鳥から言葉が聞こえて仕方がない

第４羽 お互いの決意

　森（もり）での生活（せいかつ）一週間（いっしゅうかん）。

　餌（えさ）には相変（あいか）わらず慣（な）れないけど、バッタじゃなければなんとか行（い）けるようにはなって来（き）た。

　というのも鳥（とり）でいるとエネルギー消費（しょうひ）が激（はげ）しくて常（つね）に食（た）べていないとお腹（なか）が空（す）いて仕方（しかた）がなかったからだ。

　今日（きょう）は人間（にんげん）の姿（すがた）で持（も）ってきた荷物（にもつ）を片付（かたづ）けたり埋（う）めたりしようと思（おも）っていた。

　早朝（そうちょう）、巣箱（すばこ）から降（お）り立（た）つと人間（にんげん）の姿（すがた）に戻（もど）る。

　「さぁて、ほったらかしだったから荷物（にもつ）は朝露（あさつゆ）べったりだ。

　まぁ、錆（さ）びてもいいものしか持（も）ってきてないけどね。

　脚立（きゃたつ）とかもう使（つか）わないだろうし。

　でも一応（いちおう）水分（すいぶん）拭（ふ）いて雨風（あめかぜ）凌（しの）げるポップアップテントにでも突（つ）っ込（こ）んでおくか。

　そうすれば重量（じゅうりょう）もそこそこ出（で）るから台風（たいふう）が来（き）ても倒木（とうぼく）しない限（かぎ）りは困（こま）らないだろう。」

　作業（さぎょう）をしていると、ちょっと離（はな）れたところでスズメが一羽（いちわ）自分（じぶん）のことをじーっと見（み）ていることに気（き）が付（つ）いた。

　「ん？　スズメさん？」

　「陽菜（ひな）だよー。」

　「あ、陽菜（ひな）ちゃんだったか。

　ごめん、まだ区別（くべつ）つかなくて。」

　「いいよ、皆（みんな）似（に）たような色合（いろあ）いしてるもんね。」

　「そんなところで見（み）てて大丈夫（だいじょうぶ）？

　危（あぶ）なくない？」

　「何（なに）かあったら守（まもる）さんが守（まも）ってくれると思（おも）うから。」

　「何（なに）か、いつの間（ま）にか随分（ずいぶん）と信頼（しんらい）を寄（よ）せられてるけど、僕（ぼく）は何（なに）も出来（でき）ないヘタレだよ？」

　「かふぇに行くときに乱暴（らんぼう）されそうになったところから助（たす）けてくれたじゃん。」

　「あれは咄嗟（とっさ）のことで……。」

　「守（まもる）さんには素質（そしつ）あると思（おも）うなー。」

　「そうかなー？」

　「うんうん。」

　会話（かいわ）をしながら作業（さぎょう）を続（つづ）ける自分（じぶん）。

　傍（はた）から見（み）たらチュンチュン鳴（な）いているスズメ相手（あいて）に独（ひと）り言（ごと）を言（い）ってる変人（へんじん）だ。

　まぁ、深（ふか）い森（もり）の中（なか）だから別（べつ）にいいけど。

　よし、ポップアップテントに荷物（にもつ）は突（つ）っ込（こ）んだ。

　三人分（さんにんぶん）持（も）ってきたから多少（たしょう）量（りょう）はあったけどテントに入（はい）る量（りょう）でよかった。

　ポンッとスズメの姿（すがた）に戻（もど）る自分（じぶん）。

　「終（お）わった？」

　「終（お）わったよ。」

　「……ねぇ、守（まもる）さん。」

　「どうしたー？」

　「……今日（きょう）から、守（まもる）さんの巣箱（すばこ）に行（い）ってもいい？」

　「は！？」

　「……だめ？」

　「いやいや、陽子（ようこ）さんに何（なん）て言（い）うのさ！？

　まだ陽菜（ひな）ちゃん１５歳（さい）くらいだよね！？」

　「えーっと、１５歳（さい）？だとダメなの？」

　「２０歳（さい）行（い）くまでは我慢（がまん）しましょう。」

　「それ、どこの決（き）まり？」

　「日本国（にほんこく）の法律（ほうりつ）です。」

　「なぁんだ。」

　「なんだって……。」

　「私（わたし）たちは人間（にんげん）じゃないんだよ？」

　「あ。あー……。」

　「スズメにはスズメの決（き）まりがあるんだよ？」

　「せ、せめて雛（ひな）卒業（そつぎょう）してから！」

　「つい先日（せんじつ）卒業（そつぎょう）した。」

　「えっ！？　早（はや）くない！？」

　「スズメの雛（ひな）は成長（せいちょう）早（はや）いんだよ？」

　「あぁ、どこかで聞（き）いたなそんな話（はなし）……。

　じゃ、じゃあ陽子（ようこ）さんに話（はなし）を通（とお）してから……。」

　「守（まもる）さん。」

　「な、何（なに）？」

　「陽菜（ひな）の事（こと）、嫌（きら）い？」

　「いや、そうじゃなくて……。」

　「じゃ、いいじゃん。」

　「スズメってこんなに積極的（せっきょくてき）なの……？」

　「ただいまー。」

　「あっ、陽子（ようこ）さん！」

　「あら、どうかしたの？」

　「お母（かあ）さん、聞（き）いてよー。」

　「陽子（ようこ）さん、聞（き）いてくださいよ！」

