第3話 保育園の職業体験


【1日目】



「よろしくお願いします!」



中学校の体操服を着た6人の少女が一斉に頭を下げた。一人だけお辞儀が浅かったのは有紗だ。職員室に来る間にも数人の保護者とすれ違ったが、明らかに有紗に向けられる視線が違うなと感じた。「こんなところメンドクサイ」という態度がありありと見えたのかもしれない。


「はい、よろしくね!」


笑顔で6人を迎えたのは、主任で教育担当の松本先生だった。今回の職業体験では、有紗たち6人の指導係になる。



「みんなは子供が好きかな?」


松本先生は笑顔を絶やさずに6人の目を見ながら聞いた。各々顔を見合わせながら、うんうんと頷いている。


「じゃあ、小さい子のお世話の経験のある人は?」


松本先生が聞くと、何人かが手を挙げる。有紗はそんなやり取りを他人事のように眺めているだけだった。有紗の学校では、6月になると職業体験がある。地域の会社やお店に1週間お世話になり、接客や仕事にチャレンジする。


近所の公民館で地域奉仕するのが楽だと聞いて申込用紙に書いたが、有紗の希望は通らず何故か家からちかい保育園に回されることになった。有紗自身も幼いときに通 っていた保育園で、ほぼ10年ぶりに門をくぐることになった。


「あーちゃんはどうかな?」


松本先生は、各自提出した自己紹介カードを見ていたが、急に有紗に向かって「あーちゃん」とちゃん付で呼んだ。他の生徒たちには、全員さん付けで呼んでいた。有紗は最初自分の名前が呼ばれたのだと気づかなかった。


「え、あ、はい…?」


「気づかない?あーちゃん?」


わざわざ近くまで寄って、エプロンについた名札を有紗の方へ向ける。名札には、かわいらしくひらがなで「まーちゃん」と書かれていた。


「え、もしかして、まーちゃん?先生…?」


「そう!やっと気づいてくれたー!」


松本先生は他の生徒そっちのけで有紗にぎゅうっとハグをした。当時6歳だった有紗の担任をしてくれた、まーちゃんこと松本先生その人だった。


「最初名前だけ見たときは気づかなかったんだけど、顔見たらすぐに気づいたよー!面影残ってるね!」


松本先生は嬉しそうに、「この子ね、私の教え子なの」と他の5人に話していた。当時はまだ大卒の新人だったが、10年近い時を経て、教育主任になっていた。まだ6歳だった有紗は、かろうじて当時の記憶を思い出そうとする。有紗自身が問題児だったからだろうか、何故か蘇ってくるのは叱られた思い出ばかりだ。


「ナニー?あーちゃんもしかして反抗期?」


職員室に入ってきてからの有紗の態度を見て、松本先生は少しからかってみる。


「いや、そんな…」


当時に恩師に失礼な態度はできないという気持ちと、普段突っ張っている同級生の手前、変にやわらかい対応をできないもどかしさの間で有紗の心は揺れ動いていた。


「あのときは小さくてかわいかったのに〜。お昼寝のときに一人だけオムツとれなかったから、おむつのあーちゃんって呼ばれてたの覚えてる?」



………!



有紗はオムツという言葉に過剰に反応し、表情をこわばらせて難しい顔をした。さっきまで園での初対面に緊張していた残りの5人は、ざわざわとお互い耳打ちするように小声でやりとりする。


急な空気の変化に、松本先生自身も「何かまずいこと言ったかな?」と他の生徒に尋ねてみたが、「何もないです」と半笑いで返事されたので、これ以上聞かないことにした。




「じゃあ早速クラス分けしましょうか!」


変な空気を遮るように明るく言い、6人にそれぞれの分担を伝える。乳幼児のお世話の経験がある生徒は月齢の低いクラスに、有紗ともう一人の生徒坂井さんは、小さいこのお世話経験がないことを理由に、一番年長のクラスを担当することになった。



とにかく子どもたちは全員元気でパワフルだ。みんなで外に出た瞬間から、ありさちゃん!ありさちゃん!と園児たちで中学生たちの取り合いが始まる。


最初は「おい、服引っ張るなよ!」と威勢よくやっていた有紗も、松本先生に「子どもたちが真似するから汚い言葉使わないように」と指導された。


1時間も園庭にいると、とにかく走り回ってヘトヘトになる。昼食後にはお昼寝の時間になるが、松本先生も中学生たちに気を使って「一緒に1時間くらい寝ていいよ」と伝えていた。




ようやく園全体に静寂が訪れる。お昼寝に入る前のトイレ、寂しくなって泣き出す子、ぐずる子。お昼寝前はいつもバタバタだ。有紗たちも慣れない仕事で疲れたのが、6人とも園児たちの横で小さな幼児用の掛け布団にくるまって船を漕いでいた。




