第14話 懐かれた男と、晴天の雷刃<2>

 ***


 セーブ完了のメッセージが画面に表示されたのを確認すると、時乃が勇貴の方を振り向いた。


「じゃあ、勇貴さん。今日の冒険はここまでということで」


「ん、わかった」


 時刻を確認すると、午前十一時半過ぎだった。


「昼飯を食ったら、別のゲームでもやるか?」


「あ……いえ、今日はもう帰ります」


「……そうか」


「私も本当はもっとこの部屋に……勇貴さんと一緒にいたいです。でも、今日はこの後、用事があるので……」


(用事、か)


「もしかして、《祓う者》の妖退治の仕事か?」


「……はい」


「興味本位で聞くが、どこに行くのか尋ねてもいいのか?」


「えーと、原則的には一般の方には《祓う者》の仕事のことは教えてはいけない規則なんです」


「あ、やっぱりそういうものか」


「でも、《祓う者》の一族ではない一般の方にも協力者はいるんですよ。《先祖返り》の勇貴さんはまったくの部外者というわけでもないですし……私の協力者として特別に教えてあげますね」


 そう言いながら、時乃がいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「悪いな」


「はい。……昨日の夜、二日山の山中に複数の妖の反応が確認されたそうです。場所が山奥ということもあって、幸いまだ被害報告は出ていません」


「二日山か……遠いな」


「そうですね。一度家に帰って、電車とバスで乗り継いで現場に向かうつもりです」


「大変だな」


 勇貴は一瞬、車で送ってやろうかとも考えたが、部外者がそこまで出しゃばるのもどうか……と思いとどまった。


「危なくはないのか?」


「えっ? ……それは、戦う以上は絶対に安全ということはないですよ。でも、まだ半人前の私に与えられる仕事はそこまで危険ということはないはずです。妖気を探知できる機器で、事前にある程度は妖の強さや群れの規模の把握はできていますし」


「そうか……でも、気をつけろよ」


「あ……勇貴さん、もしかして私のことを心配してくれたんですか……?」


 時乃が身を乗り出して聞いてくる。


「まあな」


「……! わかりました! 気をつけて行ってきますね!」


 ウソをついても仕方ないので勇貴が素直に認めると、時乃は満足そうに答えた。


「勇貴さん。それでは、失礼します」


「ああ」


 土曜日の朝のように、再び時乃を玄関で見送る。


「あの……勇貴さん」


「何だ」


「来週、また遊びに来てもいいですか……?」


「えっ……」


 一人暮らしの男の部屋に毎週末、私服姿でも一目で子供とわかるような女の子が通うことは問題があるだろう。ヒマな人間が多い地方都市の住宅街だ。どこに人の目があるかわかったものではない。


 しかし、返答を待つ少女の不安そうな瞳に見つめられて、それでも彼女の期待を突っぱねられるほど、御早 勇貴という男はできた人間ではなかった。


「ああ、いいぞ」


「あ……! ありがとうございます!」


 時乃の表情が明るくなり、嬉しそうに笑顔で手を振りながら帰っていく姿を見せられると……まあいいか、と勇貴は思ってしまうのだった。


(さて、俺は……昼飯と食材の買い出しにでも行くか。この時間ならレジも比較的空いてるし、今日は日曜日だからポイントを多くもらえるはず)


 ◇◇◇


 二日山地域自治センターと総合運動公園に隣接された駐車場に停めた車から降りると、勇貴は周囲を見渡す。


(何をやっているんだろうな、俺は)


 よく行くスーパーマーケットへ食材の買い出しに行ったまでは、確かに当初の予定通りだった。だが、買った物を部屋の冷蔵庫へ押し込んだ後、再び車を走らせてこんな遠くまで来てしまった。


『はい。……昨日の夜、二日山の山中に複数の妖の反応が確認されたそうです』


(二日山と聞いてこんなところまで来てしまったが……どうするんだよ、これから)


 時乃の話から得られた情報は、二日山の山中というあまりにも漠然としたものだけだった。

 駐車場を歩くと、【二日山ハイキングコース】と書かれた案内板と階段が目に入る。


(まあ、せっかく来たんだ。少し登ってみるか。山頂までの距離や時間が書いてないのがちょっと気になるが……)


 あの少女がここを登って行ったのかはわからないが、勇貴はその階段に足をかけて登り始めた。


 ◇◇◇


(山頂は……まだか)


