15.香子先輩の敵対者
媛宮と連れ立って体育館の壁沿いに移動している途中。
昇降口からぞろぞろと数人の部外者グループが入ってきた。
「あー懐かしい」
「こんな狭かったっけ体育館って」
「暑っつ、サウナじゃん」
「うちら去年マジでこんなところで練習してたの?」
「今はちょっとできそうにないよねー」
などと我が物顔でしゃべっている。全員が若い女子で、私服姿で、大学生くらいの年齢だ。そういう女子を見ると高明先輩の同棲相手を思い出して、内心で身構えてしまう。トラウマになっている……?
「あのアマゾネスたちは何者?」
「うげ、
顔をしかめる媛宮。それで僕も思い出した。
佐木たん……もとい佐木先輩は去年の女バスの副キャプテンで、いかにも体育会系な性質の人物だった。
それがいい方向に発揮されていたのが、他の部員の面倒見がいいところ。
悪い方向に発揮されていたのが、従わない人間を排除しようとするところ。
おかげで佐木先輩と香子先輩は犬猿の仲だった。というより佐木先輩の方が一方的に嫌っていた感じだろうか。当時2年で不動のレギュラーだった香子先輩が、他の3年の出場機会を奪っていることにも、あまりいい顔をしていなかった。
とうぜん僕や媛宮は内心で佐木先輩を敬遠していた。
そのあたりの感情を僕は上手に隠せていたと思うが、媛宮はけっこう態度に出ていた。
「アマゾネスって……、あんなに嫌ってたのに、もう忘れたの?」
「いや、見た目がだいぶ変わってたから気づかなかったんだよ」
佐木先輩率いるアマゾネス軍団は、化粧や装飾品それに華美な服装で、全体的にケバケバしくなっていた。部活中のすっぴんの記憶しかない僕にとっては、ほとんど変装のレベルだ。
「あー、なんか大学入ってはじけちゃった感あるよねぇ」
「後輩的にはどうなの? OG訪問って」
「基本的には邪魔かなぁ。気を遣うだけだし、そのぶん練習時間を取られるし」
「例外的には?」
「来年のこーこ先輩。毎日でもいいよ」
「わかる」
その香子先輩は体育館の隅でポカリ片手に休憩中だ。他の部員たちがアマゾネス軍団の歓迎に集まっているのを横目に、どうでもよさそうに汗を拭いている。その絵面だけで佐木先輩と香子先輩の対立構造が浮き彫りになっていた。二人の関係を知っているであろう今の2・3年生の中には、両者を交互にうかがって、不安そうな顔をしている生徒もいる。
「ちょっとこーこ先輩の態度ロコツすぎない?」
「何事もなければいいけど」
僕たちの不安も大きい。
香子先輩と佐木先輩のあいだにある、最大の懸念。
それは、佐木先輩もまた高明先輩に好意を寄せていたということだ。
ライバルなんて清々しい関係ではない。それなりの修羅場をくぐった末に、嫌い合ったまま距離を取って、今に至っている。だから、
「おーい瀬川、久しぶり」
佐木先輩がそんな風に呼びかけた瞬間、体育館の空気が震えた。
「お久しぶりです、佐木先輩」
香子先輩は軽く会釈して応じただけで、あとは興味なさげにポカリを一口。
年長者を軽視するような香子先輩に対して、取り巻きのアマゾネスたちはニヤニヤと品のない笑みを浮かべている。
その様子に僕は違和感を覚えた。
僕の知る佐木先輩たちならば、香子先輩の態度について、年長者への敬意がどうのこうのと文句を言いそうなものだ。実際、去年のアマゾネスたちは香子先輩に対して常にケンカ腰だった。
もっとも当時は、険悪ではあってもそれ以上に激化することはなかった。
バスケで負けて恋愛でも負けて、勝っているのは年齢だけ。
そんな力関係だから、何を言っても、どんな態度を取っても、強がりの遠吠えとしか思えなかったし、周りの部員たちも、この対立をそういう風に見ていた。
香子先輩が上で、佐木先輩たちが下。
はっきり格付けの済んだ敵対関係だった。
ゆえに敵意はあっても戦意は薄かったのだ。
だけど今の、この余裕のある態度は。
勘違いではない、明確な理由があっての上から目線だと感じた。
弱者が強者への態度を変えるとき、その理由はシンプルだ。
自分が相手を上回るほど強くなったか。
あるいは、相手が自分よりも弱くなったか。
つまりは力関係が変化したときだ。
そして僕は、アマゾネス先輩たちのことは知らないが、香子先輩の変化はよく知っている。
嫌な予感が膨れ上がるのと、佐木先輩が口を開くのはほぼ同時だった。
「ねえ瀬川、あんた、高明に浮気されたんだって?」
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