「先生…!松本先生、ちょっと…!」


連絡ノートを書いていた松本先生を小声で呼ぶ声がする。職員室の入り口に目を遣ると、坂井さんが困った様子で手招きしていた。


「どうしたの?もうちょっと休んでていいよ」


子どもたちを起こさないよう、松本先生も努めて小声で話す。


「ちょっと説明しにくくて…。教室まで来てくれますか」


何事かと心配になり、小走りで坂井さんの後について教室に向かった。


「あれなんですけど…」


坂井さんが指差す方を見ると、一つだけこんもりと布団が盛り上がっている。どうやら、一人だけ布団の上に座って頭からシーツを被っているらしい、よく見てみると、小刻みに震えているようだった。


「どうしたの?ねれないかなぁ?」


ゆっくりと布団を持ち上げると、そこにいたのは園児ではなく、肩をすぼめた有紗だった。


「え、あーちゃん!?」


驚いて「篠原先生」でなく、つい昔の呼び方が出てしまった。職業柄、子供の粗相の臭いはすぐにわかる。そうっとシーツをめくると、ふわっと尿臭が鼻をついた。


「ちょっとごめんね…」


さらに松本先生がシーツをめくると、かわいいキャラものの敷布団に、大きなシミができてるのがわかった。シミを隠すように有紗が座ったからか、漏れ方がよくなかったからなのか、有紗の体操服のシャツからハーフパンツにかけて、ぐっしょりと濡れているのがわかった。俯いて顔は見えないが、泣いていることだけはわかる。


「篠原さん、ちょっと体調が良くなかったのかな?とりあえずみんなが起きる前に片付けようか。大丈夫、みんなにわからないようにちゃんとやるからね」


保育園の年長でも、一日に何人かはおねしょをする子がいる。ベテランの松本先生にとっては、おねしょ布団の処理くらいは朝飯前だ。もちろん、10年越しで有紗のおねしょ布団を処理することになるとは、思ってもみなかった。


有紗を職員用のバスルームに連れていき、外遊びで汚れたとき用のジャージに着替えさせた。その間有紗は一言も声を出さなかったが、何も言いたくないだろうという有紗の気持ちを察して、松本先生も何も言わなかった。




「坂井さん、ちょっと教えてほしいんだけど…」


「はい…」


松本先生は、、今朝の違和感について坂井さんに聞いた。


「あーちゃんの昔話したときに、ちょっとおかしいなって」


「それは…」



坂井さん自身も、勝手に話すと後で有紗に怒られるんじゃないかと思ったが、こうなっては秘密にはしておけない。先日の修学旅行の出来事を詳しく松本先生に伝えた。


学年中のほとんどの生徒に夜尿癖とおむつのことを知られたこと、元々の振る舞いも相まって、学校では腫れ物扱いになっていることなど、筒に隠さずに話した。


「そう、じゃああーちゃんは卒園後もずっと悩んでたんだ…。私、悪いこと言っちゃったな」


ふとした昔ばなしのつもりが、有紗の傷をえぐっていたことに、松本先生自身もショックを受けた。担任をしていた10年前も問題児だなぁとは思っていたが、経験を積んだ今なら理解できることもある。シングルマザーで忙しい母親にあまり構ってもらえなかったのかもしれない。そんな寂しい気持ちが行動に現れていただけだったのかもしれないし、夜尿も有紗からのSOSだったのかもしれない、当時、「オムツのあーちゃん」と呼んだことも、今となっては有紗の傷になったのかもしれないと、心の底から反省した。






【2日目】



「ね、やよいちゃん。お願いだから履いてよ。ねぇ」


弥生はおむつを嫌がって、トイレの中に逃げ込んだ。有紗と同級生はおむつを片手にトイレの中まで追いかける。幼児など相手にしたことのない有紗は、どうしてもぶっきらぼうな言い方になる。


「やだ!ぜったいやぁだ!おむつなんてはかないもん!」


有紗は困り果てた表情でハァとため息をつく。昨日あんなことがあり、今日は園に来ないんじゃないかと心配していたが、存外気にする様子もなくやってきたように松本先生の目には映った。小中学生であればひと睨みしていう事を聞かせられることもあるが、6歳の園児にそれは通用しない。どうしようもなくなって、結局坂井さんが松本先生を呼びに行った。


「やよいちゃ~ん、どうしたの?」


松本先生は満面の笑みでトイレまでやってきた。弥生はべそをかきながら松本先生に自分の気持ちを訴える。


「あのね、やよいね。もうおねえちゃんだから。おむつはしないの!」


それから松本先生も弥生の話を聞きながらいろいろと説得するが、一向に聞く耳を持たない。クラスで自分だけがお昼寝の時におむつを履かないといけないことに、頑として納得できないらしい。松本先生は、ハッと昨日の出来事を思い出した。


「やよいちゃんさ、ひとりで履くのがイヤなんだよね?」


「うん…」


「じゃあさ、おねえちゃんが一緒だったら?」


「…え?」


弥生ちゃんも一瞬どういう意味か理解できないような表情になる。


「坂井さん、ごめんだけど倉庫からおむつ持ってきてもらえるかな?入って右の棚の上の方に、開封してほとんど使ってないやつあるから。ピンクでスーパービッグって書いてあるやつ」


