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 夏村は無音で警備を処理した。

 ハルノの部屋へ入る。

 部屋には明りはついておらず、ハルノは部屋の真ん中で、ひとつかない天井の窓から差し込む弱い月光のなかに立っていた。その立ち姿のなかには、対する者への構えが組み込まれていた。

 以前から互いに顔は見知ってはいたが、言葉をかわしたことはなかった。話をする必要のない関係だった。ハルノとの会話は森川の役目であり、それは森川と或って或る者の距離とも関係していた。

 夏村はハルノの間合いを詰め過ぎず、手の届かない距離で止まった。正面から対峙する。ハルノは怯まず目を合わせてきた。それもそうだろうな、と夏村はちいさく納得していた。なにしろ、ここからひとりで逃げ出す勇気のある子供だ。それにその内部には特別な血も流れている。夏村はハルノの母親のことを知っていた、あの女はつよい人間だった。

「来い」

 声をかけても、ハルノは反応しなかった。

 じっと見返しているだけだった。

「あの人がお前に会いたいと言った、母親の件で話があるらしい」

 上から下へ、飾り気ないまま落とすように告げた。

 ふと、ハルノが視線を外した。開かれていたドアの向こうに、いつも自分の身の回りの世話している女性の姿をみつけ、かすかに緊張を緩ませた。

 わずかに間を挟み、ハルノは足を一歩前へ動かした。夏村は不動のまま、しばらくその動向をうかがった。ハルノはゆっくりと歩み続け、夏村の横をかわしてドアへと歩き続けた。

 ハルノが廊下へ出ると、女性の顔を見た。女性は陰りある微笑みでハルノに対していた。

 追いついた夏村がその背後に回った。

「連れてけ」

 女性へ声をかけ、出発をうながず。うなずき、女性はハルノへ「こっちよ」と、小さな声で言い、連れて通路を進み出した。

 夏村は同行せず、その場にとどまった。ふたりが通路の角を曲がり、姿がみえなくなると、通路の反対方向へ歩を進めた。

 建物内部は、どこも、足元が見える程度の最低限の明りしか灯されていなかった。白黒映画に青みがかかった世界だった。生物の気配はなく、ところどころには未使用の建設資材がそのまま置かれていた。

 ひどく乏しい明りのなかを、夏村は不足ない足取りで進んでいった。

 何もないラウンジを横切り、動かない歩道を通り抜けた後、警備システムが不作動のままのドアを開き、中へ入る。短い通路の光りは非常灯のみだった。突き進んで階段を下る。その先のドアをあけると、外だった。

 塩と土の混じった風を受けながらアスファルトを歩む。歩く横顔の向こう側には未完走の滑走路が広がっていた。航空機は不在で、風を遮るものはなく、どこまでの平面が広がっていた。

 先回りを完成させて、ドアをあけて再び中へ入る。影に身を置き、待っていると、通路の先で女性がハルノを連れて通り過ぎる姿が見えた。女性は、あるドアの前にで止まり、ハルノの方を向いて、中へ入るように促した。

 ハルノはしばらく女性をみつめた後、ドアの向こうへ消えていった。

 見届けた直後、夏村の影に無音のまま複数の男たちが混じった。

 夏村のそばに立ったのは無精ひげの北星と童顔の丸藤だった。

 北星は「部屋のなかにはいるはずだ」と報告した。

 報告を半面に受けた向けたまま夏村は一瞥もしなかった。部屋の方を凝視していた。

 いますぐにでも、ドアの向こうから、何か、最悪なものが現れるのではないかという構えを崩さない。

「いけるかな」

 丸藤が、風貌に添った、あどけなく様子でふたりへ問いかけた。

 夏村は銃を取り出している。

「時間をあけてからだ」

 言って、手に収めた銃身を見下ろす。

「どうして」丸藤がまた、少年のように聞いた。

「少しでも話をさせて情をうつらせる。そんなもの起こらない気もするが」

 それを話す夏村の顔を、北星と丸藤は黙ってみていた。

「独りだから強い人だった」

 その間に夏村は安全装置を解除して顔をあげた。

 表情はない。

「あの人も娘を守りながら自分は守り切れんさ」

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