最終章 或って或る者

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 その空港は建設中のまま、放棄された。

 既存の首都圏の主力空港が抱える、飛行ルートの空域制限の解消を主題とし、そこがまだ海水に覆われている段階から新空港の建設は計画されていた。《空き箱》の奥地は開発後発地の予定だった。だが、騒音を代表とする周辺地域への問題発生の強い懸念も考慮した上で、海水を抜いた直後から空港だけ先んじてその場所へ建設されはじめた。道もまだ造られておらず、資材は陸路と、突堤側から海を渡って運ぶ予定だった

 空港からは、海を防ぐための高い堤防が見えた。壁は近く、耳を澄ませば波の音も聞こえた。

 陸路からの資材運搬のための簡舗装路をつくる予定だったが、いざ海水を抜き、露わとなった海底の凹凸と地盤の脆弱さは予想外であり、空港までの陸路づくりは当初の計画を大きく狂わせた。

 海側からの資材運びは順調だった。大量の人とモノが運び込まれる。建造は資材をパッチワーク的に組み合わせる方法が採用された。図面通りに組立てれば現場に大量の専門家を必要としない。人件費を抑える効果も考えられていた。実験的な技術であり、成功例をつくり、《空き箱》の作り方と合わせて、海外へ売り込む狙いもあった。建設は大手企業が請け負い、実作業を下請けへ送った。その下請けがさらに下請け回した。結果、現場ではどこから流れて来たかもわからない、素性の不明の作業員が労働力として大量に投入された。人目の多い首都圏から離れた場所での作業場という部分も大きかった。人件費は抑えらえたが、必要な人手は膨大で、結果、選されていない様々な人間がそこへ流れた。

 やがて空港建設は、半端な状態のまま一時中断となった。陸路による資材運搬難から、建設費の増大化が引き金だった。計画は狂った。それから政治的対立から地盤の軟弱さへの指摘をあげられた。問題を解消する決定的な材料をみつけられず、建設の中断期間は長くなった。空港の建設はまだ初期を終える前の状態だった。さらに土地の権利をめぐって、問題はさらに複雑を成した。

 その隙だった。つくりかけの空港に、得体の知れない者たちが巣くうようになった。それから、或って或る者が現れた。そのときには、既に空港の奪還は手遅れとなった。空港は或って或る者の居城となった。

 本格的な電力供給設備は完成していなかったが、空港は風力、水力による自家発電の機能を有してた。実験的だが海水を真水にかえる装置も備わっていた。ささやかな独立国を果たすには充分な機能だった。

 空港を治めた或って或る者には交渉が通じた。そして、多くの者が多発する《空き箱》を利権を巡る問題の特別な解決を彼に頼んだ。法的手段では解決不能なことも、或って或る者に頼むことで、問題は処理され、結果的に充分な利益を得ることが出来た。法を犯しているが、損をすることはなかった。

 あの男はまだまだ利用できる。《空き箱》の完全開発にはまだ時間がかる、全体の利益に比べれば空港建設の利益はさしたる数字ではなかった。そのため空港の件は見逃さるかたちとなっていた。

 空港建設再開の準備は整っても、建設は中断とされ続けた。建設中止の制御は容易かった。計画当初より懸念事項としてあげられていた、地盤の脆弱性をはじめ、さまざま多種既存の問題を並べ、演出を加えて表面化させることで可能だった。ひとつひとつを解決するには時間がかかる、そう印象づけさせることで、時間を無限に稼げる仕組みつくられた。あの男を排除するより、いまは存在を許して支配させ、上手く消費した方がいい。それに、あの男に手を出せば確実に強い報復を受ける、無傷では済まない。ならば、奪還して追い出すのはいまではない。払う犠牲はその損害を遥かに上回る利益を得てからにすべきである。はかった天秤から答えを出し、それが《空き箱》から利益をかき出そうとする者たちの総意だった。

 そこが、いつから『トリナシ』と呼ばれるようになったのか、時期は誰も把握していない。皮肉からか、詩的な気分になった何者かが口にしたのかしたもかもわからなかった。

 飛行機のない空港。

 だから、いつの間にか、そこは呼ばれていた。だから、トリナシ。

 それは少なくとも、《空き箱》が或って或る者のものになった後の話だった。

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