第28話 どうせ忘れるついでだよ
複雑なことは抜きにして、食べてのんでひたすらお互いをねぎらいあった。
「そういやイチゴもあったんだった。いま出すわ」
「ちょっとお手洗いにいきます」
お皿に持ったイチゴを持って、美月さんが言う。
「うす。イチゴに練乳かける派か?」
私は笑って答えた。
「まずはかけない派です」
美月さんがニッと笑った。
「だよな」
居間を出て、障子扉に手をかける。肩越しに振り返り、縁側に座る櫂さんの背中を見た。
櫂さんのことは、全然わからないことばかりだ。それなのに、なぜか予感がする。
きっと私は、あの人を好きになる……なんて、それは来世かもしれないけれど。
ひとりで苦笑し、そっと会釈しながら扉を閉めた。洗面所には向かわず、廊下を歩いて離れを目指す。
「――だと思った」
うしろからのびた手に、私の指先がそっと包まれた。はっとして振り返る間もなく、櫂さんがのぞき込んでくる。
「えっ……な、なんで?」
しかも、気配すらしなかった。櫂さんは、ぎょっとする私の背中に腕をまわし、自分に向きなおらせながら顔を近づける。
「僕はカゲモノだよ」
そうでした。と、櫂さんがどことなくむくれる。
「べつに涙涙で抱きあって、面倒くさいやりとりとかしたいわけじゃないけど、せめて〝これから帰ります〟くらい言ってよ」
「こ……これから、帰ります」
いま言うのかと、櫂さんが笑った。
「きみのそういうところ、ほんとかわいくてムカつく」
「えっ」
櫂さんは笑みを消し、私を見つめながら鼻先を近づけた。あまりの近さにのけぞると、障子扉に後頭部があたる。
「きみを迎えにいったら、とある言葉を伝える。それを聞いたら、きみはこの時間を取り戻す」
戸惑う間もなく抱きすくめられ、身動きができなくなる。
「こ、言葉ですか」
「そう」
そう言って、私の耳元にそれをささやく。
思わず笑った私の唇に、櫂さんのそれがそっと重なる。びっくりして心臓が止まりそうになり、目を見開いてしまった。そんな私の頬を、櫂さんの両手が包み込む。
静かに顔を離し、櫂さんが言う。
「どうせ忘れるついでだよ」
「お、思い出すことになるかもしれないじゃないですか」
「なら、僕にとっては一石二鳥」
「えっ」
櫂さんが笑った。
「ここからはじめられるもの。そうでしょ?」
* * *
いつかの砂己さんのように、手を埋める。
さようなら。また会えたら嬉しいです。
そんな気持ちを抱きながら、ふわりとした熱に触れる。いろんな思いとともに、青く淡く光る炎が手のひらにのせた。
やがて意識は暗転し、すべてが風みたいに消え去る。
そうして、これまでのなにもかもが、夜明け前の闇にとけていった。
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