第11話 憑かれた男と、疲れた少女<11>
***
「勇貴さーん! どうですかー! 似合いますかー?」
何がそんなに嬉しいのか、風呂上りの時乃が勇貴のパジャマを着てくるりと一回りしてみせる。その動きに合わせて、亜麻色の長い髪がふわりと舞った。
当然と言えば当然だが、この小柄な少女には明らかにサイズの合っていないパジャマであることは一目でわかる。その着こなしについて感想を求められても、似合っているどころか別の想像が勇貴の脳内に浮かんでしまう。
(俺のパジャマを着てはしゃぐ、身内や親戚でもない高校生の女の子……冷静に状況を分析すると罪悪感で眠れなくなりそうな光景だが、もうそこは深く考えるのはやめておくか)
「どうですか、と言われても俺が着ている物だからな。おっさん用のパジャマだから、たぶん似合ってもいないと思う」
「む~……勇貴さんの意地悪」
「さて、俺の番だな。……よっこらしょ、っと」
「勇貴さん……おじいちゃんみたい」
よろよろと立ち上がる勇貴を見て、呆れた様子で時乃がつぶやく。
「ほっとけ。一時的に化け物になっていたせいか、身体中にかつてないほどの疲労感があるんだよ。ところで……時乃」
「はい?」
「あの《先祖返り》ってやつはもう起こらないと考えてもいいのか?」
「え……そうですね。何分情報がないので、ハッキリとしたことは言えませんが……今の勇貴さんの体調はどうですか?」
「それなんだがな、今言ったように疲労感はあるものの……頭の方は妙にスッキリして気分がいいんだ」
「そうですか……。妖としての勇貴さんに、人としての勇貴さんが打ち勝った証なのかもしれませんね」
「俺の中の妖は完全に消えたと……時乃は思うか?」
「それは……《先祖返り》から戻ったと言っても、勇貴さんの身体が妖の血を色濃く受け継いでいることには変わりありません」
「……まあな。でも、今ならあの人を食らう気味の悪い夢を見ることもなさそうな気がするよ。今日からは久しぶりにゆっくり寝れそうだ」
「ふふっ、そうですね」
「じゃあ、風呂に入ってくる」
***
「あ、そこの民家のタンスに回復アイテムがあるぞ。調べてみろ」
「えっ!? いきなり人の家に入り込んで勝手に物を取って大丈夫なんですか?」
「もちろんだ。主人公、つまりゲームの中のお前の分身、トキノは選ばれた者だからな。鍵さえ手に入れたら、お城の宝物庫を荒らしてもお咎めなしだ」
「やりたい放題ですね! すごいです!」
「おう、やりたい放題よ!」
夢中でゲームを遊ぶ時乃の無邪気な横顔は、年相応か……それより幼く見える。
こんな少女が家でゲームもやらせてもらえないで、妖などという化け物と戦うことを強いられているのだとしたら、酷く理不尽な話なのではないか――
壁際に置かれた霊剣の入った袋を見ながら、勇貴は思った。
(だが、時乃が家出をしたくなるような家庭環境じゃなかったとしたら、おそらく俺と時乃が出会うような機会なんてなかっただろう)
天阪 時乃。
彼女に出会うことがなかったら、御早 勇貴はある日突然、わけもわからないまま化け物になり、人を襲い……そして最後には《祓う者》と呼ばれる者たちの手で、殺されていたのだろう。
人ではなく、妖として。
(そう考えると、複雑なところだな……)
「勇貴さん! た、大変です!」
「どうした?」
「ゲーム中のイサキさんが、小動物の群れに執拗な集中攻撃を受けて死んでしまいました!」
深刻そうにそんなことを言う時乃の顔が、勇貴には微笑ましく映った。
「そうか。じゃあ、そこの建物の中にいるお姉さんにカネ払って生き返らせてもらうんだ。まだレベルも低いから、回復アイテムのあずき団子の値段くらいで蘇生できるはずだ」
「えっ……イサキさんの命はお団子の料金と同じくらいなんですか……? 何だか、すごい世界観です……」
「おい、時乃。何だその憐れむような目は。……いや、ゲームのキャラの話だからな!? さすがにホンモノの俺の命はそこまで安くはないからな!」
***
「ふぁ……」
勇貴は大あくびをした後、時計を確認する。いつもならまだ寝るような時間ではなかったが、妖化の後に残った疲労感に加えて風呂上がりということもあって、猛烈な眠気に襲われていた。
(寝るか)
「時乃。俺はもう寝るからな」
「あっ……」
勇貴が一声かけて立ち上がり、廊下へ出ていくとゲームを中断して時乃が後を追ってくる。
「あの、私が寝るのがこちらのお部屋じゃないんですか?」
「ん? いや、さすがにこんな倉庫みたいな部屋に客を泊めるわけにはいかないだろ」
「でも、無理を言って泊めてもらっているのは私の方なんですから、そこまで気を遣ってもらうわけには……」
「いいんだよ、今さら遠慮するな」
そう言って荷物置き場になっている部屋の扉を開ける。
「じゃあな、お前も若いからってあまり夜更かしするなよ」
「はい。……それでは、おやすみなさい、勇貴さん」
微笑みを浮かべてあいさつをする時乃に一瞬、勇貴は戸惑う。
「……ああ、おやすみ」
照れ隠しをするように背中を向けて返事をすると、そのまま振り向かずに扉を閉める。
「ふう……」
敷布団の上に寝転がって暗い天井を見つめる。
(……ったく、何が『あまり夜更かしするなよ』だ。お前はあの子の父親気取りかよ!)
季節外れの薄い掛け布団はやはり少し肌寒さを感じて、思わず身体を丸める。
(おやすみ、か。実家ならともかく、この部屋でそんなことを言われたのは初めてだな……)
昨日までの御早 勇貴の人生からは考えられないような異常な出来事が、次々と起こった一日だった気がする。正確には、隣の部屋に若い女の子がいる……という異常事態はまだ続いているのだが。
いろいろと考えないといけないことはあるはずだが、睡魔の誘惑に屈した勇貴の意識は眠りの底に落ちていった。
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