松本先生は有紗のペアの子にこっそりと耳打ちし、坂井さんは倉庫に向かった。そんなやり取りを、有紗は体を固くして聞いていた。


「有紗お姉ちゃんも、やよいちゃんと一緒におむつ履くってさ」


「えー!なんでなんで!?ありさおねえちゃんおねしょしないでしょー?」


さっきまで半べそかいていた弥生の顔にいくつもはてなマークが浮かぶ。松本先生は、やよいちゃんの耳元に口を寄せ、わざと有紗にも聞こえるようにささやく。


「実はね、ここだけの話だよ?有紗おねえちゃんね、昨日お昼寝のときにおねしょしちゃったの。やよいちゃんは昨日おやすみしてたから知らないよね」


弥生も小さいなりに有紗に気をつかったのか、松本先生の耳元に口を寄せ、「ホント?」と聞いた。


「うん、ホントだよ。有紗おねえちゃんに聞いてみて」


まさか昨日の自分の失態をダシにされると思わなかった有紗は、一層体を固くして唾を飲み込む。


「アリサおねえちゃん、きのうおねしょしたってホント…?」


松本先生は露骨にアイコンタクトをしながら、肘で有紗のふとももをツンツンとつつく。


「うん、ホントだよ」


作り笑顔の苦手な有紗は、無理やり口元だけでも笑顔を取り繕いながら必死に緊張を隠して返事をする。


「ね、ホントだったでしょ?それでね、アリサおねえちゃん一人でおむつ履くの恥ずかしいから、やよいちゃんにも一緒に履いてほしいんだって?どう?」


弥生は半信半疑の表情を崩さず有紗の目をじっと見つめる。


「アリサおねえちゃんといっしょだったら、はいてもいいよ」


まだ完全に納得できていない言い方ではあったが、弥生はしぶしぶおむつを履くことを承諾した。話がついたところで、坂井さんが例のものを手にトイレに戻ってきた。


「松本先生、これでいいですか?」


「よかった、まだ倉庫にあった!それで合ってるよ、ありがとう」


松本先生はピンクのパッケージを受け取り、一枚引っ張り出した。


「見て見て、やよいちゃん。これがアリサおねえちゃんのおむつだよ。おっきいでしょ~」


引っ張り出したおむつに手を通し、ウエストの部分をぐーんと広げながら弥生に見せる。


「ほんとだ!おっきいね!アリサおねえちゃんもおねしょしんぱいしなくていいよ!」


無邪気な園児の言葉が有紗に刺さる。


「やよいちゃん、アリサおねえちゃんおむつ履くのがすっごい恥ずかしいらしいから、お手本見せてあげられるかなぁ?」


「うん、いいよ!やよいおむつはけるもん!」


松本先生は「ちょっと持ってて」と言って有紗にスーパービッグのおむつを手渡し、弥生に履かせるおむつを坂井さんから受け取る。有紗はこれから自分も履くであろうおむつを手に持ってドギマギした。松本先生がおむつを弥生の足元に持って行ったときには、すでに弥生はパンツも脱いで履く体制ができている。さっきまでぐずって泣いていた子とは思えない。


「みーぎ!つぎは、ひーだり!」


松本先生の声に合わせて、弥生は上手におむつに足を通す。両足を通すと、松本先生は腰まできゅっと引き上げ、股繰りから指を差し入れてギャザーの立ち具合を確認した。


「もうおねえちゃんだから、パンツとズボンは履けるよね?」


「うん!」


元気に返事をする弥生を、松本先生はぎゅうっと抱きしめて、「弥生ちゃんはいい子だね」と何度も頭をさすった。


そんな様子を見て、有紗は胸の奥がつーんとなるのを感じた。おむつを履いただけで頭をなでられる弥生に、瞬間的に嫉妬してしまったのかもしれない。15年間夜はおむつを外せていない有紗にとって、おむつにはイヤな思い出しかない。事あるごとに「そんなこと言うならおむつの事バラしちゃうからね」と親に脅され、おねしょをすればイヤな顔をされる。親にとってはちょっとした冗談だったのかもしれないが、それは積もり積もって有紗の心の傷となっていた。有紗の複雑そうな表情を見て、松本先生も何か感じたものがあったのかもしれない。


「じゃあ次は有紗お姉ちゃんの番ね!」


松本先生はいつもの笑顔を崩さずに有紗の方を振り返った。


「え、いや…」


「え~、どうして?せっかく弥生ちゃんが『お手本』見せてくれたんだよ?有紗おねえちゃんはおむつ履くのイヤイヤなのかな~?」


幼児に話すかのような口調で松本先生は有紗のことをあおる。


「昨日のこと…」


松本先生は、有紗の耳元でボソッとつぶやく。有紗は一瞬息を飲んで、諦めたように渋々体側服のズボンに手をかけた。


「わー!あーちゃん上手だね!1人でズボン脱げるんだね!」


松本先生はわざとらしく両手で拍手をする。弥生ちゃんも松本先生の真似をして、ただたどしくパチパチと両手を叩いた。これからおむつを履く緊張からか、有紗は松本先生に「あーちゃん」と呼ばれたことに気付いていなかった。