　「待（ま）って待（ま）って、二人（ふたり）一度（いちど）に話（はな）されても理解（りかい）出来（でき）ないわ。」

　「私（わたし）、守（まもる）さんの巣箱（すばこ）に行（い）きたい。」

　「あら、いいじゃない。　行（い）きなさいな。」

　「陽子（ようこ）さぁぁぁん！？」

　「守（まもる）さん、娘（むすめ）をよろしくお願（ねが）いしますね。」

　「一気（いっき）にお義母（かあ）さんになった！？

　何（なん）だこの展開（てんかい）！？」

　「陽菜（ひな）はもう一人前（いちにんまえ）よ。

　守（まもる）さんが陽菜（ひな）を嫌（きら）いなら話（はなし）は変（か）わってくるけど。」

　「陽菜（ひな）ちゃんは可愛（かわい）いと思（おも）います。

　でも、僕（ぼく）２８歳（さい）ですよ。

　１５歳（さい）くらいの陽菜（ひな）ちゃんをいただくにはちょっと若（わか）すぎると思（おも）うのですが。」

　「あら、若（わか）い分（ぶん）にはいいじゃない。

　ははぁ、さては人間（にんげん）の決（き）まりを気（き）にしてるなー？」

　「僕（ぼく）は人間（にんげん）だったんですよ！？」

　「だった、よね？」

　「あ……。」

　やられた。

　退路（たいろ）は断（た）たれた。

　「ねぇ、お母（かあ）さんもいいって言（い）ってくれたよ？」

　「……参（まい）りました、いらっしゃいませ。」

　「やったぁ！」

　そうか、カフェで陽菜（ひな）ちゃんが赤（あか）くなってたのは僕（ぼく）に気（き）があったからか。

　自意識過剰（じいしきかじょう）だと思（おも）ってたんだがなぁ……。

　カァー！

　その場（ば）を切（き）り裂（さ）くようにカラスの鳴（な）き声（ごえ）がする。

　「新参者（しんざんもの）がいるぞ、この森（もり）での生（い）き方（かた）を教（おし）えてやる！」

　「ひっ！」

　明（あき）らかに陽菜（ひな）ちゃんの事（こと）だろう。

　襲（おそ）い掛（か）かるカラス。

　「いやぁっ！」

　ポンッと人間（にんげん）に戻（もど）ると陽菜（ひな）ちゃんに噛（か）みつく寸前（すんぜん）でカラスを引（ひ）っ掴（つか）む自分（じぶん）。

　「化（ば）けただと！？　何（なん）で人間（にんげん）がこんなところに……！？」

　「陽菜（ひな）に手（て）を出（だ）すなら容赦（ようしゃ）しねぇぞ。

　そっちがそっちの生（い）き方（かた）を主張（しゅちょう）するなら、こっちはこっちのやり方（やり）をやらせてもらうぞ？」

　「何（なん）だと！」

　「さぁ、どうする？

　猟銃（りょうじゅう）でもぶっ放（ぱな）してやろうか！？

　資格（しかく）もあるし、持（も）ってきてんぞ！」

　「ぎゃーっ！　それだけは勘弁（かんべん）してくれ！

　俺（おれ）の爺（じい）さんもそのリョージューとかで死（し）んだんだ！

　離（はな）してくれ！　頼（たの）むから！」

　「はい。」

　カラスを離（はな）すと逃（に）げるように去（さ）っていった。

　「ま、守（まもる）さん……。」

　「さらに上（うえ）を出（だ）されたら厄介（やっかい）だね。

　陽菜（ひな）ちゃんの事（こと）は僕（ぼく）が守（まも）るよ。

　……仮（かり）にも僕（ぼく）は陽菜（ひな）ちゃんの旦那（だんな）さんになったんだからね。」

　「ねぇ、陽菜（ひな）。」

　「何（なに）？お母（かあ）さん。」

　「守（まもる）さんって素敵（すてき）ねぇ……。」

　「お母（かあ）さん！？　守（まもる）さんはあげないからね！？」

　「ちぇー。」

　「あはは……。」

　日（ひ）が暮（く）れてきた頃（ころ）、巣箱（すばこ）に戻（もど）ると嬉（うれ）しそうな顔（かお）をした陽菜（ひな）ちゃんが待（ま）っていた。

　「おかえりなさい。」

　「ただいま。」

　「ご飯（はん）は用意（ようい）しなかったよ？

　まだ慣（な）れてないから自分（じぶん）のタイミングで食（た）べたほうがいいかと思（おも）って。」

　「大丈夫（だいじょうぶ）、食（た）べて来（き）た。」

　「随分（ずいぶん）スズメらしくなってきたね？」

　「お陰様（かげさま）でね。」

　「一週間（いっしゅうかん）で人間（にんげん）やめれるなんて中々（なかなか）出来（でき）ることじゃないと思（おも）うけど。」

　「人間（にんげん）、追（お）い詰（つ）められたら何（なん）でも出来（でき）るんだよ。

　事実（じじつ）、そうしてきたわけで。」

　「守（まもる）さん、強（つよ）いね。」

　「強（つよ）くないよ、強（つよ）がってるだけ。空元気（からげんき）だよ。」

　「空元気（からげんき）でも出（で）ないよりマシ。

　素敵（すてき）な旦那様（だんなさま）をいただいたなぁ、あはは。」

　「明日（あした）も早（はや）い、寝（ね）ますかー。」

　「はーい。」

　並（なら）んで丸（まる）まって眠（ねむ）る僕（ぼく）と陽菜（ひな）ちゃん。

　この夜（よる）、僕（ぼく）は不思議（ふしぎ）な夢（ゆめ）を見（み）る。