 駐車場の階段から出発して、三十分は経っただろうか。運動不足の勇貴にはそれ以上に感じられる山道を歩き続けたが、周囲は鬱蒼うっそうとした木々が生い茂るばかりで山頂の影さえ見えない。

 すれ違うような人もなく、時折聞こえるウグイスの鳴き声だけが癒しだった。


(何がしたいんだよ、俺は)


 この山道を登っても、あの少女に会える保証などない。

 そもそも自分は、なぜあの少女に会いたいなどと思っているのか。

 彼女から訪ねてくれるのはともかく、自分から追いかけて会おうとする行為には問題があるのではないか。

 そして、会ってどうしたいのか。


 それがわからないまま、御早 勇貴はせっかくの休日にこんな山中で汗だくになっている。


(……気持ち悪いな、俺。うん、これはキモさのK点越えちまったわ)


 前方を見つめてみるが、まだまだ先は長い気がする。いつもの勇貴ならここで引き返していたかもしれない。


(くそっ、ここまで来たら山頂まで登ってやる……!)


 ヤケクソ気味にそう決心した時、何やら身体の中の血がざわつくような奇妙な感覚を勇貴は覚えた。

 山道から外れた林の奥から何かの気配を感じるが、目を凝らしてみても何も見えない。


(違う、ここじゃないな……もっと遠くか!)


 自分でもなぜそんなことを思ったのかわからなかったが、勇貴はその何かの気配のする方へと足を踏み出した。


 ◇◇◇


 道らしい道もないような山中を無我夢中で進んだ先、急に視界が開けたその場所で――


「……んっ! ふっ!」


 漆黒の刀身の剣を自在に操る天阪 時乃と、彼女の周辺を飛び交うサッカーボールほどの大きさの黒い影のような《何か》の群れ。

 その両者が交戦している姿を勇貴は目の当たりにした。


 時乃はその《何か》を踊るような華麗な動きで次々に斬り裂いていく。霊剣で斬られた黒い影は、音もなく霧散していった。

 勇貴は息をするのも忘れるほどに、その光景に見入ってしまう。


「ふうっ……」


 ほどなくして、戦いは終わった。時乃が霊剣・燦令鏡を鞘に収めて、息を吐く。

 それを見届けた勇貴は、どこかで見たような大仰な拍手をしながら木々の間から出ようとするが――


「……っ!」


 今まで見たことのないような鋭い目をした時乃が、臨戦態勢をとった。


「ッ!! おい、早まるな! 怪しい者かもしれないが、一応お前の知り合いだ!」


 身の危険を感じた勇貴は、両腕を上げて大声で自分の存在をアピールする。


「えっ、勇貴さん……? どうして!?」


「うっ、それは……たまには車に乗ってやらないとエンジンがかからなくなるから、ちょっと遠出してみようかと思ってだな……それで、何となくここに……。いや、すまん。今のはウソだ。お前のことが気になって……違う! 心配でこんなところまで来てしまった」


「え……」


 時乃にとっても勇貴のその言葉は想定外のことだったのか、驚いた表情で相手の顔を見つめて動かない。


「俺なんかが来たところで何かできるわけでもないし……ストーカーみたいで気持ち悪いけどな」


「嬉しいです……!」


「は?」


「ふふっ、そうですかー。勇貴さんは、私が心配でこんなところまで来ちゃったんですねー!」


「お、おう」


 部外者の勇貴がこんな場所までノコノコとやって来たことを咎められるかと思ったが、時乃は何やら上機嫌になったようだった。

 勇貴は森の中から出て彼女のそばまで近づくと、改めて先ほどのことについて尋ねる。


「時乃、聞いてもいいか? 今お前が戦っていた黒い影みたいなアレはやっぱり……」


「はい、あれが妖です。格としては低級の部類になります。あのゲームでいうと、初めの村の周りに現れるモンスターみたいな感じですね」


「なるほど。確かにお前の相手ではない、って感じだったな」


「はい! 前にも言ったと思いますが、私これでも結構強いんですよ!」


(俺なんかが心配することもなかったか)


「でも、勇貴さん。よくこの場所がわかり――」


 時乃が言いかけたその時。

 彼女の後方から黒い影が高速で飛来する光景が勇貴の目に入る。


「っ!」


 《祓う者》の少女もその気配に気付いて振り向くが、すでに影は目前まで迫っていた。


(……時乃ッ!)


 勇貴は無駄だとは思いつつも、その飛来する影に向かって右拳を突き出した。

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