウィンのコスプレじゃあるまいし、あんな服装で平気で街を練り歩いている時点であまりお近づきになりたい人間じゃないな)


 あの布袋の中身が竹刀なのか、あるいは妖と戦うための霊剣でも入っているのかはわからないが、どちらにしろ関わらない方が無難な気がする。

 勇貴は少し遠くに見える、どこかで見たような怪しい動物のキャラクターの絵が描かれた看板に視線を向けて通り過ぎようとするが――


「……失礼。お忙しいところすまないが、少しお聞きしたいことがある。よろしいか?」


(ぐっ……やっぱり来やがったか!)


 やはりと言うか何と言うか、ロングコートの男は勇貴へと話しかけてきた。

 悪い予感ほど当たるものだ、と勇貴はつくづく実感する。


(無視していきなり背後から霊剣でバッサリ、なんてされてもたまらん。仕方ない、話くらいは聞いてやるか)


「よろしくはないが、何だ」


 黒ずくめの男の姿を改めて確認する。端正な顔立ちやその髪型は最近CMなどでよく見る、今売れているらしい男性俳優に似ていると勇貴は思った。さわやかキャラで売っているらしいが、目つきに邪悪さを感じて好きではなかったが。


「うむ。僕は今、ある男を探しているのだが……」


「男? どういう奴だ」


「実は僕の親戚の高校生の女の子が先日……いわゆる朝帰りというものをしたらしいのだ」


「ふーん……。まあ、最近の若い子ならそういうこともあるんじゃないのか。俺たちみたいなおっさんとは違う行動理念で生きているんだから、理解しようとするだけ無駄だぜ」


「俺たち……? 失敬な、僕はおっさんと言われるような年ではないぞ。……そうだな、せっかくだから自己紹介しておこうか。僕は千剣せんけん せい静陽せいよう大学の二年だ」


(やめろ、変態の個人情報なんて脳に記憶したくない!)


「では、あなたのお名前を伺ってもよろしいか?」


「はあ? 俺の名前? 何でだよ」


「僕はすでに名乗ったのだ。それが礼儀というものだろう」


(野郎、聞いてもいないのに勝手に名乗りやがって、何が礼儀だ……!)


「……御早だ」


「ふむ、そうか。それならば、親しみを込めて『みはやん』と呼んでもよろしいかな?」


「よろしいわけあるか! どうして秒で親しみを込める仲になっているんだ!? 対人関係の距離感、ってやつを大事にしろ!」


 勇貴は《祓う者》の少女と初めて会った日に、彼女に言ったセリフと同じような言葉を再び繰り返していた。


「ふっ、照れなくてもいいぞ!」


(うぜえ……どういうキャラだ、こいつ!)


「ちなみに僕のことは『晴様』と呼ぶことを許可しよう」


「呼ばねえよ! ……それで? 親戚の子が朝帰りしたから何だって!?」


 この千剣 晴という男のペースに持ち込まれたら、無駄に話が長くなる……そんな予感がして勇貴は強引に話を戻した。


「うむ。その子は友達の家に泊まった、と説明をしたらしいのだが……彼女の姉は『母と喧嘩をした妹がその不安定な精神状態に付け込まれて、悪い男に騙されてしまったのかも』などと言うのだ」


「……」


「僕が知っているその子は、真面目な優等生といった感じの子で……とてもそんなことをする子ではないと信じている」


(何だか……どこかで聞いたような話に思えるのは気のせいか)


 勇貴は最近、女子高生をマンションの部屋に連れ込んだ男のことを知っていた。自分のことだが。


「そこで僕は真実を明らかにするため、行動することに決めたのだ」


「お、おう」


「そして、あの子が通学に使っている新遠上駅の周辺から地道に聞き込みを続けた結果……二週間前の金曜日の夜、街で泣いている高校生の女の子とスーツ姿の男の目撃証言を得たのだ」


「……晴、って言ったか。お前のその執念は認めるが、自分もちょっとストーカー入っているとは思わないか? どういう関係なんだよ、お前とその親戚の子は」


「失敬な、彼女は僕にとってかわいい妹のような存在だ。ゲスの勘繰りはやめていただきたい」


「そうかよ。……それで?」


「うむ。調査を続けると……先週末、この辺りに住む男が高校生くらいの女の子と仲良く歩いている姿が目撃されていた」


(先週か、時乃と一緒に出かけたが……そのことじゃないだろうな)


「へ、へえ……。でも、兄妹きょうだいだったりするかもな」


「その可能性もあるし、その高校生が僕の親戚の子かもわからない。まあ、その男を探し出して聞き出せばいい」


「安いドラマじゃあるまいし、一人の人間をそう都合よく探し出せるとは思えないけどな。それに、仮にそいつを見つけたら……その後どうする気だ? 警察に通報でもするのか? そりゃ、褒められた行為じゃないだろうが……その子にも何か事情があったのかもしれないぜ」


 勇貴の問いかけに晴はしばし考える素振りを見せたが、すぐに顔を上げて答えた。


「事情か。そうだな、確かにあのくらいの年頃の子なら家族には言えないような悩みを抱えることもあるかもしれない。……しかしだ」


「……」


「もしそうだったとしても、精神的に未熟な未成年の弱みに付け込んで、救ってやった気になって……その子をもてあそんでいい理由にはならないはずだ」


(もっともらしいことを言いやがる。……変態みたいな格好のくせに、意外とまともな奴なのか?)


「それから、みはやん」


「妙な呼び方をするな。人の話聞いてたか、お前」


「先ほど、通報するのかと聞いたが……そんなことはしないさ。必要があれば、この僕が直々に裁いてやるからな」


 千剣 晴は真顔でそう言った。


「はあ……?」


(何を言っているんだ、こいつは……。やっぱり、まともな奴ではないのかもしれない……)


 自分の中の晴の人物評価を改めようと一瞬考えた勇貴だったが、即座に思い直す。


「……まあ、お前の言いたいことはわかった。残念ながら、俺はその女子高生と遊んでいる男のことは知らん。力になれなくて悪いが、引き続き頑張ってくれ」


「む……そうか」


「じゃあな、イケメン」


 そう言って勇貴はその場から立ち去ろうとしたが――


「待ちたまえ、みはやん」


 このロングコートの男は、まだみはやんに用があるらしかった。


「みはやん言うな。まだ何かあるのか」


「あなたには……悪いものが憑いているようだ。だが、心配することはない……この僕が祓ってあげよう!」


「!」


「もちろん、少しばかりの謝礼はいただくが……僕とみはやんの仲だ、友達割引を適用するぞ!」


(何を言っているんだこいつは……!? いろんな意味で!)


 勇貴がこの黒ずくめの男への対応を考えていると――


「勇貴さーん!」


 彼の名を呼ぶ声が聞こえた。

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