(2/7)
夏村は無音で警備を処理した。
ハルノの部屋へ入る。
部屋には明りはついておらず、ハルノは部屋の真ん中で、ひとつかない天井の窓から差し込む弱い月光のなかに立っていた。その立ち姿のなかには、対する者への構えが組み込まれていた。
以前から互いに顔は見知ってはいたが、言葉をかわしたことはなかった。話をする必要のない関係だった。ハルノとの会話は森川の役目であり、それは森川と或って或る者の距離とも関係していた。
夏村はハルノの間合いを詰め過ぎず、手の届かない距離で止まった。正面から対峙する。ハルノは怯まず目を合わせてきた。それもそうだろうな、と夏村はちいさく納得していた。なにしろ、ここからひとりで逃げ出す勇気のある子供だ。それにその内部には特別な血も流れている。夏村はハルノの母親のことを知っていた、あの女はつよい人間だった。
「来い」
声をかけても、ハルノは反応しなかった。
じっと見返しているだけだった。
「あの人がお前に会いたいと言った、母親の件で話があるらしい」
上から下へ、飾り気ないまま落とすように告げた。
ふと、ハルノが視線を外した。開かれていたドアの向こうに、いつも自分の身の回りの世話している女性の姿をみつけ、かすかに緊張を緩ませた。
わずかに間を挟み、ハルノは足を一歩前へ動かした。夏村は不動のまま、しばらくその動向をうかがった。ハルノはゆっくりと歩み続け、夏村の横をかわしてドアへと歩き続けた。
ハルノが廊下へ出ると、女性の顔を見た。女性は陰りある微笑みでハルノに対していた。
追いついた夏村がその背後に回った。
「連れてけ」
女性へ声をかけ、出発をうながず。うなずき、女性はハルノへ「こっちよ」と、小さな声で言い、連れて通路を進み出した。
夏村は同行せず、その場にとどまった。ふたりが通路の角を曲がり、姿がみえなくなると、通路の反対方向へ歩を進めた。
建物内部は、どこも、足元が見える程度の最低限の明りしか灯されていなかった。白黒映画に青みがかかった世界だった。生物の気配はなく、ところどころには未使用の建設資材がそのまま置かれていた。
ひどく乏しい明りのなかを、夏村は不足ない足取りで進んでいった。
何もないラウンジを横切り、動かない歩道を通り抜けた後、警備システムが不作動のままのドアを開き、中へ入る。短い通路の光りは非常灯のみだった。突き進んで階段を下る。その先のドアをあけると、外だった。
塩と土の混じった風を受けながらアスファルトを歩む。歩く横顔の向こう側には未完走の滑走路が広がっていた。航空機は不在で、風を遮るものはなく、どこまでの平面が広がっていた。
先回りを完成させて、ドアをあけて再び中へ入る。影に身を置き、待っていると、通路の先で女性がハルノを連れて通り過ぎる姿が見えた。女性は、あるドアの前にで止まり、ハルノの方を向いて、中へ入るように促した。
ハルノはしばらく女性をみつめた後、ドアの向こうへ消えていった。
見届けた直後、夏村の影に無音のまま複数の男たちが混じった。
夏村のそばに立ったのは無精ひげの北星と童顔の丸藤だった。
北星は「部屋のなかにはいるはずだ」と報告した。
報告を半面に受けた向けたまま夏村は一瞥もしなかった。部屋の方を凝視していた。
いますぐにでも、ドアの向こうから、何か、最悪なものが現れるのではないかという構えを崩さない。
「いけるかな」
丸藤が、風貌に添った、あどけなく様子でふたりへ問いかけた。
夏村は銃を取り出している。
「時間をあけてからだ」
言って、手に収めた銃身を見下ろす。
「どうして」丸藤がまた、少年のように聞いた。
「少しでも話をさせて情をうつらせる。そんなもの起こらない気もするが」
それを話す夏村の顔を、北星と丸藤は黙ってみていた。
「独りだから強い人だった」
その間に夏村は安全装置を解除して顔をあげた。
表情はない。
「あの人も娘を守りながら自分は守り切れんさ」
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