第13話 懐かれた男と、晴天の雷刃<1>
シュークリームの入った紙袋を冷蔵庫に入れて、御早 勇貴はリビングへと戻る。
「勇貴さん。……あの、少し顔を見せてくれますか」
天阪 時乃はそう言って近寄ってくると、ジッと勇貴の顔を見つめてきた。
「どうした?」
「……頬の傷、やっぱり痕が残ってしまうかもですね」
「まあ、気にするな。別に俳優とかみたいに顔が商売道具ってわけじゃないからな」
「そういう問題じゃないと思いますけど……実は、今日はいいものを持ってきたんですよ」
「いいもの?」
時乃はハンドバッグから小瓶を取り出して、自慢げにそれを見せる。
「じゃーん! これ、切り傷によく効くお薬だそうです! 知り合いの剣術の先生から少し分けてもらいました!」
「ほう」
「勇貴さんの頬の傷に塗ってあげますね。そこに座ってください!」
「別にいいよ。傷そのものはもう塞がっているし」
「ダメですよ! はい、座って!」
「へいへい……」
勇貴が強引にその場に座らされると、白い塗り薬を指先につけた時乃が嬉しそうにその手を顔に近づけてきた。
「そうだ、勇貴さん! このお薬は効能は間違いないけど、使われている成分については知らない方が幸せとのことでした。少し気になりますよね?」
指先が勇貴の眼前にまで迫ったところで、時乃はそんなことを言い出す。
「……おい待て、時乃。なぜ今このタイミングでそれを言う!?」
「え? 塗った後の方がよかったですか?」
「そうだな、塗った後の方が……というか、どうせならずっと言わない方が……いや、違う! そもそも成分が言えないような怪しい薬を人の顔に塗ろうとするな!」
「あ……そ、そうですよね。では、やっぱり塗るのはやめます……」
しゅんとした顔で時乃にそう言われると、勇貴は何やら罪悪感を覚えた。
「……すまん、時乃。その……塗ってくれ。お前が善意で、俺のために持ってきてくれたのはわかるからな」
「勇貴さん……! はい! それでは失礼しますね!」
時乃の細い指先が勇貴の左頬に触れる。優しく撫でるように薬を塗ってくれるが、どうにもくすぐったい。
「動いちゃダメですよ、勇貴さん。指が目に入ったら危ないです!」
「そうは言っても……くすぐったいな」
(それに……顔近いぞ、時乃)
真剣な表情で薬を塗ってくれる時乃のまなざしから逃れるように、勇貴は視線を泳がせるしかなかった。
「はい、終わりましたよ、勇貴さん!」
「おう、ありがとうな。……ところで、時乃。お前の方は大丈夫だったのか?」
「え? 私の方ですか?」
「一晩、家に帰らなかっただろ。そのことをどう説明したんだ? 怒られたりしなかったのか」
「……そうですね。お友達の家でつい夜遅くまで話し込んでしまって……その流れでお泊りすることになった、と説明しました。……私にお友達なんていませんけど」
無理矢理作ったような笑いを浮かべて、時乃が説明する。
「それで、親御さんには納得してもらえたのか」
「とりあえずは納得してくれたみたいです。私のことなんて興味がないだけかもしれませんけど」
(時乃、お前は……)
「そんなことより、ゲームやりたいです! この前の続きを!」
「そんなこと、ってお前な……。まあ、いいけど」
***
「なあ、時乃。少し気になっていたんだが、このパーティメンバーの一人、『ツルワ』の名前は何か元ネタでもあるのか?」
「あ……はい。私のお姉ちゃんの名前です。最近はあまりお話できていないですけど、昔はよく遊んでくれたんですよ」
時乃が少し寂しそうに笑いながら、画面内でモンスターに連続攻撃を仕掛けるスピードタイプの剣士キャラの名前の由来を教えてくれた。
「そうか……じゃあ、『たぬき』ってのは?」
「はい! 家で飼っている犬の名前です!」
「……何だって? タヌキを飼っている? タヌキって飼ってもいいのか」
「違いますよ。飼っている柴犬の名前が『たぬき』なんです。かわいいですよ!」
「えぇ……大丈夫か、それ。柴犬としての尊厳が傷つけられていないか?」
「大丈夫ですよ。タヌキってイヌ科の仲間だったはずですから」
「そういう問題なのか……? あと、念のために名付け親を聞いてもいいか?」
「はい! 私です!」
「そうだろうな、うん。知ってた」
「む~……何ですか、その反応は? ……あ、またイサキさんが死んでしまいました」
「またか。もう少し早めにHPを回復してやってくれ。お前、味方キャラが瀕死になっても中々回復してやらないからな」
「そ、そうですね、つい攻撃を優先してしまって……あっ、勇貴さん! 大変です!」
「どうした」
「イサキさんを生き返らせるためのお金が足りないそうです! ど、どうしましょう!?」
「さっき特殊効果もないのに値段の高い防具一式を主人公用に買っただろ。あんな無駄遣いをしているからカネが足りなくなるんだよ」
「えっ、それは……しょうがないじゃないですか。……あの防具、かわいかったんだもん」
「まあ、そういうこだわりは俺も嫌いではないが」
「あ、そうだ。イサキさんの鎧をお店で売って蘇生のためのお金にします!」
「時乃……お前、俺のことが嫌いならハッキリそう言ってくれ」
「えっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます