鳥から言葉が聞こえて仕方がない

第３羽 人間の世界との別れ

　鳥（とり）の世界（せかい）は厳（きび）しい。

　特（とく）にスズメだとカラスもそうだが外敵（がいてき）もいる。

　小（ちい）さい故（ゆえ）に得（とく）もあれば損（そん）もある、そんな感（かん）じだ。

　でもいきなりバッタを食（しょく）したのはまずかった。

　いろんな意味（いみ）で。

　地面（じめん）に落（お）ちてる小（ちい）さな虫（むし）でも良（よ）かったらしいが、

いきなりバッタに行（い）ったんで陽菜（ひな）ちゃんも陽子（ようこ）さんも驚（おどろ）いたそうだ。

　ま、まぁバッタはね……。

　今日（きょう）は陽菜（ひな）ちゃんが人間（にんげん）の世界（せかい）を見（み）てみたい！

という事（こと）で少（すく）ない残金（ざんきん）の中（なか）からカフェにでも行（い）こうかと三人（さんにん）で街（まち）に出（で）たのだった。

　勿論（もちろん）、街（まち）に来（く）る途中（とちゅう）まではスズメだったけど街中（まちなか）では人間（にんげん）の姿（すがた）で。

　ところが、カフェに着（つ）く前（まえ）にガラの悪（わる）そうな男（おとこ）に声（こえ）を掛（か）けられてしまう。

　「お姉（ねえ）ちゃん、可愛（かわい）いねぇ。　いくつ？」

　「数（かぞ）えたことないから知（し）らない。」

　「は？」

　「あー、止（や）めておいた方（ほう）がいいんじゃないかと……。」

　「うるせぇ！　野郎（やろう）は引（ひ）っ込（こ）んでろ！」

　「あれま。」

　「むかっ。　私（わたし）の恩人（おんじん）に向（む）かってうるさいとは何（なに）よ！

　勝手（かって）に声（こえ）かけて来（き）たくせに！

　ってゆーか、あんた何様（なにさま）！？　邪魔（じゃま）なんだけど！」

　「あんだと、このアマ！」

　「あらあら、大変（たいへん）なことになっちゃったわねぇ。」

　手（て）をあげる男（おとこ）。

　「きゃあ！」

　恐怖（きょうふ）に縮（ちぢ）こまる陽菜（ひな）ちゃんを見（み）るとすかさず僕（ぼく）は男（おとこ）の手首（てくび）を掴（つか）み取（と）る。

　「あぁ！？　何（なに）しやが……って、痛（い）ってぇぇぇぇ！？」

　「いい加減（かげん）にしろ。

　女（おんな）の子（こ）に手（て）を上（あ）げる男（おとこ）なんて最低（さいてい）だぞ。

　やられる者（もの）の痛（いた）み、分（わ）からねぇなら分（わ）からせてやろうか！？」

　尚（なお）も力（ちから）を加（くわ）え続（つづ）ける自分（じぶん）。

　「痛（いて）えええぇぇ！　すいませんでしたぁぁ！

　離（はな）してくれえええぇぇぇ！」

　パッと手（て）を離（はな）すと男（おとこ）は逃（に）げるように街中（まちなか）へ消（き）えていった。

　「守（まもる）さん……、あ、ありがと……。」

　「いいよ、あれくらい。

　でも、どこからこんな力（ちから）が……？」

　「それは、かふぇとやらで教（おし）えてあげるわよ。」

　「はい。」

　カフェにて。

　パフェを頼（たの）んだ陽菜（ひな）ちゃんに珈琲（コーヒー）を頼（たの）んだ僕（ぼく）、ホットミルクを頼（たの）んだ陽子（ようこ）さん。

　「そういえば人間（にんげん）の食（た）べ物（もの）なんて食（た）べて大丈夫（だいじょうぶ）なんです？

　今更（いまさら）過（す）ぎますが。」

　「人間（にんげん）の姿（すがた）の時（とき）は大丈夫（だいじょうぶ）なのよー。」

　「そうでしたか。」

　そうして、注文品（ちゅうもんひん）が出来上（できあ）がるのを待（ま）ってる間（あいだ）に陽子（ようこ）さんが口（くち）を開（ひら）いた。

　「さて、何（なん）であんなに力（ちから）が出（で）たかというとー……。

　結論（けつろん）、鳥（とり）になったからよ。」

　「へ？」

　「人間（にんげん）が鳥（とり）になって飛（と）ぼうとすると大（おお）きな翼（つばさ）とそれを動（うご）かす強靭（きょうじん）な腕力（わんりょく）、胸筋（きょうきん）が必要（ひつよう）になるわ。

　加（くわ）えて高速（こうそく）移動（いどう）している間（あいだ）でも周囲（しゅうい）を見渡（みわた）す眼力（がんりき）。

　で、貴方（あなた）は人間（にんげん）から鳥（とり）になった。

　ここまで言（い）ったら分（わ）かる？」

　「え？　その人間（にんげん）が鳥（とり）に比例（ひれい）する能力（のうりょく）が付（つ）いたってことですか？」

　「そゆこと♪」

　「ははぁ、だから弱（よわ）っちかった僕（ぼく）でもあんなに素早（すばや）く簡単（かんたん）に手（て）を捻（ひね）れたわけだ。」

　「守（まもる）さんカッコよかったよ？」

　「あはは、ありがとう。」

　「でも、人間（にんげん）の世界（せかい）も結構（けっこう）生（い）き辛（づら）いんだねー……。」

　「大自然（だいしぜん）の方（ほう）が生（い）き辛（づら）いと思（おも）うけど。」

　「それは、お互（たが）いに無（な）いところを見（み）ているからじゃないかしら。

　どっちもどっちってことよ。」

　「一理（いちり）ありますね。」

　「お待（ま）たせしました。」

　掛（か）け声（ごえ）とともに運（はこ）ばれてくる注文品（ちゅもんひん）。

　初（はじ）めて見（み）るパフェに陽菜（ひな）ちゃんは目（め）を輝（かが）かせている。

　「わぁ……、本当（ほんとう）にこれ食（た）べちゃっていいの？」

　「もう殆（ほとん）ど出来（でき）ない贅沢（ぜいたく）になっちゃうけれどね。」

　「あ。」

　「ん？」

　「こういうとき、人間（にんげん）てなんて言（い）うんだっけ。」

　「ん？　何（なに）？」

　「食（た）べる前（まえ）。　皆（みんな）同（おな）じこと言（い）ってた気（き）がする。」

　「あぁ、いただきます。のこと？」

　「それそれ。何（なに）かのおまじない？」

　「命（いのち）をいただくから、いただきます。

　ありがとうございますって感謝（かんしゃ）の意味（いみ）を込（こ）めて言（い）ってるかな。

　僕（ぼく）の解釈（かいしゃく）違（ちが）いだったら申（もう）し訳（わけ）ないけど。」

　「ふぅん……、じゃあ、いただきます！」

　「どうぞー。」

　「ぱくっ。　……もぐもぐ。」

　「どう？」

　「おいしーい！　あまーい！」

　「あはは、よかったよかった。」

　「じゃあ、私（わたし）はホットミルクをいただきます、ね。」

　「どうぞどうぞ。」

　「熱（あつ）っ。」

　「猫舌（ねこじた）なんですね。」

　「猫舌（ねこじた）？」

　「熱（あつ）いものが苦手（にがて）な方（かた）を指（さ）す言葉（ことば）ですよ。

　猫（ねこ）は熱（あつ）いものを好（この）んで飲（の）みませんから。」

　「ね、猫（ねこ）……。」

　顔（かお）を青（あお）ざめる陽菜（ひな）ちゃん。

　「あ。ごめん、例（たと）え話（ばなし）。

　配慮（はいりょ）が足（た）りなかった、申（もう）し訳（わけ）ない。」

　「い、いや、今（いま）の自分（じぶん）を考（かんが）えたらどうってことは無（な）いはずなんだけどね……。」

　「その姿（すがた）であった時間（じかん）が違（ちが）うから、お互（たが）いにね。」

　「ま、まぁ……。」

　「ん？　陽菜（ひな）ちゃん、口元（くちもと）にクリームついてるよ。」

　「え？　どこ？」

　「拭（ふ）いてあげますよっと、はい。」

　紙（かみ）ナプキンで口（くち）を拭（ぬぐ）ってあげると陽菜（ひな）ちゃんの様子（ようす）が何（なに）かおかしい。

　「あ……、ありがと……。」

　「ん？」

　「あらあら。」

