34.香子先輩と疎遠な日々
香子先輩と別れても季節は巡る。
夏休みが終わって秋が深まり、バスケ部では冬の選抜――ウインターリーグに向けての練習が本格化していた。
インターハイに出場した女子バスケ部はもちろんだが、すぐ近くでその頑張りを見ていれば、マイペースな男子バスケ部だってそれなりにやる気になる。目指せ本大会出場、とまではいかないが、3回戦くらいは突破するぞと意気込んでいた。
「いったん休憩ー、はい次のチーム入って」
コートから出ると、息を整えながら壁にもたれかかる。
夏以降、体力はつけたつもりだったが、実戦だとまだまだ足りない。体力はすべての基本だ。疲労がかさむとプレー全体の精度が落ちる。シュートもパスもミスが増えるし、気持ちに余裕がなくなれば視野も狭くなってしまう。
「おつかれ、気合入ってるね」
だから媛宮が来ていたことにも、声をかけられるまで気づかなかった。
「まあね。けど女バスほどじゃないよ」
「そりゃそうでしょ、うちはインハイ出場校のプライドってものがあるし」
「……で、でも島津君は男バスの中でもすごく頑張ってると思うな」
媛宮と一緒に来ていた女子がそんなことを言った。
あまり接点のない子に褒められても反応に困るが、
「ん、ありがとう」
と素直に礼を言っておく。
「こら、もうちょっと愛想よくしなさいよ」
すると媛宮にダメ出しをされる羽目に。相手が媛宮だったら適当に流していたが、あまり話したことのない子を邪険に扱うのはよくない。
「え? 今もしかして感じ悪かった? だったらごめん、単に疲労困憊してるだけだから」
「ううん、大丈夫、そんなことない……っていうか、ヒローコンパイって……」
もう一人の子がくすりと笑う。
「どうしたの」
「いきなり四字熟語使うからおかしかっただけ」
「疲れてる、では足りないくらい疲れてるからちょっと強調してみたんだけど」
「島津君っておもしろいね。……あ、もう行かないと、それじゃ」
もう一人の子は笛が鳴ったのを聞いて、女バスのコートへ戻っていった。
その遠ざかる後ろ姿を眺めながらつぶやく。
「……今の子はなんの用事だったわけ」
「島津とお話したかったんでしょ」
「そう……、で、実際のところは?」
「罰ゲームでもハニトラでもないから安心しなさいっての」
「そっか」
「興味なさそーね」
「僕は香子先輩一筋だから」
「でも夏からずっと接点ないじゃん。高明先輩の浮気とか練習試合のトラブルとか、あの頃の方が距離が近かったみたいだけど」
「……そりゃ先輩は今は忙しいから」
「もしかして、告って玉砕したとか?」
媛宮は軽い冗談のつもりだったのだろう。
だけど僕には有効打だった。
急所を的確に打ち抜かれていた。
「……別に」
致命的な反応の遅れ。
媛宮がうれしそうに笑いながら詰め寄ってくる。
「えーうそホントにぃ? いつ告ったの? 夏祭り? 一緒に行ってくださいって?」
こいつ全部知ってるんじゃないかと疑いたくなる。
知っていてわざと痛いところを突いているんじゃないかと。
「……告って玉砕はしてない」
瀕死の心を奮い立たせて、どうにか反論する。
嘘は言っていない。
告白は受け入れられて、ごく短い期間とはいえちゃんと付き合って、そのあとで別れたのだから。
心の中で言い訳している間にも、媛宮は話を続ける。
「でもま、仕方ないよね。万が一付き合えたとしても、先輩的にはまた遠恋になっちゃうわけだし。早めにあきらめて正解だと思うよ。今の島津、そこそこ興味持たれてるし」
「興味って? まさか僕にも有名校からのスカウトが」
「この文脈なんだから色恋沙汰に決まってるでしょうが」
「……え? まさか、さっきの子とか?」
そんな風に話を合わせていると、媛宮は急に声のトーンを落とした。
「あんたはホントに興味ないの? 振られた上に遠くに行っちゃう相手より、近くにいて自分を好きになってくれる相手の方がよくない?」
その問いかけは、本気で僕を心配しているように聞こえなくもなかった。
「それはまだわからないかな」
「わからないって……、何それ」
この返事は予想外だったのか、媛宮が言葉に詰まる。
「確かに現状、僕と香子先輩の関係は疎遠に見えるかもしれない。僕はそれを遠距離恋愛の疑似体験と考えることにしたんだ」
「ちょっと意味が分からないんだけど……」
「予行演習、シミュレーション――言い方はなんでもいい。要は、実際の遠恋で起こりそうな困難によく似た状況ってこと」
「ますます意味不明……」
「じゃあひとつ聞くけど、遠恋の難点と言えば?」
「え? えぇっと、やっぱり相手と会えないことじゃないの」
「うん。他には?」
「んー、相手が見てないからって、気が緩んで他の子の誘いに乗っちゃうとか」
確かに、と媛宮の答えに同意を返す。
「僕もその二つが大きいと思う。相手に会えないことと、それによって気が緩むこと。――これらに耐えられないやつには、遠恋なんて到底無理なんだよ」
「あ、遠恋の予行演習ってそういうこと? こーこ先輩と疎遠になってる状況に耐えられるかどうか試してるってこと?」
「それもある」
「あたしの知ってる遠恋と違う……、なんか修行みたいじゃん……」
僕の言いたいことを媛宮は理解してくれたようだ。そして引いてしまっている。
「まあ、つまり、いずれ来たる本番に向けての、今は準備段階なんだよ」
「どうでもいいけど、さっきの子には、あんたは好きな人がいるみたいって、さり気なく伝えとくから」
「あ、それが香子先輩だってことは言わないでよ。まずないとは思うけど、前みたいに香子先輩に敵意が向くようなことにはなってほしくないから」
「うわー、そういう風に気を回せるところがさらにムカつく」
本当に嫌そうに顔をしかめていた媛宮が、ふと真顔になる。
「……ちょっと待って? 〝いずれ来たる本番〟ってまさかもう一回告るつもり?」
「余計なことに気づきやがって」
「いつ?」
「……ウインターカップ地区予選で決勝まで行けたら」
「そんなマンガみたいな願掛けするやつホントにいたんだ……」
「二回目なんだから、前回よりも多少は成長してるんだっていう状態で告白したいし、そのわかりやすい実感がほしいんだよ」
「はー……、めんどくさいロマンチスト……、いやロマンチストだからめんどくさいのかぁ……」
「どっちでもいいよ」
「そのくせ本大会じゃなくて地区大会の決勝っていう微妙に弱気な目標設定なのが現実見えててちょっと笑える」
ニヤニヤ笑いながら口元を手のひらで隠す媛宮。
「ロマンチストのロマン少なめ」
チャーシューメンのチャーシュー少なめ、みたいに言うんじゃない。
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