「ん」


有紗はおむつを受け取るために手を差し出す。恥ずかしくなったのか、「ん」とだけ発して、アゴで坂本さんに指示した。


松本先生から「ダメよ」と横やりが入り、坂本さんは逆らうこともできずに松本先生に大きいサイズのおむつを手渡す。


「さっき弥生ちゃんが『お手本』、見せてくれたもんね?」


そういうと、さっき弥生ちゃんにしたのと同じように、有紗の足元にしゃがみこみ、おむつに両手を通してぐーんと広げた。


「さぁ、みーぎ!」


有紗は固まってしまって動けない。ただおむつを履くだけではない、松本先生や坂本さん、園児の弥生ちゃんが見ている前で、幼児と同じようにおむつを履かされるのだ。


「あーちゃん?右からだよ?右ってわかる?お箸持つほうの手、ね」


お箸を持つ方の手と表現が既に幼児扱いになっていて羞恥心をくすぐる。


「はい、みーぎ!」


再び松本先生が有紗に促すと、横で弥生ちゃんも真似して「みーぎ!」と合わせて言う。


仕方なく右足をスッと上に上げると、滑り込むように松本先生の左手と広げたおむつが足元に差し込まれた。有無を言わさず、有紗の右足がおむつの穴にすっぽり収まる。


「じょうずじょうず!次は左もできるかな?」


「ひーだーりー!」


弥生ちゃんはまだ松本先生の真似をしているらしい。


覚悟を決めて左足を上げると、同じようにさっと手を差し込み、一気に膝までおむつを上げた。有紗は、上半身は中学校の体操服で、膝までおむつを上げた状態になる。中学生の中でも体格が良い方の有紗に、スーパビッグとはいえ、子供用のおむつのサイズは少々小さかったらしい。


「あーちゃん、ちょーっとがまんしてね〜」


そう言いながら、松本先生は何度かおむつの腰回りを手で伸ばしながら、なんとか腰まで引き上げた。たくさんのカラフルな花をあしらったデザイン、小さくピンクの文字で書かれた「まえ」の文字が、さらに有紗を幼児扱いしているように感じられた。


「うん、ちょっと小さいけど大丈夫かな?」


松本先生は何度も有紗のおむつにタッチしながら感触を確かめた。有紗は何も言わずに立ち尽くした。最後に松本先生がおむつの股繰りのところから指を入れてギャザーを立てたときすら、有紗は何も言わずにされるがままになっていた。



お昼寝の時間は1時間半ほどだ。さすがの有紗も、気をつけてさえいればおねしょをすることはない。この日は、弥生ちゃんをどうにか寝かしつけたあと、すぐにトイレに向かった。


「なんだよ、コレ…、赤ちゃんじゃねーんだから…」


恥ずかしさを紛らわせるために、わざと汚い言葉を使う。用を足すために個室に入るが、園児用のために個室の壁が低い。立ったままズボンを下ろせば周りからおむつが見えてしまうと思い、中腰になりながらぴちぴちのおむつをかろうじて脱いだのだった。



「じゃあ、あーちゃんにもぎゅー。それからヨシヨシ」


…………。


さっきの松本先生の言葉が鮮明に蘇る。あのあと、松本先生は弥生ちゃんにしたのと同じように、有紗にもハグをして頭をなでてくれた。家でも学校でも問題児扱いだった有紗は、一体いつぶりに誰かに褒められたんだろう…と考えた。それも、先日のおねしょのせいでおむつを履いただけなのに…




【3日目】



昨日の一件があったからか、今日の弥生ちゃんは嫌がることなくおむつを履いてくれた。


「ね、ありさ先生も履くんでしょ?」


「なにいってんの…」


相変わらず6歳児にむかってぶっきらぼうに言う。


「でも、まーちゃん先生があーちゃんのこと手伝ってあげてって…」


純粋無垢な視線が有紗を責める。


「ッチ、ったよ。でもな、あーちゃんて呼ぶのはやめて」


ため息をつきながら渋々了解したが、「あーちゃんて呼んだ方がありさ先生が喜ぶってまーちゃんが…」


子供の純粋さはときに残酷だ。弥生は、嬉しそうに昨日の松本先生の真似をする。


「あーちゃん。みーぎ!」


子供の手に大きいサイズのおむつのゴムは硬かったのだろうか、弥生がおむつを持つ手はプルプル震えている。そんな姿を見て、しょうがなく有紗はおむつに右足を通したのだった。


さすがに腰から上は保育園児の力では難しい。「弥生ちゃん、手伝ってくれてありがとうね」と有紗は言うと、何度か腰をくならせながら、おむつの中にお尻をねじ込んだ。今日はカラフルな文字で「HAPPY」の文字が踊る。


