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 地平線の向こうから、間もなく夜明けが訪れようとしていた。

 空にはもう朝の光の気配がある。

 その荒涼とした場所には無数の銀色のプレートが等間隔で埋め込まれていた。

「ぜんぶ墓だ」

 傍らに立った森川が教えた。砂の混じった風に長く晒されたせいか、スーツは砂まみれだった。靴の汚れもひどい。だが、目は奥底から澄んでいた。

「ここで死んだ者は全員ここだ、ここに埋める。敵、味方関係なく、ここで死んだ順に埋める。墓標はなしだ」

 銀色のプレートの表面には、文字や目印になるようなものは刻まれていなかった。

「こうして死んだ者たちを埋めて、自分たちの土地にして行くんだと教わった、自分たちの土にするんだと」言って、わずかに鼻をすすった。「むかしの仲間もずいぶん埋ってる。おれたちはもうここを誰にも渡せないんだ、あの子の母親だって、ここのどこかに埋まってる」

 一瞬、間があった。その一瞬はひどく静かだった。

「お前は死ぬよ」森川はいった。「陽が登ってもまだここにいるし」

 清志郎は黙って森川の話を聞いていた。

「お前もここに埋める、おれが埋めるよ」

 怯えさせるために言った様子はなかった、決まったことを口にした、そういった感じだった。

「なあ」

 清志郎はプレート群へ視線を定めたまま声をかけた。

「お前がおれをやる、ってはなし、なくなったのか」

 問いかける。

「それはもう昔のはなしだ」

 森川はそう回答した。

「あの人が来る、それでいつもの終わりだ」

 荒涼とした景色にとかすようにいった。プレート群の向こう側には、トリナシ。さらにその向こうに、海の再侵入を防ぐため、人のつくった高い壁があった。壁はどこまでも続いていた。ふたりの距離から見ると、壁の存在は、ひどく懸命なものに見えた。死に物狂いで海を拒んでみえた。

「あの男はどこから」

 惑星そのものに訊ねるように清志郎はつぶやき、それからは口を閉ざした。

 森川も問いかけなかった。同じ景色のなかで清志郎と似た何かを考えているようだった。

 沈黙の間は長く続いた。ふたりとも、ただ風に吹かれいるだけだった。

 やがて、彼方から台のライトをつけたセダンが二人の元へ向かって来るのが見えた。最初に見えたときは小さく、無音だった。だんだん大きくなり、程なくして、二人に着き、停車した。

 後部座席のドアが自ら開き、或って或る者が《空き箱》へ立った。

 色味の褪せた革靴で土を踏み、清志郎へ向かい、歩を進めた。

 清志郎が手を伸ばしても丁度、届かなない距離まで来てとまった。

 少し離れた場所に森川はいた。

 陽はまだ登っていなかった。

「あんたはあの子を守りたい」

 先に口を開いたのは清志郎だった。

「おれはあの子を助けたい」 

 淡々という。

「で、あんたはおれを殺したい」

 言った後、清志郎は少し笑った。 

「すごい正体だな、おれたちってのは」

 戯れるようにいった。

 相手に変化はなかった。

「陽が登ったときだ」

 はじまりの時を清志郎の告げ、上着へ右手を入れ、拳銃を取り出した。安全装置は動きの流れ外す。銃口は下へ向けられていた。

 陽が空に登ろうとしていた。その時は次の瞬間にも訪れそうだった。

 その、いつ来るかも知れないはじまりを待つなか、清志郎は過ぎるほど落ち着いた挙動でバックを肩から外した。

 森川の傍へ寄った。

「頼むよ、これ持っててくれ」

 森川は視線だけでバックを見た。

「おまえの妹から借りたバイクの鍵が入ってる、なくすな」

 受けとるまえに、もう既に相手が受け取った後のようにいった。森川は言葉を発しないままバックを片手にとった。

 清志郎は淡々とした口調で「バックも汚すなよ」そういって戻る。

 一歩半踏み込めば手が届く距離だった。

「銃は」

 問われた。

「そういう世界観で生きてなくてね」

 溜息をつくようにそう返す。

 それからその上で、清志郎は言った。

「いままでこうやってきた」

 瞬時にこれまでのすべてを想う。

「だから、これからもこれからもこうだ」

 やりたい表情のまま好きに言った。

 だが、そこには音調や間合いには目の前の相手への敬意を含まれている。

 まるで魔法みたいな様だった。

 そして、夜空が終わり、陽のはじまりが瞬いた。

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