　頬（ほほ）を赤（あか）らめる陽菜（ひな）ちゃんの感情（かんじょう）がこの時（とき）の自分（じぶん）には分（わ）からなかった。

　「さて、自分（じぶん）も珈琲（コーヒー）飲（の）むかぁ。」

　ブラックでは飲めないのでお砂糖（さとう）にフレッシュを入（い）れて、と。

　「いただきます。」

　「色々（いろいろ）入（い）れるのね。」

　「苦（にが）いもの苦手（にがて）なんですけど、珈琲（コーヒー）でも飲（の）んでないとやってられないこともあるんですよ。」

　「そういえば、何（なん）で私（わたし）たちの声（こえ）が聞（き）こえるようになったの？

　じゃなきゃ陽菜（ひな）を助（たす）けることなんて出来（でき）なかったものね？」

　「寝（ね）っこけてたら逆光（ぎゃっこう）に見（み）えない人（ひと）から、”お前（まえ）は選（えら）ばれた、人間（にんげん）を生（い）かすも殺（ころ）すもお前（まえ）次第（しだい）だ。”って言（い）われましてね。

　よく分（わ）からないんですが、そこからカラスの鳴（な）き声（ごえ）が噂（うわさ）になって聞（き）こえてきて公園（こうえん）に向（む）かったんですよ。」

　「……お母（かあ）さん。」

　「間違（まちが）いないわね。」

　「何（なん）です？」

　「その人（ひと）、多分（たぶん）神様（かみさま）よ。」

　「え！？」

　「守（まもる）さん、貴方（あなた）その前（まえ）に何（なに）か無（な）かったかしら？　事件（じけん）とか。」

　「長年（ながねん）尽（つ）くしてきた会社（かいしゃ）を捨（す）てられるようにクビになりましたね。

　何（なん）だっけ、人件費（じんけんひ）削減（さくげん）とやらで下（した）から順（じゅん）に。

　まぁ、自分（じぶん）バカなんで。

　ただ、安月給（やすげっきゅう）だったんで貯金（ちょきん）もあんまりなくてこのザマというか。

　スズメになれたのは救（すく）いがあったと思（おも）いますが。」

　「間違（まちが）いないわ。　貴方（あなた）、神様（かみさま）に人間（にんげん）という本質（ほんしつ）を見極（みきわ）める対象（たいしょう）に選（えら）ばれてるのよ。」

　「マジっすか。」

　「じゃなきゃ私（わたし）たちに出会（であ）えた理由（りゆう）が成（な）り立（た）たないもんね？」

　「そうねぇ。」

　「そういえば 陽子（ようこ）さんはどちらに行（い）かれてたんですか？

　やっぱご飯（はん）を探（さが）しに？」

　「……。」

　そっと周囲（しゅうい）を見回（みまわ）すと陽子（ようこ）さんが小（ちい）さな声（こえ）で話（はな）す。

　「神様（かみさま）に会（あ）いに。」

　「うぉう。」

　「じゃなきゃ雛（ひな）の私（わたし）を放（ほう）っておいて巣（す）を空（あ）けたりしないって。」

　「あー……、成程（なるほど）。」

　珈琲（コーヒー）を飲（の）み、陽菜（ひな）ちゃんがパフェを食（た）べ終（お）わり、陽子（ようこ）さんがホットミルクを飲（の）み終（お）わると、お会計（かいけい）を済（す）ませてカフェを出（で）る。

　人（ひと）がいない路地裏（ろじうら）に入（はい）ってスズメの姿（すがた）になると、三羽（さんわ）は巣箱（すばこ）へと飛（と）び立（た）つ。

　長距離（ちょうきょり）往復（おうふく）飛行（ひこう）は僕（ぼく）にとっては初挑戦（はつちょうせん）だったけど、大丈夫（だいじょうぶ）だったみたいだ。

　多分（たぶん）、人（ひと）の姿（すがた）でこの街（まち）に来（く）ることはきっともうないだろう。

　これからは森（もり）で生（い）きていくのだから。

　そう考（かんが）えながら小（ちい）さな翼（つばさ）を羽（は）ばたかせていた。