……なんもハッピーじゃねえよ…


心の中でそう呟いたが、「みんなにおむつバレなくてよかったね!」と微笑む弥生を見て、フッと有紗はハニカンだのだった。




昼下がり、14時半ごろだろうか。松本先生が連絡帳を書き終え、教室に戻ってきたときだった。いつもなら何人か目を覚まし始めるくらいの時間だが、今日は違う。教室の真ん中を園児たちが取り囲んでいる。


「ヤメロ!見んなっつんてんだろ!」


乱暴な言葉遣いで園児たちを振払おうとしている有紗だった。どうやら園児を寝かしつけようと、自分も寝てしまったらしい。履いていたグレーの体操服のズボンは上半分が濃い灰色に変わり、有紗がへたりこんでいるシーツも変色しているようだった。


「あーちゃん、どうしたの…?」


松本先生は、はじめて園児たちの前で有紗を「あーちゃん」と呼んだ。


「おむつしてたんじゃないの?」


「…ムツとか言うな!」


精一杯の虚勢をはるが、有紗はダラダラと顔中に汗をかき、紅潮しているようだった。


松本先生の言葉を聞き、園児たちも「あーちゃん?」、「おむつ?」と怪訝な表情をする。有紗の秘密は、全てバレてしまった。


有紗は、糸が切れたように俯き、肩を震わせた。


そんな様子を眺めていた松本先生と園児たちだったが、ようやくハッとした松本先生が、「大丈夫、大丈夫だからね」と言って有紗を抱きしめた。おむつから漏れ出した有紗のおしっこに触れるのも気にせず、ぎゅうっと抱きしめた。


「ウッ ウワアアアアアアアン」


あまりの大声に、まだ眠っていた子たちも起き出し、目をこすりながら有紗たちの方へ様子を見に来た。まるで静かだった火山が急に噴火したかのように、有紗の感情が吹き出した。


松本先生は、驚くこともなく、一層強く有紗を抱きしめた。有紗が何も言わなくても、すべてを知っているかのように、大きく、広く有紗を抱きしめた。


「まーちゃん先生、あーちゃんだいじょうぶ??」


小声で聞いてきたのは、弥生ちゃんだった。


「うん、だいじょうぶ。ちょっとあーちゃんおかあさんがこいしくなったみたい。やよいちゃんもたまーにあるでしょ?」


弥生は静かにうんと頷く。


しばらく抱きしめると、有紗も段々と落ち着いてきたのか、ぐすんぐすんと何度も鼻を鳴らした。


「あーちゃん、そろそろだいじょうぶかな?」


今まではあくまでも有紗先生として扱っていた松本先生の声が、幼児に話すように変化した。まるで、すべての声が平仮名に変換されて耳に届くように有紗には感じられた。


「たっちできる?」


………。


有紗は何も言わずに松本先生の声に従う。


「ズボン、履き替えようね」


立ち上がった有紗の腰に手を伸ばすと、一旦腰まで引き下げた。静かに見守っていた園児たちの目に、おしっこで垂れ下がった紙おむつが映る。意外な光景に、誰も何も言わない。


「もれちゃったから、よこからやぶるね」


有紗は直接答えずに首だけ縦に振った。漏れ出したおしっこはおむつの表面もビショビショにしていたが、そんなことお構いなしに松本先生はサイドを丁寧に破っていった。


重く垂れ下がったおむつが床に落ちる直前、松本先生が右手でおむつを支え、スーパビッグサイズの紙おむつは手の中に収まったのだった。
















有紗が荷物を置くために借りていた棚には、倉庫から持ってきたピンクのパッケージが置かれた。あれから、今日だけで何回おむつを交換しただろう。


夕方ごろになると園児たちも慣れてきたようで、有紗のお尻にタッチしては、「まだだいじょうぶー!」、「あーちゃんでてるー!」と松本先生や坂井さんに報告するようになっていた。そのたびに世話焼きの子が有紗の棚から交換用のおむつを持ってきて、みんなの前で履き替えさせてもらったのだった。




【4日目】


長かった有紗の職業体験も、ようやく残り2日となった。初日で夜尿癖がバレ、2日目にはおむつも履かされた。この保育園のすべての職員、園児には有紗がおむつを履いていることを知られている。ついにはお昼寝以外の時間もおむつを履かされ、みんなが見ている前で何度もおむつを履かされた。


「おはようございます……」


威勢の良かったのは初日と少しだけで、日に日に有紗は何かに怯える幼児のように弱々しくなっていた。


「オハヨウあーちゃん!」


いつもと変わらず元気な声で松本先生が挨拶する。


「今日も一日お元気に!」


そう言いながら有紗にハグをする。朝園児たちが登園すると、松本先生は園児たちみんなに同じようにする。気づいたら有紗にも同じように接するようになっていた。


「あーちゃん、荷物置いたら私のところに来てね」


「はい…」



有紗は、水筒や筆記用具の入った通学かばんを持って園児用の棚に向かう。職業体験の間は、中学生たちも園児と同じ棚を使うように言われ、それぞれの手書きのネームプレートが貼ってある。荷物以外にも、作りかけの工作なども置いてある。


