第4話 謎な屋敷と美人兄弟
やけに重いまぶたをゆっくりと開けた。
穏やかな陽射しに照らされた、純和風な天井と昭和レトロな照明のデザイン。視界に飛び込んだそれらで、すぐに理解した。
ここは、私の家じゃない。真新しい畳の香りなんてしないし、その上に敷かれたふかふかすぎる布団や枕も違和感しかない。視線を移した先にある窓の形、カーテン、壁の色。そして、障子扉。
ここ、どこだろ。
起きあがろうとしたとき、点滴されていることに気づく。全身に鉛のような鈍痛があって身動きがとれない。なんとか動かせたのは頭と視線、指先くらいだ。頬にも処置された感触があり、血のついた自分の指先をとっさに思い出す。
私、なにがどうなってここにいるんだろ。
あまりの怖さに固まっていると、障子扉が開く。公園で見かけた性別不明の美しい人が、昨日と同じ袴姿で立っていた。着物も袴もストールも紺がかった鼠色で、黒装束にかぎりなく近い。
あのオカルト現象は、やっぱり現実だったんだ。震えるほどの恐怖が押し寄せてくるけれど、逃げたくてもどうにもならない。
私、もしかして、殺されるんだろうか。いや、もしもそうならとっくにそうされているはず。点滴や傷の処置からして、たぶん助けられたんだ。
美人がストールをおろしながら、部屋に入ってきた。すらりと引き締まった細身の体型。指の節や骨格の雰囲気で、男性だとわかった。年齢は私よりも少し上かもしれない。でも、本当に昨夜の人と同じかな。髪型や雰囲気がどことなく違う気がするのは、あんな状況で見かけたからだろうか。
布団のそばまでくると点滴を確認する。そのとき、左手首にしめ縄のミニ版みたいな腕輪が見えた。変わった腕輪だなと思ったとき、正座した彼が私を見すえた。
「はじめまして。おそらくまだうまく話せないと思いますので、そのまま聞いてください」
話せない?
声を出そうとすると気管がつまって咳き込み、全身に鈍い痛みが広がった。私、本当にどうしたの。これじゃまるで、全身打撲をしたみたい。怖すぎて目に涙が浮かぶ。そんな私に、彼は顔色ひとつ変えず淡々と言った。
「
息をつき、言葉を続ける。
「現在、あなたの全身は極度の筋肉痛の状態にあります。ですが、明日には動けます。三日もすれば痛みもひくでしょう」
筋肉痛? 眉を寄せる私に、羽伊と名乗った美人は険しげな眼差しを向けてくる。
「昨夜、通常目にしないはずのものを目撃したあなたを、俺の妹が救ったようです。あなたのいまの状態は、その代償です」
やっぱり、この人じゃなかった。でも、こんなに姿の似ている妹さんということは、双子かもしれない。息をのんで目を見張ると、彼が立ちあがった。
「詳しい事情は後日お伝えすることになると思いますが、俺の到着が一足遅く、このような事態を招いたことを深くお詫びいたします。意味もわからず不自由でしょうが、もうしばし我慢ください」
「……あ、あるがと、ござ、ます」
空咳に耐えながら声にして、礼をのべる。彼は一縷の乱れもない動きで頭をさげ、障子扉を開けたまま出ていった。
いまだに状況がのみこめていないものの、危険ではないとわかってひとまず安心した。でも、私を助けてくれた彼の妹さんは、無事なのだろうか。逃げてと叫んだあの声が、鼓膜の奥に残っている。
私が目にした光景は、本当になんだったんだろう。
青い炎の玉が私の下腹を打って、それで――。
「あ、起きたんだね。はじめまして、こんにちは」
羽伊さんに匹敵する超絶きれいな男性が部屋に入ってきた。アッシュグレーの髪に、瞳も神秘的な淡い色。年齢は羽伊さんよりも上に思えるけれど、涼しげで端正な顔立ちはどこか似ている。
グレーのパンツにシャツ、ラフなジャケット姿で、にこやかな表情を私に向ける。でも、私はなぜか緊張を覚えて身構えた。
「本当は新作のスマホにしたかったんだけど、同じ機種を探してみました」
紙袋をかかげて見せる。あっ、また――しめ縄みたいな腕輪をしてる。
「きみのスマホ、うちの末っ子が守りきれなくてごめんね」
はっとする。この人は羽伊さんたちのお兄さんらしい。
「だから、これは弁償。きみのスマホは枕元にあるから、こっちに移行して好きに使って」
えっ。お兄さんは目を丸くする私に微笑みかけ、紙袋を枕元に置いた。
「羽伊に会った?」
はい、と目でうなずく。
「愛想ないでしょ」
なんとも答えにくく、返答に困る。お兄さんが小さく笑った。
「きみを助けた妹の
妹さんが、昏睡状態?
「大丈夫。怪我の処置も終わっているし、いずれちゃんと目覚めるよ。でも謝りついでで申しわけないんだけれど、しばらくの間きみにはここで暮らしてもらいたいんだよね。完全にこちらの都合だから、そのぶんの報酬はもちろんきっちりお支払いします。ちなみに、バイト先にもうまく伝えてあるから、これから五日ほど休んでも平気だよ。
ごくりとつばをのんだ。私の個人情報、ダダ漏れしてる。
この人たち、何者? ひやりとした冷たいものが全身をおおっていく。なにも悪いことなんてしてないのに、ものすごくマズイことに足を突っ込んでしまった予感がした。
息をのむ私に、お兄さんはやけにあどけない笑みを見せた。
「いまきみの身体には、ウチの末っ子が鍛錬して蓄積してきた大事なものが入っちゃってる。それを戻してもらわなきゃだから、きみにはちょっとしたトレーニングをお願いしたいんだよね」
ん? トレーニング?
戸惑う私に、お兄さんは晴れやかな笑みでとどめを刺した。
「実は僕たち、手裏剣や術をよろしくないことに使う輩に、お仕置きをする仕事をしているんです。素敵でしょ?」
…………はい?
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