36.香子先輩の告白
試合が終わったあと、男子バスケ部一同は控室へ引き上げていた。
負けはしたものの、内容的にはかなり善戦したので、雰囲気は悪くない。
そんな中――
「悪かったな、勝てなくて」
ポツリと粟木が言った。僕に向けて。
「……なんで僕に謝るの」
「決勝まで行ったら告白、のつもりだったんだろ」
僕は数秒ほど黙り込む。
「なんでそれを」
「誰にも聞かれたくないなら体育館で話すんじゃねえよ」
「……あっ、……あぁ、ああ……」
粟木の言葉の意味を理解して、亡者のようなうめき声が出た。
先日の媛宮とのやり取りは、かなり大勢に聞かれていたのかもしれない。
気づくと周りのチームメイトからも生温かい視線を向けられている。
ある意味、試合で負けた以上のショックだ。
「で、どうするんだよ」
「……少なくとも以前の自分よりは成長できたって試合中に実感できたし、当たって砕けることにする」
「前向きだな」
「第一シードに二回戦で当たった不運を思えばね」
「――島津君!」
そんな僕たちのやり取りをさえぎって。
後ろからよく知っている人の声がした。
「……香子先輩?」
よほど急いで来たのか、先輩は息が上がっていた。
しかし呼吸を整えることもせずに、男バスの面々の真ん中を突っ切ってくる。
そして目の前までやってくると、僕の腕を強めにつかんだ。
「ちょっと来て」
「え、でも、戻ってロッカーを片づけないと、次のチームが来るので――」
「そんなの良いから」
「あ、ちょ、どうしたんですか?」
チームメイトの冷やかしの声を受けながら、無理やりに引っ張られていく。
やがて体育館の外の、街路樹の並ぶエリアまで来たところで、ようやく香子先輩は手を離した。
そして、伏し目がちに労いの言葉を伝えてくる。
「……その、残念だったわね。試合」
「見ててくれたんですか。すいません。みっともないところを」
「――そんなことない」
香子先輩は弾かれたように顔を上げた。
「スリーポイントっていう自分の強みを囮にして、周りを使えるようになってたじゃない。シュートもそうだけど、パスも精度が上がってたと思う。それに後半になっても運動量が落ちなかったし。地道な体力トレの成果は確実に出ているから、そこは自信を持っていいわ」
「あぇ、ありがとうございます……」
変な声が出るくらいうれしかった。
褒められたこと自体もそうだが、自分でも意識して努力していたポイントを、的確に認めてくれることが、こんなにうれしいとは思わなかった。試合が終わって落ち着きつつあった動悸が、また激しくなっている。これ以上好きになったら心臓が持たない。
褒め殺しがおさまると、香子先輩は急に黙り込む。
視線が落ち着かないのは、まだ続きがあるからだろうか。
やがて、再び顔を上げた先輩と目が合った。
「……わたしね、特待生、受かったから」
自慢するでもなく、ただ事実を述べるように淡々と言う。
「最初から結果は分かってたっていうか、出来レースみたいなものなんだけど一応形式的なものとして」
「おめでとうございます」
その言葉は心から。強がることなく祝福できた。
「心配はしてなかったですけど、それでも結果が発表されるとホッとしますね」
「ええ、来年からは県外暮らしよ」
いったん言葉を切った香子先輩は。
先手を打つように、釘を刺すように。
「――だから、キミとは付き合えないの」
そんな一言を付け加える。
粟木たちが知っていたくらいだ。
香子先輩まで伝わっていたとしても不思議じゃない。
決勝まで行ったらもう一度告白する。
その決意は出鼻をくじかれ、それでも僕は――
「……そう、思ってたんだけど」
先輩は胸の前で両手を握って、祈るように目を伏せる。
「付き合えない理由とか、付き合わない方がいい理由とか、いろいろ、たくさん探して、見つけて、納得したつもりだったんだけどね?」
顔を上げたその頬は赤く。
「それでもやっぱり、キミのことが好き」
言葉を紡ぐ唇は震えていた。
「からかったらすぐ照れるキミが好き。ときどき調子に乗るキミが好き。冷静ぶってるのにすぐ焦ってグダついて、でも最後にはしっかり決めるキミが好き。可愛くて親しみやすくて面白くて格好よくて、どこを取っても好ましいわ。
見えないところでもわたしのことを気づかってくれるキミが好き。
でもこれからは、それを隠さないでほしいって思ってる。
遠恋のことだって。バイトして会いに来てくれるって言ってたけど、キミだけに苦労を押し付けたくない。
そういう関係を維持するのは、たぶん普通の恋愛よりも大変でしょうけど。
キミが頑張ったのと同じ分だけ、わたしも努力するから。
ごめんなさい。付き合ってるんだから対等だって、自分で言ったことを忘れてしまってた。
……それくらい、動揺してたのね。今となっては言い訳だけど。
キミと一緒にいる時間が好き。
うまく言葉にできないけど、一番自分らしくいられる気がするから。
はじめはただの相談相手だったのに、いつの間にか存在が大きくなってた。
キミとのやり取りも、ちょっとした気づかいも、わたしの言動で簡単に転がされてくれるところも、たまに反撃してくるところも、ときどき強引なところも、楽しくて仕方ないの。
会える機会が減ったとしても、その大切な時間を、つながりを失いたくない。距離を置いてみてそれを思い知ったわ。わたしの心はいつの間にかキミの形にされちゃってたってこと。キミじゃないと埋まらない。入試が終わるまでは一人で耐えてきたけど、そろそろ限界で……、
だから、遠恋とかどうでもいい。
キミ以外考えられないの。
もう一度、わたしと付き合ってほしい」
それは嵐のように無秩序で、そして激しい告白だった。
自分の好ましい点をこれでもかとばかりに語られて、めまいを起こしそうだ。
うれしさだって度を越えると毒のように心を麻痺させる。
あるいは濁流のように呑まれそうになる。
「……駄目、かしら」
告白に圧倒されて言葉を失っていた数秒間。
それを拒絶と思われたのだろうか。
先輩は怯えたような上目遣いを向けてくる。
その不安を晴らしたいという、当たり前の感情が身体を動かしていた。
距離を詰めて、先輩の身体を包み込むように抱きしめる。
「あ……、っ」
「僕の心はずっと前から決まってます」
胸元でもぞもぞと頭を動かして、顔を上向ける香子先輩。
不安で曇っていた顔がニヤリと笑みを作り、
「じゃあ、はっきり言葉にして。もう一度」
と不敵に要求する。
落ち込んだ顔もたまにはいいが。
香子先輩はやっぱり、こういういたずらっぽい笑顔がよく似合う。
「僕も好きです。こちらこそ、改めてよろしくお願いします」
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