「え、これって…」


昨日まで置いてあったピンクのパッケージがなくなっていた。おむつが濡れたら自分で棚まで取りに来たり、弥生ちゃんが取りにいってくれることもあった。


今日有紗の棚に置いてあったのは、自分の家にあるモノとまったく同じ大人用の紙おむつと、尿とりパッドだった。パッケージが大きく棚に収まらなかったからだろうか、隣の棚のスペースにはみ出してまで置いてあった。



「あの、まつも、いや、まーちゃん…」


「うん?どうしたの?」


「その、私の棚…」


「あー!見てくれた?」


悪気もなく松本先生は言う。


「これまで何回かオムツから漏れたし、ちょっと心配かなって。お母さんに電話してサイズとメーカー聞いといたから」


「え、そんな…」


悲壮な様子の有紗をよそに、「お母さん相変わらず忙しそうだったねー」と他人事のように笑い飛ばした。


そうこうしているうちに、続々と園児たちが登園してくる。松本先生と6人の中学生たちは、入り口に立っていつものように園児たちに挨拶した。




朝のルーティーンが終わると、松本先生が年長クラスの子どもたちと坂井さんに指示を出した。


「あのね、みんなよく聞いてね。今からあーちゃんがお着替えがするから、みんなも手伝ってくれるかなー?」


口々に「いいよー!」、「なにすればいいの?」と声が上がる。


「じゃあ、まずはお布団を準備してくれるかな?」


坂井さんが押入れの方に向かうと、わーっと何人かの園児たちがついていく。女の子が何人か残っていたので、松本先生は弥生ちゃんに何か耳打ちした。弥生ちゃんは他の女の子を連れて、食堂のある教室に向かった。


坂井さんが敷布団を一枚引き抜いて持っていこうとすると、何人かの園児が手を伸ばして支えてくれた。坂井さんも、「ありがとね」とにっこり微笑む。


「シーツも一枚お願いねー!」


松本先生が声をかけると、何人かドタドタと再び押入れに向かう。ひよこ柄にするか花柄にするか揉めていたようだが、どうやらひよこに決まったらしい。松本先生も手伝って、教室の真ん中に布団の準備ができた。


「はい、あーちゃん準備できたよ」


有紗は考えることを放棄した。いや、もう何日目のことだったか、考えることは放棄していた。あるがまま、気持ちの向くまま、まーちゃんの言葉に従った。



「せんせー、これでいい?」


「そう、これこれ!やよいちゃん、ありがとうね」


有紗は寝転んだまま弥生ちゃんの方に顔を向けると、弥生ちゃんの体の半分はありそうな、大きなパッケージを胸に抱えているのが見えた。後ろの女の子は、一回り小さい尿とりパッドのパッケージを提げている。



「これ、いつもよりかわいくないね。あーちゃん、きにいってくれるかな?」


弥生ちゃんは心配そうに有紗の顔を覗き込んだ。


「あーちゃんね、いっぱいちっちでるからね、しかたないんだよ」


松本先生は弥生を諭すように優しい言葉で言った。


初日の指導で、「年長さんには変な幼児語は使わないこと」と言われたのを有紗はぼんやり覚えていた。「ちーとか、ちっちじゃなくて、おしっこと言うこと」と話していたはずだ。その時、すでに年長扱いですらないことに有紗は気づいた。まだ言葉もおぼつかない、幼児と同じ扱いになったのだ。


そんなことを思っているうちに、松本先生は手際よく有紗のズボンとパンツを脱がしていく。昨日までは教室の隅っこで履かせてもらっていたのが、教室の真ん中で寝っ転がって全員の耳目を集めている。


「あーちゃんはおねえちゃんだから、まーちゃんのおてつだいできるかなぁ?」


松本先生は弥生ちゃんから受け取ったおむつを広げながら、独り言のようにつぶやく。


「おしり、あげられる?」


有紗は黙っったまま、松本先生の声にしたがってくいっとお尻を上げた。すかさずパッドを合わせたおむつを敷き込み、「おしりおろそうね」と優しく言った。


松本先生が手際よく手を動かすと、園児たちは、口々に「すごーい!」、「はやーい!」と言い、果てには拍手しだす子まで出てきた。またぐりに合わせておむつの前あてをあてがうと同時に、指でさっとギャザーを立てる。たとえ半分大人のような体格であっても、何年もおむつを交換してきた松本先生にとっては朝飯前のことだ。


有紗が履いていたショーツはさっとジャージのポケットに仕舞い、有紗の手をとって布団の上に立たせる。


「ズボン、履けるかなぁ」と言いながら、すでに体操服のズボンの両端に手をかけて足元にスタンバイしている。元々スレンダーな体型の有紗だったが、パッドを入れた大人用のテープおむつを当てると、まるでアヒルのお尻のように不細工になる。


ズボンでお尻を覆うように履かせようとしたが、おむつが想像以上に厚ぼったく、何度もいったり来たりしながら、ようやく腰まで上げられた。体操服のハーフパンツもおむつは覆いきれなかったようで、ズボンの腰回りからはおむつのヒラヒラがはみ出してる。松本先生は諦めたようにシャツの裾を下ろすと、「ハイ!終わり!」と有紗の着替えを切り上げた。




「今日は天気がいいので… お外で遊びたいひとー?」


松本先生が園児たちに聞くと、「はーい!!!」と元気いっぱいの声が返ってきた。先生が合図する暇もなく、元気な園児たちは園庭に飛び出していく。


「あーちゃん、いっしょにいこ?」


弥生ちゃんは、有紗の手を握って立ち上がった。いつもはおむつを当てたあとは布団に潜り込むだけなので、おむつのまま体を動かす機会は少ない。おむつでもこもこになったお尻をアヒルのように左右に振りながら歩く姿は、幼児そのものだった。


「あーちゃん、ゆっくりでいいんだよ」


まるで幼児をあやすように弥生ちゃんは優しく声をかけ、手をとって園庭に出た。他にも数人の女の子が弥生ちゃんと有紗を取り囲み、「なにしてあそぶー?」と無邪気に笑っている。



有紗は、女の子たちに誘われるがままおままごとに興じていた。当然のように、有紗は赤ん坊役をやらされている。


「あーちゃん、ママのおっぱいのみまちゅか?」


「おなかすいたら、まんまにしようね」


先生の用意したビニールシートの上に寝っ転がり、弥生たちが作った土のごはんを何度も食べるフリをしていた。女の子という生き物は、何歳でもお母さんになれるんだな、と感心しながら松本先生は有紗たちを見守っていた。





松本先生は、有紗の表情の変化を見逃さなった。


「やよいちゃーん、あーちゃんはげんきかな?」


「うーん、どうだろ…?」


弥生ちゃんが有紗に目をやると、少しうつむき加減で表情も暗い。


「もしかしてさ、あーちゃん、ちーでたんだじゃないかなぁ?」


「えー、あーちゃん、ホント?」


弥生ちゃんは驚いたような表情で有紗を見つめる。


「うん、せんせいはそうおもうなー。やよいちゃん、ためしにたしかめてみよっか?」


松本先生は、弥生ちゃんに有紗のおむつをズボンの上から触るように促す。


「あー!!」


寝転んでいる有紗の股間に、遠慮なく右手を押し付けた後、「なんかビショビショ!」と大きな声で叫んだ。


「あーちゃんのおむつ、かえてあげないといけないねー。やよいちゃん、できそう?」


芝居がかった調子で松本先生が言うと、「あーちゃんおっきいからムリだとおもう」と弥生ちゃんが素直に言う。


「でも、ひよこぐみのコならできるよ!」


弥生ちゃんは乳幼児クラスの名前を挙げた。


「じゃあみんなでひよこぐみにいこう!あーちゃんはほかのおねえちゃんせんせいにおねがいして、やよいちゃんはひよこぐみのおむつがえおてつだいしよっか」


「うん!」


言うよりも早く、弥生ちゃんは有紗の手を持って先導しる。教室から出たときよりも、さらによちよち歩きが加速する。ただでさえパッドも重ねたおむつが分厚いのに、そこにたっぷりとおしっこを吸収している。弥生ちゃんと松本先生は有紗のスピードに合わせて、ゆっくりとひよこ組に歩を進めた。




「篠原さん…?」


乳幼児クラスにいた2人も、坂井さんから状況は聞いていたらしいが、こんなことになっているとは思ってもみなかったようだ。松本先生に肩を支えられている有紗を見て、それ以上何も言えないようだった。


「お邪魔してごめんね。今日はこの子達におむつ交換のお手本を見せてあげようと思って…」


松本先生は申し訳なさそうに言いながら、手元は有紗のおむつ交換の準備を進める。


「あなたたち、もう何回もおむつ交換したよね?」


松本先生は2人の生徒に聞く。


「ハイ、毎日やってました…」


これから何が起こるのか想像できず、おずおずと答える。


「じゃあもう慣れっこね!あーちゃんのおむつ交換をお願いするわね」


「あーちゃん…?」


2人は顔を見合わせて首をひねる。ひよこぐみにあーちゃんという名前の子はいない。もしかして松本先生と一緒にやってきた年長さんがまだおむつなのかな?と思って目を遣ると、先頭に立っていた弥生ちゃんが、「あーちゃんだよ」と言って有紗の方を指差した。


「え、篠原さんのってことですか…?」


久々に名字で呼ばれた有紗だったが、もはやこの園で起こることに動じることはない。既に自分を小松保育園の一員、それも園児としての一員であると思いこんでいる。有紗びとっては、ただ職業体験に来ている中学生におむつを交換される、それだけのことだった。


松本先生は、ベビー布団に横になっている幼児の横に、同じように布団を敷いて有紗を寝かせた。弥生たちを手招きで呼び寄せ、有紗の対面を中学生2人に譲った。


2人が体を固くしていると、先に弥生たちのほうが手を動かし始めた。


「ほらほら、あなたたちも急いで!弥生ちゃんたちの方がお手本になってるよ!」


急かされた2人は、恐る恐る有紗に手を伸ばす。


「掛け声はなんだった?」


おむつ交換をするときは、必ず名前を呼んで声をかけるように指導されていた。弥生ちゃんたちも「きれいきれいしよねー」と彼女らなりに声をかけている。


「篠原さん、お、おむつかえますね…」


「篠原さんじゃなくてあーちゃん!今はあーちゃんだから!」


松本先生の指導が飛ぶ。


「あ、あーちゃん、つめたかったね… おむつかえるね…」


これまで何度も幼児のおむつを交換してきたように、できるだけ目の前にいるのは中学生の女の子だということは忘れるようしようと努めた。しかし、大きな体に生え揃った毛、大人用の大きなおむつを見れば、それは幼児だと思い込むのはムリだと誰の目にも明らかだ。


しかし、そんな2人の様子を見ても有紗自身はどこ吹く風。ちゅぱちゅぱと親指を口に咥えてしゃぶり始めた。見かねた松本先生は、棚からおしゃぶりを取り出して有紗の口元に持っていく。すぐにおしゃぶりを咥えると、ニコっと微笑んでバタバタと手足を動かした。


弥生ちゃんが赤ん坊のおむつの前あてを外すのを見て、同じように中学生組も有紗のおむつを剥がす。


「あー、ちっちでてないね!」


弥生たちが担当していた子は、まだおむつを汚してないようだった。松本先生が「おてほんんだからね、あたらしいおむつにしちゃおっか」と言ったので、そのまま交換することにした。


「あーちゃんはぐっしょりだね!あーちゃんのほうがちっちゃいこ!」と言ったが、もはやそんな皮肉を理解できるような有紗ではなかった。


松本先生が年長クラスから有紗のおむつを持ってきてくれたので、受け取った2人は、赤ちゃんと同じようにおむつ交換を進める。


「ホントは大人は足を上げないんだけど、まぁ赤ちゃんだし…」


新しいおむつを敷きこむとき、1人が有紗の足を持って立ち上がり、その隙間にさっと重ねたおむつを滑り込ませる。小さな赤ちゃんのおむつ交換のように、まんぐり返しをしたことになる。あとは、苦戦しながらもどうにか有紗におむつを当てることができた。


「あ、下はもうそのままでいいから」


有紗に体操服のズボンを履かせようとしていた2人を松本先生が制止する。


「どうせこのあと何回も交換するだろうから。着脱面倒だからおむつのままにしておいて」


おむつ交換を終えて服を着せられた隣の幼児とは対象的に、有紗は上は「篠原」と漢字で書かれた体操服、下はテープタイプの紙おむつを当てられ、松本先生や弥生たちに手を引かれてひよこ組をあとにしたのだった。





【最終日】


有紗以外の5人が園児や職員たちの前に並ぶ。お別れ会始まる前に、すでに泣き出す園児もいる。5人の生徒たちは、この職業体験で作った成果物を順番に発表し、お別れの手紙を読む。


一人ひとりの発表が終わるたびに、職員や園児たちから大きな拍手が起こった。司会の松本先生が、マイクを持つと、園児たちに向かって話し始める。


「最後は有紗先生の発表です。ちょっと準備があるので、みんな良い子で待っててね」


松本先生に手を引かれて大教室に入ってきたのは、有紗だった。他の生徒たちがきちんと制服を着る中、1人だけ服が違う。静かに座っていた園児たちは、自分の服と有紗をしげしげと何度も見返す。


「わたしたちといっしょだー!」


気付いた園児たちが一斉に声を上げる。職員や園児たち、他の生徒たちの視線の先には、園児が来ているスモックと同じデザインの服を着た有紗が、松本先生に手を引かれてちょこちょこと歩いていくる姿だった。股は大きく開き、誰の目から見てもたくさんおむつをあてられているのは明らかだった。


「しのはらありさです。こまつほいくえんで、みんなとなかよくなれてうれしかったです。またあそびにきたいです」


舌足らずの幼児が話すように、ゆっくりと、ていねいにしゃべる。


「みんな、ありさ先生、いや、あーちゃんの言ったことがわかったかなー?」


松本先生が園児たちにマイクを向けると、「わかったー!」、「いいよー!」と次々に声が届く。


「みんなあーちゃんのおむつ交換も手伝ってくれるー?」


弥生ちゃんを筆頭に、たくさんの女の子が「やるー!」と手を上げる。そこには、大人に啖呵を切るヤンキーの姿は一欠片もなかった。


「あいあと!!!」


有紗が満面の笑みでお礼を言うと、教室中から拍手が巻き起こった。




有紗が再び中学生の生活に戻るまでしばらく時間がかかったということだったが、あれ以来定期的に小松保育園には通っているらしい。おねしょは相変わらずだが、クラスでは明るく友達もでき、おむつのこともオープンに話すようになったのだとか。

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クラスの不良少女は、夜のおむつがまだらしい はおらーん @Go2_asuza

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